民法改正と相続対策の最新要点を中小企業経営者向けに解説
民法改正により、配偶者居住権、遺留分、遺言、預貯金払戻し、相続登記の扱いが変わりました。自社株や事業用不動産を持つ経営者向けに、相続対策と事業承継、会社売却を考える際の実務ポイントを解説します。
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▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
相続対策は、税金だけの話ではありません。誰が住まいを守るのか、誰が不動産を登記するのか、誰が会社の株式を持つのか。ここを決めないまま相続が起きると、家族の話し合いだけでなく会社経営にも影響します。
近年の民法改正では、配偶者の生活保障、遺言の使いやすさ、遺産分割の長期放置の防止、所有者不明土地問題の解消などを目的に、相続のルールが大きく見直されました。中小企業の経営者にとっては、自社株、事業用不動産、個人保証、後継者の有無と結び付くため、早めに全体像を押さえる必要があります。
自社株は、経営者個人の財産です。相続が発生すれば、預貯金や不動産と同じように遺産分割の対象になります。後継者へ株式を集中させたい場合でも、他の相続人の取り分、遺留分、納税資金を無視することはできません。
会社を継ぐ人が決まっていても、相続対策が遅れると株式が分散し、経営判断が止まることがあります。こういうケースは珍しくありません。
親族に会社を継がせるのか、役員や従業員に引き継ぐのか、第三者に譲るのか。この出口を決めないまま、相続税対策だけを進めると、後で選択肢が狭まります。
後継者がいない場合は、M&A(合併・買収)による第三者承継も比較対象になります。相続が起きてから会社売却を考えるより、経営者が元気なうちに株主構成や不動産の名義を整理しておく方が、買い手との交渉もしやすくなります。
2024年4月から、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務化されました。正当な理由なく申請を怠ると、10万円以下の過料の対象になることがあります。過料とは、行政上の秩序を守るために科される金銭負担です。
会社経営者の場合、自宅だけでなく、工場、店舗、駐車場、会社に貸している土地などを個人名義で持っていることがあります。登記が古いままだと、事業承継や会社売却の場面で、買い手や金融機関から権利関係の整理を求められることもあります。
遺産分割協議が長引く場合でも、何もしないまま期限を過ぎるのは危険です。相続人申告登記など、まず義務違反を避けるための制度もあります。
最終的な名義人を決めることと、期限に対応することは分けて考える必要があります。M&A実務では、不動産の名義整理で想定以上に時間がかかり、売却準備が止まることもあります。
2023年4月から、相続土地国庫帰属制度が始まりました。これは、相続などで取得した土地について、一定の要件を満たす場合に国へ引き渡せる制度です。
ただし、どの土地でも引き渡せるわけではありません。建物が残っている土地、境界が不明な土地、管理に大きな負担がかかる土地などは、対象外または審査上の問題になることがあります。審査手数料や負担金も必要です。
使わない土地は、売却するのか、相続人の誰かが取得するのか、国庫帰属を検討するのかを早めに比べましょう。
2023年4月施行の改正により、相続開始から10年を過ぎた遺産分割では、原則として法定相続分または指定相続分で分ける扱いになりました。生前贈与を考慮する特別受益や、介護・事業への貢献を考慮する寄与分を主張しにくくなる点に注意が必要です。
自社株を放置すれば、会社を継がない相続人にも株式が分かれ、議決権が割れるおそれがあります。10年は長いように見えますが、相続人が多い場合や不動産が複数ある場合は、すぐに時間が過ぎます。
相続で大きな問題になりやすいのが、残された配偶者の生活です。自宅の価値が高く、預貯金が少ない家庭では、自宅を取ると生活資金が不足し、現金を取ると住まいが不安定になります。
