M&Aにおけるクロージング(成約)とは、最終契約書に基づき、株式や事業などの譲渡を行う最終的な手続きのことを言い、過程が非常に重要です。クロージングまでの流れ、手続、必要書類などを解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(最終契約/クロージング)
M&Aの手続中、特に最後の段階であるクロージングは、最終契約書に従って譲受者から譲渡者へ対価が支払われ、譲渡対象企業の株式や事業の引き渡しが完了することです。このクロージングが無事終了すれば、M&Aが完了となります。
クロージングは、M&A交渉や準備が終了し最終契約書が締結された後に行われるため、スムーズに進行することが多いと思われがちです。しかし、実際には必要書類の準備や譲渡手続が複雑であり、慎重な対応が求められます。もしクロージングに不備があれば、M&Aが成立しないことになります。そのため、売り手と買い手の双方が注意深く進める必要があります。
クロージングにかかる期間は、1か月程度から1年以上に及ぶこともあります。譲渡スキームやクロージング条件がシンプルなケースでは、最終契約書の締結日と同日にクロージングが完了することもあります。期間は企業規模や譲渡条件によって異なります。
最終契約書を締結した後、売り手がクロージング条件に対応するために書類の準備や手続が必要となります。このため、クロージングは通常一定期間を要することがほとんどです。
M&Aのクロージングまでの流れは以下の3つの段階に分けられます。
売り手は、M&Aの目標や譲渡条件を検討します。明確な目標と条件を設定することが、M&Aの成功に繋がります。買い手は、自社のM&A戦略や予算の選定を行います。
M&Aの成功を確認するためにも、戦略や予算を明確化しておくことが重要です。また、売り手と買い手双方がM&Aの進行にあたって専門知識が必要ですので、M&A仲介会社などのアドバイザーを選定することが必須であると言えます。
売り手と買い手は、それぞれ第1段階で選定したM&A専門業者(アドバイザリー)と契約を締結します。その後、アドバイザリーとの協議を経て、交渉相手候補のリストを作成し、アプローチを開始することになります。
初期段階では、ノンネームシートと呼ばれる会社名が特定されない書類を使用することが一般的です。このノーネームシートによるアプローチにより、興味を示した相手候補先と秘密保持契約書を締結し、譲渡対象会社の会社名や財務内容を開示しながら交渉を開始するのです。
売り手と買い手の交渉が進み、デューデリジェンス(買収監査)を実施するために、これまでの交渉内容をまとめた基本合意書を両者で締結します。
デューデリジェンス(買収監査・企業調査)では、譲渡対象企業の企業価値やM&A後のリスク調査を行うため、買い手が専門家に依頼し実施します。
デューデリジェンスの結果をもとに、M&A取引金額やクロージング条件等の最終契約書締結に向けた交渉が行われます。
最終条件交渉がまとまり、法的効力のある契約書に合意した内容を盛り込んで、売り手・買い手間で締結が行われます。
最終契約に基づいて、クロージングの準備を進めます。これには、売り手・買い手が取締役会や株主総会などの承認決議を取得するなど、クロージングに至る適切な手続が求められます。
M&Aのクロージング内容は、譲渡スキーム(手法)によって異なります。以下では、M&Aにおける代表的な3つのスキーム、すなわち株式譲渡、経営統合、子会社化におけるクロージングについて解説します。これらのスキーム検討時やクロージング時に役立ててください。
株式譲渡スキームとは、譲渡対象企業の全株式または一部の株式を譲受候補企業が取得することであり、M&Aにおいて最もよく用いられるスキームです。具体的なクロージング手続は、売り手が上場会社かどうか等によって異なります。
上場会社
株式譲渡を行う際には、証券保管振替機構や証券会社の口座を通じて株主権利の移転が必要となります。
非上場の株券発行会社
株式譲渡を行う際には、株券の交付が必要で、株券を譲渡した後、売り手と買い手が共同で株主名簿の書き換えを行います。
非上場の株券不発行の会社
株券の交付が不要であるため、売り手と買い手が合意した最終契約書(株式譲渡契約書)締結のみでクロージングが可能です。ただし、実際の最終契約書では、買い手から売り手へM&A取引対価の支払い完了がクロージングの条件となることが一般的です。
事業譲渡スキームは、譲渡対象企業の事業全体または一部を譲受企業が引き受ける方法です。このスキームには、最終契約の条件に応じて譲渡対象の資産や負債を選択・移転できるという利点があります。ただし、資産と負債の移転や従業員の雇用契約や取引先との契約の移管には、個別に手続が必要となります。また、譲渡対象企業が全ての事業を譲渡する際や、事業の帳簿上の価額が企業の総資産に対して1/5を超える場合などには、株主総会の特別決議が必要です。
合併・会社分割スキームは、事業会社と不動産管理会社に分離し、事業会社のみを売却するなどの組織再編を行う際のM&A実行に多く用いられるスキームです。合併には、新たな法人に権利義務を引き継がせる新設合併と、一方の会社に合併させる吸収合併があります。また、会社分割にも新設会社に事業を引き継がせる新設分割と、既存の会社に事業を引き継がせる吸収分割の2つがあります。合併や会社分割スキームによるクロージングでは、株主総会の特別決議や債権者保護手続が求められます。
