営業権譲渡の基本概念から実施手順、税務処理まで詳しく解説。企業の成長戦略や事業再編に不可欠な知識を提供し、メリット・デメリットを踏まえた意思決定をサポートします。
目次
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)
営業権譲渡とは、企業が保有する営業権を他の企業や個人に譲り渡す取引のことを指します。この取引は、企業の事業再編や経営戦略の一環として行われることが多く、ビジネスの世界では重要な選択肢の一つとなっています。
営業権は、企業が長年の事業活動を通じて築き上げてきた無形の財産的価値を指します。具体的には、以下のような要素が含まれます:
• 社会的信用
• 顧客との取引関係
• 事業拠点の立地条件
• ブランド価値
• 技術やノウハウ
これらの無形資産は、企業の収益力や競争力に大きな影響を与える要素であり、「のれん」とも呼ばれます。ただし、厳密には営業権と「のれん」は完全に同一ではありません。「のれん」は、対象企業の時価純資産と買い手が実際に支払った金額との差額を指します。
営業権譲渡と事業譲渡は、実質的にはほぼ同じ意味を持つ取引です。ただし、法律上の取り扱いに若干の違いがあります。
1. 適用法令の違い
o 営業権譲渡:主に個人事業主に適用され、商法の規定に基づきます。
o 事業譲渡:主に法人に適用され、会社法の規定に基づきます。
2. 用語の変遷
o 2006年の会社法改正以前は「営業譲渡」と呼ばれていました。
o 改正後は「事業譲渡」という用語が一般的になりました。
3. 譲渡の対象
o 営業権譲渡:主に無形資産(のれん)の譲渡に焦点を当てています。
o 事業譲渡:有形資産と無形資産を含む事業全体の譲渡を指します。
実務上は、これらの違いはあまり重要視されず、両者はほぼ同義で使用されることが多いです。重要なのは、取引の実質的な内容と目的を明確にすることです。
営業権譲渡を検討する際は、自社の状況や目的、法的要件などを十分に理解し、適切な手続を踏むことが重要です。また、専門家のアドバイスを受けることで、より効果的かつ円滑な譲渡を実現できる可能性が高まります。
関連:事業譲渡の手続|どんな時に利用する?メリット・デメリット、流れ
営業権譲渡は、企業経営において重要な戦略的決断の一つです。売り手と買い手それぞれに、異なる目的や動機が存在します。
売り手が営業権譲渡を検討する主な理由には、以下のようなものがあります:
1. 経営状況の改善:業績悪化による経営圧迫を解消するため、事業の一部を売却して資金を確保します。
2. 不採算事業の整理:採算が取れない事業を清算し、経営資源を効率的に配分します。
3. 事業の選択と集中:多角化しすぎた事業を整理し、コア事業に経営資源を集中させます。
4. 人員再配置:余剰人員の整理や、他部門への人材の再配置を行います。
5. 事業承継の一環:後継者不在の場合、事業の存続を図るため譲渡を選択します。
一方、買い手が営業権譲渡を検討する主な理由には、次のようなものがあります:
1. 事業拡大:既存の顧客基盤や事業基盤を活用し、効率的に事業規模を拡大します。
2. 新規分野への進出:新たな事業領域に参入する際、既存の事業基盤を活用して迅速に市場参入を図ります。
3. 人材の確保:優秀な人材や専門的な技術を持つ従業員を一括して獲得します。
4. 競合企業の買収:市場シェアの拡大や競争力強化を目的として、競合企業を買収します。
5. グループ再編:ホールディングス化などの組織再編の一環として、事業の再配置を行います。
これらの目的は、企業の経営戦略や市場環境、財務状況などに応じて様々です。営業権譲渡を検討する際は、自社の現状と将来の展望を十分に分析し、最適な判断を下すことが重要です。
営業権譲渡には、売り手と買い手の双方にメリットとデメリットがあります。これらを十分に理解し、慎重に検討することが重要です。
1. 資金調達:売却益を得ることで、新たな投資資金を確保できます。
2. 経営効率の向上:不採算事業や非コア事業を整理し、経営資源を有効活用できます。
3. 財務体質の改善:負債の返済や自己資本比率の向上につながる可能性があります。
4. リスクの軽減:将来的なリスクを抱える事業から撤退することができます。
5. 事業承継問題の解決:後継者不在の場合、事業の存続を図ることができます。
1. ステークホルダーへの説明責任:取引先、従業員、株主などへの丁寧な説明が必要です。