配偶者居住権は、残された配偶者が、被相続人名義の自宅に終身または一定期間、無償で住み続けられる権利です。2020年4月から施行されました。
この制度により、自宅の所有権は子が取得し、配偶者は居住権と預貯金を取得するような分け方がしやすくなりました。配偶者の住まいを守りつつ、生活資金も確保しやすくなる点が大きな特徴です。
配偶者居住権は便利ですが、万能ではありません。居住権自体も相続税評価の対象になります。また、居住権が設定された不動産は売却や担保設定が難しくなることがあります。
配偶者と所有者となる子の関係が悪い場合、修繕費や管理方法をめぐってトラブルになることもあります。住み続ける安心と、将来の処分しやすさの両方を見て判断することが大切です。
婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用不動産を贈与または遺贈した場合、原則として持戻し免除の意思表示があったものと推定されるようになりました。持戻しとは、生前にもらった財産を遺産の前渡しとして計算に戻すことです。
この見直しにより、配偶者は自宅を受け取ったうえで、残った預貯金も相続しやすくなりました。ただし、贈与税、不動産取得税、登録免許税などの負担もあります。税務上の負担まで確認してから使うべき制度です。
相続直後は、葬儀、医療費、生活費、会社の支払い、金融機関対応が重なります。家族が悲しみの中で手続に追われる時期です。遺言や預貯金払戻し制度を知っているかどうかで、混乱の大きさが変わります。
2019年1月から、自筆証書遺言に添付する財産目録は、パソコンで作成したものや通帳コピー、不動産登記事項証明書の写しなどでもよくなりました。本文は自書が必要ですが、財産目録まで全文手書きする負担は軽くなっています。
自社株、複数の預金口座、不動産、貸付金、生命保険などがある経営者は、財産目録が長くなりがちです。目録作成の負担が下がったことで、遺言を準備しやすくなりました。
財産目録をパソコンで作成できるようになっても、各ページへの署名押印など、形式上の注意点は残ります。内容が正しくても、形式を誤ると争いの原因になります。
遺言は「書けば終わり」ではありません。自社株や不動産を含む場合は、誰に何を渡すかだけでなく、遺留分や納税資金まで確認しておきましょう。
2020年7月から、自筆証書遺言を法務局で保管できる制度が始まりました。この制度を使うと、遺言書の紛失や改ざんのリスクを減らせます。相続開始後の家庭裁判所での検認手続も不要になります。
ただし、法務局は遺言の内容が相続人にとって公平か、税務上有利か、会社の承継に適しているかまでは判断してくれません。保管制度はあくまで遺言書を安全に保管する仕組みです。
2019年7月から、遺産分割前でも一定額の預貯金を単独で払い戻せる制度が設けられました。払戻し可能額は、原則として相続開始時の預貯金額に3分の1と各相続人の法定相続分を掛けた金額で、同一金融機関ごとの上限は150万円です。
葬儀費用や当面の生活費に使いやすい制度ですが、注意点もあります。相続放棄を検討している場合、預貯金を使うことで単純承認と評価されるおそれがあります。借入や保証債務が多い場合は、払い戻す前に専門家へ確認した方が安全です。
相続トラブルの多くは、「誰がどの財産を取るか」だけでなく、「自分の貢献が評価されていない」「最低限の取り分が守られていない」という不満から生まれます。改正後は、こうした争いを金銭で整理しやすい方向へ変わりました。
遺留分とは、配偶者や子など一定の相続人に認められる最低限の取り分です。改正前は、遺留分を侵害された相続人が権利を行使すると、不動産や株式が共有状態になることがありました。
2019年7月施行の改正後は、遺留分侵害額に相当する金銭を請求する仕組みに変わっています。これにより、自社株や事業用不動産を後継者に集中させたまま、他の相続人には金銭で調整する設計がしやすくなりました。
金銭請求になったからといって、問題がなくなるわけではありません。後継者が他の相続人へ支払う資金を準備できなければ、結局は自社株や不動産を売らざるを得ないこともあります。
