M&Aにおける「のれん」とは|会計・税務の処理、計算方法を解説

M&Aにおける「のれん」とは、買収金額(譲渡金額)と対象会社の時価純資産額との差額です。本記事では、「のれん」の概要や算出方法、会計処理方法などを詳しく解説いたします。さらに、M&Aを成功させるための「のれん」に関する注意点も提供しますので、ぜひ参考にしてください。

目次

  1. M&Aにおける「のれん」の意味とは?
  2. M&Aに際して「のれん」がなぜ重要か
  3. 会計のれん、税務のれん
  4. M&Aにおける「のれん」の計算方法
  5. のれんに関する売り手の留意点
  6. のれんに関する買い手の留意点
  7. まとめ

M&Aにおける「のれん」の意味とは?

M&Aの際に用いられる「のれん」とは、企業価値を数値化できない部分や将来の収益性を現在の企業価値に加算するために算出される数値のことを指します。「のれん」はM&A取引金額に大きく影響を与えるため、その性質や取り扱い方法について理解しておくことが重要です。

目に見えない資産価値を表す勘定科目

「のれん」とは、目に見えない資産価値を示す勘定科目の一つです。かつては「営業権」とも呼ばれていました。譲受企業は、「のれん」を無形固定資産として計上する必要があります。日本会計基準では20年以内に定額法で償却することが求められていますが、国際会計基準では償却が行われないなど、会計基準によって取り扱い方が異なります。

「のれん」に該当する企業の資産価値の要素

「のれん」は無形固定資産に計上され、日本会計基準では20年以内に定額法で償却されることが定められています。償却額は販売費および一般管理費に計上されます。「のれん」の構成要素としては、事業価値、ブランド力、取引先リスト、技術力など目に見えない価値が含まれています。

純資産と買収価格の差額が「のれん」となる場合

「のれん」の定義としては、時価ベースの純資産とM&A取引金額の差額が「のれん」となります。逆に、純資産よりも低いM&A取引金額で譲受する場合には、「負ののれん」と呼ばれることがあります。

【のれん】


【負ののれん】

 


「のれん」の定義をもっともわかりやすく説明すると、買収対象企業の純資産と買収金額の差額というものです。数式で表すと、「買収金額 - 純資産」となります。純資産は比較的簡単に計算できますが、買収金額は買い手が買収される会社の収益力やブランド力などをどの程度評価するかによって変わります。


負の「のれん」が意味するものとは?

「負ののれん」とは、純資産よりも安いM&A取引金額で譲受した場合に発生するものです。対象会社の時価純資産は相応にあっても、収益性が低く、株式価値としては低額で合意したケースが典型です。訴訟リスクや決算書に表れないリスクなど、何らかのリスクを抱えている可能性も捨てきれないので注意が必要です。

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)

M&Aに際して「のれん」がなぜ重要か

M&A(企業の合併や買収)の際、「のれん」は、譲渡企業と譲受企業双方にとって重要な要素となります。譲渡企業にとっては、M&Aの取引金額交渉においての大事な材料となります。

会計上の「のれん」は20年以内に償却されますが、税務上の「のれん」は5年間で償却し損金算入が可能です。譲受企業はこの「のれん」による損金算入分で税金を軽減できるため、譲渡企業はそれによって得られた分をM&A取引金額の交渉材料として利用することができます。

ただし、事業譲渡や非適格分割の場合には税務上の「のれん」が発生しますが、株式譲渡の場合にはそうではない点に注意が必要です。

会計のれん、税務のれん

M&Aの際に扱われる「のれん」には、会計上の「のれん」と税務上の「のれん」の2種類が存在します。それぞれの取り扱いが異なるため、細かく見ていきましょう。

会計における「のれん」

会計上の「のれん」は、「日本会計基準」と「国際会計基準」で取り扱いが異なります。また、「個別財務諸表」と「連結財務諸表」では扱い方も違います。それぞれの違いを詳しく解説します。


