民法改正後の最新相続対策の6つの要点を解説
民法の大改正で相続手続はどう変わったのでしょうか。配偶者の住まいを守る制度や預貯金の払戻しなど、今回の改正ポイントを具体例を交えて分かりやすくご説明します。
目次
▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
相続法の改正により2020年4月1日から「配偶者居住権」が誕生しました。亡くなった方(被相続人)の名義である自宅に、配偶者が終身または一定期間、無償で住み続けられる権利を法律で保障する仕組みです。日本では自宅が遺産の多くを占めるケースが多く、配偶者が老後の住まいと生活資金の両方を得るのは簡単ではありませんでしたが、新制度はそのギャップを埋める狙いがあります。
改正前は配偶者が自宅に住み続けるには、遺産分割で建物の所有権そのものを取得する必要がありました。例として、自宅4,000万円と預貯金4,000万円を配偶者と子が1人ずつ相続する場合、配偶者は自宅4,000万円を引き取り、預貯金はすべて子に譲る形が一般的でした。
改正後は「所有権」と「居住権」を切り離して評価できます。前述のケースなら、自宅の評価を所有権2,000万円・居住権2,000万円と分けることで、配偶者は居住権2,000万円と預貯金2,000万円を取得し、子は所有権2,000万円と残りの預貯金2,000万円を得る、といった分割が可能になりました。
配偶者居住権を設定するかどうかは、相続人間の関係性や不動産の今後の管理方法まで見据えて判断することが大切です。
婚姻期間20年以上の夫婦が行った自宅など居住用不動産の生前贈与・遺贈については、改正前は「特別受益」として遺産に持ち戻して計算しなければなりませんでした。改正後は原則として持ち戻し不要となり、贈与分をそのまま配偶者の取得分として扱えます。
たとえば生前に4,000万円の自宅を配偶者へ贈与し、預貯金4,000万円が残ったケースでは、計8,000万円を遺産として再計算し、配偶者は実質的に現金を受け取れませんでした。
改正後は贈与された自宅4,000万円を遺産総額に含めず、残る預貯金4,000万円のみを対象に分割できます。その結果、配偶者は贈与済み自宅4,000万円に加え、預貯金2,000万円も取得できるようになりました。
夫婦の婚姻期間が20年以上であること
対象資産は配偶者が居住する不動産に限られる
節税や資金計画で利用する際は贈与税の配偶者控除(いわゆるおしどり贈与)も併せて検討
遺産分割が終わる前でも、相続人は一定額の預貯金を単独で引き出せるようになりました。算式は「相続開始時の預金額×1/3×各相続人の法定相続割合」で、かつ同一金融機関につき150万円が上限です。
従来は相続人全員の合意が整うまで口座が凍結され、葬儀費用や医療費の支払いを立て替える負担が大きな問題でした。
改正後は上記算式で求めた額まで、金融機関の窓口で相続人が単独払い戻しできます。同時に、家庭裁判所を通じれば必要に応じて更なる仮払いも可能です。
改正により、遺言書本文は手書きのままですが、財産目録はパソコン作成や通帳コピーの添付が認められました。さらに2020年7月から法務局での保管制度もスタートしています。
全文手書きは高齢者には負担が大きく、書き間違いによる無効リスクも高い点が課題でした。
財産目録をPCで作成し、各ページに署名・押印すれば良くなり、保管も法務局に任せることで紛失や改ざんリスクを軽減できます。
遺留分とは、配偶者や子など一定の相続人に最低限保証される取り分を指します。改正前は不足分を現物で取り戻す「遺留分減殺請求」が原則で、不動産や株式の共有化が生じ、事業承継の妨げになる場面が少なくありませんでした。
会社の株式を後継者へ集中させても、他の相続人が減殺請求を行えば株式がばらけ、経営判断が停滞するリスクがありました。
2019年7月施行の改正で、侵害額は金銭で請求・支払いできるように変更。株式や不動産の名義は動かさず、金銭で調整できるため、事業用資産の分散を防げます。また、支払猶予制度を利用すれば、一括支払いが困難な場合でも家庭裁判所の判断で分割払いが認められることがあります。
相続人ではない親族が行った無償の介護や家業手伝いなどを金銭で報いる仕組みが「特別寄与料」です。これまで寄与分は相続人にしか認められず、長年介護を担った嫁や婿が報われないという不公平が生じていました。
