事業承継時には負債も引き継がれます。本記事では、債務超過や連帯保証のリスク、事業承継前の負債削減対策について詳しく解説します。円滑な事業承継のためのポイントをご紹介します。
負債とは、企業が将来的に支払わなければならない債務のことを指します。事業を展開する上で、負債は避けることが難しい要素の一つです。
例えば、商品を掛け売りで仕入れた際には「買掛金」という負債が発生し、土地の購入代金の一部が未払いの場合は「未払金」という形で負債が生じます。
負債は主に以下の2つに分類されます:
1. 流動負債:支払期限が比較的短期間(1年以内)の負債
例:未払金、買掛金
2. 固定負債:支払期限が1年以上の負債
例:長期借入金、社債
これらの負債は、金融機関からの借入以外にも、事業を行う上で様々な形で発生します。しかし、多額の負債は会社経営に大きな負担となる可能性があります。特に事業承継の際には、負債が後継者に引き継がれるため、過度な負債は円滑な事業承継の障害となることがあります。
債務超過とは、企業が負担する債務の金額が、その企業が保有する資産の金額を上回る状態を指します。言い換えれば、「会社のすべての資産を負債の返済に充てても、負債を返済しきれない状態」です。
債務超過の状態は、貸借対照表上で以下のように表されます:
• 負債 + 資本 = 資産
• 債務超過の場合:負債 > 資産となり、資本がマイナスになります
債務超過に陥ると、企業の信用が悪化し、次のような問題が生じる可能性があります:
• 金融機関からの新規融資が困難になる
• 既存の借入金の早期返済を求められる
• キャッシュフローが悪化し、会社の存続が危ぶまれる
このような状態が長期間続くと、企業の存続自体が困難になる可能性があるため、注意が必要です。
「債務超過」と「赤字」は、似たようなイメージを持たれることがありますが、両者は異なる概念です。
• 赤字:損益計算書において、当期の純損益がマイナスになっている状態
• 債務超過:貸借対照表において、負債が資産を上回る状態
つまり、赤字は1つの事業年度における収益のマイナスを示すのに対し、債務超過は一時点における企業全体の資本がマイナスになる状態を指します。
企業が得た利益は利益剰余金として純資産に加算されますが、赤字になると利益剰余金が減少し、純資産も減少します。そのため、赤字の状態が継続すると、以下のような流れで債務超過に陥る可能性があります:
1. 継続的な赤字により利益剰余金が減少
2. 純資産の減少
3. 純資産がマイナスとなり債務超過に
したがって、赤字経営が続く企業は、債務超過のリスクに注意を払う必要があります。債務超過を回避するためには、収益性の改善や資本増強などの対策が重要となります。
▶目次ページ:事業承継とは(事業承継とは)
事業承継を検討する際、多くの中小企業経営者が気にかけるのが負債の扱いです。「負債はどのように扱われるのか?」「後継者にどのような影響があるのか?」といった疑問が生じるでしょう。ここでは、事業承継における負債の取り扱いについて説明します。
事業承継を行う際、経営権や自社株式、事業用資産だけでなく、負債や金融借入(個人保証)も後継者に引き継がれることになります。例えば、金融機関からの借入金がある場合、後継者は事業承継後も契約通りに返済を続ける必要があります。
負債の引き継ぎに関する注意点:
1. 収益が安定していれば、返済は問題なく進められます
2. 返済資金が不足している場合、資産売却などの対策が必要となる可能性があります
3. リスクを回避するためには、事業承継前に経営改善を行い、負債や金融借入をできるだけ減らすことが重要です
事業承継において、負債だけでなく経営者個人が連帯保証人になっていることにも注意が必要です。中小企業では、金融機関からの融資時に経営者自身が連帯保証人になることが多く、事業承継時にはこの連帯保証問題が大きな課題となります。
連帯保証の承継に関する重要ポイント:
1. 後継者が金融機関から連帯保証の引き継ぎを求められることがあります
2. 保証契約は経営者個人と金融機関の間の契約であるため、後継者が必ずしも連帯保証を引き継ぐわけではありません
3. 事業承継時に先代経営者の連帯保証が自動的に解除されるわけではありません
4. 契約の解除などをしなければ、先代経営者の保証が残ることもあります
この問題への対策として、国では「経営者保証に関するガイドライン」に基づく支援策が実施されています。これを利用して取引金融機関と相談することで、連帯保証の解除が可能となる場合もあります。
事業承継後の経営を安定させるためには、事業承継前に適切な負債対策を講じることが非常に重要です。ここでは、事業承継における負債対策について、具体的な方法やポイントを詳しく解説します。
負債問題を解決するためには、会社の資金繰りを改善し、負債の軽減を図ることが重要です。以下に具体的な方法を示します:
1. 販路拡大や商品単価アップに取り組み、売上高を増加させる
2. 自社の商品ラインナップを見直し、利益率の高い商品に経営資源を集中させる
3. 固定費や原価の削減を図る
4. システム導入による人件費削減などの経費削減を進める