日本会計基準と国際会計基準

日本会計基準においては、「のれん」は20年以内に定額法によって償却されます。また、「のれん」が減損の兆候がある場合には、「のれん」の減損を行うかどうかを判断する必要があります。定額法による償却が行われるため、「のれん」の収益力があっても営業利益にマイナスの影響が及ぶことがあります。

国際会計基準では日本会計基準とは異なり、「のれん」の償却は行われません。代わりに、毎年、減損テストが実施され、「のれん」の帳簿価額と回収可能額を比較することが求められます。減損テストによって減損処理が行われる場合、日本基準よりも大きな金額となる点に注意が必要です。


個別財務諸表と連結財務諸表

個別財務諸表は、企業単体が決算時に作成する財務諸表です。連結財務諸表は、子会社を含めたグループ全体について作成される財務諸表です。

個別財務諸表と連結財務諸表では「のれん」の取り扱いが異なります。株式譲渡や株式交換によるM&Aの場合、子会社株式が資産として計上されますが、個別財務諸表では「のれん」が計上されない一方、連結財務諸表では記載されることがあります。

税務における「のれん」

税務において、「のれん」とは、「資産調整勘定」および「負ののれん」に相当し、「差額負債調整勘定」と呼ばれます。会計上の「のれん」と性質が似ているため、税務上でも「のれん」という言葉が使用されるようになりました。税務上の「のれん」は、5年間(60か月)で月割の定額償却が適用されます。また、株式譲渡によるM&Aでは「のれん」は発生せず、事業譲渡等によるM&Aの場合には「のれん」が発生するとされています。

M&Aにおける「のれん」の計算方法

「のれん」は、譲渡対象企業の純資産とM&A取引額の差額を指します。本稿では、純資産とM&A取引額の算出方法について、それぞれの基準となる計算方法を詳しく説明いたします。複数の計算方法が存在し、それぞれにメリット・デメリットがありますので、この記事を参考にして、自社に適した計算方法を選択してください。

売り手の純資産の計算方法

譲渡対象企業の貸借対照表に記載されている資産と負債を、時価評価に基づいて再計算することで、時価純資産を算出します。具体的には、売掛金や受取手形に不良債権が存在しないか、不動産に含み損益がないか、積立保険に含み損益がないかなど、資産の検証を行います。同様に、未払い残業代や退職給付債務などの負債についても検証を行い、時価総資産と時価総負債の差額をもって時価純資産とします。

M&A取引金額の算出方法

M&A取引金額の算出方法には、資産・負債の時価、将来の収益力、市場取引価格との比較の3つの手法が存在します。これらのアプローチ方法が異なりますので、以下でそれぞれの手法について説明します。


インカム・アプローチ

インカム・アプローチは、将来の収益力や予測されるキャッシュフローを基に株式価値を算出する方法です。具体的には、DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法と配当還元法の2つの手法があります。DCF法では、将来予測されるキャッシュフローをリスクを反映した割引率で現在価値に割り引くことにより、株式価値を算出します。一方、配当還元法では、将来の予想配当額を利率で割引して元本の株式価値を算出する手法です。インカム・アプローチは事業計画や将来の予想数値に基づいて算出されるため、恣意性を排除することが難しいというデメリットがあります。


マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチは、対象企業と類似する上場企業の経営指標を比較して株式価値を算出する方法です。基本的な手法である類似会社比較法(マルチプル法)では、同業種の類似上場企業の経営指標と比較して株式価値を算出します。その他にも市場株価法や類似取引法などの手法があります。マーケット・アプローチは市場を基準にして算出される手法であり、客観性が保たれますが、市場の状況(政策や風評被害など)に大きく影響されるというデメリットがあります。