生命保険、役員退職金、自己株式の取得、会社売却による資金化など、どの方法で現金を用意するかを事前に考えておく必要があります。
特別寄与料は、相続人ではない親族が、被相続人の療養看護などに特別の貢献をした場合、相続人に対して金銭を請求できる制度です。典型例は、長男の妻が義父母の介護を長年担ってきたケースです。
ただし、請求する側は介護の内容、期間、費用負担などを説明できなければなりません。日記、介護記録、領収書、通院付き添いのメモなどが役立ちます。家族間では言い出しにくい話ですが、記録がないと後から評価しづらいのが実務です。
制度を知るだけでは、相続対策は進みません。経営者に必要なのは、相続が起きた後に誰が会社を動かすのかを、先に決めておくことです。
会社の議決権が複数の相続人に分散すると、役員選任、配当、借入、事業売却などの重要判断が止まることがあります。家族仲が良くても、配偶者、子、兄弟姉妹の立場が変われば意見は割れます。
後継者が決まっているなら、自社株を誰にどの割合で持たせるかを早めに設計します。遺言、生前贈与、株式譲渡、種類株式、持株会社、自己株式の取得など、使える方法は会社ごとに違います。
遺言で後継者に自社株を渡すと書いても、遺留分の問題は残ります。また、会社の定款に譲渡制限株式の定めがある場合、会社法上の手続が関係することもあります。会社法とは、会社の設立、運営、株式などを定める法律です。
遺言は強い手段ですが、単独では不十分なことがあります。株式評価、納税資金、他の相続人への説明、金融機関への承継方針まで一緒に整えることが大切です。
後継者が親族にも社内にもいない場合、相続対策だけを進めても会社の出口は決まりません。自社株を家族に分けた後で、誰も経営しないという状態になると、会社売却の交渉もしにくくなります。
このような場合は、親族内承継、役員・従業員承継、第三者承継、会社売却を同じ土俵で比べる必要があります。会社売却を検討するなら、相続発生後ではなく、経営者が元気で判断できるうちに準備する方が選択肢は広がります。
相続対策は、細かい制度から入ると迷いやすくなります。先に全体像を整理し、その後で使う制度を選ぶ方が実務的です。
最初に行うべきことは、財産の一覧化です。自宅、事業用不動産、賃貸不動産、預貯金、有価証券、自社株、会社への貸付金、生命保険、借入、個人保証を整理します。
特に自社株は、預金通帳のように見える財産ではありません。決算書、株主名簿、定款、過去の株式移動履歴を確認し、現在の株主構成を明確にしておく必要があります。
民法だけでなく、相続税や贈与税の改正も相続対策に影響します。2024年以後の贈与では、相続時精算課税制度に年110万円の基礎控除が設けられました。一方で、暦年贈与の生前贈与加算は、段階的に3年から7年へ延長されています。
相続時精算課税制度とは、贈与時の税負担を抑え、相続時にまとめて精算する制度です。便利な制度ですが、選択後は暦年課税に戻れないため、財産構成や将来の納税資金を確認してから選ぶ必要があります。
配偶者の生活資金を守ることと、会社の運転資金を守ることは別の問題です。相続税や遺留分の支払いのために会社資金を無理に動かすと、資金繰りが悪化することがあります。
経営者の個人資産で対応できる部分、会社で準備できる部分、生命保険で補う部分、必要なら会社売却で資金化する部分を分けて考えます。
相続登記は3年、遺産分割の10年ルール、相続税申告は原則10カ月、相続放棄は原則3カ月など、制度ごとに期限があります。期限を知らないまま進めると、あとで使える選択肢が狭まります。
専門家に相談する場合も、「節税したい」だけではなく、「誰が会社を継ぐか」「不動産を売るのか残すのか」「配偶者の生活費はいくら必要か」まで伝えると、実行しやすい対策になります。
民法改正により、相続対策は分け方だけでなく、登記期限、遺言の保管、配偶者保護、遺留分の金銭整理まで含めて考える時代になりました。自社株や事業用不動産を持つ経営者は、家族の生活と会社の継続、必要なら会社売却の選択肢を早めに並べ、実行順序を決めることが大切です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人