MOUの概要、LOIとの違い、法的拘束力、主な記載項目について詳しく解説します。M&Aを検討している方々にとって、重要な情報となる基本合意書の役割と特徴を分かりやすくまとめています。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(意向証明書/基本合意書)
MOUは「Memorandum of Understanding」の略称で、日本語では「基本合意書」と呼ばれます。M&Aにおいて、MOUは売り手と買い手が条件交渉を進め、基本的な合意条件をまとめた書面です。
1. デューデリジェンス実施の前提確認
2. これまでの交渉事項の認識合わせ
3. M&A条件の大枠の合意
MOUは通常、売主と買い手の経営陣のトップ面談を経て、主要な条件が折り合ったタイミングで締結されます。一般的に、MOUには譲渡価格、M&A後の役員・従業員の処遇、譲渡方法、今後の交渉スケジュールなどが記載されます。
ただし、MOU締結後に実施されるデューデリジェンス(買収監査)の結果によっては、条件面が変更される可能性があります。そのため、MOUは基本的に法的拘束力を持たない合意文書となります。
LOIは「Letter of Intent」の略で、日本語では「意向表明書」と呼ばれます。MOUとLOIは似た概念ですが、使用場面や特徴に違いがあります。
• デューデリジェンスに先立って作成される
• 買い手企業が考えるM&A条件等を売り手に一方的に提示する
• 交渉の初期段階で使用される
• デューデリジェンスを経て作成される
• 売り手・買い手間の合意事項を書面化したもの
• 交渉が進んだ段階で使用される
実務上、基本合意書をLOIと略すこともありますが、文脈によってMOUとLOIを使い分けることがあります。どちらの書類を指しているのか区別することは重要です。
通常、契約を締結すると当事者は法的に拘束されます。しかし、MOUの場合は少し異なります。
1. 限定的な情報で検討・交渉した結果をまとめた書面であること
2. デューデリジェンス等の結果で、合意条件が変更される可能性が高いこと
ただし、MOUの中でも一部の条項、例えば秘密保持義務などには法的拘束力を持たせる場合があります。しかし、MOUに記載のあるすべての内容に法的拘束力を持たせることは稀です。
MOUには、売り手と買い手の認識の齟齬がないよう、具体的な条件を記載することが望ましいです。ただし、上場企業が買い手の場合、情報開示規則に抵触しないよう、敢えて具体的な条件を記載しないMOUも存在します。
以下に、一般的なMOUに記載される主な項目を解説します。
M&Aの対象となる事業や資産を明確にするため、買収対象を明記します。買収対象の認識に齟齬が出ると、それまで交渉してきた前提が崩れるため、明確にする必要があります。
MOUの締結時に買収対象が確定していないこともありますが、その時点での売り手と買い手の認識をすり合わせるためにも、明記することをお勧めします。
M&Aスキームは、売り手・買い手両者にとって極めて重要な事項です。スキームによって以下の点が変わります:
売り手:M&A対価の受取当事者や金額、譲渡に対する手続
買い手:M&A実行に伴うリスクの大きさや資金調達方法
デューデリジェンスの結果によってスキームが変更されるケースもありますが、現段階で想定されるM&Aスキームを記載することは重要です。複数のM&Aスキームを検討する場合は、想定されるスキームの全てを記載することもあります。
MOUでは、デューデリジェンスの結果により調整可能な買収予定価額を記載します。M&Aは譲渡価額の齟齬が一番の破断要因となるため、MOUで売り手と買い手で譲渡価額目線を擦り合わせておくことが重要です。
譲渡価額を確定させることが難しい場合、価額をレンジで記載することも多くあります。最終的な買収価額調整は可能ですが、MOUで合意した価額から大幅な変更があると、合理的な変更理由を明確に説明しなければ売り手の納得を得ることが難しくなります。そのため、買手側としては買収価額の合意には慎重な検討が必要です。
売り手にとって、M&A実行後も残る従業員の雇用継続や処遇は、相手先を選ぶ上で重要な要素となります。MOUでは、以下のような点について条件面をすり合わせることが重要です。
• 現行水準の処遇で雇用を継続するなど、M&Aが従業員にとって不利益にならないこと
• 役員の業務引継ぎ時の処遇や期間
