ESGデューデリジェンスでM&Aのリスク管理のポイントを整理
ESGデューデリジェンスとは何でしょうか?環境・社会・ガバナンスのリスクを明らかにし、M&A成功や投資判断を支える方法を分かりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(デューデリジェンス)
ESGデューデリジェンスは、企業が環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に関する負の影響を洗い出し、防止や緩和に取り組み、その経過と結果を説明するプロセスです。Eは気候変動や生物多様性、水資源、廃棄物問題など、Sは労働条件や人権、ダイバーシティ、地域社会との関係、Gは取締役会の独立性や法令遵守、情報開示などを対象とします。
ESGデューデリジェンスの本質は、当然払うべき注意を行いリスクを防ぐ努力を説明責任とともに果たすことにあります。OECD行動方針が示すように、防止だけでなく説明が重要です。
投資家や金融機関は、ESGの観点を企業評価の重要指標としています。また、インパクトファイナンスの拡大により、環境や社会に具体的な効果を示す投資が求められています。
ESG経営を行う企業は持続可能な成長が期待されるため、ESGデューデリジェンスの結果は投資判断の材料となります。
投資収益に加えて社会的インパクトを重視する資金調達では、ESGデューデリジェンスが効果測定の資料になります。
ESGデューデリジェンスは企業に多面的な利点をもたらしますが、課題も存在します。
ESGのEに当たる環境デューデリジェンスは、M&Aにおける主要調査の一分野です。買収側企業は対象企業の土地や施設に潜む土壌汚染などのリスクを把握し、取引条件へ反映します。
環境リスクを事前に定量化し契約に反映することで、不測の対策費用やレピュテーション低下を防ぎます。
それぞれのケースで想定される主なリスク
ESGデューデリジェンスでは、法的・物理的・経済的な観点から幅広い情報を収集します。
具体的な物質例
土壌汚染特定有害物質、ダイオキシン類、アスベスト、PCB、ホルムアルデヒド、産業廃棄物、地盤液状化リスクなどが対象です。
一般的には1.5〜3か月かけて、資料調査、ヒアリング、現地調査、分析、対応策策定の順に進めます。
規模と深度により50万円から300万円超まで幅があります。
代表的なフレームワークとしてOECDガイダンスとISO規格があります。
ISO14001は環境マネジメントシステム、ISO26000は社会的責任の国際規格です。既に導入済みの企業は、要求事項をESGデューデリジェンスの手順に照合することで、効率的な運用が可能になります。
ESGの観点はSDGsと親和性が高く、ESGデューデリジェンスを実行すること自体が持続可能な未来への貢献となります。
温室効果ガス削減や廃棄物削減の努力は、SDGs目標13や14、15と直結します。
労働安全や人権尊重はSDGs目標3、5、8、10につながります。
透明性の高い情報開示や腐敗防止策はSDGs目標16に通じ、長期的な企業価値向上を支えます。
ESGデューデリジェンスの成果を高めるための社内体制
ESGデューデリジェンスは一度きりの調査ではなく、買収検討段階からPMIまで継続的にリスクをモニタリングすることで効果を発揮します。担当部署だけでなく経営陣、人事、法務、財務が連携し、サプライチェーン全体を視野に入れた統合的な体制を構築することが重要です。特に海外拠点がある場合は国際的な法規制を踏まえ、現地スタッフと協働して情報を収集することで、グローバル水準のコンプライアンスを確保できます。
ディールブレーカーになり得る重大リスクの例
KPMGの調査によれば、ESGデューデリジェンスで重大事項が発見されると、約半数のケースで取引自体が破談となっています。たとえば、深刻な土壌汚染、強制労働の疑い、会計不透明性などは投資家の信頼を失い、買収後の統合コストが急増する要因となります。初期段階で早期警戒シグナルを掴むことが、損失回避への近道です。
ESGデューデリジェンスを成功させる三つのポイント
これらを徹底することで、ESGデューデリジェンスは単なるリスクチェックに止まらず、企業価値創造の手段として機能します。
OECDの「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」は、ESGデューデリジェンスを進める際の実践的な道しるべです。ここでは六つのプロセスそれぞれを、企業が取り得る具体行動に沿って示します。
最初に、労働者や環境、人権などに関する既存方針を点検し、ESGの観点を加味して更新します。上級管理者が責任者となり、全社的に共有することで組織文化へ定着させます。
事業領域やサプライチェーンを俯瞰し、どこで環境・社会・ガバナンス上の負の影響が発生し得るかを洗い出します。概略図を作成し、ハイリスク領域を優先調査対象に設定します。
原因を突き止めたら、負の影響を防ぐ責任を役員クラスに割り当て、対策計画やKPIを策定します。自治体の指針に沿った環境対策や、労働安全衛生マネジメントシステムの導入などが含まれます。
対策の進捗は定量・定性の両面でモニタリングします。たとえばCO₂排出量や有害物質排出量の定量データ、ならびに従業員満足度などのアンケート結果を用いて効果を確認します。
年次報告書や持続可能性報告書を通じて、ESGリスクへの対処や達成状況を公表します。投資家や地域社会、取引先へ透明性を示すことで信頼を高めます。
万一負の影響が顕在化した場合には、被害者の回復に向けて企業自ら救済措置を実施、もしくは関係各社と協力します。たとえば汚染土壌の浄化や不当労働慣行の是正が挙げられます。
ISO14001(環境マネジメントシステム)とISO26000(社会的責任)の要求事項を活用すると、ESGデューデリジェンスを体系的に進めやすくなります。
これらはOECDプロセス①と②を支え、環境リスクを継続的に管理する基盤となります。
グローバルESGデューデリジェンス調査2024では、「重大な発見事項がディールに影響した」事例が標準実施企業で45%、多くのケースで実施する企業で24%と報告されています。半数近い金融・コーポレート投資家が「ディールブレーカーになった」と回答し、ESGリスクが取引価格や成否に直結している実態が浮き彫りになりました。
買収検討段階でESGデューデリジェンスを怠ると、合意直前の破談により時間的・金銭的損失が発生します。
ESGデューデリジェンスを単なるチェックリストにせず、企業価値向上の手段として機能させるには、次の三点が鍵です。
投資判断に直結する領域を先に特定し、調査範囲を適切に絞ることで、費用対効果を最大化します。
汚染対策費用や罰金、ブランド毀損コストを複数のシナリオで試算し、価格交渉材料に活用します。
調査結果は表明保証条項や補償条項に落とし込み、PMI(統合プロセス)まで一貫してモニタリングを続けます。
ESGデューデリジェンスは、環境・社会・ガバナンスの負の影響を把握し、防止策を講じて説明する取組です。OECDガイダンスとISO規格を活用し、重大リスクを定量化して契約へ反映することで、M&A後のトラブルを防ぎつつ企業価値を高められます。
著者|竹川 満 マネージャー/M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事