M&Aにおけるクロージングは、最終契約書に基づき株式や事業を正式に譲渡・承継する重要な手続です。ところが、最終契約を締結しても書類の準備や承認作業に不備があると、成立直前で取引が破談になるケースもあります。本記事では、クロージングの意義や手続、注意点、統合プロセス(PMI)について詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(最終契約/クロージング)
M&Aにおけるクロージングとは、最終契約書で取り決めた条件に基づき、最終的に株式や事業などの譲渡を実行して取引を完了させる手続を指します。多くの交渉や契約準備が終わった後に実施されるため、いったん最終契約を締結すればスムーズに完了できそうに思われがちです。
しかし実際には、クロージングに必要な書類や承認手続、取引先との契約面の調整などが複雑で、気を抜けない作業が続きます。もしクロージングに不備があれば、せっかくまとめ上げたM&A自体が破談となる可能性もあるため、売り手・買い手の両者が慎重に進めなければなりません。
また、最終契約の締結からクロージングが行われるまでには、一定の期間が必要になることがほとんどです。最終契約時点で既に必要条件が揃っていれば即日クロージングする場合もありますが、たいていは譲渡対象の企業規模や譲渡条件によって、株主総会の決議や書類作成などに時間を要します。M&A取引のゴールがクロージングにある以上、その直前・直後の手続には最後まで注意が必要です。
さらに、クロージング後にはPMI(買収後の統合)を円滑に進めることが、M&Aの最終的な成功を左右する重要なポイントとなります。クロージングだけで安心せず、買い手側は統合プロセスに向けた準備を進めておくことが望ましいのです。
クロージングにかかる期間は、最終契約書を締結した時点でどれだけ条件が整っているか、あるいは譲渡対象の企業規模やスキームの複雑さによって大きく異なります。単純なケースであれば、最終契約締結日と同日にクロージングを終えることも可能です。
一方、事業譲渡や合併など、第三者の同意や複数の承認決議が必要な場合には、その手続だけでも相当な日数がかかります。特に許認可が絡む事業や、契約先が多い企業は注意が必要です。基本的には1か月以上、場合によっては半年から1年近くかかるケースもあります。
最終契約後には、売り手がクロージング条件を満たすために必要な書類や証明書を揃えたり、取締役会・株主総会の承認を取得したりする段取りがある程度必要です。もし譲渡手続がシンプルでも、承認作業が難航すればクロージングの日程に影響する可能性があります。このように、M&Aの取引規模や譲渡スキームによって期間はさまざまですので、計画段階から余裕をもったスケジュールを組むことが大切です。
M&A取引で締結する最終契約書には、クロージングを成立させるための「クロージング条件(実行条件)」が盛り込まれます。売り手・買い手の双方が条件を満たすことで、はじめてクロージングが実行可能です。ここでいう条件とは、たとえば「売り手企業の財務状況や経営状態に重大な悪化がないこと(MAC条項)」や、「特定の役員・従業員が退職せず業務を継続すること(キーマン条項)」、「譲渡対象企業と取引先との契約上の支障がないこと(COC条項)」など、取引を完了させるために必要とされる事項を指します。
加えて、重要取引先や許認可関連の手続が残っているケースでは、「取引先の承諾を得る」「行政手続きを完了させる」などをクロージング実行条件として定めることも多々あります。最終契約締結後、こうした条件を履行できなければ、クロージング日を延期したり、最悪の場合はM&Aそのものが中止になる懸念もあるわけです。
ただし、すべての条件を100%満たさない限り絶対にクロージングできないというわけではありません。一定の重要度を持つ「履行条件」を厳密に設定したうえで、それ以外の軽微な条件が未達であっても予定通りクロージングを進める方法もあります。いずれにせよ、売り手・買い手は実行条件の内容を正確に把握し、期限内にクリアできるよう準備を進める必要があります。
M&Aのクロージングに至るまでのプロセスは、一般的に以下の3段階に分かれます。
1)検討・準備
