中小企業白書で学ぶM&Aの最新動向や成長戦略的活用法
中小企業白書をM&Aや事業承継にどう活かせるのでしょうか。本記事では白書の要点を整理し、最新動向と成功事例を交えて即答します。
目次
▶目次ページ:第三者承継(M&Aの意味)
2023年版では、新型コロナ禍後の物価高騰や深刻な人手不足に直面する中小企業が、生産性向上と賃上げを同時に達成するために「価格転嫁の推進」と「GXなど構造変化への投資拡大」に挑戦する姿勢を示しました。白書は外部環境の危機を成長機会と捉える視点を提示し、設備投資やデジタル化、人材育成への投資加速が競争優位を高めると指摘しています。
白書は「独自価値を創出する戦略」と「その戦略を構想・実行する経営者」を対に挙げます。戦略の独自性が企業を差別化し、その実行を支えるのは経営者の決断力と周囲の支援です。外部専門家や経営者仲間とのネットワークは、事業再構築への着想をもたらします。
戦略を具体化するには、人材戦略の策定とエクイティ・ファイナンスの活用が不可欠です。人員配置と権限委譲を再設計し、投資家を説得できるガバナンス体制を敷くことで、資金と人材の好循環が生まれます。この場面で事業承継・M&Aは「経営資源の散逸を防ぎ、世代交代を好機に変える打ち手」と評価されています。
ここで押さえたいのは、経営者が「自社単独でできること」と「外部と協働したほうが早いこと」を峻別する判断力です。M&Aは後者に当たり、技術や販路、人材を即時に取り込める“時間を買う選択肢”と言えます。
2025年版白書は、金利上昇・物価高・人材確保難を中小企業の三大課題と指摘しました。借入金利の上昇感は2007年以来の水準となり、原材料コストを価格に転嫁できず利益が横ばいという状況が続いています。
人手不足は採用難にとどまらず、事業承継候補者の不足という形で経営の持続可能性を脅かします。70代以上の経営者が廃業を選ぶ割合が高まっており、第三者承継(M&A)の重要性が増しています。
倒産件数は2024年に再び1万件を超えました。白書は「承継を先送りした企業ほど休廃業リスクが高い」と分析し、早期の承継計画策定を呼びかけています。早期にM&Aへ踏み切った企業は業績回復と人材確保で優位に立つ傾向があります。
後継者年齢が若い企業ほど新商品・新サービス開発に積極的で企業価値向上に成功しています。統計でもM&A件数は増加傾向にあり、スモールM&Aの広がりで中小企業でも一般的な手段となりました。
譲受企業が最も不安視するのは「相手先従業員の理解」です。PMI(経営統合)を早期に設計し、組織文化の融合を段階的に進めることで期待以上の成果を上げるケースが増えています。
譲渡企業の主目的は「従業員の雇用維持」「後継者不在の解決」「事業発展」。譲受企業は「売上・市場シェア拡大」「新規事業参入」「人材・技術獲得」を掲げます。
親族承継・社内承継・第三者承継(M&A)・IPOを同時に検討し、数年単位で準備を進める姿勢が求められます。
M&A市場は譲渡企業が少なく譲受企業が多い「譲渡企業優位」の状況です。入札形式の標準化と投資ファンドの存在感により、良質な譲渡企業が高評価を得る事例が増えています。
以下では実例を四つの類型に整理して解説します。
ディー・エヌ・エーが医療ICT企業へ約252億円を投じ、議決権過半を取得。譲渡企業は事業企画力を取り込み、譲受企業は社会課題領域の収益基盤を強化しました。
総合商社が約265億円で株式を取得し、海外展開とEC販売拡大を図った事例です。
リコーがPFU株式80%を譲受し、OA機器とドキュメントスキャナー技術を結合。ITマネジメントサービスと産業用コンピュータ事業で相乗効果が生まれました。
デジタルリスクコンサルティング企業が伝統的警備会社を譲受。リアルとデジタルの融合で警備DXを推進した好例です。
受託食堂運営企業が人材派遣大手と提携し、譲受企業の顧客ネットワークで新規受託を獲得。
専門工事会社グループがソフトウェア企業を譲受し、グループ全体のDXを推進しました。
ハイエンドオーディオ商社が老舗商社に承継され、譲受企業は高級領域へ参入。両社のブランド力が補完し、市場シェアを伸ばしています。
準備金制度が3年間延長され、積立割合も拡大。複数回M&Aを支援します。
特例承継計画の提出期限が2年間延長され、負担を抑えた承継が可能となりました。
人材投資を後押しする賃上げ税制の繰越控除創設と、30万円未満設備の即時償却特例延長が企業価値向上を支援します。