• 続投役員がいる場合の処遇
• M&A後退任予定の役員の退職慰労金の有無
これらの条件は、売り手にとってはM&A対価の一部として認識されているため、MOUで合意すべき重要な事項となります。
MOUには、今後の交渉が間延びしないよう、以下のようなスケジュールの大まかな目安が記載されます。
• デューデリジェンスの実施期間:MOU締結後、1~2ヶ月
• 最終契約の締結予定日:基本合意から3~4ヶ月
• クロージング予定日(資金決済日):最終契約締結日から1ヶ月以内
クロージング日については、M&Aスキームやクロージング条件によって異なりますが、最終契約書締結後、できるだけ速やかに実施されるのが一般的です。
MOUには、買い手によるデューデリジェンス(買収監査)実施の旨や実施時期、実施範囲等が記載されます。デューデリジェンスは、M&A対象会社の状況把握のため、財務・税務・労務・法務など多岐にわたる分野のコアな情報を確認することになります。
資料の提供やQ&Aの回答など売り手の協力なくして実施することができないため、MOUで買い手が希望するデューデリジェンス実施に対する、売り手の了解と協力を取り付ける意義があります。
買い手によるデューデリジェンスは、多くの工数と費用がかかります。そのため、MOUには以下のような条項が含まれることが一般的です。
• 期間を限定した形で売り手から買い手への独占交渉権の付与
• 独占交渉の違反に対する違約金の設定
MOUは原則として法的拘束力を有しませんが、独占交渉に関する条項については、売り手が遵守するよう法的拘束力を持たせる場合もあります。
M&Aのほとんどのケースでは、MOU締結までは売り手と買い手間での秘密保持契約が締結されていません。デューデリジェンスで多くの情報のやり取りが発生することもあり、MOUでは秘密保持義務が明記されます。
MOUには、売り手がMOUを締結したことにより経営が疎かにならないよう、善管注意義務が明記されます。これは、通常一般的に経営者が求められる程度の注意義務を課すことで、対象会社の企業価値を損なわないよう売り手に注意を促すための条項となります。
MOUには、現段階で認識しているクロージング(資金決済)のための前提条件が記載されます。これにより、売り手もクロージングに向けて準備ができるため、最終条件交渉と同時並行で前提条件の対応を実施することが可能になります。
M&A実行後、事業運営上必要な許認可をMOUに明記し、継続可能な許認可と再取得の必要な許認可を把握します。許認可には以下のようなものがあります。
• 再取得に多くの時間を要するもの
• 人に紐づいているもの
• 当局の承認が必要なもの
これらは様々な特性を持つため、漏れがないようMOUで明記することをお勧めします。
MOUには、売り手と買い手でMOU締結に至った旨を自社のHP等で公表する場合、相手方の事前承諾なしにMOU締結の事実や合意内容を公表しないとする条項が記載されます。
MOUの締結により、独占交渉権が付与されることやデューデリジェンス後にクロージングに向けた最終交渉が行われます。売り手・買い手共にスピーディーな条件交渉が求められることから、MOUの有効期間は通常2~4か月程度で設定されます。
MOUには、以下のような法的拘束力に関する記載がされます。
• MOUに対する法的拘束力の有無
• 秘密保持や独占交渉権付与に対する違反など、限定した条項のみに法的拘束力を有する旨
日本におけるM&Aでは、MOUに記載のすべての内容ではなく、限定した内容にのみ法的拘束力を持たせることが一般的です。
MOUには、その他の合意事項として以下のような費用負担の明記がされることがあります。
• デューデリジェンス
• 土地家屋調査士への不動産評価依頼
• 紛争解決のための弁護士費用
• M&A仲介などの成功報酬
これらは、売り手・買い手ともに発生する様々な費用であり、後のトラブル回避のために明記されます。
MOUは、M&Aにおける重要な書面であり、初期段階での交渉内容や合意内容を確認する役割を果たします。売り手と買い手の認識をすり合わせることで、クロージングに向けた交渉条件の洗い出しや、提供された情報の信ぴょう性確認に役立ちます。M&A交渉を円滑に進めるため、MOUの締結は重要なプロセスと言えるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事