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自己株式の取得と消却の会計税務の実務のポイントを解説

自己株式の消却や処分は企業価値を左右しますか?答えは、正しい手続と会計税務の理解で大きくプラスにできます。本記事で基礎から実務まで解説します。

目次

  1. 自己株式とは企業が自社株を保有する状態
  2. 自己株式取得の概要とメリット
  3. 自己株式消却の目的と効果を理解する
  4. 自己株式処分でM&A資金調達と株主構成を最適化
  5. 自己株式取引の会計処理を正確に行う方法
  6. 自己株式戦略を成功させる実務上の注意点
  7. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(増資)

自己株式とは企業が自社株を保有する状態

企業が自社の発行済株式を買い戻し、手元に保有している株式を自己株式と呼びます。かつては取得が原則禁止でしたが、2001年の法改正以降、一定の条件を満たせば無期限で保有できるようになりました。取得・保有に共益権は付与されず、議決権カウントから除外される点が大きな特徴です。


自己株式を正しく理解することは、資本政策を検討する経営者にとって不可欠です。なぜなら取得、消却、処分のいずれもが発行済株式数や純資産を動かし、株価・配当政策・M&Aの交渉力など多面的な影響を及ぼすからです。

自己株式の定義は発行株を自社が持つこと

自己株式(いわゆる金庫株)とは、発行済株式のうち会社自身が取得して保有する株式を指します。自社が保有するため市場で流通せず、議決権を行使できません。ただし剰余金配当請求権や残余財産分配請求権といった自益権は残ります。帳簿上は純資産の部の差引控除項目としてマイナス表示され、取得原価で測定する点が会計実務上のポイントです。

自己株式を保有する四つの主な目的

株価の維持・向上

市場の需給バランスを調整し、株価の安定化や上昇を狙います。上場企業が大規模な自己株取得を発表すると投資家心理が改善し、株価が上振れする事例が多く見られます。

配当性向の改善

発行済株式数を減らして1株当たり利益(EPS)を高め、同一総配当額でも1株配当を増額可能です。結果として株主還元のアピール材料になります。

事業再編の円滑化

M&A・株式交換などで自己株式を対価に用いれば現金流出を抑えながらグループ再編を実施できます。

財務戦略の柔軟性

景気後退局面では自己株式を売却しキャッシュを確保、好況局面では取得して資本効率を高めるなど、状況に応じた機動的な資本戦略が可能です。

自己株式取得の概要とメリット

自己株式の取得は、会社が株主から自社株を買い戻す行為です。上場企業は市場やTOBを通じ、未上場企業は個別に買い取ります。取得により発行済株式数が減少し、資本政策上大きなインパクトを持ちます。とりわけ中小企業では、事業承継や少数株主整理の解決策として実務で頻繁に用いられます。

取得の概要は株主からの買戻し

取得方法は以下の五つに大別されます。どの方法でも「分配可能額の範囲内」という財源規制を守り、株主総会あるいは取締役会の決議を経て実施します。

市場取引

証券取引所で時間外自己株買付けや立会外買付けを行う簡便な方法。


公開買付け(TOB)

買付期間・価格・株数を公告し株主に応募を募る。3分の1超を取得する場合には義務付けられます。


全株主からの取得

公平性を重視し、公告・通知によりすべての株主を対象に買い取ります。


特定株主からの取得

M&Aや買収防衛策として特定株主からのみ取得。売主追加請求権への対応が不可欠です。


子会社経由の取得

子会社が保有する親会社株式を取得。取締役会承認が要件です。

取得メリットは株価向上や買収防衛

株式価値の向上

発行済株式数減少により1株価値やROEが高まり、株価上昇が期待できます。


敵対的買収対策

株価を引き上げ敵対者のコストを増やし、取得株を友好的株主へ譲渡して議決権割合をコントロールできます。


事業承継支援

後継者が一部株式を承継後、会社が自己株取得を行えば実質的に議決権の過半を後継者に集中できます。


株価低迷局面の是正

企業価値に比して株価が割安なケースで取得を行い、市場に割安サインを送れます。

制限とデメリットは財源規制と株価リスク

取得には以下の制約とリスクがあります。


財源規制

取得に充当できるのは分配可能額の範囲内。


取得数量制限

上場企業は一日の買付数量が発行済株式数の一定割合に限定。


資金負担

多額の現金支出で自己資本比率が低下し、資金繰り悪化リスクが生じます。


株価変動リスク

取得発表後の期待剥落や投資家の失望で株価が逆に下落する場合があります。

取得五つの手続方法と流れ

方法                                      主体                                       決議機関                            手続のポイント
市場取引                             上場企業                               取締役会                            簡便・迅速だが数量制限あり
公開買付け                             上場・未上場                               取締役会→公告                    価格・期間を公告、3分の1超で義務
全株主取得                             上場・未上場                               株主総会普通決議                    株主平等原則を担保
特定株主取得                     上場・未上場                               株主総会特別決議                    売主追加請求権対応が必須
子会社取得                              親会社                                       取締役会                            子会社保有株を取得。相対取引も可

