敵対的M&Aの防衛策と最新事例の成功要因を解説
敵対的M&Aとは何でしょうか。この記事では定義、防衛策、利点とリスク、標的企業の特徴、直近の事例までをわかりやすく伝えます。
目次
▶目次ページ:企業買収(買収プレミアム)
敵対的M&Aとは、譲受企業が譲渡企業の経営陣の同意を得ずに発行済株式の過半数を短期間で取得し、経営権を掌握する手法です。主な実行手段は株式公開買付(TOB)であり、発行済株式の50%超を取得できれば株主総会の普通決議で取締役を単独選任できるため、経営の主導権が譲受企業に移ります。
友好的M&Aでは譲渡企業の取締役会と事前に協議し、譲渡価格や従業員の処遇、事業統合の段取りを入念にすり合わせます。
公表前にコンフィデンシャルな情報共有が行われるためデューデリジェンスの精度が高まり、譲受後の統合作業も計画通りに進みやすい点が利点です。
その結果、友好的M&Aは成功率が高く、取引コストや外部への情報漏えいリスクも抑えられます。
一方、敵対的M&Aでは経営陣の協力が得られないため、公開情報のみを頼りに意思決定を行う必要があり、デューデリジェンス不足から想定外の負債やコンプライアンスリスクが顕在化する恐れがあります。
さらに、防衛策の発動や訴訟対応で手続が長期化し、その間に市場環境が変化して投資効率が低下するリスクも無視できません。
日本の中小企業は株式譲渡制限会社であることが多く、株主が第三者へ株式を譲渡する際には発行企業の承認が必須です。
会社法は定款で譲渡制限を置く企業に対して承認請求の審査期間や不承認時の買取請求権などを整備し、既存株主と経営陣を手厚く保護しています。
外部の譲受企業が同意なく株式を集めることは制度面・実務面の両方で極めて困難であり、敵対的M&Aは主として上場企業や大規模な同族会社を対象とするケースが中心です。
敵対的M&Aを仕掛けられた場合、譲渡企業が選択できる代表的な防衛策は次の四つです。自社の状況に応じて適切に組み合わせることで、望まない譲受を抑止できます。
ポイズンピル(ライツプラン)は譲受企業の保有比率が一定水準を超えた時点で既存株主に条件付き新株予約権を無償発行します。行使により株式総数が増加し、譲受企業の議決権比率が希釈されるため、買付コストが跳ね上がります。
ホワイトナイト戦術では信頼できる第三者へ自社株や事業を譲渡・合併してもらい、敵対的譲受を阻止します。経営の独立性は一定程度失われるものの、従業員や取引先との関係を比較的円滑に保ちやすい点が特徴です。
焦土作戦(クラウン・ジュエル)では、譲受企業が目当てとする資産や事業を第三者に譲渡し、譲受意欲を低下させます。ただし会社価値自体が減少するため、後にホワイトナイトへ資産を戻すといった工夫が求められます。
ゴールデンパラシュートは譲受が成立し役員が退任した場合に多額の退職金を支払う契約を事前に設定し、譲受企業の資金負担を増やす防衛策です。結果として譲受の採算性が悪化し、敵対的M&Aが断念される可能性が高まります。
敵対的M&Aは譲受企業や株主にとって次のような効果を期待できます。
売上シナジー
コストシナジー
譲受企業が経営権を握ることで、取締役会の承認を待たずに意思決定が可能となり、大胆な組織再編や方針転換を迅速に進められます。これにより企業価値向上を短期間で実現できる可能性があります。
敵対的M&Aは大きな成長機会を提供する一方で、十分に備えていなければ深刻な損失を招く可能性があります。譲受企業は次に示す主なリスクを理解し、対策を講じる必要があります。
防衛策の発動
譲渡企業がポイズンピルなどを実施すると、50%超の株式取得が困難になりコストも増加します。
高額な専門家報酬
M&Aアドバイザーや弁護士への報酬は成功可否にかかわらず発生するため、失敗時の費用回収ができません。
競合他社の対抗提案
より高い価格を提示する譲受企業が現れるとオークション状態となり、譲受コストが急上昇します。
世間一般には敵対的M&Aへの否定的な印象が根強く、メディア報道によってブランド価値が下がることがあります。取引先の離反や顧客離れが続けば売上に直結するため、事前にステークホルダーへの説明責任を果たし信頼を維持する戦略が不可欠です。また、長年培った社風や経営哲学が急激に変わることで、従業員の帰属意識が低下する懸念もあります。
リスクを軽減するには、統合後の組織体制やコミュニケーション方針を具体的に示し、従業員・顧客・取引先の不安を早期に払拭することが重要です。
譲渡企業がこれらの脆弱性に気付いた段階で、株主構成の見直しや定款変更による防衛策の整備を進めることが望まれます。
買付価格・期間の公告
譲受企業は金融商品取引法に基づき、買付期間や価格、予定株数を公告します。
株主からの応募
期間中に応じた株主から株式を集め、目標株数に到達すれば譲受成功となります。
決済と対価支払
譲受企業は対価を払い込み、譲渡企業の株式を取得します。
経営権の移行
50%超の議決権取得後、臨時株主総会を開催して取締役の選任を行い、経営方針を転換します。
TOBは株式市場外でまとめて株式を取得できるため短期間で支配権を得やすい半面、公告内容は一般に公開されるため競合の対抗提案を招きやすい点に注意が必要です。
敵対的M&Aを理解することは、経営者にとって自社の企業価値を守り、高めるための第一歩と言えるでしょう。