専門家のサポートは情報格差を埋め、交渉を円滑にします。売上1億円未満の事業者ほど支援機関活用率が高い実態が示されています。
中小企業がM&Aを検討するとき、最初に取り組むべきは「自社の健康診断」です。財務内容、顧客構成、知的財産、契約関係、組織風土などを棚卸しし、譲渡企業としての魅力度とリスクを点検します。これにより、相手先との交渉時に説明可能な情報を整理し、後工程で発生する価格交渉の振れ幅を抑えられます。
売上や利益の単年度増減だけでなく、継続的な顧客との取引安定性や知的財産の保護状況に注目し改善策を講じます。売掛金の回収体制整備や部門別損益の可視化で赤字事業を早期に切り離すなどの取り組みが有効です。
譲渡価格は時価純資産に将来収益力を加味して算定されます。EBITDA倍率を用いる場合でも、買い手が期待するシナジー規模により倍率は上下します。「相手にとっての価値」を意識した情報提示が重要です。
入札形式では一次入札で概要情報、二次入札で詳細情報という段階的開示方式が一般的です。秘密保持と競争原理の両立が図れます。
財務・税務・法務に加え、人事制度やIT、知財の調査を受けます。セルフデューデリジェンスで潜在リスクに先手を打てば減額要因を最小化できます。
表明保証や競業避止義務、アーンアウト条項が交渉ポイントです。クロージング後はPMI計画どおり迅速に統合を実行し従業員説明会で一体感を醸成します。
PMIは「紙の計画」を「現場の日常」に変えるプロセスです。譲受企業が財務面で期待していても、現場の協力が得られなければシナジーは実現しません。
文化の衝突はコミュニケーションスタイルや意思決定プロセスの違いが原因です。双方の強みを尊重し、新しいスタンダードを作る姿勢とトップ層の共同メッセージが鍵となります。
キーパーソンへのインセンティブ設計や将来キャリア提示が不可欠です。制度変更が遅れると離職リスクが高まります。
売上・コスト両面のKPIを3か月サイクルでレビューし進捗を共有すると、統合への参加意識が高まります。
CREASマッチングのようなプラットフォームでは匿名化案件を業種や所在地で検索可能です。詳細把握には支援機関経由の個別打診が必要です。
譲渡企業の三割以上は公募前に譲受先が決定します。専門家ネットワーク登録で業界再編の兆しを早期に把握しましょう。
金利正常化でデットコストが重くなる一方、GX・DX投資の必要性が高まり、M&Aは資本効率向上策として再注目されます。
売上100億円超を目指す企業ほど複数回M&Aを行う傾向があり、人材と技術の獲得手段として機能しています。
経営者高齢化と後継者不足が続くため、第三者承継ニーズは高止まりします。特例承継計画の期限延長が計画的準備を後押しします。
税務・法務・ITを横断する統合サポートにより、PMIでの人材定着やシステム統合の成功確率が向上します。
同業買収による規模拡大から異業種参入まで、買い手ニーズは多様化しています。IT化・DXの急速な進展で非IT企業がIT企業を買収する事例が増加しました。
買い手はシナジー創出シナリオを定量化し入札書に反映させることで競合に差を付けます。
投資ファンドはガバナンス強化と経営人材派遣で企業価値を高め、3~5年の成長シナリオを描ける企業を好みます。
買い手過多の市場では優良案件に入札が集中し、高値で成約する事例が増えています。
30〜50代での株式譲渡は企業価値が高いタイミングを捉えやすく、譲渡後も第二創業に挑戦できます。
リスク隠蔽が発覚すると大幅減額や破談を招きます。
早期の説明会とFAQ整備が離職防止の鍵です。
最新税制で株価を試算し、個人保証対策も検討します。
財務リストラや管理会計導入を短期間で実行します。
業種特化ネットワークで最適候補を抽出し入札形式で比較検討します。
譲渡所得課税を最小化し手取りを最大化します。
KPI進捗と税務・会計統合状況を四半期レビューで可視化します。
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中小企業白書はM&Aを事業承継だけでなく成長戦略の核心と示します。自社診断から相手選定、税務ストラクチャリング、PMIまで計画的に遂行し、税理士など専門家の伴走支援を受ければ、雇用維持と企業価値向上を両立し外部環境の変化を成長機会に変えられます。今こそ早期準備が鍵です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画