環境デューデリジェンスで確認するM&Aリスクと対応策

環境デューデリジェンスは、土壌汚染、排水、廃棄物、アスベスト、PCBなどの潜在リスクを調べ、M&Aの譲渡価格や契約条件へ反映する調査です。主な調査項目、3段階の進め方、費用を左右する要因、海外案件での注意点、会社売却前に売り手が準備すべき資料を解説します。

目次

  1. 環境DDがM&Aの条件交渉を左右する理由
  2. 見落としやすい環境リスクを事業別に確認する
  3. 懸念を絞る3段階の調査
  4. 発見事項を価格・契約・PMIへつなぐ
  5. 海外M&Aで広がる環境確認の範囲
  6. 売り手が会社売却前に整える資料
  7. まとめ

ESGデューデリジェンスでM&Aのリスク管理のポイントを整理

環境DDがM&Aの条件交渉を左右する理由

環境デューデリジェンス(環境DD)とは、M&A(合併・買収)や不動産取引に先立ち、対象会社の工場、倉庫、土地、建物、設備などが抱える環境リスクを調べる手続です。

法令違反の有無だけを見る調査ではありません。土壌汚染や有害物質が見つかった場合の対策費用、操業への影響、近隣対応、行政への届出、会社の信用低下まで確認し、M&Aを進めるか、譲渡価格や契約条件をどう調整するかを判断します。

環境問題は、決算書だけでは分からないことがあります。買収後に汚染や設備の不備が見つかると、浄化工事、設備改修、廃棄物処分などの支出が発生し、事業計画が大きく変わることも。

こうした将来の負担を事前に把握することが、環境DDの主な目的です。

環境DDとESGデューデリジェンスの違い

環境DDは、対象会社の土地、建物、設備、排気、排水、廃棄物、有害物質など、環境分野を中心に調べます。M&Aの価格や事業継続に直接影響する問題を確認する調査です。

一方、ESGデューデリジェンスは、環境に加えて、人権、労働、取締役会、法令遵守、腐敗防止なども対象にします。サプライチェーンを含め、買収後も継続して管理する点が特徴です。

環境DDは、ESGデューデリジェンスの環境分野に含まれますが、M&A実務では土地や設備に関する具体的な費用まで踏み込んで確認します。

見落としやすい環境リスクを事業別に確認する

環境DDでは、法令や届出を確認する調査、現地の状態を確認する調査、将来費用を見積もる調査を組み合わせます。

製造業だけが対象ではありません。過去に工場として使われた土地、古い倉庫、給油設備、地下タンク、老朽化した建物を保有または賃借している会社でも、環境リスクが見つかる場合があります。

土壌・地下水汚染と土地の利用履歴

土壌や地下水のリスクは、現在の事業だけでは判断できません。過去にメッキ、印刷、クリーニング、化学品、金属加工、燃料などを扱っていた土地では、以前の事業による汚染が残っている可能性があります。

古地図、登記、航空写真、行政資料、過去の調査報告書などから土地の利用履歴を確認し、必要に応じて土壌や地下水を採取して分析します。

汚染が見つかった場合は、浄化費用だけでなく、土地利用の制限、工事の遅れ、汚染土壌の運搬・処分費も検討が必要です。会社売却の終盤で疑いが生じると、買い手の判断が止まることがあります。

排気・排水と騒音・振動

工場や事業所から出る排気・排水については、必要な届出、測定記録、基準超過の有無、処理設備の保守状況を確認します。

設備が法令上の基準を満たしていても、老朽化によって近い将来に更新が必要な場合は、その費用が買収後の負担になります。

騒音や振動も重要です。法令上の基準内であっても、近隣住民からの苦情が続いていると、防音設備の追加や操業時間の変更が必要になる場合があります。

廃棄物と危険物の管理

産業廃棄物については、保管場所、委託契約、処理業者の許可、マニフェスト、最終処分までの確認体制を調べます。

廃棄物処理を外部に委託していても、排出した会社の責任が直ちになくなるわけではありません。不適切な処理が見つかれば、行政対応や信用低下につながるおそれがあります。

油類、薬液、毒物、劇物、危険物については、届出、保管方法、漏えい防止設備、SDS(安全データシート)、過去の事故履歴を確認します。

アスベストとPCBを含む建物・設備

古い建物では、アスベストを含む建材が使われている可能性があります。通常の使用中に問題がなくても、M&A後に改修や解体を行うときは、事前調査、飛散防止、除去、処分に費用がかかります。

古い変圧器やコンデンサーでは、PCBを含む絶縁油が使われている場合があります。低濃度PCB廃棄物の処分期間は2027年3月31日までです。対象設備の有無だけでなく、分析、届出、保管、処分の進み具合も確認します。

