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M&A法務の全体像と法律の実施プロセスを解説

M&A法務とは何でしょうか?会社法や税法など多岐にわたる法律を遵守し、秘密保持契約から最終契約まで正しく進めることで、譲渡企業と譲受企業双方の目的を確実に達成できます。本記事では、経営者が押さえるべきM&A法務の全体像と手続の流れをやさしく解説します。

目次

  1. M&A法務が経営者に不可欠な理由
  2. M&Aに関係する主要五法
  3. 法務関連手続の全体像
  4. スキーム別契約引継ぎと実務対応
  5. 弁護士が果たす専門的サポート
  6. クロスボーダーM&A法務の注意点
  7. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)

M&A法務が経営者に不可欠な理由

M&Aを成功させるには、法律を正しく理解し、各手続を漏れなく行うことが欠かせません。仮に手続を怠ると、営業許可の失効や取引口座の凍結など、M&Aの目的そのものが達成できない恐れがあります。特に中小企業のオーナー経営者にとっては、限られたリソースで大きな決断を行う場面が多いため、法務の重要性はさらに高まります。

法令違反はM&A目的を失わせる

例えば会社分割で労働契約承継法を守らなければ、従業員の待遇が悪化し、士気低下や訴訟リスクを招きます。結果として、統合後のシナジーが得られず譲受価格が無駄になることもあります。

多岐にわたる法律を総合的に確認する

M&Aには商法・民法だけでなく、会社法、税法、金融商品取引法、労働契約承継法、独占禁止法など幅広いルールが絡みます。各法律が要求する手続や期限を整理し、スケジュールに落とし込むことが、時間とコストを抑える近道です。

M&Aに関係する主要五法

ここでは、M&Aに深く関わる代表的な五つの法律を取り上げます。いずれも適用範囲が広く、初期段階から専門家と確認することが大切です。

会社法は組織再編の手続きを規定

会社法は設立から組織運営、再編まで会社の基本ルールを定めています。合併・会社分割・株式交換などあらゆるM&Aスキームで会社法上の手続が必ず登場します。公告や債権者保護手続を怠れば、効力が発生しない恐れがあるため注意しましょう。

税法では税制適格組織再編が鍵

合併や分割で一定要件を満たすと、資産・負債を簿価で引き継ぎ評価損益を計上しないまま課税を繰延できます。反対に要件を外すと時価評価となり、多額の法人税が発生します。税制適格組織再編を使いこなすことが、譲渡企業・譲受企業双方の負担軽減につながります。

金融商品取引法は上場企業TOBを規制

上場会社を対象に大量の株式を取得する場合、市場買付や公開買付(TOB)のルールが適用されます。買付価格・期間・予定数量を公告し、公正な取引を確保する仕組みです。情報開示を怠れば、罰則や取引無効のリスクが生じます。

労働契約承継法が従業員保護を明示

会社分割では、従業員が不利益を被らないよう労働契約承継法が保護しています。主として分割事業に従事する従業員は原則として承継されますが、除外された場合は異議申立で権利を守れます。オーナー経営者は、従業員の理解を得るためにも法定手続を丁寧に行うべきです。

独占禁止法が競争制限をチェック

市場占有率が高まるM&Aでは、独占禁止法に基づき事前届出が必要となる場合があります。企業規模や市場シェアが一定ラインを超えると、公正取引委員会の審査対象となり、条件付き承認や取引中止の決定が下ることもあります。

法務関連手続の全体像

M&A法務は、契約書の作成だけでは完結しません。秘密保持契約から最終契約、そしてクロージング後の契約引継ぎまで、一連の流れを正確に押さえることで初めてリスクを最小限に抑えられます。

秘密保持契約で情報漏洩を防ぐ

M&A検討段階では、譲渡企業の財務・技術情報を譲受候補へ開示します。そこで秘密保持契約書(NDA)を締結し、秘密情報の定義や返還方法、存続期間を定めます。情報開示者は対象情報をきちんと限定し、受領者は期間や返還義務が現実的かを確認することがポイントです。

基本合意書で交渉範囲を確定する

譲受候補を絞ったあとは、基本合意書(LOI)を作成し、取引スキームや想定価格、独占交渉期間などを明確化します。売買義務自体には通常法的拘束力がありませんが、独占交渉権・費用負担・秘密保持など一部条項は拘束力を持つため、文言の書きぶりに注意が必要です。

法務デューデリジェンスでリスクを洗い出す

弁護士が主導する法務デューデリジェンスでは、訴訟・契約・許認可・知的財産など多面的にリスクを調査します。金額換算可能なリスクは譲受価格に反映し、換算困難なリスクは表明保証で担保するのが一般的です。重大リスクがあればM&A中止も選択肢となります。

最終契約書はM&Aの法的支柱

基本合意書で方向性が固まった後は、譲渡企業と譲受企業が議論を重ねて最終契約書(Definitive Agreement)を締結します。株式譲渡であれば株式譲渡契約書、事業譲渡であれば事業譲渡契約書など、スキームごとに名称は異なりますが、役割は共通しています。すなわち、M&Aの最終条件を詳細かつ網羅的に定め、当事者に法的拘束力を付与することです。表明保証やクロージング前提条件、誓約事項、競業避止義務、損害賠償条項などを明確化し、万一のトラブルを未然に防ぎます。特に表明保証違反に対する補償範囲や期間は、買い手の安心材料となるため慎重な交渉が求められます。