介護で医療費や施設費を肩代わりしても、相続ではまったく反映されずトラブルの火種になるケースが多く見受けられました。
新制度では、相続人以外の親族が特別の寄与を行った場合、相続人に協議を求め、応じないときは家庭裁判所に申し立てて金額を決めることができます。
相続に関係する周辺制度でも実務に影響する改正が行われています。
法務局が形式をチェックして保管するため、遺言書の紛失・改ざんリスクが減り、相続開始後の家庭裁判所による検認手続も不要になります。
2024年4月から、相続や遺産分割から3年以内の登記が義務化され、怠ると10万円以下の過料の対象になるため、早期の名義変更が必須となりました。
相続時精算課税制度に110万円の基礎控除が新設されたほか、生前贈与加算期間が3年から7年に延長されるなど、贈与活用のルールが見直されています。教育資金や結婚・子育て資金の非課税特例も延長されました。
法務局の保管制度は、遺言者本人が事前に作成した遺言書を持参し、手数料3,900円(2023年9月時点)を納付して申請します。相続人は全国の遺言書保管所で検索・閲覧・写しの交付を受けられるため、遠方の親族でも内容を確認しやすく、手続の透明性が高まります。
遺留分の金銭請求化と配偶者居住権の導入により、後継者に自社株を集中させつつ他の家族へ金銭で公平を図る設計がしやすくなりました。株式の分散リスクを避けながら、家族の生活も守る選択肢が広がった点が大きな特徴です。改正内容を踏まえ、専門家とともに早期に資産配分の方針を検討しましょう。
改正相続法と併せて2022年度税制改正も行われ、生前贈与を組み込んだ資産承継計画の幅が広がりました。相続税・贈与税は制度の選択とタイミングで負担が大きく変動します。ここでは代表的な3つのポイントを整理します。
相続時精算課税は2,500万円まで贈与税が非課税になり、相続時に合算して清算する仕組みですが、改正で110万円の年次基礎控除が加わりました。これにより、少額贈与を用いて評価額の高い財産を早期に移転し、相続時の税負担を抑える設計が可能です。ただし制度選択後は暦年課税へ戻れないため、財産構成と将来の納税資金を総合的に検討する必要があります。
生前贈与のうち死亡前7年以内の贈与は相続財産に加算されるよう延長されました。たとえば毎年110万円ずつ子へ贈与する暦年贈与プランは長期計画でこそ効果が高まります。贈与契約書、振込履歴、贈与税申告の三点セットを毎年残し、実質的な贈与であることを形式・実態の両面で証明しましょう。
塾や留学費、住宅取得に関連する挙式費用等を非課税で贈与できる特例期間も延長されました。祖父母から孫世代へ資金を早期移転しつつ、相続税評価額を下げる効果があります。ただし金融機関を通じた管理口座が必須で、一定年齢を超える残額は課税対象になるため、使途とスケジュールを家族で共有することが大切です。
2024年4月施行の改正不動産登記法により、相続または遺産分割の確定から3年以内に登記を完了しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。所有者不明土地問題の解消が目的ですが、忙しいオーナー経営者にとっては実務負担増となり得ます。
共有名義の場合、代表相続人が書類を取りまとめても他の相続人が印鑑証明書を迅速に提出しないと期限が迫ります。協議書作成後は速やかに法務局へ申請する体制と日程表を作成しましょう。
不動産が複数県にまたがる場合、管轄の法務局が異なるため提出先も増えます。登記簿上の地番と現住所の相違がないか、住所変更登記が未了でないか事前に確認し、戸籍謄本・住民票除票・固定資産評価証明書を漏れなく集めます。
共有のまま放置すると修繕や売却時の意思決定が難航します。持分集約や換価分割を含む対策を専門家と検討し、不動産管理会社を設立して一元管理する方法も選択肢です。
法務局保管制度は2020年7月開始の新サービスで、形式面を事前チェックしたうえで保管するため、相続開始後の検認手続が不要です。
遺言者本人が予約の上で管轄法務局に出頭し、本人確認書類と遺言書を提出します。保管手数料3,900円のみで、公証役場に比べ低コストです。保管証を受け取ったら家族に所在を伝え、紛失を防ぎましょう。
相続開始後、相続人や受遺者が最寄りの遺言書保管所で検索請求を行い、写しの交付を受けた日から4日以内に家庭裁判所へ通知が送付されます。閲覧・写し請求はいずれも手数料が必要ですが、オンライン申請も順次拡大予定です。