敵対的M&Aの流れを理解するうえで、実際のケーススタディは非常に参考になります。ここでは二〇二三年から二〇二四年にかけて日本市場で大きな話題となった四件を取り上げ、買収側と譲渡側の視点を整理しながら解説します。
工作機械メーカーTAKISAWAは堅調な技術力を持ちながら株価が低迷しており、ニデックにとっては成長分野へ参入する好機でした。ニデックは市場株価の二倍という大胆なプレミアムを付けてTOBを公告し、結果的に議決権ベースで八六・一四%という高い応募率を確保しました。買付総額は当初計画より膨らみましたが、短期決着で競合の参入を防いだ点が功を奏しました。経済産業省が二〇二三年に公表した「企業買収における行動指針」後の初大型案件であったことから、ルール変更への市場適応が早い企業ほど優位に立てることも示されました。なお、買収成立後TAKISAWAは東証スタンダード市場から上場廃止となり、ニデックグループ内で相乗効果を狙った研究開発投資が進められています。
買収プレミアムと迅速判断が成功率を引き上げる
今回の事例では、買付価格を一気に引き上げることで株主の支持を取り付け、敵対的M&A特有の長期化リスクを回避しました。高いプレミアムはコストではなく時間と競合リスクを買い取る対価として有効に機能したといえます。
ベネフィット・ワンは福利厚生代行事業で強固な会員網を持つ企業です。第一生命HDはヘルスケア領域への本格参入を目指し、エムスリーとの入札競争を経て最終的に高値でのTOBを成立させました。買収対価は当初想定を上回りましたが、約九百五十万人という会員データを活用した保険商品の共同開発、新サービス創出、そして中小企業への新たな営業線の確立を計画しています。譲渡側の経営陣は入札競争によって条件が最大化された形で株主価値を向上させ、従業員の雇用やブランドも維持されました。
顧客基盤×保険サービスが示す売上シナジーの可視化
第一生命HDは投資家向け説明会でクロスセル比率や平均顧客単価の改善シナリオを具体的に示し、シナジーの実現可能性を可視化することで高額TOBに対する株主の納得感を醸成しました。シナジーを定量化できるか否かが競争入札の勝敗を分ける典型例といえます。
ローランドDGは米国投資ファンドとのマネジメント・バイアウト(MBO)を公表し、非上場化を前提とした再編を進めていました。これに対し、産業用プリンター分野を強化したいブラザー工業が対抗TOBを表明しましたが、ローランドDG側が買付価格を引き上げると、ブラザー工業はシナジー効果と投資回収期間を再試算した結果、経済合理性を確保できないと判断して撤退しました。競争入札の激化が買収コストに与える影響を再認識させる事例となりました。
対抗TOBは撤退判断の基準を事前に定義することが肝要
対抗TOBでは価格競争が激化すると想定以上に買収費用が膨張します。ブラザー工業はシナジー効果の金額上限とIRR(内部収益率)の下限をシミュレーションしており、閾値を超えた段階で潔く断念しました。客観的な撤退基準を設定せずに入札を続けると「勝者の呪い」に陥るリスクが高まります。
AZ-COM丸和は二〇二二年から中堅物流会社C&Fロジへの買収提案を継続し、二〇二四年五月にTOBを開始しました。しかし買収公表直後にSGホールディングスなど複数のホワイトナイトが対抗案を提示し、C&Fロジ側も大口顧客離反リスクを理由に敵対的買収に反対しました。その結果、AZ-COM丸和は応募率が計画を下回り、買収を断念しました。
サプライチェーン型産業では取引先の同意が成功可否を左右
物流業界は荷主との長期取引関係が企業価値の源泉であるため、顧客が敵対的買収に懸念を表明すると譲渡企業の企業価値が毀損しかねません。本件は、ホワイトナイトが提示する友好的提携案が短期間で形成される可能性を示し、防衛策としてのホワイトナイト戦術の効果を裏付けました。
これらの教訓から分かるのは、敵対的M&Aは「資金力」だけでなく「情報開示力」「ステークホルダー対応力」「制度理解力」の総合戦であるという点です。
敵対的M&Aに臨む際は、多岐にわたる専門領域を横断的に確認する必要があります。以下は本記事で取り上げた事例と利点・リスクを基に作成した実務的チェックリストです。自社の状況と照らし合わせながら漏れがないか点検しましょう。
資本政策の現状把握
買収プレミアムの妥当性評価
シナジー効果の定量化
防衛策と対抗措置の準備
ステークホルダーコミュニケーション計画
法令・ガイドライン遵守
チェックリストを活用することで、敵対的M&Aに伴う不確実性を低減できます。特に中小企業の場合、株式譲渡制限や主要株主の協力体制を整えておくことで、未然にリスクを抑止できる点を忘れてはなりません。
ご紹介したチェックリストはあくまで概要であり、業種や資本構成、海外拠点の有無などによって最適な対応は変わります。専門家との協働により、自社独自のシナリオ分析と統合計画を策定することが、敵対的M&Aで得られる価値を最大化する近道です。
敵対的M&Aの成功には、買収プレミアム設定、シナジー定量化、防衛策対応、ホワイトナイト想定が不可欠です。事例に学び、専門家と連携し万全な準備を行いましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画