売り手側は、M&Aを通じて達成したい目標(事業承継や資金調達など)や、譲渡条件の検討を行います。
買い手側は、自社の経営戦略・予算の確認とともに、必要な専門家(M&A仲介会社や税理士、弁護士など)を選定します。
2)交渉・基本合意
売り手と買い手は、お互いにM&Aアドバイザーを契約し、候補先リストの作成やアプローチを開始します。
秘密保持契約を締結したうえで必要な情報を開示し、デューデリジェンス(買収監査)に向けた基本合意書を締結します。
3)最終契約・クロージング実行
デューデリジェンスの結果を踏まえて最終条件を交渉し、「最終契約書」を締結します。
クロージングに向けて、譲渡対象企業の株主総会や取締役会での承認を取得し、必要書類の準備やクロージング条件の履行を進めます。
双方が条件を満たした段階で、株式引き渡しや対価の決済、事業の移管などの手続を実行してクロージングが完了します。
このように、M&Aは交渉や調整を重ね、最終契約~クロージングで完結する流れをたどります。一連のプロセスの中で特にクロージングは、売り手・買い手双方が最終的に得たい成果を具現化する最重要段階といえるでしょう。
M&A手法には、株式譲渡や事業譲渡、合併・会社分割、さらには株式交換や第三者割当増資など、さまざまなスキームがあります。クロージング時の手続内容はスキームごとに異なるため、以下で代表的な手法を解説します。
株式譲渡は、最も一般的なM&Aスキームです。売り手企業が保有する株式を、買い手企業または個人に譲渡することで支配権を移転します。
・上場会社の場合:証券会社口座や証券保管振替機構を通じて株式移転の手続を行います。
・非上場(株券発行会社):クロージング時には株券を買い手へ交付し、株主名簿の書き換えを実施します。
・非上場(株券不発行の会社):実際に株券がないため、最終契約書に基づき譲渡対価を支払い、同時に株主名簿の名義を書き換えることで完了します。
株式譲渡は、清算手続が比較的シンプルであるため、中小企業のM&Aで用いられる機会が多い方法です。ただし、株主総会や取締役会での譲渡承認が必要な会社では、その決議を経た後にクロージングに進む点に留意しましょう。
事業譲渡は、企業そのものではなく、事業や資産・負債の一部を切り離して移転する方法です。株式譲渡との最大の違いは、譲渡対象にする資産や契約を個別に移管しなければならないことです。契約先や顧客の承諾を得る手間がかかるうえ、大規模な事業譲渡では手続が複雑化しやすい点が特徴といえます。
さらに、事業規模が大きいと株主総会で特別決議を要するケースもあり、締結からクロージング完了までに時間を要します。一方で、不要な資産や事業を除外したうえで、必要な部門・資産のみ取得できるというメリットがあります。
合併には、「吸収合併」と「新設合併」の2種類があり、会社分割にも「吸収分割」と「新設分割」が存在します。いずれも株主総会の特別決議が必要であり、手続が完了すると権利義務が指定の形で移転する仕組みです。
・合併(吸収・新設):効力発生日をいつにするかを明示し、その時点で権利や義務が包括承継されます。新設合併では、新会社の設立登記がクロージングの最終的な成立要件です。
・会社分割(吸収・新設):特定の事業だけを分割し、他社へ承継させたり、新会社に移したりする手法です。合併と同じく、効力発生日をきちんと定めたうえで、所定の広告や登記を行います。
これらは、既存企業同士を完全親子会社化する手法です。株式交換では売り手企業の全株式を買い手企業が取得し、株式移転の場合は新たに設立する持株会社の株式を既存株主に割り当て、既存企業を子会社とします。合併や会社分割と比べれば手続が簡便ですが、やはり効力発生日を指定し、必要な広告・登記を経てクロージングとする流れは同様です
中小企業が増資により買い手の出資を受け、株式を引き受けてもらうケースを指します。株式譲渡制限がある会社の場合、原則として株主総会の承認が不可欠です。また、有利発行とみなされるほどの低価格や無償発行であれば、特別決議が求められます。いずれも最終契約の定めや決議を経て新株を交付し、買い手が払込を終えた時点でクロージングとするのが基本的な流れです。