将来規制の対象になり得る物質も確認する

環境規制は固定されたものではありません。近年はPFASと呼ばれる有機フッ素化合物など、従来の環境DDでは調査対象になりにくかった物質への関心も高まっています。

すべてを一律に調べる必要はありませんが、対象会社の業種、使用物質、海外拠点の有無から、将来の規制強化が事業へ与える影響を検討します。

懸念を絞る3段階の調査

最初からすべての土地を掘削し、すべての物質を分析すると、時間と費用が膨らみます。そのため、土壌汚染を中心とした環境調査では、一般に3段階で懸念を絞り込みます。

フェイズ1 資料調査とヒアリング

フェイズ1では、土地の利用履歴、行政への届出、測定記録、廃棄物処理資料、事故・漏えい記録、近隣苦情、過去の調査報告書などを確認します。

経営者、工場長、設備担当者へのヒアリングに加え、現地で排水口、薬品保管場所、地下タンク、古い設備などを目視することもあります。

この段階では、汚染の有無を断定するのではなく、追加調査が必要な場所を絞り込みます。資料が不足している場合は、その不足自体がリスクとして扱われることもあります。

フェイズ2 概況調査

フェイズ1で懸念が見つかった場合は、表層土壌の採取や限定的なサンプリングを行い、汚染の可能性を確認します。

調査地点は、過去に薬品や油類を扱っていた場所、廃棄物を保管していた場所、地下タンクの周辺などから選びます。

概況調査の結果、基準を超える物質や異常が確認された場合は、さらに詳細な調査へ進みます。

フェイズ3 詳細調査

フェイズ3では、ボーリング調査などによって、汚染物質の種類、濃度、広がり、深さを詳しく確認します。ボーリング調査とは、地中に穴を開けて土壌や地質を確認する方法です。

必要に応じて地下水も採取し、汚染が敷地外へ広がっていないかを調べます。この調査結果を基に、浄化、封じ込め、掘削除去などの対策方法を検討します。

調査後に対策費用と期間を見積もる

3段階の調査で環境問題の範囲を把握した後、対策費用と必要期間を見積もります。

環境リスクへの対応には、汚染土壌の除去だけでなく、設備改修、廃棄物処分、継続的な測定、行政との協議、操業停止への対応なども含まれます。

費用は調査の深さと対象拠点で変わる

環境DDの費用に一律の相場はありません。拠点数、敷地面積、過去の土地利用、調査物質、サンプリング地点、結果を急ぐ必要性などによって大きく変わります。

資料調査や現地確認だけで済む案件もあれば、詳細調査によって費用が大幅に増える案件もあります。

追加調査の条件まで見積書で確認する

専門家へ依頼する際は、初期調査の金額だけでなく、どのような結果が出たら追加調査へ進むのかも確認します。

試料数や分析項目が増えた場合の費用、報告書に含まれる範囲、対策費用の試算まで対応するかを事前に決めておくと、途中で予算が大きく変わるリスクを抑えられます。

専門家は対象リスクに合わせて選ぶ

土壌汚染、アスベスト、PCB、排気・排水では、必要な知識や資格が異なります。

環境コンサルティング会社、土壌汚染調査の専門機関、分析機関、建築・設備の専門家などから、対象会社の業種と懸念に合う体制を選ぶことが重要です。海外拠点がある場合は、現地法令と現地調査に対応できるかも確認します。

発見事項を価格・契約・PMIへつなぐ

調査報告書を受け取るだけでは、環境DDを実施した意味がありません。発見事項を金額、契約、M&A後の対応へ落とし込む必要があります。

将来支出を企業価値の判断に反映する

浄化費用や設備改修費を合理的に見積もれる場合は、譲渡価格を調整する材料になります。

金額を確定できない場合でも、発生する可能性、影響額の幅、発生時期を整理すると、買い手は許容できるリスクかを判断しやすくなります。

売り手にとっても、調査結果と対策費用を示せれば、買い手から過大な価格減額を求められた際に、根拠を持って交渉できます。

表明保証と補償を使い分ける

環境リスクの内容に応じて、売り手が一定の事実を保証する表明保証、問題が起きた場合の補償、M&A実行前の撤去・処分、譲渡代金の一部留保などを検討します。

ただし、環境問題は原因や範囲が分かりにくいため、契約条項だけで解決しようとすると、M&A後に争いが残ることがあります。可能な範囲で事実確認と費用の見積りを進めたうえで、責任分担を決めることが大切です。

