M&Aで経営者承継を進める準備と売却後の選択肢を解説
後継者不在に悩む中小企業経営者向けに、M&Aによる第三者承継のメリット、手順、費用、税金、個人保証、売却後の残留・勇退判断まで解説します。親族内承継や従業員承継と迷う段階でも、自社を守る判断軸を整理し、会社売却を検討する前に確認すべき実務ポイントを把握できます。
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▶目次ページ:事業承継とは(第三者への承継)
後継者がいないまま年齢を重ねると、「まだ数年は大丈夫」と思っていても、ある日急に選択肢が狭くなることがあります。体力、業績、金融機関との関係、従業員の年齢構成は、待ってくれません。
帝国データバンクの2025年調査では、日本企業の後継者不在率は50.1%で、中小企業では51.2%、小規模企業では57.3%とされています。改善傾向はあるものの、中小企業ではなお高い水準です。
M&A(合併・買収)による第三者承継は、親族や社内に適任者がいない場合に、会社を外部の企業へ引き継ぐ方法です。廃業ではなく、会社、従業員、取引先との関係を残すための選択肢と考えると分かりやすいでしょう。
事業承継には、大きく分けて親族内承継、従業員承継、第三者承継があります。親族に経営意欲と能力があるなら、親族内承継は有力です。社内に後継候補がいて、株式を買い取る資金や覚悟があるなら、従業員承継も検討できます。
一方で、親族に負担をかけたくない、社内に資金力のある後継者がいない、会社をより大きな企業グループに託したいという場合は、M&Aが現実的です。中小企業では、後継者候補の人柄はよくても、株式を買い取る資金で話が止まることも珍しくありません。
準備は、経営者が60代に入る前後から始めるのが理想です。実際には、買い手探し、条件交渉、デューデリジェンス、契約、引継ぎまで含めると、数か月で終わる案件もあれば、1年以上かかる案件もあります。条件にこだわるほど、早めの準備が有利です。
「業績が落ちてから売る」のではなく、「まだ伸びているうちに選択肢を持つ」ことが大切です。黒字で取引先も安定している会社は、買い手から見ると引継ぎ後の見通しを立てやすくなります。反対に、赤字が続く、社長しか営業先を知らない、重要な契約書が整理されていない会社は、買い手が慎重になりやすいです。
M&Aによる第三者承継の大きな効果は、後継者問題を社外の候補から解決できることです。買い手企業の経営人材、資金力、営業網、管理体制を活用できれば、自社単独では難しかった成長も見込めます。
経営者個人にとっては、自社株を譲渡することで創業者利益を得られる可能性があります。創業者利益とは、長年育ててきた会社の株式を売却して得る資金のことです。退任後の生活資金、新たな事業、投資、家族への資産承継に使える資金となります。
また、金融機関への個人保証から解放される可能性もあります。ただし、自動的に外れるわけではありません。買い手、金融機関、契約条件の調整が必要です。ここを曖昧にしたまま契約を進めると、譲渡後も保証だけが残るおそれがあります。
経営権を譲る以上、これまでのように自分だけで意思決定することはできなくなります。譲渡後に社長や顧問として残る場合でも、重要な投資、人事、採用、取引先方針は買い手企業の承認が必要になることがあります。
収入面も変わります。株式譲渡でまとまった資金を得られても、役員報酬が下がる、退任により継続収入がなくなる、退職後の生活費を資産運用で補う必要がある、といった変化が起きます。ここは意外と多い落とし穴です。
従業員は、M&Aと聞くと雇用や待遇に不安を感じます。取引先も、担当者や品質、価格、支払条件が変わるのではないかと見ています。買い手企業の文化や方針が自社と合わない場合、従業員の離職や社内の混乱につながることもあります。
そのため、価格だけでなく、雇用継続、社名やブランド、取引先対応、社長の引継ぎ期間を条件として整理しておく必要があります。
最初に準備すべき資料は、直近3期分の決算書です。売上、粗利、営業利益、借入金、役員貸付金、役員借入金、不要資産、簿外債務の有無を確認します。簿外債務とは、決算書に十分表れていない将来の支払リスクのことです。
決算書に加えて、月次試算表、主要取引先別の売上、従業員一覧、賃貸借契約、許認可、借入金明細、保険、退職金規程なども整理しておくと、デューデリジェンスで慌てにくくなります。
最初は、M&A仲介会社、FA、税理士、公認会計士、弁護士などへ相談します。FAはファイナンシャル・アドバイザーの略で、M&Aの助言を行う専門家です。相談時には、譲渡したい理由、希望時期、譲渡後に残る意思、従業員に関する希望を整理しておきます。
支援者を選ぶ際は、報酬だけでなく、担当者の経験、税務・会計への理解、契約書の確認体制、利益相反への説明を確認します。不適切な支援者に依頼すると、個人保証の解除や重要条件の確認が甘くなるおそれがあります。
基本合意後、買い手はデューデリジェンス(買収監査)を行います。財務、税務、法務、労務、事業、ITなどの観点から、買収後に問題がないかを調べる手続です。