2. 税金の発生:譲渡益に対して法人税等が課税されます。
3. 契約や手続の煩雑さ:関連する契約の見直しや、各種手続が必要となります。
4. 競業避止義務:一定期間、同様の事業を行えない可能性があります。
5. 従業員の処遇:従業員の転籍や退職に関する対応が必要となる場合があります。
1. 迅速な事業拡大:既存の事業基盤を活用し、効率的に事業規模を拡大できます。
2. シナジー効果:既存事業との相乗効果が期待できます。
3. 人材・技術の獲得:優秀な人材や専門技術を一括して獲得できます。
4. 市場シェアの拡大:競合企業の買収により、市場での地位を強化できます。
5. 税務上のメリット:のれん償却による節税効果が期待できます。
1. 財務負担:買収資金の調達や返済に伴う財務的負担が発生します。
2. 統合リスク:既存事業との統合に時間とコストがかかる可能性があります。
3. デューデリジェンスの負担:詳細な事前調査に時間と費用がかかります。
4. 想定外のリスク:隠れた債務や訴訟リスクなど、予期せぬ問題が発生する可能性があります。
5. 文化の違い:組織文化の違いによる摩擦が生じる可能性があります。
営業権譲渡を検討する際は、これらのメリットとデメリットを十分に吟味し、自社の状況に照らし合わせて判断することが重要です。また、専門家のアドバイスを受けることで、より適切な意思決定ができる可能性が高まります。
営業権譲渡における価格設定は、取引の成否を左右する重要な要素です。しかし、その価格相場は一概に定めることが難しく、様々な要因を考慮して決定されます。
1. 規模による違い
o 小規模ビジネス:一般的に、営業利益の1年分から2年分程度が目安となります。
o 大規模ビジネス:無形資産の価値が増大するため、より複雑な算定方法が用いられます。
2. 業界特性
o 成長産業:将来の成長性を考慮し、より高い評価となる傾向があります。
o 成熟産業:安定的なキャッシュフローを重視した評価が行われます。
3. 個別要因
o 顧客基盤の質と量
o ブランド力
o 技術やノウハウの独自性
o 市場シェア
o 財務状況
4. 一般的な算定方法 営業権譲渡価格 = 資産価額 + 無形資産の価額(のれんの価額) ここで、資産価額は譲渡される
事業における現金や固定資産など、目に見える資産を指します。
5. 交渉の重要性 最終的な価格は、売り手と買い手の交渉によって決定されます。双方が納得できる価格で合意するこ
とが重要です。
6. 専門家の活用 適正な価格を算出するため、M&Aアドバイザーや公認会計士などの専門家の助言を受けることが一般
的です。
営業権譲渡の価格は、単純な数式だけでは決定できません。事業の特性、市場環境、将来性など、多角的な視点から評価を行い、公正かつ合理的な価格設定を目指すことが重要です。
営業権譲渡における価値評価は、取引の公正性と妥当性を担保する上で極めて重要です。一般的に用いられる評価手法について、詳しく見ていきましょう。
この方法は、以下の式で表されます:
営業権譲渡価格 = 時価純資産額 + 「のれん」の価値
1. 時価純資産額
o 定義:企業が保有する資産から負債を差し引いた純資産を、現在の市場価値で評価した金額です。
o 算出方法:現金・預金、売掛金、固定資産、在庫、保険積立金などの資産と、負債を時価評価し、その差額を計算
します。
2. 「のれん」の価値
o 定義:企業の伝統、社会的信用、立地条件、技術力、顧客関係など、財務諸表には現れない無形の価値を指しま
す。
o 重要性:「のれん」は企業の将来的な収益力を反映するため、営業権譲渡価格の重要な構成要素となります。
この方法の特徴:
• 客観的な財務データと主観的な価値評価を組み合わせることで、より包括的な評価が可能となります。
• 時価純資産額は比較的算出しやすいですが、「のれん」の評価には専門的な知識と経験が必要です。
「のれん」の価値を具体的に算出する方法として、利益年倍法が広く用いられています。
利益年倍法の計算式: 「のれん」の価値 = 平均純利益 × 年数
1. 平均純利益
o 通常、過去2~5年間の純利益の平均値を使用します。
o 特殊要因による一時的な変動は、適切に調整する必要があります。
2. 年数(倍率)
o 業界の特性や事業の安定性に応じて設定されます。
o 例:
・競争が激しく変化の速い業界(外食産業など):1.5~2年
・比較的安定した業界(調剤薬局など):3~5年
利益年倍法の特徴:
• 計算が比較的簡単で、理解しやすい方法です。
• 業界の特性を反映させやすく、柔軟な評価が可能です。
• ただし、倍率の設定に明確な根拠がない場合もあり、主観的な判断が入る余地があります。
営業権譲渡の価値評価においては、これらの方法を組み合わせたり、他の評価方法(DCF法、類似企業比較法など)も併用したりすることで、より精度の高い評価を行うことが可能です。また、評価の過程では、以下の点に注意が必要です:
• 財務データの正確性と信頼性の確認
• 将来の事業計画や市場動向の分析
• 法的リスクや潜在的な債務の洗い出し
• 業界特有の価値評価要素の考慮
最終的には、専門家のアドバイスを受けながら、売り手と買い手が納得できる価格で合意することが重要です。適切な価値評価は、円滑な営業権譲渡の実現と、譲渡後の事業の成功につながる重要な要素となります。
営業権譲渡は複雑なプロセスを伴うため、適切な手順を踏んで進めることが重要です。以下に、一般的な実施手順を詳しく説明します。
1. M&Aアドバイザーの活用
o 専門知識を持つアドバイザーを通じて、最適な買い手を探索します。
o アドバイザーは、守秘義務を保ちながら、潜在的な買い手にアプローチします。
2. 候補企業のリストアップ
o 業界内の競合他社
o 垂直統合を目指す取引先企業
o 新規参入を検討している異業種の企業
o 投資ファンドなど
3. 選定基準の設定
o 財務力:買収資金力、財務健全性
o シナジー効果:既存事業との相乗効果
o 企業文化の親和性
o 従業員の処遇に対する姿勢
4. 初期的な接触
o 秘密保持契約(NDA)の締結
o 概要資料(ティーザー)の提供
o 関心表明書(LOI)の受領
5. 経営者面談
o 双方の経営者が直接対話し、経営理念や基本方針について意見交換します。
o この段階で信頼関係を構築することが、円滑な譲渡につながります。
1. デューデリジェンスの実施
o 財務デューデリジェンス:財務諸表の精査、収益性分析、資産評価など
o 法務デューデリジェンス:契約内容の確認、法的リスクの洗い出しなど
o 事業デューデリジェンス:市場分析、競合状況、事業計画の妥当性確認など
2. 専門家の活用
o 公認会計士:財務面の調査
o 弁護士:法務面の調査
o 税理士:税務面の調査
o 業界専門家:事業面の調査
3. 調査の範囲と深度
o 譲渡規模や複雑性に応じて、調査の範囲と深度を決定します。
o 重要なリスクや価値に影響を与える要素を見落とさないよう注意が必要です。
4. 情報の管理
o データルームの設置:秘密情報を安全に共有する環境を整備します。
o アクセス権限の管理:必要最小限の関係者のみがアクセスできるよう管理します。
1. 基本合意書(MOU)の作成
o 譲渡の基本的な条件を取り決めます。
o 独占交渉権や期限などを明記します。
2. 譲渡条件の詳細検討
o 譲渡対象の明確化:資産、負債、契約、従業員など
o 価格の決定方法:評価方法、支払条件など
o 表明保証条項:売り手の保証内容
o 誓約事項:クロージングまでの事業運営に関する取り決め
3. 価格交渉
o デューデリジェンスの結果を踏まえて、具体的な価格交渉を行います。
o 売り手と買い手の利害調整が重要となります。
4. 最終契約書の作成
o 弁護士のサポートを受けながら、詳細な契約書を作成します。
o 双方の権利義務関係を明確に定義します。
1. 取締役会決議
o 営業権譲渡の実施について、取締役会で決議します。
2. 株主総会の招集
o 株主総会の日時、場所、目的事項を決定し、招集通知を発送します。
3. 株主への情報提供
o 営業権譲渡の目的、条件、影響などについて、十分な情報を提供します。
4. 株主総会での決議
o 特別決議により承認を得る必要があります。
o 議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成が必
要です。
5. 反対株主への対応
o 株式買取請求権の行使に備え、適切な対応を準備します。
1. クロージング(譲渡実行日)の設定
o 譲渡契約で定められた条件が全て満たされたことを確認します。
2. 資産・負債の移転
o 対象となる資産・負債を買い手に移転します。
3. 代金の支払い
o 合意された方法で譲渡代金の支払いを行います。
4. 各種届出・登記
o 所轄官庁への届出や登記変更手続を行います。
5. 従業員への対応
