Powered by みつき税理士法人


簿外債務が生まれる理由とM&Aのリスク対策の基礎を解説

簿外債務とは、帳簿に載らない負債のことで、M&Aでは大きな落とし穴です。どのように発生し、譲渡企業・譲受企業にどのような影響を与えるのか。具体例と調査・対策の手順を、専門家目線でわかりやすく説明します。

目次

  1. 簿外債務とは貸借対照表に現れない負債
  2. 簿外債務が発生する二つの主因
  3. 譲渡企業と譲受企業が抱えるリスク
  4. 簿外債務の代表的な八つの種類
  5. 簿外債務を調査するデューデリジェンスの進め方
  6. 表明保証と買収価格調整によるリスク回避
  7. M&Aスキーム変更でリスクを切り分ける
  8. 簿外債務が発覚した際に選べる三つの対応策
  9. 専門家に依頼して簿外債務リスクを最小化する
  10. まとめ

簿外債務とは貸借対照表に現れない負債

簿外債務とは、貸借対照表に計上されていない負債を指します。帳簿外であるため「オフバランス」とも呼ばれ、企業の財務状態を数字だけで判断すると見落としやすい点が特徴です。とくに中小企業では税務会計基準を採用している場合が多く、将来支払う費用を見積計上しない慣行から簿外債務が残ることは珍しくありません。

偶発債務も簿外債務の一部として扱われる

偶発債務は「まだ発生していないが将来条件がそろえば発生する負債」の総称です。現時点で確定していないため貸借対照表に計上されず、簿外債務に含まれます。訴訟や保証債務などが代表例です。

簿外債務が発生する二つの主因

簿外債務が生じる背景は大きく二つに整理できます。

譲渡企業が意図的に負債を隠蔽するケース

M&A交渉を有利に進めたいあまり、資産を多く、負債を少なく見せようとする例です。譲受企業が気づかなければ、本来負う必要のない債務まで引き継いでしまいます。

会計基準の違いによる偶発的な計上漏れ

中小企業が採用する税務会計基準では、将来発生が見込まれても金額が不明確な費用は計上しないことが一般的です。退職給付引当金を設定していない、賞与を支払時にのみ処理するといった慣行が典型例です。

譲渡企業と譲受企業が抱えるリスク

簿外債務は、売り手(譲渡企業)と買い手(譲受企業)の双方に影響を及ぼします。

譲渡企業のリスクは損害賠償責任

最終契約書の表明保証条項で「簿外債務はない」と表明したにもかかわらず後日発覚した場合、譲渡企業は損害賠償の対象となります。自社で把握している負債は、交渉段階で積極的に開示することが賢明です。

譲受企業のリスクは過大な買収価格と資金流出

譲受企業は時価純資産を基準に企業価値を算定しますが、簿外債務が含まれていないと実態より高い価格で買収することになります。さらに株式譲渡スキームではすべてのリスクを包括承継するため、負債の返済義務まで引き受ける恐れがあります。

簿外債務の代表的な八つの種類

ここでは、M&A時に確認すべき主な簿外債務を八つ取り上げます。

賞与引当金が計上されていない場合

賞与規程があるのに賞与引当金を計上せず、支払い時だけ処理していると負債が帳簿外に残ります。

支払予定額を年度ごとに見積もって計上する必要があります。

退職給付引当金の計上漏れ

退職金規程が存在するのに退職給付引当金を設定していない企業は少なくありません。将来の退職金総額がそのまま簿外債務になります。

損金算入の可否に関係なく負債性を認識することが重要です。


未払残業代が大量に残っている可能性

サービス残業が常態化している場合、過去に遡って多額の未払残業代が発生するリスクがあります。

労働時間の把握体制と割増率の適用状況を確認する。

未払社会保険料の潜在リスク

パートタイムや有期雇用労働者に社会保険を適用していない場合、遡及徴収される恐れがあります。

加入要件を満たす従業員の雇用実態を詳細に調査する。

買掛金・未払金の計上漏れ

仕入れ情報が経理に届かず計上が抜け落ちるケースです。

仕入先との照合と支払状況の確認をセットで行う

リース債務を賃貸借処理している場合

リース会計基準に従いリース資産とリース債務を計上すべき取引を、賃貸借として処理すると簿外債務となります。

契約期間と総支払額を把握し長期債務として評価する。

債務保証の未計上

他社の債務を保証していながら引当金を計上していないと、保証債務は簿外に残ります。

保証解除や保証額の上限確認を交渉の前提にする。

訴訟リスクの見落とし

係争中または将来提起される可能性のある訴訟は偶発債務として扱われます。

訴訟内容と想定賠償額を資料と面談で二重に確認する。

簿外債務を調査するデューデリジェンスの進め方

簿外債務の有無を確実に把握するためには、専門家によるデューデリジェンス(買収監査)が不可欠です。会計・財務・法務・人事など、簿外債務が潜む部署を横断的に調査し、議事録や契約書類まで徹底的に確認します。譲受企業が自力で調べるよりリスクを大幅に減らせるため、弁護士や公認会計士、税理士で構成するチームへの依頼が推奨されます。

