MOUとはLOIと違う基本合意書の役割と記載項目を解説
「MOUとは?」と聞かれたら、基本合意書であることは知っていても、役割やLOIとの違いを正確に説明できる人は多くありません。本記事ではM&A支援500件超の専門家が、MOUの意義と注意点を小学生にも分かる言葉で整理します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(意向証明書/基本合意書)
MOUとは「Memorandum of Understanding」の略で、日本語では基本合意書とも呼ばれます。M&A交渉において売り手と買い手がこれまでの協議結果を整理し、今後の進め方を確認するために作成される文書です。まだ最終契約ではないため拘束力は限定的ですが、双方の意思を可視化し、後戻りを防ぐ“合意の地図”として機能します。
口頭だけの約束は認識違いを生みやすく、後で「言った・言わない」の争いに発展しかねません。MOUにまとめれば、譲渡価格や今後の手順が一目で確認でき、関係者全員が同じ地図を手にして前へ進めます。
とりわけ1.は買い手が詳細調査へ踏み出す前提条件となるため、早期に書面化する意味が大きいと言えます。
LOI(Letter of Intent/意向表明書)は、買い手が「この条件で買いたい」と一方的に意思を示す文書です。対してMOUは両社がテーブルを囲み、合意した内容をまとめた共同文書。たとえるならLOIは「ラブレター」、MOUは「婚約届けの下書き」とイメージすると違いが掴みやすいでしょう。
デューデリジェンス開始前に提示されることが多く、価格やおおまかな買収条件が列挙されます。ここでは売り手の同意はまだ取れておらず、買い手側の意思表示が中心です。
トップ面談や価格交渉を経て「大筋で一致した」ときに締結します。売り手・買い手が同じペンで署名し合うことで、協議は次のステージへ進みます。
実務ではMOUをLOIと呼ぶ場面もありますが、交渉フェーズを示す言葉としては明確に区別しましょう。ステップを取り違えると、提示すべき情報や交渉スタンスを誤る恐れがあります。
一般的な契約書と異なり、MOUには原則として包括的な法的拘束力がありません。これはデューデリジェンスの結果次第で条件が変動する可能性を前提にしているからです。
この柔軟性が交渉をスムーズにする一方、文書を軽視すると後のトラブルにつながります。
MOUの中でも「秘密保持」「独占交渉権」など一部条項には明白な拘束力を設定する場合があります。違反時の違約金を盛り込み、信義則に基づく交渉を担保します。
MOUは“合意のチェックリスト”。漏れがあれば交渉が振り出しに戻るため、具体的な条件を整理することが重要です。以下に代表的な項目を示します。
買収対象の会社・事業・資産を明記します。スキーム(株式譲渡・事業譲渡など)が変わればリスクや税負担が大きく異なるため、現段階での想定を具体的に示します。複数案がある場合は全て列挙し、後日の誤解を防ぎます。
譲渡価額はデューデリジェンス後に確定しますが、あらかじめ目安のレンジを設定することで大幅な乖離を防ぎます。レンジを超える修正を行う場合、買い手は合理的な説明責任を負うため、交渉の透明度が高まります。
売り手にとって従業員の雇用継続は大切な譲渡対価の一部です。MOUでは「現行水準の給与を維持」「退任役員に退職慰労金を支給」など、処遇を明文化して安心感を提供します。
交渉が長期化すると双方のコストが膨らみます。MOUには「デューデリジェンスは1〜2か月」「最終契約は基本合意から4か月以内」など具体的な日程目標を設定し、プロジェクト管理を容易にします。
デューデリジェンス(買収監査)は財務・税務・労務・法務など多岐にわたります。MOUで時期・範囲・売り手の協力内容を具体化しておくと、資料収集やQ&Aが円滑に進み、スケジュール遅延を防げます。
「財務は3期分の試算表」「労務は就業規則と主要契約書」など、調査資料を例示しておくと漏れ防止になります。期間は1〜2か月を目安に設定し、双方がリソースを確保します。
買い手は監査費用や人員を投入するため、一定期間は他社との交渉を控えてもらう必要があります。MOUに独占交渉権を明記し、違反時の違約金を設定することで、売り手のコミットメントを引き出します。
長すぎると売り手の選択肢を狭め、短すぎると買い手の調査機会が不足します。両社の事情に応じ柔軟に設定しましょう。
MOU時点ではNDAが未締結の場合も多いため、守秘条項を盛り込みます。「開示情報を第三者へ漏えいしない」「目的外利用を禁止する」など具体的に規定し、違反時の損害賠償責任を明確にします。
財務データだけでなく、顧客名簿や技術ノウハウも含むと明示し、抜け穴を防ぎます。
売り手が基本合意に安心して経営に手抜かりが出ると、対象会社の価値が下がります。MOUで「通常の注意をもって事業運営を継続する」旨を約束し、買い手のリスクを抑えます。
「資産売却や高額配当は買い手の書面同意が必要」と定め、期中の企業価値毀損を防止します。
資金決済までに満たすべき条件(株主総会決議、主要取引先の同意取得など)を列挙し、タスク管理を容易にします。
売り手・買い手のどちらが動くのか明確にすると、漏れなく準備が進みます。
事業に必要な許認可が人に紐づくか、再取得に時間がかかるかをMOUに記載します。特定許認可が取得できない場合のリスク分担も取り決めておくと、交渉がスムーズです。
医療・建設など許認可依存度の高い業種では、承継可否を初期段階で洗い出すことが成功の鍵です。
MOU締結を対外公表する際は、タイミング・方法を双方合意のうえ決定します。片方が独断で開示すると株価や従業員士気に影響するため、事前承諾制を定めます。
合意内容の範囲、言及度合いを調整し、過度な期待や風評被害を防ぎます。
独占交渉の期間と歩調を合わせ、有効期限を定めます。期限を切ることで交渉を引き締め、漫然とした先延ばしを防止します。
「書面合意で1回のみ延長可」などルール化し、双方の予見可能性を高めます。
デューデリジェンス費用、弁護士報酬、仲介成功報酬など、誰がどの割合で負担するかを明示します。特に中小企業M&Aでは、費用負担トラブルが破談要因となりやすいため注意が必要です。
ただし、土地家屋調査士費用など特定費用は買い手負担とするなど、実情に合わせ柔軟に定めます。
近年はプラットフォーム上で情報開示が進み、情報格差が縮小したため、MOUを交わさずクロージングへ進む事例もあります。しかし独占交渉権や守秘義務の明文化が省略されるとリスクも増えるため、取引規模や信頼関係に応じた使い分けが重要です。
情報量が限られ短期クロージングが可能な案件では、基本合意をスキップする傾向があります。
複眼的に確認することで、漏れや重複を防ぎ、MOUの精度を高められます。
MOUは法的拘束力こそ限定的ですが、売り手と買い手の認識を合わせ、交渉をスムーズに進める羅針盤です。独占交渉権や秘密保持など重要条項を明文化し、デューデリジェンスからクロージングまでの道のりを可視化することで、M&A成功の確度を高めましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事