金庫株の事業承継活用|納税資金と株式分散防止策を解説
金庫株とは、会社が自社株を買い戻して保有する自己株式です。事業承継では相続税の納税資金確保や株式分散防止に役立ちます。みなし配当の特例、取得費加算、会社法の財源規制、資金繰りへの影響まで、後継者や経営者が実行前に確認すべき点を具体的に解説します。
目次

▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
金庫株とは、会社が自社で発行した株式を株主から買い戻し、消却せずに自己株式として保有している状態の株式です。会社の金庫に自社株をしまっているイメージから、金庫株と呼ばれます。
旧商法時代には、自己株式の取得や保有は厳しく制限されていました。2001年の商法改正を経て、現在は所定の手続と財源規制を守れば、事業承継、相続対策、資本政策、M&A(合併・買収)でも使われる選択肢になっています。
金庫株には、普通の株式と違う特徴があります。1つ目は議決権がないことです。会社自身が株主総会で自社に投票することはできません。2つ目は配当を受け取れないことです。会社から会社自身へ利益を配る意味がないためです。3つ目は、保有期間や保有割合に一律の上限がないことです。ただし、取得するときには会社法上の手続と財源規制がかかります。
事業承継で金庫株を使う意味は、主に2つです。相続人が納税資金をつくれること。そして、後継者以外に分かれた株式を会社が買い戻し、経営権の分散を抑えられることです。
会社側の利点は、株主数を整理しやすい点です。少数株主や退任役員の株式を会社が買い取れば、後継者を中心に経営判断を進めやすくなります。将来、金庫株を処分して役員・従業員向けのインセンティブや資本提携に使う余地もあります。
一方で、会社の現金は外へ出ます。自己株式を買い取るほど手元資金が減り、純資産も小さくなります。銀行借入がある会社では、自己資本比率の低下を金融機関から気にされることがあります。
株主側の利点は、非上場株式を現金化できることです。非上場株式は買い手を見つけにくく、相続税の納税時に困ることが少なくありません。会社が買い取れば、相続人はその代金を納税資金や遺産分割の調整に使えます。
ただし、株主側にも税務上の注意点があります。通常、株主が発行会社へ株式を売ると、株式譲渡だけでなく、みなし配当として扱われる部分が出ることがあります。ここを見落とすと、想定より手残りが減ります。
金庫株の相談で最も多いのは、「相続税を払うために自社株を会社へ売れるか」という悩みです。財産の多くが自社株というオーナー家では、相続税は発生しても現金が足りないことがあります。こういうケースは珍しくありません。
個人株主が非上場株式を発行会社へ売り、会社から金銭を受け取った場合、その金額のうち資本金等の額に対応する部分を超える金額は、配当を受けたものとみなされることがあります。これがみなし配当です。
みなし配当は総合課税の対象になるため、他の所得が大きいオーナーや相続人では税率が高くなりやすいです。所得税、復興特別所得税、住民税を合わせると、最高で約56%に達する場合があります。通常の株式譲渡益と同じ税率だと思い込むと、ここで計画が崩れます。
相続または遺贈で取得した非上場株式を、その発行会社へ譲渡する場合には、みなし配当課税を行わない特例があります。対象になるのは、相続または遺贈により財産を取得し、その相続について納付すべき相続税額がある個人です。
期限にも注意が必要です。相続開始日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡する必要があります。一般には、おおむね相続開始から3年10か月以内と説明されます。
この特例が使えると、発行会社から受け取る譲渡対価の全額が非上場株式の譲渡所得の収入金額として扱われます。譲渡益には、所得税、復興特別所得税、住民税を合わせて20.315%の税率がかかります。総合課税になる場合と比べ、手残りに大きな差が出ます。
特例を使うには、譲渡日までに所定の届出書を発行会社へ提出し、発行会社が税務署へ提出する流れが必要です。書類の提出を後回しにしないことが大切です。
もう1つの落とし穴は、相続税を実際に納める人でなければ対象にならない点です。配偶者の税額軽減などにより相続税がゼロになる場合、期限内に売ってもこの特例は使えない可能性があります。相続税の試算をしないまま株式売却だけ決めるのは危険です。
相続で取得した株式などを一定期間内に売った場合、納付した相続税の一部を取得費に加算できる特例があります。取得費とは、譲渡益を計算するときに売却代金から差し引く原価のようなものです。
取得費が増えると譲渡益が小さくなり、結果として税負担も下がります。非上場株式を発行会社へ売る特例と併用できるため、相続後の納税資金対策では必ず検討したい論点です。
相続で株式が兄弟姉妹や親族へ分かれると、後継者が社長になっても議決権を十分に持てないことがあります。経営者としては決めたいのに、株主としては決められない。M&A実務でも、ここで判断が止まることがあります。
会社が後継者以外の相続人や退任役員から株式を買い取れば、その株式には議決権がなくなります。発行済株式のうち、議決権を持つ株式が整理されるため、後継者の影響力を高めやすくなります。
株主総会の普通決議を安定して通すには、議決権の過半数が大きな目安になります。定款変更、合併、会社分割など重要な事項では、原則として特別決議が必要になり、3分の2以上の議決権を意識する場面もあります。
事業承継では、単に「後継者が社長になる」だけでは足りません。どの株主が何%持つのか、金庫株にした後の議決権比率はどう変わるのかを、実行前に数字で確認します。