法規制は財源規制と手続規制

会社法は「分配可能額内での取得」という財源規制に加え、手続規制として

  1. 株主総会普通決議で枠(総数上限・対価総額・取得期間)を決定
  2. 取締役会で具体的取得内容を決定
  3. 公告または通知で全株主に勧誘
  4. 株主の譲渡申込みに対し会社が承諾し売買成立

という流れを定めています。違反取得は無効となる恐れがあるため、議事録・公告記録の保存が欠かせません。

税務上の取扱いはみなし配当に注意

未上場会社が個人株主から自己株式を取得すると、譲渡価額のうち資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として総合課税の配当所得となります。これにより最高税率が55%超となる場合もあり、譲渡所得(長期譲渡20.315%)より高率となるケースが多い点に注意が必要です。納税資金確保を目的に自己株式取得を行う場合でも、手取り額が想定より減少するリスクがあるため、事前試算が不可欠です。

自己株式消却の目的と効果を理解する

自己株式の消却とは、取得済みの自己株式を帳簿から抹消し、発行済株式総数を減らす手続です。金庫株が完全に消滅するため、市場に戻ることはなく、株主構成は変わりません。取締役会決議(非設置会社は取締役過半数の同意)と剰余金の範囲内という二つのハードルをクリアした上で行われます。

発行済株式数の適正化で資本効率を改善

発行済株式総数が過剰な状態ではEPSやROEが低下し、株価の割安感につながります。消却を実施すると総数が減り、1株当たり指標が即座に改善。配当総額も減るため、同一配当政策なら配当性向を高めずに済みます。これにより株主還元余力が向上し、株価上昇を後押しする要因となります。

資本コスト低減と株主価値向上を同時に実現

余剰資本を取り崩して株式を消却すれば、資本コストのコントロールが可能です。とりわけ内部留保が厚い企業では、積極的な消却がROEを押し上げ、株主価値の向上につながります。一方で自己資本比率が低下するため、金融機関の格付や借入条件に影響を及ぼす点は事前に確認しましょう。

実務上留意すべき五つの制限事項

取締役会決議の要否

取締役会設置会社では必須。議事録整備は監査でも確認されます。


剰余金の範囲内

剰余金不足時は消却不可。財源計算を誤ると違法配当と評価されるリスクが生じます。


市場影響の考慮

大量消却公表は株価急騰を招く一方、実質価値を上回る高騰はバブル的上昇を生むため慎重に規模を設定します。


財務健全性の確保

消却後は純資産が減少し自己資本比率が低下。銀行借入の財務制限条項に抵触しないか要注意です。


適時開示義務(上場企業)

決議後速やかに適時開示しなければ金融商品取引法違反となる恐れがあります。


これらのポイントを押さえることで、自己株式消却は株主価値向上の有効な武器となります。

消却時の会計処理は資本剰余金減少で表示

自己株式を1,000万円で取得し、そのまま同額で消却した場合、帳簿価額1,000万円を「自己株式消却損」として計上し、その他資本剰余金を1,000万円減額する仕訳を行います。損益計算書には影響せず、貸借対照表の純資産の部が減額される点が特徴です。資本剰余金残高が不足する場合には利益剰余金から充当するため、配当可能額にも影響を与えます。

会計基準では、自己株式の取得原価は時価評価を行わず取得原価で測定を継続します。したがって、取得価額と市場価格に差異があっても差額を評価損益として認識しない点に注意しましょう。

自己株式処分でM&A資金調達と株主構成を最適化

自己株式の処分は、企業が保有する金庫株を社外に譲渡し、現金や他社株式などの対価を得る手続です。株式を消却してしまうと市場に戻りませんが、処分は株式を再び第三者に移転させる点が大きく異なります。発行済株式総数は変わりませんが、資金調達や株主構成の再調整など、経営戦略上のメリットが数多く存在します。

