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ESGデューデリジェンスでM&Aのリスク管理のポイントを整理

ESGデューデリジェンスとは何でしょうか?環境・社会・ガバナンスのリスクを明らかにし、M&A成功や投資判断を支える方法を分かりやすく解説します。

目次

  1. ESGデューデリジェンスとは何か
  2. ESGデューデリジェンスが必要とされる背景
  3. ESGデューデリジェンスのメリットとデメリット
  4. 環境デューデリジェンスとの関係と必要性
  5. ESGデューデリジェンスの調査項目
  6. ESGデューデリジェンスの実施プロセス
  7. ESGデューデリジェンスの費用目安
  8. 実施時の留意点
  9. ESGデューデリジェンスの進め方
  10. ESGデューデリジェンスとSDGsの繋がり
  11. OECDガイダンス6段階の詳細解説
  12. ISO規格による運用フロー
  13. KPMG調査が示すM&Aへの影響
  14. ESGデューデリジェンス成功のポイント再整理
  15. まとめ

ESGデューデリジェンスでM&Aのリスク管理のポイントを整理

ESGデューデリジェンスとは何か

ESGデューデリジェンスは、企業が環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に関する負の影響を洗い出し、防止や緩和に取り組み、その経過と結果を説明するプロセスです。Eは気候変動や生物多様性、水資源、廃棄物問題など、Sは労働条件や人権、ダイバーシティ、地域社会との関係、Gは取締役会の独立性や法令遵守、情報開示などを対象とします。

ESGデューデリジェンスは負の影響を把握し防ぐ取組

ESGデューデリジェンスの本質は、当然払うべき注意を行いリスクを防ぐ努力を説明責任とともに果たすことにあります。OECD行動方針が示すように、防止だけでなく説明が重要です。

ESGを構成する環境・社会・ガバナンスの視点

  • 環境
    二酸化炭素排出による気候変動、生物多様性の損失、水質汚染、プラスチックごみなど

  • 社会
    労働安全衛生、人権尊重、差別解消、地域創生など

  • ガバナンス
    取締役会の独立性、腐敗防止、税務透明性、権利保護

ESGデューデリジェンスが必要とされる背景

投資家や金融機関は、ESGの観点を企業評価の重要指標としています。また、インパクトファイナンスの拡大により、環境や社会に具体的な効果を示す投資が求められています。

投資家や金融機関が意思決定に活用

ESG経営を行う企業は持続可能な成長が期待されるため、ESGデューデリジェンスの結果は投資判断の材料となります。

インパクトファイナンス関心の高まり

投資収益に加えて社会的インパクトを重視する資金調達では、ESGデューデリジェンスが効果測定の資料になります。

ESGデューデリジェンスのメリットとデメリット

ESGデューデリジェンスは企業に多面的な利点をもたらしますが、課題も存在します。

メリットはリスク管理と企業価値向上

  • 潜在的な環境・人権リスクの特定と対策
  • 取り組みを公開することで信頼を獲得し企業価値を高める

デメリットは統一基準の欠如と定量化課題

  • 指針が複数あり、比較が難しい
  • 発見事項を金額換算するのが困難

環境デューデリジェンスとの関係と必要性

ESGのEに当たる環境デューデリジェンスは、M&Aにおける主要調査の一分野です。買収側企業は対象企業の土地や施設に潜む土壌汚染などのリスクを把握し、取引条件へ反映します。

環境リスクの可視化でM&A後の負担を回避

環境リスクを事前に定量化し契約に反映することで、不測の対策費用やレピュテーション低下を防ぎます。

実施が必要な代表的ケース

  1. 大気汚染防止法の届出施設を保有
  2. 水質汚濁防止法の届出施設を保有
  3. 土壌汚染対策法対象施設や有害物質を使用
  4. 産業廃棄物の管理が必要
  5. 騒音・振動を発生させる設備がある
  6. 危険物を保管・管理している
  7. PCBやアスベスト使用の可能性がある古い設備

それぞれのケースで想定される主なリスク

  • 届出対象施設では排出基準超過による罰金や操業停止命令が発生する恐れがあります。
  • 土壌・地下水汚染は浄化費用が高額になる上、完了まで長期間を要します。
  • 産業廃棄物の不適切管理は行政処分だけでなく社会的信用失墜を招きます。
  • 有害物質を含む建材の除去工事は大規模な投資が必要で、操業停止期間も発生します。