これらの方法によって会社の財務体質を改善し、収益を向上させることができれば、事業承継後の経営の安定性が向上します。
企業内に遊休資産が存在する場合、それらの売却も一つの選択肢となります。遊休資産とは、事業用資産として取得されたが、事業の変更や新たな機械の導入により使用や稼働が停止した資産を指します。
遊休資産の例:
• 使われていない土地や建物
• 稼働していない機械設備
• 利用されていないソフトウェア
遊休資産の売却益を負債返済に充てることで、負債を減少させることができます。これにより、事業承継時の負担を軽減することができます。
DES(デット・エクイティ・スワップ)とDDS(デット・デット・スワップ)は、負債を圧縮するための効果的な手法です。
1. DES(デット・エクイティ・スワップ)
債務を株式に転換することで負債を資本に変える方法
メリット:負債が減少し、純資産(資本)が増加することで、自己資本比率が向上する
2. DDS(デット・デット・スワップ)
負債を劣後ローンに借り換える手法
特徴:一定の要件を満たす劣後ローンは金融機関から資本として扱われることがある
メリット:金融機関による評価が向上する可能性がある
これらの手法を活用することで、事業承継前に負債構造を改善し、より安定した状態で事業を引き継ぐことができます。
過剰債務を抱えた会社の事業承継は、後継者にとって大きな経営上のリスクを伴います。ここでは、過剰債務企業の事業承継において考慮すべき重要なポイントについて解説します。
分社化は、過剰債務を持つ会社の事業承継において有効な選択肢の1つです。この方法では、収益性の高い部分だけを切り離し、新たな会社を設立することで、過剰な債務を引き継がずに事業承継を行うことができます。
分社化のメリット:
• 後継者は収益の良い部門を中心に経営を行うことができる
• 事業承継後の負担が軽減される
分社化の実現方法:
• 事業譲渡
• 会社分割(新設分割・吸収分割)
注意点:
• 残った負債は元の会社に返済義務が残る
• 経営者による弁済、あるいは破産手続などで返済義務を解消する必要がある
• 債権者が分社化の無効を訴えることができる
事業再生とは、債務超過などの困難な状況に陥った会社が、事業を大幅に改革し、廃業・清算せずに、収益力のある事業へと再建するプロセスを指します。
事業再生の意義:
• 過剰な負債を抱えているものの、収益力がある中小企業は少なくない
• 国は、このような企業の事業再生支援や円滑な事業承継を促進する目的で、「事業承継・引継ぎ補助金」を実施している
事業再生を通じて企業の収益力を回復させることで、より安定した状態での事業承継が可能となります。
経営改善が見込めないほどの過剰債務が存在する場合、事業承継ではなく事業廃業も検討が必要となります。事業廃業の手続は、株式会社と個人事業主の場合で異なる点に注意が必要です。
株式会社の場合:
1. 株主総会で特別決議を経て解散を決定
2. 解散登記を行う
3. 清算手続や債権者保護手続などを実施
個人事業主の場合:
1. 「個人事業主の開業・廃業等届出書」を税務署に提出
2. 関連する行政機関で必要な手続を行う
事業廃業は重大な決断ですが、過剰債務が解消できない場合には、後継者の負担を軽減し、新たな事業機会を模索するための選択肢となる場合があります。
事業承継を成功させるためには、会社や個人事業の財務状況を正確に把握し、早期に対策を講じることが極めて重要です。特に、過剰債務を抱える企業の事業承継においては、資産と負債の状況を詳細に理解し、適切な管理を行うことが不可欠です。
資産負債管理のポイント:
1. 個人資産と会社資産の区別
中小企業では、経営者の個人資産と会社資産が混在しているケースが多く見られます
会社の負債を正確に把握するためには、個人資産と会社資産を明確に区別して管理することが重要です
2. 正確な財務状況の把握
資産と負債の詳細な内訳を把握する
隠れた負債や偶発債務がないか確認する
定期的に財務状況をチェックし、変化を把握する
3. 早期対応の重要性
負債の圧縮や遊休資産の売却、DESやDDSの実施には時間と労力がかかります
問題が深刻化する前に、早期に対策を講じることが重要です
4. 専門家の活用
複雑な財務状況の分析や対策の立案には、専門家のサポートが有効です
税理士や公認会計士、中小企業診断士などの専門家に相談することをお勧めします
5. 継続的なモニタリング
対策実施後も、定期的に財務状況をチェックし、必要に応じて追加の対策を講じる
適切な資産負債管理と早期対応により、事業承継のリスクを軽減し、円滑な承継を実現することができます。財務状況の改善には時間がかかることもあるため、事業承継を検討している経営者は、できるだけ早い段階から準備を始めることが望ましいです。
事業承継における負債の問題は、企業の継続性と後継者の負担に大きく影響します。負債を適切に管理し、可能な限り圧縮することが重要です。資金繰りの改善、遊休資産の売却、DESやDDSの活用など、様々な対策を検討し、専門家のアドバイスを得ながら、早期に取り組むことが成功の鍵となります。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事