改正内容を具体的に理解するため、三つの典型例で比較してみます。
総財産6,000万円(自宅4,000万円、預貯金2,000万円)を配偶者と子2人で分割。自宅を居住権2,400万円+所有権1,600万円と評価し、配偶者は居住権と預貯金全額を取得、子は所有権を2人で分ける設計で、配偶者の生活安定と子の公平を両立できます。
婚姻30年の夫婦が自宅を生前贈与済み。残財産は現金のみ1,000万円。改正前は自宅を持戻し、配偶者は現金を取得できませんでしたが、改正後は現金を1/2の500万円取得可能。
自社株評価5,000万円、その他現金2,000万円。後継者である長男に株式を集中させる遺言を作成し、長女の遺留分侵害額は現金で支払う設計。株式の分散を防ぎつつ長女の取り分も確保します。支払猶予を活用すれば株式を売却せずに対応可能です。
相続法改正により制度は柔軟になりましたが、選択肢が増えた分だけ判断も複雑化しています。当グループは税務・法務・財務の専門家がチームで対応し、
をワンストップでサポートします。初回相談は60分無料ですので、ぜひお気軽にお問い合わせください。
改正内容を理解しても、実際の手続では細かな疑問が次々と湧いてきます。ここでは相談現場で頻出する三つの質問を取り上げ、ポイントを整理します。
居住権そのものは遺産分割協議や審判で成立しますが、第三者に権利を主張するには登記が必要です。登記を怠ると、新所有者が第三者へ売却した場合に退去を求められる恐れがあります。したがって、居住権設定後は速やかに登記申請を行うことが安全策です。
支払猶予は家庭裁判所の許可制で、分割払い期間中は民法所定の利息を付すかどうかを裁判所が判断します。許可決定には支払計画と資金繰りの具体性が求められ、経営状況や担保の有無も考慮されます。準備段階で資金計画書を細部まで作り込むことが審理を円滑に進める鍵です。
仮払いの額が小さくても、承認とみなされることがあります。相続放棄を検討する場合は、生活費など最低限必要な支出であっても自分の資金で一旦立替え、放棄の手続が完了してから精算するほうが安全です。
制度が整ったとはいえ、計画と実行が伴わなければ想定外の税負担や家族間トラブルが生じます。実務で見落としがちな観点をチェックしましょう。
株価が上昇局面にあると贈与税・相続税の評価額が跳ね上がります。業績や配当方針が変わる前後は専門家に株価算定を依頼し、最適な移転時期を検討することが重要です。
株式は長男へ集中させたが代表取締役は父親のままなど、議決権と経営権が分離すると意思決定が滞ります。株式移転と共に取締役改選や定款の確認を行い、承継時の空白期間を最小化しましょう。
相続時精算課税を選ぶと株価急騰時に追徴税が発生することがあります。納税資金を想定せず無計画に移転すると、後継者が自社株を売却して納税する本末転倒の事態も。保険や持株会、退職金準備など複数の資金源を組み合わせる設計が欠かせません。
制度ごとに期限や手続窓口が異なるため、チェックリストに加えて時系列で把握しておくと漏れを防げます。ここでは代表的な期限を例示し、スケジュール作成のヒントを示します。
このように各制度の期限を時間軸で整理しておくと、相続開始時の混乱を最小化できます。
改正相続法の枠組みに加え、家族信託を使うと認知症発症後も資産管理を継続でき、遺言代用効果まで期待できます。信託契約で受託者を次世代に指定しておけば、配偶者居住権と組み合わせて自宅の使用を守りつつ、将来の処分権限を第三者承継に活用することも可能です。信託財産は遺留分計算の対象外になる場合があるため、設計によっては事前の対策として有効ですが、過度な遺留分侵害を避けるため公正証書での契約と専門家の検証を推奨します。
初回相談では現在の資産構成を一覧化し、改正後に生じる税負担と手続コストを可視化する診断レポートを無償でご提供しています。
民法と関連税制の改正により、配偶者の生活保障、生前贈与の活用幅、遺留分精算方法など相続の現場は大きく進化しました。制度を正しく使う鍵は、家族の意向と資産特性を見極め、早めに専門家の助言を得て手続を進めることです。改正ポイントを押さえて準備を進めれば、円滑で公平な資産承継が実現できます。
著者|竹川 満 マネージャー/M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事