ESGデューデリジェンスの調査項目

ESGデューデリジェンスでは、法的・物理的・経済的な観点から幅広い情報を収集します。

法的調査で許認可と違反履歴を確認

  • 環境関連法令の遵守状況
  • 必要な許認可の取得状況
  • 過去の法令違反の有無と是正状況

物理的調査で汚染や騒音を測定

  • 土壌・地下水汚染
  • 大気汚染物質の排出
  • 廃棄物の管理
  • アスベストやPCBなど有害物質の有無
  • 騒音・振動と周辺への影響

経済的調査で潜在費用を試算

  • 汚染対策費用
  • 必要な設備投資額
  • 環境負債の残高

具体的な物質例

土壌汚染特定有害物質、ダイオキシン類、アスベスト、PCB、ホルムアルデヒド、産業廃棄物、地盤液状化リスクなどが対象です。

ESGデューデリジェンスの実施プロセス

一般的には1.5〜3か月かけて、資料調査、ヒアリング、現地調査、分析、対応策策定の順に進めます。

資料調査とヒアリングで過去を洗い出す

  • 地図や航空写真で用地形状を把握
  • 登記簿などから使用履歴を確認
  • 所有者・管理者ヒアリングで調査や対策歴を聴取
  • 過去の調査報告書を精査

現地調査と詳細分析でリスクを定量化

  • 表層土壌のサンプリング
  • ボーリング調査で深部汚染を確認
  • 地下水や地盤の調査
  • 建物・設備のアスベストやPCB確認

リスク対応策を契約へ反映

  • 対策費用を算定し価格調整
  • 表明保証条項と補償条項を設定
  • 環境保険の活用を検討
  • リスクが大きい場合は取引中止も判断

ESGデューデリジェンスの費用目安

規模と深度により50万円から300万円超まで幅があります。

費用を左右する四つの要因

  1. 土地規模や事業所数
  2. 調査項目の多さ
  3. 詳細調査の有無
  4. 調査完了までの緊急度

実施時の留意点

  1. 資格を持つ専門家の採用
  2. 想定外汚染への備えと柔軟対応
  3. 段階的な調査範囲設定
  4. 汚染原因の多層分析
  5. 時間とコストの幅ある見積もり
  6. 自治体ごとの行政対応確認
  7. 情報管理の徹底
  8. 将来規制強化への注視
  9. 周辺環境への広域視点

ESGデューデリジェンスの進め方

代表的なフレームワークとしてOECDガイダンスとISO規格があります。

OECDガイダンス6つのプロセスを活用

  1. 責任ある企業行動を方針と経営システムに組込む
  2. 事業とサプライチェーンで負の影響を特定し評価する
  3. 影響の停止・防止・軽減を実行する
  4. 取組状況と成果を追跡調査する
  5. どのように対処したかを公開し説明する
  6. 必要に応じて是正措置を講じる

ISO14001とISO26000でマネジメントを体系化

ISO14001は環境マネジメントシステム、ISO26000は社会的責任の国際規格です。既に導入済みの企業は、要求事項をESGデューデリジェンスの手順に照合することで、効率的な運用が可能になります。

ESGデューデリジェンスとSDGsの繋がり

ESGの観点はSDGsと親和性が高く、ESGデューデリジェンスを実行すること自体が持続可能な未来への貢献となります。

環境課題への取組が気候変動防止に貢献

温室効果ガス削減や廃棄物削減の努力は、SDGs目標13や14、15と直結します。

社会課題への対応が豊かな暮らしを促進

労働安全や人権尊重はSDGs目標3、5、8、10につながります。

ガバナンス強化が持続可能な経営の基盤

透明性の高い情報開示や腐敗防止策はSDGs目標16に通じ、長期的な企業価値向上を支えます。

ESGデューデリジェンスの成果を高めるための社内体制

ESGデューデリジェンスは一度きりの調査ではなく、買収検討段階からPMIまで継続的にリスクをモニタリングすることで効果を発揮します。担当部署だけでなく経営陣、人事、法務、財務が連携し、サプライチェーン全体を視野に入れた統合的な体制を構築することが重要です。特に海外拠点がある場合は国際的な法規制を踏まえ、現地スタッフと協働して情報を収集することで、グローバル水準のコンプライアンスを確保できます。

ディールブレーカーになり得る重大リスクの例

KPMGの調査によれば、ESGデューデリジェンスで重大事項が発見されると、約半数のケースで取引自体が破談となっています。たとえば、深刻な土壌汚染、強制労働の疑い、会計不透明性などは投資家の信頼を失い、買収後の統合コストが急増する要因となります。初期段階で早期警戒シグナルを掴むことが、損失回避への近道です。