重大な問題は取引中止にもつながる

深刻な汚染、必要な許認可の不足、対応費用の上限が見えない問題は、取引中止の判断につながることがあります。

一方、対策方法、費用、実施時期、責任分担が明確であれば、価格調整や契約条件の工夫によって取引を進められる場合もあります。

リスクがあるから直ちにM&Aができないわけではありません。判断できる状態まで情報を整理することが重要です。

PMIで改善計画を実行する

環境DDで見つかった問題のうち、M&A実行後に対応するものは、PMI(M&A後の統合プロセス)の計画へ入れます。

責任者、期限、予算、行政対応、設備更新、従業員への安全教育、測定方法を具体化します。調査で把握した問題を放置すると、買収後に同じリスクが残ります。

他のデューデリジェンスと連携する

環境リスクは、財務、法務、事業、不動産、人事労務、ITの各調査と分けて考えられません。

将来の対策費用は財務モデルへ反映し、許認可や補償の問題は契約条件へつなげます。操業停止の可能性がある場合は、事業計画への影響も検討します。

海外M&Aで広がる環境確認の範囲

海外拠点を含むM&Aでは、日本の法令だけで判断できません。対象会社が所在する国や地域の環境規制、行政手続、土壌汚染への責任、廃棄物処理のルールを確認する必要があります。

米国ではPhase I ESAが利用される

米国の不動産を含む取引では、ASTM E1527に基づくPhase I Environmental Site Assessmentが利用されることがあります。

過去の土地利用、行政記録、現地の状況などを調べ、汚染の可能性があるかを評価する調査です。日本の環境DDと似た部分がありますが、法的な位置付けや責任の考え方は異なるため、現地専門家への確認が必要です。

EUではサプライチェーンも確認対象になる

EUでは、人権や環境に関するデューデリジェンスを企業へ求める制度整備が進んでいます。

海外M&Aでは、対象会社が保有する土地や工場だけでなく、子会社、仕入先、委託先を含むサプライチェーン上の環境リスクが、買収後の管理課題になる場合があります。

制度は改正されることがあるため、対象会社の規模、所在地、適用時期を案件ごとに確認します。

気候変動と生物多様性も確認する

近年の環境DDでは、大気、水、土壌、廃棄物だけでなく、温室効果ガス、森林減少、水資源、生物多様性への影響も確認対象になりつつあります。

M&Aの初期段階では、取引価格や事業継続に直結する重大リスクを優先します。その後、買収後の環境管理では、対象範囲をサプライチェーンまで広げていく方法が実務的です。

OECDの考え方を買収後の管理へ生かす

OECDのガイダンスでは、企業方針への組込み、負の影響の特定・評価、防止・軽減、取組結果の追跡、説明、是正という流れが示されています。

M&A前の環境DDで見つかった課題をこの流れへ引き継ぐことで、単発の調査で終わらず、買収後の改善につなげられます。

ISO14001などの環境マネジメントシステムを活用する方法もあります。ただし、認証を取得していることだけで、過去の汚染や個別設備の問題がないとは判断できません。

売り手が会社売却前に整える資料

「問題が見つかると会社が売れなくなる」と心配し、環境資料の提出をためらう経営者もいます。

しかし、買い手が強く警戒するのは、問題そのものより、問題の範囲や費用が分からない状態です。早い段階で事実を整理し、対応方針を示せれば、条件調整によってM&Aを進められる可能性があります。

拠点ごとに資料を整理する

所有地と賃借地を分け、土地の過去の用途、許認可・届出、測定記録、廃棄物処理資料、化学物質一覧、設備台帳、行政指導、事故・漏えい、近隣苦情、過去の調査や工事を拠点ごとに整理します。

資料が見つからない項目については、工場長、設備担当者、元従業員など、誰に確認すれば分かるかを整理しておきます。

古い設備と改修計画を確認する

変圧器、コンデンサー、地下タンク、ボイラー、排水設備、古い建材などは、現在使用できていても、将来の更新費用につながります。

売却後に建替え、増築、用途変更が予定されている場合は、その計画を前提として、アスベスト、PCB、土壌の追加調査が必要かを確認します。

過去の問題は是正内容まで説明する

過去に測定値の基準超過や行政指導があっても、原因、是正内容、再発防止策、現在の測定結果が整理されていれば、買い手はリスクを評価できます。

説明が後から変わったり、現地の状況と資料が一致しなかったりすると、他の情報まで信用されにくくなります。問題を隠すよりも、事実と対応履歴を整理して開示することが重要です。

まとめ

環境デューデリジェンスでは、土壌・地下水、排気・排水、廃棄物、危険物、アスベスト、PCBなどを段階的に調べ、将来費用と事業継続への影響を整理します。売り手は資料を早めに準備し、問題の範囲と是正状況を示すことが大切です。調査結果を譲渡価格、契約条件、PMIへ反映すれば、M&A後の想定外支出を抑え、双方が納得できる判断につながります。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人