オーナーの財産の大半が自社株の場合、後継者に株式を集中させるほど、他の相続人との公平感が問題になります。そこで、会社が一部の株式を買い戻して現金化すれば、遺産分割の調整原資を作りやすくなります。
遺留分にも注意が必要です。遺留分とは、一定の相続人に法律上保障される最低限の取り分です。後継者に株式を集める設計をするときは、金庫株だけでなく、遺言、生前贈与、種類株式、事業承継税制なども比較します。
金庫株は、会社が買いたいと思えばすぐ買えるものではありません。会社法上の決議、株主への通知、公平性、分配可能額の確認が必要です。手続を軽く見ると、税務より先に法務でつまずきます。
自己株式の有償取得では、会社から株主へ支払う金銭等の総額が、効力発生日の分配可能額を超えてはいけません。分配可能額とは、簡単にいえば会社が株主へ分配できる上限額です。
帳簿上は利益が出ていても、すぐ使える現金が不足している会社はあります。逆に現金があっても、分配可能額が足りなければ自己株式取得はできません。決算書の利益、純資産、現預金、借入条件をまとめて見る必要があります。
後継者以外の相続人だけ、退任役員だけ、というように特定の株主から買い取る方法は実務でよく使われます。ただし、他の株主にも売主に加わる機会を与える必要が生じる場合があります。これを売主追加請求権といいます。
予定していない株主まで売却を希望すると、取得資金が不足したり、株主構成の設計が崩れたりします。定款の確認、株主への説明、取得価格の根拠作りを先に進めます。
非上場株式には市場価格がありません。高すぎる価格で買えば他の株主から不公平と言われ、低すぎる価格で買えば売主側に不満が残ります。税務上も、時価から大きく外れた価格は贈与や寄附金の問題を生むおそれがあります。
価格は、純資産、収益力、類似会社、配当力などを踏まえて検討します。事業承継目的であっても、「親族間だから大まかでよい」とはなりません。
会社が金庫株を取得すると、会計上は自己株式として純資産の部から控除します。基本の仕訳は、借方が自己株式、貸方が現預金です。会社の現金が減り、株主資本も減るため、金融機関や取引先から見た財務指標に影響します。
取得した金庫株は、そのまま保有できます。将来の資本提携、役員・従業員へのインセンティブ、M&Aの対価、ストックオプションの原資として使う余地を残す考え方です。
処分とは、会社が持っている自己株式を第三者や役員・従業員へ売却または交付することです。新株発行と異なり発行済株式総数は増えませんが、処分後はその株式に議決権が戻ります。そのため、既存株主の議決権比率や支配権への影響を確認する必要があります。
消却とは、自己株式を消滅させることです。消却すると発行済株式総数が減り、将来の株主構成が分かりやすくなります。承継後に不要な自己株式を残したくない場合や、資本政策を整理したい場合に使われます。
金庫株の取得は、会社にとっては現金支出です。相続人の納税資金を助ける一方で、会社の運転資金、設備投資、借入返済に影響することがあります。
特に、利益は出ているが現金が少ない会社では注意が必要です。金庫株取得の直後に大口取引先の入金遅れや設備更新が重なると、資金繰りが急に苦しくなります。承継のための支出が、本業の継続を圧迫しては本末転倒です。
金庫株は親族内承継だけでなく、第三者承継やM&Aの準備にも関係します。買い手企業は、株主が分散していない会社を好む傾向があります。全株取得を目指す場合、少数株主との交渉が残っていると、譲渡実行まで時間がかかります。
将来の会社売却を見据えるなら、金庫株を使って株主構成を整理しておく選択肢があります。会社が少数株主の株式を買い戻し、オーナー一族や後継者に議決権を集めることで、譲渡交渉が進めやすくなります。
ただし、M&Aの直前に慌てて自己株式を取得すると、買い手から「なぜこの時期に資金を流出させたのか」と確認されます。譲渡価格、純資産、運転資金、株主整理の目的を説明できるようにしておく必要があります。
金庫株は、納税資金だけを目的にすると判断を誤ることがあります。相続税を払う現金は確保できても、後継者の議決権が足りない、会社の資金繰りが悪化した、他の相続人との不満が残った、という問題が起こり得ます。
実務では、株式の承継、遺産分割、遺留分、相続税、会社の資金繰り、将来の会社売却の可能性を並べて検討します。金庫株は単独の節税策ではなく、出口戦略の一部として使うほうが安全です。
金庫株の活用は、早めに検討するほど選択肢が増えます。相続発生後でも使える特例はありますが、定款、株価、資金、株主の同意が整っていなければ、期限内に実行できないことがあります。
実行前には、少なくとも次の項目を確認します。
1つでも曖昧な項目があれば、実行時期をずらす、買取額を分ける、他の承継策と組み合わせるなどの調整が必要です。
相談前には、直近3期分の決算書、株主名簿、定款、過去の株式移動履歴、相続税の概算資料、借入金の返済予定表をそろえます。これだけでも、検討の精度が上がります。
金庫株は税務、会計、会社法が重なるため、税理士だけ、司法書士だけ、金融機関だけでは判断が分断されやすい分野です。早い段階で全体像を共有し、納税資金、議決権、手続、資金繰りを同じ計画表で管理することが重要です。
金庫株は、相続税の納税資金をつくり、後継者に株式を集める有効な方法です。ただし、みなし配当、取得費加算、分配可能額、資金繰りを同時に見なければ、手残りや経営に影響します。相続後に慌てて進めると期限や決議でつまずきます。実行前に株価、税額、手続、金融機関対応を整理しましょう。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人