コスト・アプローチ

コスト・アプローチは、純資産を基に株式価値を算出する方法で、簿価純資産法と時価純資産法の2つの手法があります。簿価純資産法では、貸借対照表の純資産をそのまま株式価値として使用する手法です。また、時価純資産法では、評価時点での資産の時価から負債の時価を差し引いて株式価値を算出する手法です。コスト・アプローチは過去の実績に基づく株式価値評価方法であり、客観性が保たれますが、将来獲得できるであろう利益を反映させることができないというデメリットがあります。

のれんに関する売り手の留意点

M&Aにおいて、「のれん」の評価額をいかに高くするかが、M&A取引額を引き上げる重要なポイントとなります。以下に、売り手の経営者や担当者が参考にできるように、「のれん」の評価額を高めるポイントを説明します。

自社の価値を把握できる交渉相手を選ぶ

売り手にとって、自社の価値を理解してくれる譲受会社との交渉を行うことが重要です。業界知識や製品・サービスの知識が乏しい譲受先では、自社の事業や会社に対する理解度が低く、高い評価が得られないことが予想されます。また、M&Aへの投資資金を自己資金で賄うなど、資金力が充実している譲受企業と取引することも大切なポイントです。

自社の強みを十分に把握する

売り手は、譲受企業に自社の価値を理解してもらうために、自社の強みを把握し、整理することが求められます。技術力、製品・サービスの認知度、取引先・新規顧客リストなどを整理することが効果的です。さらに、自社の財務状況や事業運営状況の健全性も確認しておくことが重要です。

自社の強みを上手く伝える

売り手は、自社の強みを整理した上で、買い手に効果的に伝えることが大切です。売り手と買い手の間には利益相反の関係が存在するため、買い手が企業価値を評価する際に、売り手からの情報提供が欠かせません。適切な情報提供を通じて、買い手が高い評価を付けざるを得ない状況を作り出すことを目指しましょう。

のれんに関する買い手の留意点

M&Aにおいて、譲受企業が「のれん」に関して特に気を付けるべき点は、M&A後に円滑な事業運営を成功させ、減損が発生しないように譲受することが重要です。「のれん」を減損させないために注意すべきポイントについて、以下で詳しく説明いたします。

「のれん」の評価額が適切であるかどうかを見極める

「のれん」は、数値化できない企業価値を算出し、企業価値に加えることになるため、市場や景気、立場(買い手・売り手)によって評価額が大きく変わり、適正な評価が非常に難しいとされています。買い手は、自社とのシナジー効果を通じて得られる収益力の向上や事業の将来見通しを考慮し、「のれん」の評価額を正確に見極める必要があります。

簿外債務に気を付ける

譲受企業はデューデリジェンスにより、譲渡企業の貸借対照表に記載されていない債務の有無を徹底的に確認することが重要です。係争中の訴訟や未払い残業、退職給付債務などの簿外負債が存在する場合、「のれん」の減損リスクが高まります。さらに、M&A後に簿外債務が判明した場合、譲受企業側が対応を迫られることになり、手間やコストが増えてしまいます。そのため、事前の調査と確認をしっかり行うことが大切です。

組織の統合に配慮する

M&A後の事業運営が円滑に行われない場合、譲渡企業の本来の収益力を維持することができず、「のれん」の減損リスクが高まります。事業運営を円滑に進めるためには、以下の点に注意が必要です。

 • 譲渡企業と譲受企業から派遣される人材の融合(人事制度を含む)

 • 勤怠や営業管理などのシステムの統合

 • M&Aに伴う対応範囲の変更がある場合の取引先への配慮

円滑な組織統合が実現できるよう、各所での配慮が求められます。

まとめ

売り手にとっての「のれん」は、企業価値を高めるために欠かせない要素です。一方で、買い手にとっての「のれん」は、M&Aの成功を目指し、売り手を説得するための武器となるが、過剰に評価されるとM&Aの失敗にもつながるリスクがあります。利益が相反する両者にとって大きな交渉ポイントとなるため、専門家を活用しながら、「のれん」の評価額を正しく見極めることが大切です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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