事業譲渡契約書の書き方と押さえるべき重要ポイントを解説
「事業譲渡契約書には何を盛り込めば良いのか?」—そんな不安を解消します。本記事では、譲渡対象の決め方、従業員の転籍、表明保証条項、印紙税の計算まで、トラブルを防ぐポイントをやさしく解説します。
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▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)
事業譲渡はM&Aの代表的な手法の一つです。譲渡企業(売り手)が保有する事業の全部または一部を、譲受企業(買い手)へ個別に売却できるため、株式譲渡とは異なり「欲しい事業だけを選んで取得できる」「譲渡企業の株主構成を変えずに経営を続けられる」という柔軟性があります。譲渡対象は、不動産や設備といった有形資産だけでなく、商標権などの無形資産、契約、負債も含めて当事者が協議しながら個別に決定します。
株式譲渡では会社が持つ資産も負債も一体で移転しますが、事業譲渡では「どの資産を渡すか」「負債は移転させるか」を当事者同士で細かく取捨選択できます。このため、赤字部門を切り離したい譲渡企業や、特定のノウハウだけ欲しい譲受企業のニーズに合致します。
譲渡企業と譲受企業の間で締結される事業譲渡契約書は、譲渡内容・条件を明確化し将来生じ得るトラブルを防止する役割を担います。特に以下の4点が重要です。
契約書に譲渡対象資産、負債、契約、従業員を具体的に列挙することで、「聞いていた資産が含まれていない」「不要な負債を引き受けてしまった」といった齟齬を回避できます。
譲渡実行後に発生し得る支払い請求や偶発債務の責任帰属を定めておくことで、想定外の損害を抑えられます。
会社法21条に基づき、譲渡企業が同一または隣接地域で同一事業を一定期間行わないよう約束することで、買い手は安心して事業投資できます。期間や地域は当事者の合意で調整可能です。
契約を文書化することで証拠力が生まれ、万一紛争が起きた場合も裁判所等で権利義務を主張しやすくなります。複雑な条件を含む場合は税理士や弁護士など専門家への相談が不可欠です。
契約書には盛り込むべき条項が多岐にわたりますが、ここでは特に重要な要素を整理します。
クロージング日=効力発生日日を明示し、譲渡企業がその日まで善良な管理者として事業を維持する義務を負うことを明確化します。
従業員は自動承継されないため、退職→譲受企業との新契約という流れが必要です。キーパーソンについては転籍承諾を「前提条件」とすることで、承諾が得られない限りクロージングを拒否できます。
これらが満たされない場合、当事者は実行義務を負わないと規定してリスクを抑えます。
譲渡企業は、譲渡対象資産・負債・契約・従業員に関する重要事項が真実であると保証します。違反時は損害補償や契約解除の対象となるため、譲渡企業は「重要な点において」「知る限り」といった限定を交渉の余地として用います。譲受企業も自社の支払能力等を表明し、相互にバランスを取ります。
違反した場合は善管注意義務違反として損害賠償請求の余地があります。
補償額の上限や請求可能期間を設定し、双方が予見できる範囲でリスクを分担します。譲受企業は上限なしを求める場合が多い一方、譲渡企業は上限設定や期間制限で責任をコントロールします。
事業譲渡契約では、債務不履行や重大な表明保証違反が発生した場合に限り契約を解除できると定めるのが一般的です。譲渡実行後に契約を巻き戻すと、資産の再移転や従業員の再雇用など多大な混乱を招くため、解除はクロージング前までに限定します。解除事由を列挙しておくことで、当事者は「どの程度の違反で契約を終わらせられるか」を予測でき、大きな損失を避けられます。
株式譲渡と異なり包括承継ができないため、どの資産や負債を移転するかを別紙にリスト化し、債務については債権者の同意書を取得する工程を契約条項に組み込みます。これにより、偶発債務や簿外債務を誤って引き継ぐリスクが減少します。
譲受企業が譲渡企業の屋号を使い続ける場合、会社法22条により旧債務を連帯で負担する恐れがあります。契約書に「譲受企業は旧債務を負わない」と明記し、譲渡企業の同意のもと免責登記を行えば、譲受企業は不要な弁済責任を負わずに済みます。