o 雇用契約の承継や退職金の精算などを行います。
6. 取引先への通知
o 取引先に対して、営業権譲渡の事実と今後の対応について通知します。
7. システム移行
o ITシステムやデータの移行を実施します。
o セキュリティに十分注意を払い、適切なアクセス権限の設定を行います。
8. 業務引継ぎ
o 円滑な事業継続のため、詳細な業務マニュアルの作成や研修を実施します。
o キーパーソンの一定期間の残留を検討することも有効です。
9. ブランド・商標の取り扱い
o 譲渡対象に含まれるブランドや商標の使用権移転手続を行います。
10. アフターフォロー
o 譲渡後一定期間は、売り手が買い手をサポートする体制を整えることが望ましいです。
営業権譲渡の実施手順は複雑で多岐にわたるため、専門家のサポートを受けながら慎重に進めることが重要です。また、各段階で想定外の問題が発生する可能性があるため、柔軟な対応と十分なコミュニケーションが求められます。
営業権譲渡には様々な税務上の影響があります。適切な税務処理を行うことで、不必要な税負担を避け、円滑な譲渡を実現することができます。
1. 売り手の法人税処理
o 譲渡益の計上:営業権譲渡で得た対価から、譲渡資産の帳簿価額を差し引いた金額が譲渡益として計上されます。
o 課税のタイミング:原則として、譲渡を実行した事業年度の益金として扱われます。
o 譲渡損失の取り扱い:譲渡価額が帳簿価額を下回る場合、その差額は譲渡損失として損金算入されます。
2. 買い手の法人税処理
o 資産計上:取得した資産は時価で計上されます。
o のれんの償却:取得価額と時価純資産額の差額は「のれん」として計上され、原則として5年以内に均等償却しま
す。
3. グループ法人税制の適用
o 完全支配関係にある法人間の譲渡の場合、一定の要件を満たせば譲渡損益の繰延べが可能です。
o これにより、グループ内再編による税負担を軽減することができます。
4. 繰越欠損金の取り扱い
o 売り手に繰越欠損金がある場合、譲渡益と相殺できる可能性があります。
o ただし、租税回避防止の観点から、一定の制限が設けられています。
1. 課税対象
o 営業権譲渡は、原則として消費税の課税取引となります。
o 譲渡対象資産のうち、非課税資産(土地など)は消費税の計算から除外されます。
2. 課税のタイミング
o 原則として、譲渡時点で課税されます。
o ただし、譲渡対価の支払いが分割される場合は、支払時期に応じて課税時期が異なる可能性があります。
3. 課税標準額の算定
o 譲渡価額全体から非課税資産の価額を控除した金額が課税標準となります。
o 「のれん」も課税対象となるため、注意が必要です。
4. 仕入税額控除
o 買い手は、支払った消費税額を仕入税額控除の対象とすることができます。
o ただし、非課税資産に対応する消費税額は控除対象外となります。
5. 簡易課税制度の影響
o 売り手が簡易課税制度を採用している場合、みなし仕入率の適用により実際の仕入税額と差異が生じる可能性があ
ります。
6. 消費税の納税義務の免除
o 小規模事業者に該当する場合、消費税の納税義務が免除される可能性があります。
o ただし、高額な譲渡を行うと免税事業者の要件を満たさなくなる可能性があるため注意が必要です。
営業権譲渡に関する税務処理は複雑で、取引の詳細や企業の状況によって大きく異なる場合があります。また、税法の改正により取り扱いが変更される可能性もあるため、最新の情報を確認することが重要です。適切な税務処理を行うためには、税理士などの専門家に相談し、事前に十分な検討を行うことをお勧めします。
営業権譲渡は、企業の成長戦略や事業再編において重要な選択肢の一つです。適切に実施することで、売り手は経営資源の最適化や財務体質の改善を図ることができ、買い手は迅速な事業拡大や新規分野への進出を実現できます。
一方で、営業権譲渡には複雑な手続や慎重な検討が必要です。価値評価や税務処理など専門的な知識が求められる分野も多く、適切な専門家のサポートを受けることが重要です。また、従業員や取引先など、ステークホルダーへの配慮も欠かせません。
成功する営業権譲渡の鍵は、綿密な計画立案、適切な価値評価、円滑な交渉、そして確実な実行にあります。これらのプロセスを通じて、売り手と買い手の双方にとって価値ある取引を実現することができます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画