クロージング完了で譲受義務が確定

クロージングは代金決済と株式・事業の引渡しを同時に行う瞬間で、M&A実行のゴールです。ただし最終契約書で定めた前提条件(許認可取得や競争法の承認など)がクリアされなければ、クロージング自体が発生しません。売り手は事前に債権者保護手続や社内決議を済ませ、買い手は資金調達やガバナンス体制を整えるなど、双方が責任を果たすことで初めて譲受義務が確定します。なお条件未充足が長期化する場合には、契約を解除できるロングストップ条項を設けておくと、追加コストの発生を防げます。

スキーム別契約引継ぎと実務対応

M&A後の統合作業(PMI)をスムーズに進めるには、スキームごとの契約引継ぎルールを理解しておくことが不可欠です。誤った手順は取引先の信用失墜や従業員離職につながります。

株式譲渡は契約変更が最小限

株主が入れ替わるだけで対象会社自体は存続するため、一般的な取引基本契約や雇用契約は自動的に承継されます。ただし契約の中に「コントロール条項(Change of Control)」がある場合は、譲渡企業・譲受企業のいずれかが事前に相手方へ通知し、同意を得る必要があります。金融機関との融資契約や重要顧客の長期契約にはこの条項が多いため、法務デューデリジェンスで漏れなくチェックしましょう。

取締役人事と印鑑証明の整備がポイント

株主総会の決議に基づいて役員交代を行い、登記後に代表者印を変更する流れです。行政許認可や助成金手続では代表者の印鑑証明が求められることが多く、計画的に申請しないと業務が停止するリスクがあります。

事業譲渡は個別同意が必須

譲渡対象事業に紐づく債権債務を取引行為として移転するため、取引先・金融機関・従業員など利害関係者ごとに個別の同意を取得します。具体的には、契約譲渡通知書や債務引受承諾書を作成し、承諾印をもらう作業が必要です。大量の契約を期限内に処理しなければならないため、専任チームの編成やリーガルテックの活用が効果的です。

労働者は転籍を拒否できる

民法625条1項により、従業員は転籍に同意しない選択肢があります。譲渡企業は、転籍拒否者の処遇(残留部署の確保や退職合意)を事前に検討しないと、後日の紛争を招く恐れがあります。

会社分割は包括承継で公告が鍵

吸収分割や新設分割では、吸収分割契約書または新設分割契約書に記載された権利義務が承継会社へ一括移転します。労働契約も原則として自動承継ですが、労働契約承継法に基づき従業員へ説明を行い、除外希望者の異議申出期間を設けなければなりません。さらに、会社法に従い公告・催告を実施し、債権者からの異議有無を確認することで、承継の法的確実性が担保されます。

合併は債権者保護手続で完結

吸収合併・新設合併いずれの場合も、両社の全債権者に対して異議申述の機会を提供します。期限内に異議がなければ承認とみなし、効力発生日に債権債務が包括承継されます。労働契約は内容を変えずにそのまま移転するため、基本的に追加同意は不要ですが、人事制度が変わる場合は就業規則の周知義務を忘れないようにしましょう。

弁護士が果たす専門的サポート

税理士や仲介会社が数値面・交渉面を支援する一方、弁護士は法的リスクを総合的に管理し、意思決定を後押しします。

弁護士の主要業務とメリット

文書作成
秘密保持契約・基本合意書・最終契約書をリーガルチェックし、抜け漏れを防ぎます。

スキーム検証
会社法や税法の要件を満たす再編手法を設計し、税制適格組織再編の適否を判断します。

法務デューデリジェンス
訴訟・許認可・知的財産・契約の瑕疵を洗い出し、リスク対応策を提案します。

官庁対応
独占禁止法の事前届出や外国投資規制の審査などを代理し、タイムロスを減らします。

紛争解決
表明保証違反や価格調整条項を巡る紛争に備え、交渉・訴訟を想定した条項をドラフトします。

弁護士を起用することで、数字には表れにくい法的な不確実性を定量化し、譲受価格や契約条件に反映できます。特にクロスボーダーM&Aでは複数法域のルールが並存するため、現地弁護士との連携が成功の鍵となります。

仲介会社・税理士との役割分担

仲介会社は相手先探索と条件交渉をリードし、税理士は会計・税務の検証と最適化を担います。弁護士はこれらの前提となる法律面のリスク評価を担当し、三者協働でM&Aを推進する体制が理想です。

クロスボーダーM&A法務の注意点

国境を越えるM&Aは、複数の法令・文化・言語が絡み、調整コストが国内取引より高くなります。

複数法域の規制を同時に満たす

譲受企業が日本、譲渡企業が海外の場合、会社法・税法・独占禁止法など両国の規制を並行して確認します。例えば日本の公正取引委員会への届出と、対象国の競争当局への審査を同時並行で行い、審査期間が長い方をベースに全体スケジュールを組むと遅延を防げます。

タイムリーな情報共有が成功要因

時差と言語の壁があるため、オンライン会議ツールとクラウド型データベースを活用し、最新資料をリアルタイムで共有します。契約書は二言語対訳を作成し、レファレンス版として双方が確認できる形にすることで誤訳リスクを軽減できます。

文化差とガバナンスの溝を埋める

取締役会の権限範囲や株主総会の開催頻度など、ガバナンス慣行が国によって大きく異なります。締結前の合意書段階で、意思決定プロセスや報告義務を具体的に取り決め、統合後の混乱を避けましょう。文化的背景を理解する弁護士やコンサルタントが橋渡し役を果たすと、交渉が円滑に進みます。

まとめ

M&A法務は多岐にわたる法律と手続を統合的に管理する作業です。会社法や税法をはじめとする主要法の理解、秘密保持契約からクロージングまでの丁寧なプロセス設計、そして弁護士を中心とした専門家チームの活用が、譲渡企業と譲受企業双方の価値を最大化します。法務リスクを適切にコントロールし、安心して次の成長ステージへ進みましょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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