ESGデューデリジェンスを成功させる三つのポイント

  1. 目的とスコープを明確化し、調査範囲を過不足なく設定する。
  2. 発見事項を定量化し、財務モデルに反映してシナリオ分析を行う。
  3. 調査結果を経営意思決定に繋げ、契約条項やPMI計画へ落とし込む。


これらを徹底することで、ESGデューデリジェンスは単なるリスクチェックに止まらず、企業価値創造の手段として機能します。

OECDガイダンス6段階の詳細解説

OECDの「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」は、ESGデューデリジェンスを進める際の実践的な道しるべです。ここでは六つのプロセスそれぞれを、企業が取り得る具体行動に沿って示します。

プロセス① 方針と経営システムへの組込

最初に、労働者や環境、人権などに関する既存方針を点検し、ESGの観点を加味して更新します。上級管理者が責任者となり、全社的に共有することで組織文化へ定着させます。

プロセス② 負の影響の特定と評価

事業領域やサプライチェーンを俯瞰し、どこで環境・社会・ガバナンス上の負の影響が発生し得るかを洗い出します。概略図を作成し、ハイリスク領域を優先調査対象に設定します。

プロセス③ 影響の停止・防止・軽減

原因を突き止めたら、負の影響を防ぐ責任を役員クラスに割り当て、対策計画やKPIを策定します。自治体の指針に沿った環境対策や、労働安全衛生マネジメントシステムの導入などが含まれます。

プロセス④ 実施状況と結果の追跡調査

対策の進捗は定量・定性の両面でモニタリングします。たとえばCO₂排出量や有害物質排出量の定量データ、ならびに従業員満足度などのアンケート結果を用いて効果を確認します。

プロセス⑤ 取組の公表と説明責任

年次報告書や持続可能性報告書を通じて、ESGリスクへの対処や達成状況を公表します。投資家や地域社会、取引先へ透明性を示すことで信頼を高めます。

プロセス⑥ 是正措置と協力

万一負の影響が顕在化した場合には、被害者の回復に向けて企業自ら救済措置を実施、もしくは関係各社と協力します。たとえば汚染土壌の浄化や不当労働慣行の是正が挙げられます。

ISO規格による運用フロー

ISO14001(環境マネジメントシステム)とISO26000(社会的責任)の要求事項を活用すると、ESGデューデリジェンスを体系的に進めやすくなります。

ISO14001で環境マネジメントを強化

  • 5.1 リーダーシップコミットメント
    経営層が環境方針を明確にする。

  • 5.2 環境方針
    組織の環境影響を踏まえ、目標を設定する。


これらはOECDプロセス①と②を支え、環境リスクを継続的に管理する基盤となります。

ISO26000で社会的責任を具体化

  • 6.2 組織統治 
    意思決定の透明性を確保し、ステークホルダーとの対話を推進。

この規格は、社会・ガバナンス課題を総合的に扱う枠組としてOECDプロセス③以降と連動します。

KPMG調査が示すM&Aへの影響

グローバルESGデューデリジェンス調査2024では、「重大な発見事項がディールに影響した」事例が標準実施企業で45%、多くのケースで実施する企業で24%と報告されています。半数近い金融・コーポレート投資家が「ディールブレーカーになった」と回答し、ESGリスクが取引価格や成否に直結している実態が浮き彫りになりました。

重大リスクがディールを左右する具体例

  • PCB汚染が改修費用の試算を大幅に上回り、取引中止に至ったケース。
  • 人権侵害の疑いが国際的な報道で顕在化し、レピュテーション損失を懸念して買収撤回となったケース。


買収検討段階でESGデューデリジェンスを怠ると、合意直前の破談により時間的・金銭的損失が発生します。

ESGデューデリジェンス成功のポイント再整理

ESGデューデリジェンスを単なるチェックリストにせず、企業価値向上の手段として機能させるには、次の三点が鍵です。

目的とスコープの明確化

投資判断に直結する領域を先に特定し、調査範囲を適切に絞ることで、費用対効果を最大化します。

発見事項の定量化とシナリオ分析

汚染対策費用や罰金、ブランド毀損コストを複数のシナリオで試算し、価格交渉材料に活用します。

結果の意思決定反映とPMI連携

調査結果は表明保証条項や補償条項に落とし込み、PMI(統合プロセス)まで一貫してモニタリングを続けます。

まとめ

ESGデューデリジェンスは、環境・社会・ガバナンスの負の影響を把握し、防止策を講じて説明する取組です。OECDガイダンスとISO規格を活用し、重大リスクを定量化して契約へ反映することで、M&A後のトラブルを防ぎつつ企業価値を高められます。

著者|竹川 満  マネージャー/M&Aアドバイザー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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