公開雛形は一般論しか想定しておらず、業界特有の許認可や従業員の退職金規定などが抜け落ちている場合があります。条項の不足は後日の紛争原因となるため、必ず案件の実態に合わせて加筆修正し、最新の法律改正にも対応させます。
譲渡対価の設定方法、競業避止義務の期間調整、印紙税額の確認など、高度な判断を要する場面では税理士や弁護士、M&Aアドバイザーの協力が欠かせません。成功報酬型の専門家であれば着手段階の費用負担を抑えながら質の高いサポートを受けられます。
事業譲渡契約書は印紙税法上「売買契約書」に該当し、契約金額に応じて200円〜60,000円の収入印紙を貼付します。1億円超5億円以下なら100,000円、50億円超なら600,000円と段階的に上がるため、金額欄の書き方に注意が必要です。契約金額の記載が無い場合でも200円は必須です。
取引金額 | 印紙税額 |
契約金額の記載のないもの | 200円 |
1万円未満 | 非課税 |
10万円以下 | 200円 |
10万円を超え50万円以下 | 400円 |
50万円を超え100万円以下 | 1,000円 |
100万円を超え500万円以下 | 2,000円 |
500万円を超え1,000万円以下 | 1万円 |
1,000万円を超え5,000万円以下 | 2万円 |
5,000万円を超え1億円以下 | 6万円 |
1億円を超え5億円以下 | 10万円 |
5億円を超え10億円以下 | 20万円 |
10億円を超え50億円以下 | 40万円 |
50億円を超えるもの | 60万円 |
貼付した収入印紙には署名か押印で消印を入れます。国税庁の指針では文書の作成者・代理人・従業員いずれか1名で足り、譲渡企業と譲受企業双方の押印は不要です。消印漏れや印紙不足は過怠税の対象となるため、契約締結前に必ず確認しましょう。
譲渡対象資産を過大評価すると、譲受企業が後に減損損失を計上する羽目になります。一方、簿外債務や偶発債務が残っていると譲受企業の財務に急ブレーキが掛かります。財務・税務・法務デューデリジェンスを徹底し、評価証憑を契約書別紙として保管しておくことが有効です。
特許や商標が第三者権利を侵害していないか、ライセンス契約が承継可能かを事前に確認します。契約書では「譲渡対象知的財産権が有効で第三者の権利を侵害していない」旨を表明保証し、万一の違反時には補償を受けられるようにします。
転籍に同意しない従業員が出た場合の代替策を契約で定めないと、クロージングが遅延する恐れがあります。従業員説明会や個別面談を実施し、雇用条件の変更点を明示した承諾書を取得することで円滑な承継が実現します。
海外企業が相手の場合、独占禁止法の事前届出や外国投資規制による承認が必要になるケースがあります。クロージング条件に「必要な当局承認の取得」を盛り込み、取得できない場合は譲渡企業・譲受企業とも義務を負わないよう定義すると安全です。
税務面での印紙税や消費税、法務面での許認可や競業避止義務、交渉面での譲渡価格設定など、各専門家が連携することで抜け漏れなく手続が進みます。ワンストップ体制を選ぶと、窓口が一本化され経営者の負担を軽減できます。
参考資料にある通り、完全成功報酬制を採る仲介会社であれば、クロージングまで着手金が掛からず、譲渡が成立しない限り報酬も発生しません。資金繰りに余裕がないケースでも検討しやすい方式です。
累計支援件数や業種別の成約事例を公開している専門家は、案件特有のリスクを熟知しています。見積取得時には「直近3年で同業種の事業譲渡を何件扱ったか」を具体的に聞き、経験値を見極めましょう。
事業譲渡契約書は、譲渡対象・従業員・表明保証・競業避止義務など多岐にわたる条項を網羅し、印紙税や免責登記など法的手続まで整えることで初めて機能します。専門家と協力し、目録作成やデューデリジェンスを徹底すれば、円滑なクロージングと将来トラブルの防止が可能です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画