ベンチャー企業のM&A戦略と成功事例や留意点を解説
ベンチャー企業がM&Aを活用すると、資金調達や事業拡大を短期間で実現できます。本記事ではM&Aの重要性、メリット、成功要因、留意点を税理士の視点で分かりやすく解説し、実際の事例も交えて成長戦略の道筋を示します。
目次
▶目次ページ:第三者承継とは(小規模会社のM&A)
M&Aはベンチャー企業にとって、単なる企業同士の譲受・譲渡ではなく、「資金回収」「成長加速」「競争力強化」を一度に叶える包括的な経営戦略です。創業初期の企業はリソース不足という制約に直面しますが、M&Aによって他社の技術や人材、顧客基盤を一括で取り込むことで、時間とコストを大幅に短縮しながら市場展開を加速できます。特にプロダクトライフサイクルが短いITやバイオの分野では、開発スピードと市場投入のタイミングが命運を分けます。M&Aは、そのスピード感で競合に先行するための有力な選択肢となります。
創業者や投資家にとって最終的な目的の一つは、投下資本の回収と事業の継続です。企業価値が上昇している段階で株式を譲渡すれば、短期間で投資回収が可能になります。同時に、譲受企業へ経営を委ねることで業務は存続し、従業員も顧客もサービスを継続して受けられます。「短期間で資金を得ながら、事業の灯を消さない」というバランスの良さが、ベンチャーにM&Aが選ばれる理由です。さらに、創業者にとっては次なる事業創出の資金を確保でき、投資家にとっては投資リターンを得られる点も大きな魅力です。
ベンチャー企業は資金・人材・技術の不足という壁に直面します。M&Aを活用すれば、譲受企業は他社の人材やノウハウ、ブランド力、顧客基盤をまとめて獲得し、市場でのポジションを一気に高められます。自社で採用・育成を行い、製品を開発し、顧客を獲得するまでに要する数年の時間を短縮し、競争環境が激しい分野でも優位性を確立できます。特にテクノロジー領域では、開発スピードを最優先とする文化があるため、M&Aによる時間短縮効果は計り知れません。
世界のM&A市場を見ると、米国を中心にテクノロジー企業のM&A件数が増加しています。AI、SaaS、バイオテックなど、イノベーションを生む分野で大手企業がベンチャーを譲受し、技術と人材を取り込む流れです。日本におけるM&A件数は欧米に比べて少ないものの、大手企業によるスタートアップ買収は年々増加傾向にあります。海外トレンドを意識し、自社の技術やサービスが国際的なニーズにどう応えられるかを見極めることが、将来の譲渡価格を左右します。
M&Aには数多くの利点がありますが、ベンチャー企業の視点で特に重要なのは「従業員雇用の確保」と「事業承継問題の解決」です。
技術系人材や営業のキーパーソンなど、専門性の高い人材を抱えるベンチャーでは、人材流出が企業価値の毀損に直結します。M&Aにより従業員が新グループに雇用されたまま組織統合されれば、人材のキャリアは継続し、譲受企業は採用・育成に要するコストと時間を削減できます。結果として、譲受企業は即戦力を獲得し、譲渡企業は従業員への責任を果たせるという相互利益が実現します。
後継者を見つけられないまま事業を続けると、事業の存続が危ぶまれるだけでなく、従業員や顧客にも不安が広がります。M&Aを選択すれば、株式と事業を第三者に譲渡し、創業者の培った技術やブランド力を未来へ承継できます。譲受後に事業がさらに拡大すれば、創業者の実績としても社会的評価が高まり、スタートアップエコシステム全体の活性化にも寄与します。
M&Aを成功に導くには、(1)実施タイミング、(2)買い手ニーズの把握、(3)無形資産の訴求という三要素が重要です。
企業価値が上昇カーブを描いているタイミングで譲渡を検討すれば、将来性にプレミアムが付くため、より高い譲渡価格を実現できます。逆に成長が鈍化し始めた段階では価格が伸び悩むため、経営指標や市場動向を注視し、ピークの少し手前で交渉を始めるのが理想です。
譲受企業が求める技術、人材、顧客セグメントを正確に捉え、自社の強みがそれらのニーズとどのように結び付くかを具体的に示すことで、交渉は格段に進めやすくなります。数字で示したシナジー効果は、譲受企業の経営陣や出資者に対する説得力を高めます。