表明保証と買収価格調整によるリスク回避

調査で把握できないリスクに備えるには、表明保証を設定し、譲渡企業が情報の真実性を保証する仕組みを導入します。また簿外債務が判明した場合は買収価格を減額し、譲受企業の損失を補填する方法が取られます。

M&Aスキーム変更でリスクを切り分ける

株式譲渡では譲渡企業の全資産・負債を包括的に承継します。そのため簿外債務の存在が疑われる場合には、スキームを変更してリスクを限定する方法が有効です。代表例が事業譲渡です。事業譲渡は必要な事業単位や資産を選択して取得できるため、不要な負債を除外できます。譲渡対価の受領主体が株主から法人へ変わるため税務上の影響や交渉コストは高まりますが、リスク削減効果は大きいと言えます。


事業譲渡への切替を検討する際は、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 承継対象の事業や資産・負債を明確化し、譲渡契約書に具体的に列挙する
  • 取引先や金融機関の同意が必要な契約は事前に調整する
  • 従業員の個別同意を取得し、労使双方の理解を得る
  • 譲渡企業に残る在庫や債務の精算方法を決める

事業譲渡で承継対象を設計する

譲受企業は顧客基盤・商標・従業員など必要な資産を選び、簿外債務が潜む負債や保証債務を対象外に設定できます。

簿外債務が発覚した際に選べる三つの対応策

デューデリジェンスで簿外債務が見つかった場合、譲受企業は三つの選択肢から方針を決定します。

M&Aを取り止める

最も単純で確実な回避策です。負債の額が大きい場合などに有効ですが、機会損失や関係悪化も考慮する必要があります。

交渉中止に伴う機会損失や関係悪化を織り込んで判断する

買収価格を減額し負債分を相殺する

簿外債務が3,000万円なら、買収価格を3,000万円減額する方法です。

時価純資産ベースで再評価し営業権を再計算する

表明保証に基づき損害賠償を請求する(M&A後)

クロージング後に簿外債務が判明した場合、表明保証条項に基づき補償請求を行います。

免責期間・上限額・フロア額の設定が請求可否を左右する

専門家に依頼して簿外債務リスクを最小化する

税理士・公認会計士・弁護士・社会保険労務士など多職種でチームを組み、財務・法務・労務の各面からリスクを精査します。

総合デューデリジェンスで見落としを防止

財務・法務・労務・IT・環境など、多面的調査で潜在債務を数値化します。

結果レポートを基に価格調整条項や補償範囲を設計する

具体事例で学ぶ簿外債務発覚から解決までの流れ

製造業「甲社」を譲渡企業、「乙社」を譲受企業とした架空事例で、未払残業代と退職給付引当金の計上漏れが発覚し、価格調整と表明保証で解決した流れを紹介しました。

専門家チームの役割分担

  • 税理士・公認会計士
    帳簿確認と時価純資産計算
  • 弁護士
    表明保証条項設計と訴訟リスク洗い出し
  • 社会保険労務士
    未払残業代や社会保険未加入の調査
  • 中小企業診断士
    事業モデル評価とシナジー定量化

譲渡企業が事前準備しておくべき三つのポイント

  1. 退職給付・賞与引当金の試算表を作成する
  2. 保証債務・リース契約・訴訟案件をリスト化する
  3. 勤怠記録を整備し未払残業代の有無を検証可能にする

買い手企業が交渉を優位に進めるコツ

LOIに価格調整条項を入れる、デューデリジェンス期限を設ける、サバイバル期間を長めに設定するなどが効果的です。

簿外債務対応のチェックリスト(抜粋)

  • 賞与引当金・退職給付引当金の確認
  • 未払残業代と是正勧告歴の確認
  • 社会保険加入要件の対象者判定結果の取得
  • リース契約の残存期間・総支払額の確認
  • 保証債務・割引手形の残高表の取得
  • 訴訟リスクメモの閲覧
  • デリバティブ取引の時価評価レポートの確認
  • 買掛金・未払金の棚卸調査

簿外債務管理を徹底することで得られるメリット

譲渡企業は損害賠償を避け、譲受企業は統合後のキャッシュフローを安定化できます。透明性の高い取引は従業員や取引先の信頼維持にもつながります。

最終的に、簿外債務を可視化し対策を講じるプロセスそのものが企業ガバナンスの強化につながり、将来の資本政策や追加投資の判断を容易にします。こうした実務体制を整備しておくことが、事業承継を含む長期的な成長戦略の礎となります。

まとめ

簿外債務は貸借対照表に現れずM&Aの大きな落とし穴です。デューデリジェンスで早期発見し、価格調整・表明保証・スキーム変更を組み合わせて対応すればリスクを最小化できます。専門家連携と情報開示が成功の鍵となります。

著者|土屋 賢治  マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

相続の教科書