クロージングにおける準備書類は、スキーム(手法)によって異なるため、ここでは一例として株式譲渡を取り上げ、売り手と買い手それぞれについて解説します。どの書類が必要かをしっかり把握しておくことが重要です。
• 株式譲渡承認請求書の写し: 株主が譲渡対象企業に対して、自身が保有する株式を第三者へ譲渡する承認を求めるため
に提出する書面。
• 株式譲渡承認決議の議事録及び株式譲渡承認通知書: 株主からの株式譲渡承認請求書を受け、企業が株式譲渡を承認し
たことを記した議事録と、その結果を株主に伝える通知書。
• 株主名簿記載事項書換請求書: 株式譲渡が完了した後、売り手と買い手が共同で提出する株主名簿の記載事項の書換を
依頼する書面。
• 株主名簿: 譲渡対象企業のクロージング後の現株主が記載された名簿。
これらの書類に加えて、株主の印鑑証明書や、複数の株主がいる場合には株主代表に手続を依頼する際の委任状などの準備も必要です。
売り手から提供されるクロージング書類を受け取る際、買い手は受領書を用意して売り手に提出します。さらに、譲渡対象会社の実印、銀行印、通帳、ネットバンキングのパスワードといった重要物品の引き渡しを受けた際には、重要物品受領書などの書類も準備します。
また、クロージング手続中の書類が法的拘束力を持つため、印鑑証明書や登記事項証明書の準備が必要です。
M&A取引では、最終契約書にはクロージング条件が記載され、売り手・買い手双方が条件を満たすことでクロージングが成立します。ここでは、クロージング条件の詳細とポイントについて説明します。参考にしてください。
最終契約書には、クロージングを達成するために必要な条件と、それらの条件を満たす期限が明記されています。売り手・買い手双方がクロージング条件を達成しなければ、M&Aはクロージングされません。
クロージング条件が満たされない場合、双方は速やかに条件を満たすように取り組むか、最終契約書に定められたクロージング条件履行延期期間に従ってクロージング日が延期されます。最悪のケースでは、これまでの交渉が無駄になってM&Aが中止になることもあります。
ここでは、一般的なクロージング条件の例を説明します。
MAC条項
クロージング日において、売り手の財務状況や経営状況に重大な悪影響が生じていないこと。
キーマン条項
M&A後も売り手の特定の役員や従業員が一定期間(通常3~5年)、引き続き譲渡対象会社に従事する意思が確認されていること。
COC条項
クロージング後、譲渡対象会社の支配権が移転した場合に、譲渡対象会社と取引先間の契約に制限が課されることや、契約を一方的に解除する権利があること。
買い手としては、クロージング後もCOC条項の影響を受けず、引き続き過去と同様の契約内容が継続することの確認が重要です。
M&Aクロージングには、プレクロージングおよびポストクロージングという2つの段階があります。それぞれの違いや内容について確認しましょう。
プレクロージングは、クロージングの実施に先立って、クロージング条件の履行や必要書類の調整が行われる期間です。一方、ポストクロージングは、クロージング後に、条件の履行確認や未解決の問題の処理などが行われる段階です。それぞれの段階で、異なる対応や注意点が求められます。
プレクロージングとは、M&A取引においてクロージング(取引の決済・実行)に進む前の、その準備段階を指します。この段階では、クロージング条件が達成され、取引の進行に関する見通しが立っている状態です。そこで、「クロージングチェックリスト」というドキュメントを作成し、売り手と買い手双方がクロージングに関わる事項を精査し、円滑な進行を図ることが求められます。
ポストクロージングは、クロージング後に実施すべき義務付けられた手続を指します。例として、株式譲渡の場合、株主総会や取締役会で役員変更の決議が行われることや、クロージング時点での財務諸表の作成が挙げられます。さらに、M&Aのクロージング時に将来の収益や価値に関して追加対価を支払う義務が定められたアーンアウト条項の検証も含まれます。
PMI(統合プロセス)とは、M&Aのクロージング後に実施される経営統合の一連の作業を示します。
買い手のM&Aの目的は、売り手の企業と経営統合によって生じるシナジー効果を享受することにあります。そのため、適切にPMIが進められるかどうかが、M&Aの成功要因となります。なお、PMIはクロージング後にすべて行うわけではなく、クロージング前から準備を進めることが重要です。
PMIの適切な実施には、短期間での進行が重要です。PMIに時間がかかると、シナジー効果の享受が遅れるリスクが生じます。また、丁寧かつ適切な進め方が求められ、そうでなければ、譲渡対象会社の従業員が退職するリスクや今後の事業運営に力を入れないリスクが生じることがあります。
したがって、クロージング前からPMI計画について準備を進めることが重要です。ただし、クロージング前の情報交換には、ガンジャンビング(フライング)規制に抵触する可能性があるため、注意が必要です。
M&A取引は、クロージングまでに様々なリスクが潜んでおり、最後まで慎重な進行が求められるものです。クロージングが完了しないと、両者が真摯に交渉を進めてきた成果も、M&Aの延期やブレイク(中止)につながる恐れがあります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画