ベンチャーの価値の多くを占めるのは、特許、ブランド、組織文化など目に見えない資産です。登録特許数、ユーザー登録数、サービス継続率、ブランド認知度などを定量的に示すことで、譲受企業は期待収益を具体的にイメージできます。無形資産の価値を可視化することが、評価額引き上げのカギとなります。
M&Aはメリットだけでなく、(1)希望譲渡価格の実現可能性、(2)適切な交渉相手の発見、(3)従業員との合意形成という課題を伴います。
市場環境や経済状況は常に変動し、無形資産の評価には幅があります。希望価格に固執し過ぎると交渉が決裂する恐れがあるため、複数シナリオでバリュエーションを試算し、妥協点を設定しておくことが重要です。
M&Aマッチングサービスや仲介会社を活用し、業界ネットワークを拡大することで、最適な譲受企業と巡り合える確率が高まります。特に仲介会社は候補探索から条件交渉、デューデリジェンス、クロージングまでプロセス全体を支援するため、成約率を向上させるうえで欠かせないパートナーです。
従業員が将来への不安を抱えたままでは、譲受後の統合(PMI)が停滞しかねません。M&Aの目的と必要性、統合後の処遇やキャリアパスを具体的に説明し、質問に誠実に回答することで、従業員の理解と協力を得られます。情報共有は早すぎるくらいがちょうど良いと覚えておきましょう。
理論に加え、実際の事例を知ることでM&A活用イメージがより鮮明になります。パラフト株式会社、株式会社CLEAR、株式会社UMNファーマ、ラクサス・テクノロジーズ株式会社、株式会社Fablicの五社はいずれも、譲受企業との統合を通じて新市場への参入やサービス拡充を実現しました。ここでは概要を紹介し、詳細な分析は後半で掘り下げます。
パラフトはフリーランス向けマッチングサービスを譲受企業と統合し、登録者データベースを共有することで利用者価値を向上させました。
学習アプリを運営するCLEARは、文具大手との連携で学校現場へのリーチを高め、サービス成長を加速させています。
製薬ベンチャーUMNファーマは、大手製薬グループの研究開発力を取り込み、コロナワクチン開発で社会的ニーズに素早く対応しました。
ブランドバッグのサブスクリプションを展開するラクサスは、アパレル大手の販路を活用し、顧客接点を一気に拡大しました。
Fablicのフリマアプリは、大手EC企業のメンバーシップと結び付け、利用者数と取引量の大幅増加を達成しています。
ここまで、ベンチャー企業がM&Aを選択する意義とメリット、成功に欠かせない視点、そして具体的な事例の概要を確認しました。要点は次のとおりです。まず、M&Aは出口戦略と成長戦略の双方を実現する強力な選択肢であり、短期間での資金回収や経営資源獲得を可能にします。次に、企業価値が高まるタイミングを逃さず、譲受企業のニーズと無形資産の価値を的確に伝えることが価格交渉を優位にし、成功確率を高めます。そして、希望譲渡価格の現実性、交渉相手の発見、従業員の合意形成という三つの課題を丁寧にクリアすることが、統合後のスムーズなPMIへとつながります。後半では、仲介会社との連携方法、費用構造、実例の詳細分析を通じて、M&Aを具体的に推進する手順を解説します。さらに、実務上のチェックリストも提示する予定です。
M&A仲介会社は、買い手・売り手双方の要望を整理し、候補企業探索から契約締結、PMIまでを一貫支援します。仲介のネットワークと知見を活用すれば、ベンチャー企業でも限られたリソースで最適な相手先を見つけ、短期間で取引を成立させることが可能です。
仲介会社はバイアウトファンドや上場企業との接点を持ち、投資家の投資意欲や予算感を熟知しています。そのため、創業者が求める資金規模や経営権の維持可否に合わせ、最適なストラクチャーを提案できます。
株式売却で迅速に資金を確保
投資家や大手企業に対する一部株式譲渡は、IPO準備中に必要資金を調達する有効策です。仲介会社は企業価値算定を行い、条件交渉をリードして資金回収と経営権維持のバランスを整えます。
IPO準備を加速するブリッジファイナンス
上場前の成長投資資金を橋渡し的に確保し、開発スピードを落とさずにIPOを迎えられます。仲介会社は投資家の期待水準を把握し、希薄化率や発行価額の調整を支援します。
市場シェアを広げたい、もしくは新領域へ進出したい企業には、シナジー効果を定量的に測定し、ターゲット候補を絞り込むサービスが役立ちます。