ここで未払い残業代、契約書の不備、許認可の承継問題、在庫評価、取引先依存などが見つかると、譲渡価格の調整や契約条件の変更につながります。重大な問題がなければ最終契約を結び、株式や事業の引渡し、譲渡代金の支払いへ進みます。
経営者には、創業以来の苦労、従業員への責任、将来の期待があります。しかし買い手は、将来の利益、リスク、引継ぎ後の投資負担を見て価格を考えます。希望価格で必ず売れるとは限りません。
赤字が続いている会社、売上の大半を1社に依存している会社、社長個人の営業力で成り立つ会社は、価格が下がるか、買い手が慎重になる傾向があります。反対に、利益が安定し、管理資料が整い、幹部人材がいる会社は、条件交渉で評価されやすくなります。
中小企業のM&Aでは、株式譲渡が多く使われます。個人株主が株式を譲渡する場合、譲渡益は申告分離課税となり、所得税15%、住民税5%に加え、復興特別所得税がかかります。一般的には合計20.315%と理解しておけば大きな誤解はありません。
事業譲渡の場合は、譲渡する資産や負債を個別に移すため、法人側で譲渡益に対する法人税等が生じるほか、課税資産には消費税が関係することがあります。どちらが有利かは、会社の資産内容、株主構成、繰越欠損金、許認可、従業員契約によって変わります。
PMI(M&A後の統合プロセス)では、経営体制、会計・労務ルール、情報システム、人事評価、取引先対応をすり合わせます。中小企業の場合、最初から大きく変えすぎると現場が混乱します。まずは、給与支払、受発注、顧客対応、資金繰りなど、止めてはいけない業務を安定させることが優先です。
譲渡後も会社に残る選択肢があります。買い手の資金力や人材を使って、これまでできなかった設備投資、採用、販路拡大に挑戦できる点は大きな魅力です。従業員や取引先との関係も保ちやすくなります。
一方で、オーナーとしての自由は減ります。新しい意思決定ルールに合わせる必要があり、報酬や肩書も変わることがあります。経営の自由度が下がった状態で働くことに、想像以上のストレスを感じる経営者もいます。
完全に退く場合は、経営の重圧から解放され、家族との時間、趣味、旅行、地域活動、新事業への挑戦に時間を使えます。ただし、長年仕事中心だった経営者ほど、急に予定がなくなると喪失感を覚えることがあります。
M&Aを考える段階で、譲渡後に何をしたいのか、どの程度の生活資金が必要か、家族はどう考えているかを話し合っておくと安心です。
M&Aは専門家費用がかかるため、費用面で検討が止まることがあります。公的支援を知っておくと、初期相談や専門家費用の負担を抑えられる場合があります。
2026年5月22日には、事業承継・M&A補助金の十五次公募が公表されています。申請受付期間は、2026年6月19日から2026年7月24日17時までの予定です。
専門家活用枠では、M&Aで経営資源を引き継ぐ、または引き継ぐ予定の中小企業等を対象に、FA・仲介費用、デューデリジェンス、セカンドオピニオン、表明保証保険料などが補助対象とされています。補助上限は類型によって異なり、売り手支援類型は600万円または800万円、小規模売り手支援類型は450万円、買い手支援類型は条件により600万円、800万円、2,000万円などが示されています。
補助金は、公募期間、対象経費、登録支援機関の要件、申請方法が決まっています。申請には電子申請が使われ、GビズIDプライムアカウントが必要です。取得に時間がかかることがあるため、M&Aが具体化してから慌てるのではなく、検討初期に確認しておくとよいでしょう。
事業承継・引継ぎ支援センターは、全国47都道府県に設置された公的相談窓口です。後継者不在の中小企業・小規模事業者と譲受希望者とのマッチング支援、事業承継計画の策定支援などを行っています。
初期相談では、親族内承継、従業員承継、第三者承継のどれが合うかを整理する場として活用できます。民間の専門家に直接依頼する前に、自社の悩みを客観的に整理したい経営者にも向いています。
現在の自社の業績が黒字か赤字か、どの業界でどのような強みがあるかを整理します。次に、親族や社内への承継を本当に断念しているのか、まだ比較検討する余地があるのかを確認します。さらに、補助金を使う可能性があるなら、最新の公募期間、対象費用、申請要件を早めに確認します。
準備の第一歩は、直近3期分の決算書をそろえることです。そこから、会社の価値、売却可能性、手取り額、個人保証、従業員への説明方針を順番に確認していきます。焦らなくて大丈夫です。ただし、何もしないまま時間だけが過ぎるのは避けたいところです。
M&Aによる経営者承継は、後継者不在でも会社、従業員、取引先を残せる有力な選択肢です。ただし、価格、税金、個人保証、譲渡後の役割を曖昧にすると、後で不安が残ります。早めに決算書や契約関係を整理し、親族内承継や従業員承継とも比べながら、自社に合う引継ぎ方を検討しましょう。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人