処分は第三者への譲渡や株式交換など四つの方法

処分方法は次のように整理できます。


第三者への売却

自己株式を市場外で譲渡し現金化する最もシンプルな方法です。


寄付

公益法人や関連団体へ無償譲渡し、社会貢献や税務戦略に活用します。


株式交換・株式併合

M&Aでグループ再編を行う際に対価として利用し、現金流出を抑制します。


株式移転

持株会社設立時に子会社が保有する自己株式を親会社へ移す形で使用されます。

処分がもたらす五つの経営的利点

M&Aの原資

自己株式を譲受企業へ交付することで、現金を使わず買収対価を準備できます。


資金調達

売却代金を新規設備投資や債務返済に充当し、財務柔軟性を高めます。


従業員インセンティブ

ストックオプション原資として用い、モチベーションとエンゲージメントを向上させます。


株主構成調整

特定の友好的株主へ譲渡し、安定株主比率を高め敵対的買収を防ぎます。


財務指標の改善

自己株式帳簿価額より高値で売却すれば資本剰余金が増加し、自己資本比率を押し上げる効果があります。

処分には決議と有利発行規制など五つの制限

新株発行と同様の手続

会社法199条に基づき、募集株式発行に準じたプロセスを経る必要があります。


株主総会または取締役会決議

非公開会社は原則株主総会特別決議、公開会社は取締役会決議で処分条件を決定します。


有利発行規制

著しく低い価格で譲渡する場合、株主総会特別決議が必須です。


インサイダー取引規制

処分情報が重要事実に該当し得るため、公告前の社内情報管理が欠かせません。


適時開示義務(上場企業)

決定後直ちに開示しないと金融商品取引法違反リスクが生じます。

自己株式取引の会計処理を正確に行う方法

企業が自己株式を取得・消却・処分する際には、貸借対照表と純資産の表示が大きく動きます。処理を誤ると剰余金配当規制や税務調整に影響するため、仕訳の原則を体系的に理解しておくことが重要です。

取得仕訳は純資産控除で資金流出を記録

自己株式20,000千円を現金で取得し手数料300千円を支払った場合

(借方)自己株式 20,000千円 / (貸方)普通預金 20,300千円

(借方)支払手数料 300千円   / (貸方)普通預金 300千円

取得原価は純資産の部末尾でマイナス計上し、時価評価は行いません。

消却仕訳は資本剰余金減額で損益計算書に影響なし

帳簿価額20,000千円で自己株式を消却した場合

(借方)自己株式消却損 20,000千円 / (貸方)自己株式 20,000千円

自己株式消却損はその他資本剰余金の減額項目で、PLには影響を与えません。剰余金が不足すれば利益剰余金から補填します。

処分仕訳は処分差益差損を資本剰余金で調整

帳簿価額20,000千円の自己株式を22,000千円で売却し手数料300千円を控除した場合

(借方)普通預金 21,700千円 / (貸方)自己株式 20,000千円

(借方)支払手数料 300千円   / (貸方)普通預金 300千円

(貸方)自己株式処分差益 2,000千円

処分差益・差損は資本取引として純資産に計上し、PLには反映しません。

会計処理三つの注意点

無償取得は仕訳不要

株式数増加のみを記録し、金銭の授受がないため仕訳は計上しません。


追加費用の扱い

手数料や税金は取得原価または処分価額に含め、営業外費用として別計上します。


期末残高表示

年度末に自己株式を保有している場合、純資産の末尾に抱き合わせでマイナス表示し、配当原資計算から除外します。

自己株式戦略を成功させる実務上の注意点

自己株式の取得・消却・処分は魅力的な施策ですが、分配可能額や税務負担、開示義務を軽視すると違法配当や重加算税といった重大リスクを招きます。最後に実務担当者が押さえておくべきポイントを整理します。

分配可能額は三段階計算で確認

まず決算時点のその他資本剰余金とその他利益剰余金を把握し、最終事業年度後の自己株式処分損益・減資差益・準備金減少差益を加減算します。次に自己株式帳簿価額や配当実績を控除し、最終的に法務省令追加項目を調整して分配可能額を確定します。計算過程を誤ると違法取得となり、取締役は損害賠償責任を負うおそれがあります。

税務上の落とし穴と対策

みなし配当課税

個人株主からの自己株式取得は配当課税を生み、高い税率が適用される場合があります。納税資金繰りを事前試算し、取得価額や時期を慎重に設定しましょう。


処分差益課税

法人が自己株式を高値で売却した場合、法人税法上の課税所得に影響しないものの、株主間取引で移転価格が問題視されるケースがあります。


消却損の取り扱い

資本取引であるため損金不算入ですが、剰余金減額により配当余力を侵食する点に留意します。

専門家活用で手続と開示を効率化

会社法手続、会計仕訳、税務調整、適時開示までを一気通貫で管理するには、税理士・公認会計士・弁護士の並走が不可欠です。とりわけ未上場オーナー企業では、事業承継と納税資金対策を同時に設計するケースが多いため、アドバイザーのシミュレーションを受けることで最適タイミングと方法を選択できます。

まとめ

自己株式の取得・消却・処分は、株主構成の最適化や資本効率改善、M&A推進など多面的なメリットを持つ一方で、財源規制や税務負担、適時開示といった制約が存在します。分配可能額の試算と会計税務処理を正確に行い、専門家と連携して戦略的に活用することが、企業価値向上への最短ルートです。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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