クロージングに必要な書類は、譲渡スキームによって多少異なります。ここでは、株式譲渡のケースを例に挙げ、売り手・買い手が準備すべき代表的な書類を確認しておきましょう。
・株式譲渡承認請求書の写しクロージングへ進め
譲渡予定の株式について、対象会社の承認を求めるために提出する書面です。取締役会や株主総会で譲渡を承認してもらわなければ、ません。
・株式譲渡承認決議の議事録・承認通知書
取締役会・株主総会での譲渡承認について記した議事録と、その結果を売り手株主に通知する文書です。
・株主名簿記載事項書換請求書
クロージング後、売り手と買い手が共同で提出し、株主名簿の名義を書き換えてもらうための書面です。
・株主名簿
譲渡後の株主情報を正しく記載するための名簿で、印鑑証明書や委任状などもあわせて準備しておきます。
買い手は、売り手から書類や重要物品を受領するときに「受領書」を用意し、売り手に提出するのが一般的です。さらに、譲渡対象の銀行印や通帳、インターネットバンキングのパスワードなどを引き渡してもらった場合には、その一式を受領したことを証明する「重要物品受領書」なども作成します。
また、クロージング時の契約書類に法的効力がある以上、買い手自身も印鑑証明書や登記事項証明書を用意しておくことが必要です。
クロージングの流れは、プレクロージングとポストクロージングの2段階に大別されます。
クロージング日までに、売り手・買い手が最終契約書に定められた条件を整える期間です。必要書類をリストアップした「クロージングチェックリスト」を作成し、当事者間で協力しながら不備がないよう準備を進めます。書類の収集や各種承認の取得がスムーズに行えない場合、クロージング日の延期もやむを得ないケースがあります。
クロージング後に実施する必要手続を指します。たとえば、役員変更がある場合は株主総会や取締役会での決議や登記変更を行い、財務書類を締める際にはクロージング日を基準とした計数確認が必要です。もし将来的に追加対価を支払うアーンアウト条項を盛り込んでいれば、その検証手続きを進めるのもポストクロージングの範疇です。
クロージングをもってM&A取引は実質的に完結しますが、本当の意味での成功は、その後の統合プロセス(PMI)をスムーズに行えるかどうかにかかっています。PMIは、買い手企業が売り手企業を自社グループへ統合し、シナジー効果を生み出すための重要な取り組みです。
1.短期間での進行:時間をかけすぎると社員が混乱し、業務効率が下がる可能性があります。
2.丁寧なコミュニケーション:文化や制度が異なる企業が一つになるため、従業員との情報共有を怠ると対立や不安が拡大します。
3.計画的な事前準備:クロージング前からPMI計画を立てておき、必要な情報交換や体制づくりを進めます。ただし、情報交換のタイミングには法規制(ガンジャンビング)に注意が必要です。
この統合段階で失敗すると、業績の悪化や従業員・取引先の離脱リスクが高まるため、クロージングがゴールではなく、新たなスタート地点という意識で対応することが大切です。
クロージングを含むM&A全体のプロセスを円滑に進めるには、売り手・買い手ともに幅広い知識と経験が求められます。たとえば、譲渡スキームの検討から相手先企業の選定、条件交渉、デューデリジェンス、最終契約書の作成、ポストクロージングまで、どの段階でミスや遅れが生じてもM&Aの成立そのものが危うくなります。
そこで、初期段階から税理士や弁護士、M&A仲介会社などの専門家を活用するのが望ましいといえます。特に事業承継を念頭においた場合、株式の評価や組織再編スキームの選定に専門的なアドバイスが必要です。無用なトラブルやリスクを避けるためにも、M&A検討段階で早めに専門家に相談し、適切なサポート体制を整えるようにしましょう。
M&Aにおけるクロージングは、取引の決済・実行に至る最終プロセスであり、交渉や手続が完了した後でも不測の事態が起きれば破談の危険があります。書類の準備や承認決議など、一連の流れを慎重に進めなければ、せっかくのM&Aが白紙となるリスクも否定できません。クロージング完了後のPMIまで考慮し、早い段階から専門家と協力して手続きを進めることが重要です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画