敵対的M&A入門:企業買収の裏側と成功のポイントを解説

敵対的M&Aの定義から最新事例まで、企業買収の裏側を徹底解説します。メリット・デメリットや防衛策、標的になりやすい企業の特徴など、経営者必見の情報を網羅的にお届けします。

目次

  1. 敵対的M&Aとは:M&A戦略の一環として
  2. 敵対的M&Aへの対抗策:4つの主要な防衛方法
  3. 敵対的M&Aがもたらす利点
  4. 敵対的M&Aに伴うリスクと課題
  5. 敵対的M&Aの標的になりやすい企業の特徴
  6. 近年の敵対的M&A事例
  7. まとめ

敵対的M&Aとは:M&A戦略の一環として

敵対的M&A(Mergers and Acquisitions)は、企業買収や合併を実現するための戦略の一つです。この手法の特徴は、買収対象となる企業(売り手)の経営陣の同意を得ずに買収を進めることにあります。

通常、敵対的M&Aは、TOB(株式公開買付け)という方法で実施されます。買収を成功させるためには、売り手企業の発行済株式の50%超を取得する必要があります。この比率を超えることで、株主総会の普通決議により取締役の選任を単独で決定できるようになります。

友好的M&Aとの主な相違点

敵対的M&Aと対照的なのが友好的M&Aです。両者の主な違いは以下の通りです:

1. 合意形成:友好的M&Aでは、売り手企業の取締役会の同意を得た上で進められます。

2. 事前協議:友好的M&Aでは、経営陣同士が事前に協議を行い、譲渡価格や従業員の処遇などについて調整します。

3. 成功率:事前の合意があるため、友好的M&Aの方が一般的に成功率が高いとされています。

4. 手続の円滑さ:敵対的M&Aでは、売り手による防衛策のために手続が滞る可能性があります。

中小企業における敵対的M&Aの稀少性

日本の中小企業のM&Aにおいて、敵対的M&Aはほとんど見られません。その主な理由は以下の通りです:

1. 株式譲渡制限:多くの中小企業が株式譲渡制限会社であるため、株式譲渡には発行企業の承認が必要です。

2. 法的保護:会社法により、株式譲渡制限のある企業の株式譲渡には発行企業の承認が必要と定められています。

3. 実行の困難さ:これらの要因により、中小企業に対する敵対的M&Aは基本的に成立しにくい構造となっています。

以上のように、敵対的M&Aは主に上場企業や大企業を対象とした戦略であり、中小企業では稀なケースといえます。

敵対的M&Aへの対抗策:4つの主要な防衛方法

敵対的M&Aに対して、売り手企業が取り得る防衛策には主に4つの方法があります。これらの策を用いることで、望まない買収を防ぐことができる可能性があります。

ポイズンピル戦略

ポイズンピル(別名:ライツプラン)は、買収側の持ち株比率を下げることを目的とした防衛策です。

実施のタイミング:買収側の持ち株数が一定水準を超えた時点

方法:既存株主に対して「条件付き新株予約権」を発行

効果:新株予約権の行使により株式総数が増加し、買収側の持ち株比率が相対的に低下

ホワイトナイト戦術

ホワイトナイトとは、「友好的な買収者」を意味します。

実施方法:敵対的買収を仕掛けられた企業が、友好的な第三者に自社を譲渡または合併

目的:敵対的買収側による株式取得を防ぐ

結果:敵対的買収は防げるが、ホワイトナイトの傘下に入ることになる

焦土作戦の実施

焦土作戦(別名:クラウン・ジュエル)は、買収側の意欲を減退させる方法です。

実施方法:買収前に自社の事業・資産などを第三者に譲渡

効果:買収目的である経営資源を失わせることで、買収意欲を低下させる

注意点:会社の価値低下を招くため、ホワイトナイトへの一時的譲渡などの工夫が必要

ゴールデンパラシュートの活用

ゴールデンパラシュートは、買収側のコストを増加させる防衛策です。

実施方法:買収成功時に役員が解任された場合、多額の退職金を支払う契約を締結

目的:買収側の経営資本を流出させ、企業価値を下げる

効果:買収側の資金負担を増やし、買収意欲を減退させる

これらの防衛策は、状況に応じて適切に選択・実施することが重要です。

敵対的M&Aがもたらす利点

敵対的M&Aは、売り手の経営陣にとってはメリットが少ないものの、買収側や株主にとっては様々な利点があります。

企業規模の拡大効果

市場シェアの拡大:売り手が持っていた市場シェアや顧客基盤を引き継ぐことができます。

新規分野への進出:未進出分野の企業を買収することで、新たな販路拡大や顧客開拓のチャンスを得られます。

競合他社の買収:同業他社を買収することで、市場シェアを急速に拡大できる可能性があります。

シナジー効果の創出可能性

シナジー効果とは、協力によって得られる相乗効果のことです。主に以下の2種類があります:

1. 売上シナジー: 

o 営業ノウハウの活性化

o 新商品・サービスの開発

o 顧客基盤の拡大

2. コストシナジー: 

o 物流費用の削減

o 調達費用の低減

o 重複業務の統合による効率化

新たな経営資源の獲得

経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報・ノウハウ)の獲得が可能になります:

人的資源:優秀な人材や専門家の獲得

技術・ノウハウ:独自の技術や業務ノウハウの入手

ブランド力:確立されたブランドや評判の獲得

特許・知的財産:価値ある特許や知的財産権の取得

迅速な企業改革の実現

意思決定の迅速化:買収後は売り手の取締役会の承認なしに意思決定できます。

大胆な改革:買収側の経営戦略に基づいた思い切った組織改革や構造変革が可能です。

経営方針の転換:新たな経営方針を迅速に導入し、企業の方向性を変更できます。

これらの利点を最大限に活用することで、敵対的M&Aを通じて企業価値の向上や競争力の強化を図ることができます。

敵対的M&Aに伴うリスクと課題

敵対的M&Aには様々な利点がある一方で、重大なリスクや課題も存在します。これらを十分に理解し、対策を講じることが重要です。

買収失敗のリスク

敵対的M&Aは、以下の理由により失敗する可能性があります:

1. 防衛策の発動:売り手企業がポイズンピルなどの防衛策を実施し、50%超の株式取得が困難になる場合がありま
      す。

2. 高額な手数料:買収が失敗しても、アドバイザーへの手数料は返還されません。

3. 競合他社の参入:買収を公表後、より有利な条件を提示する競合他社が現れる可能性があります。

期待されるシナジー効果の未実現リスク

買収後、以下の理由でシナジー効果が期待通りに得られない可能性があります:

1. 従業員の抵抗:敵対的M&Aへの不満から、従業員のパフォーマンスが低下する可能性があります。

2. 人材流出:高いスキルを持つ従業員が退職してしまうリスクがあります。

3. 組織文化の衝突:異なる企業文化の統合が困難で、効率的な協力体制が築けない可能性があります。

企業イメージと伝統への影響

敵対的M&Aは、以下のような形で企業イメージや伝統に悪影響を与える可能性があります:

1. ネガティブな世間の反応:敵対的M&Aは一般的に良い印象を持たれず、企業イメージを損なう可能性があります。

2. 取引先との関係悪化:買収に抵抗感を持つ取引先が離れ、取引量が減少するリスクがあります。

3. 顧客離れ:企業のイメージ変化や経営方針の転換により、既存顧客が離れる可能性があります。

4. 伝統や企業文化の喪失:長年培ってきた企業の伝統や文化が失われるリスクがあります。

これらのリスクと課題を十分に認識し、適切な対策を講じることが、敵対的M&Aを成功

させるために重要です。買収側企業は、これらのリスクを最小限に抑えるための戦略を事前に準備し、買収後の統合プロセスを慎重に計画する必要があります。

敵対的M&Aの標的になりやすい企業の特徴

敵対的M&Aの標的となりやすい企業には、主に3つの特徴があります。これらの特徴を理解することで、企業は自社の脆弱性を認識し、必要な対策を講じることができます。

割安な株価と低い持ち株比率

以下の条件を満たす企業は、敵対的M&Aの標的になりやすいといえます:

1. 割安な株価: 

o 総資産額に対して株価が低い

o 買収に必要な資金が少なく済む

o 資金調達が比較的容易

2. 低い持ち株比率: 

o 主要株主や取引先、メインバンクによる買収防衛力が弱い

o 買収側にとって、失敗リスクが相対的に低い

これらの条件が重なると、敵対的M&Aを仕掛けやすい環境が整うことになります。

魅力的な特許や独自コンテンツの保有

以下のような経営資源を持つ企業も、敵対的M&Aのターゲットになりやすいです:

1. 価値ある特許: 

o 他社が容易に模倣できない技術

o 高い収益性が期待できる特許

2. 独自性の強いコンテンツ: 

o 市場で優位性を持つ独自のサービスや製品

o 高い顧客ロイヤリティを獲得しているブランド

これらの資源は、買収側にとって魅力的な獲得対象となり、自社の競争力強化に直結する可能性があります。

買収防衛策の未整備

買収防衛策を講じていない企業は、以下の理由で敵対的M&Aの標的になりやすいです:

1. 脆弱性の露呈: 

o 防衛策の欠如は、企業の脆弱性を示すシグナルとなる

o 買収側が常に先手を取れる状況を作り出す

2. 低コストでの買収可能性: 

o 防衛策がないため、買収にかかるコストが相対的に低い

o 買収側にとって、リスクの低い投資先となる

3. 突然の買収リスク: 

o 防衛策がないため、予期せぬタイミングで買収を仕掛けられる可能性がある

これらの特徴を持つ企業は、自社の状況を客観的に分析し、必要に応じて適切な防衛策を検討することが重要です。

近年の敵対的M&A事例

2023年から2024年にかけて、日本では複数の注目すべき敵対的M&A事例が発生しました。これらの事例を分析することで、現代の敵対的M&Aの特徴や傾向を理解することができます。

ニデックによるTAKISAWA買収成功(2023年)

概要:ニデックが工作機械メーカーのTAKISAWAに対してTOBを実施

結果:議決権ベースで86.14%の応募を得て成立

特徴: 

1. 買収価格を市場株価の2倍に設定

2. 経済産業省の「企業買収における行動指針」発表後の初の大型案件

影響:TAKISAWAは東証スタンダード市場から上場廃止

第一生命によるベネフィット・ワン買収成功(2024年)

経緯:エムスリーとの競争の末、第一生命HDが勝利

戦略:エムスリーのTOB価格を上回る条件を提示

結果:ベネフィット・ワンの完全子会社化に成功

今後の計画: 

1. ベネフィット・ワンの約950万人の顧客基盤を活用

2. 保険商品や健康サービスの共同開発

3. 中小企業への営業強化や新規事業の開拓

ブラザー工業によるローランドDG買収失敗(2024年)

経緯:ローランドDGが米国投資ファンドとのMBOを公表後、ブラザー工業が対抗TOBを予告

結果:ローランドDG側がTOB価格を引き上げ、ブラザー工業は対抗TOBを断念

背景: 

1. ブラザー工業の産業用プリンター事業強化の意図

2. 両社の技術融合による相乗効果を期待

AZ-COM丸和によるC&Fロジ買収失敗(2024年)

経緯:AZ-COM丸和がC&Fロジに対し2022年から買収を提案、2024年5月にTOB開始

結果:SGホールディングスなど他社からの対抗提案により失敗

特徴: 

1. C&Fロジ側が「大口顧客の離反リスク」を理由に難色

2. 複数の対抗提案(ホワイトナイト)が出現

教訓:敵対的M&Aにおける対抗提案の重要性

これらの事例は、日本の企業社会における敵対的M&Aの複雑さと、各社の戦略の重要性を示しています。

まとめ

敵対的M&Aは、企業買収の一形態として重要な役割を果たしています。売り手の同意なしに進められるこの戦略は、メリットとデメリットの両面があり、適切な実行と防衛が求められます。近年の事例からも分かるように、日本企業においても敵対的M&Aは現実的な選択肢となっており、企業はこの動向を注視し、適切な対応策を準備する必要があります。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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