シナジー効果を定量的に検証
仲介会社は売上成長率、顧客重複率、コスト削減効果などを試算し、将来CFを比較することでシナジーを可視化します。数値根拠が共通言語となり、取締役会の意思決定も迅速化します。
新規プロダクト立ち上げに不可欠なエンジニアやデータサイエンティストを一括で確保したい場合、アクハイヤー型M&Aが有効です。仲介会社は組織文化や報酬制度の適合度を検証し、買収後の離職リスクを最小化します。
後継者不在のベンチャーでも、創業者の想いを尊重しつつ譲受企業へ事業を託すプランを提示します。従業員の処遇やブランド存続方針を条項に落とし込み、売り手・買い手・従業員の三方良しを実現します。
M&Aを成功させるには、計画・準備→相手探索→交渉→契約締結→PMIという五段階を着実に進める必要があります。仲介会社は各段階で専門家と連携し、ボトルネックを特定・解消します。
目的、目標価格、譲渡範囲を整理し、財務・事業・人事の棚卸しを行います。仲介会社は市場分析とバリュエーションを提示し、成約見通しを共有します。
秘密保持契約締結後、ティーザー資料を受領した買い手候補へインフォメーションメモランダム(IM)を配布し、LOIを受け取ります。仲介会社は条件差異を比較し、最適候補との独占交渉へ誘導します。
デューデリジェンス結果を踏まえ、表明保証や価格調整条項を確定します。仲介会社は法務・会計・税務専門家と協議し、クロージングまでの進行を管理します。
買収翌日からの100日プランを策定し、人事制度・システム・ブランド統合を段階的に実行します。仲介会社はPMI専門チームを介して、組織文化の摩擦を抑えつつシナジー創出をサポートします。
M&A仲介手数料はレーマン方式が主流で、成功報酬率は取引金額1億円以下で約10%、1億円超〜5億円で5〜7%、5億円超〜10億円で3〜5%、10億円超で1〜3%が目安です。
着手金0〜数百万円、中間金数%を設定する仲介会社もあります。ディール成立後に総額へ料率を掛け算し、成功報酬を支払います。
財務・ビジネス・法務・人事・ITそれぞれに専門家が関与し、数百万円〜数千万円が相場です。費用は売り手負担と買い手負担に分けて明確化します。
表明保証違反時の損害賠償上限、解除条件(重大リスク判明時など)、競業避止義務の期間・エリア、アーンアウト条項の指標設定などは、専門家と詰めておくべき項目です。
デューデリジェンス範囲を明確化し、見積書を複数社から取得します。仲介会社に総費用のロードマップを提示してもらい、資金繰り計画に織り込みます。
実際の成功例を深掘りすると、戦略立案のヒントが得られます。
メルカリは2017年にVASILY社を買収しファッション領域へ進出、2019年にOrigami Payを買収してキャッシュレス事業を強化しました。プロダクト・顧客データ・ブランドを統合し、MAU(1か月当たり利用者数)を大幅に拡大しています。
ファッション領域参入の狙い
「iQON」のコーデ投稿データとメルカリのC2C流通量を掛け合わせ、アイテム提案精度を向上させました。
モバイル決済事業買収の効果
決済インフラを自社アプリへ組み込み、ユーザー体験を一気通貫で提供できるようになりました。
ラクスルは2018年ハッピープリント買収で印刷会社情報を獲得し、2020年ノベルティ・ドット・コム買収で新商材を拡充。顧客単価と取扱高を伸ばしました。
ハッピープリント買収による情報基盤構築
印刷会社の価格・納期データをプラットフォームに統合し、最適マッチング精度を高めました。
ノベルティ事業参入で収益多角化
広告主向けにノベルティ制作〜配布をワンストップ提供し、ARPU(利用者当たり売上)を向上させています。
M&A仲介を活用すれば、ベンチャー企業は資金調達・事業拡大・人材獲得・事業承継を一挙に実現できます。企業価値が高まるタイミングを逃さず、仲介会社と綿密に連携し、無形資産の魅力を定量化して提示すれば、譲渡価格と統合効果を最大化できます。慎重なデューデリジェンスと従業員の合意形成を徹底し、PMIでシナジーを確実に創出することが成功の鍵です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事