事業譲渡契約書の重要性と作成のポイントを詳しく解説。譲渡対象の明確化、従業員の取り扱い、表明保証条項など、契約書に盛り込むべき要素を網羅的に紹介。法的リスクを回避し、円滑な事業譲渡を実現するための必須知識が満載です。
目次:
事業譲渡は、M&A(合併・買収)の手法の一つとして広く活用されています。ここでは、事業譲渡の定義と目的について詳しく解説します。
事業譲渡とは、企業が保有する事業の全部または一部を、他の企業や個人に売却することを指します。これは、株式譲渡とは異なる手法です。
株式譲渡の場合、会社の株式を第三者に譲渡することで、会社の所有者が変わります。この方法では、会社が保有する全ての資産、負債、契約関係が包括的に新しい所有者に移転します。
一方、事業譲渡では以下のような特徴があります:
• 特定の事業のみが第三者に移転します
• 売り手の株主は変わらず、会社自体の経営は継続されます
• 包括的な承継ではなく、譲渡対象となる事業に関連する資産、負債、契約関係などを個別に特定し、譲渡します
• 譲渡する資産や負債の範囲は、当事者間の協議によって決定されます
企業が事業譲渡を選択する理由は様々ですが、主な目的として以下のようなものが挙げられます:
1. 経営効率の改善:不採算部門を譲渡することで、会社全体の収支を改善させることができます。
2. 事業再構築:譲渡で得た資金を、より収益性の高い事業への投資に充てることができます。
3. 事業承継の一環:後継者不足に悩む経営者が、第三者に事業を譲渡し、円滑に経営を引き継ぐことができます。
4. 経営資源の最適化:自社の強みを活かせない事業を、その分野に強みを持つ企業に譲渡することで、双方にとってメリットが生まれます。
5. 財務体質の改善:債務超過に陥っている企業が、一部事業を譲渡することで財務状況を改善できる可能性があります。
事業譲渡は、企業の戦略的な判断に基づいて行われる重要な経営判断の一つです。次のセクションでは、この事業譲渡を円滑に進めるために不可欠な、事業譲渡契約書について詳しく見ていきます。
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)
事業譲渡を行う際、売り手と買い手の間で締結される重要な文書が事業譲渡契約書です。この契約書は、譲渡の内容や条件を明確に定めるものであり、その重要性は非常に高いといえます。
事業譲渡契約書は、以下の理由から必要不可欠な文書です:
1. 認識の相違の防止:売り手と買い手の間で、譲渡内容に関する認識の齟齬を防ぎます。
2. トラブルの未然防止:事業譲渡実行後に発生する可能性のある様々なトラブルを事前に防ぐことができます。
3. 責任の明確化:譲渡に関わる両者の権利と義務を明確にします。
4. 法的保護:契約内容を明文化することで、法的な保護を受けることができます。
事業譲渡に関連して起こりうるトラブルの例として、以下のようなものが挙げられます:
• 買い手側のトラブル例: 事業譲渡実行前に売り手が行った取引について、買い手が予期せぬ支払い請求を受ける。
• 売り手側のトラブル例: 競業避止義務の規定により、売り手が予想外の制約を負うことになる。
このようなトラブルを防ぐためにも、事業譲渡契約書の作成は非常に重要です。特に、複雑な条件や大規模な譲渡を伴う場合は、弁護士や税理士などの専門家に相談し、適切な契約書を作成することが強く推奨されます。
次のセクションでは、事業譲渡契約書を作成する際の具体的なポイントについて詳しく解説していきます。
事業譲渡契約書を作成する際には、様々な要素を考慮し、詳細に記載する必要があります。以下、主要な項目について解説します。
契約書では、売り手が買い手に譲渡する事業を明確に規定する必要があります。例えば、「甲が営む〇〇事業」といった具体的な事業内容を記載します。
事業譲渡契約書には、競業避止義務が発生する効力発生日を明確に特定することが求められます。この日付は、事業譲渡が実際に行われる日を指します。
譲渡対象となる資産、負債、権利、義務などを具体的かつ詳細に特定することが重要です。一般的には、以下のような項目を別紙などで明記します:
1. 資産関連:不動産、車両、設備、商品、原材料、知的財産権など
2. 債権関連:債務者、債権額(1件ごとに記載)
3. 債務関連:債権者、債務額(1件ごとに記載)
また、資産の通知・登記・登録手続や必要となる費用の負担についても明記しておくことが望ましいです。
カテゴリー |
内容 |
資産関連 |
譲渡対象となる不動産や車両、設備、商品、原材料等を記載します。また知的財産権などの無形資産も譲渡する場合は、合わせて記載します。 |
債権関連 |
債権を譲渡する場合も、債務者や債権額を1件ごとに記載します。その際、債務者との間で債権の譲渡が禁じられていないか、事前に契約を確認しておく必要があります。また債権譲渡を行った場合には、債務者に対して、事業譲渡によって債権譲渡を行った旨を通知することも必要です。 |
債務関連 |
債権者や債務額を1件ごとに記載します。なお、譲渡企業の代表者が債務の連帯保証人となっている場合は、連帯保証を解除する旨も契約書に明記しておきましょう。免責的に債務引き受けをする場合は、債権者から承諾が必要です。 |
買い手が売り手に支払うべき対価について規定します。譲渡金額には、単なる譲渡する資産の金額だけでなく、ノウハウや顧客との取引契約など、全ての価値を含めた金額を設定します。
支払い方法として、振込先となる銀行口座も明記します。分割での支払いも可能ですが、トラブル防止のため、可能な限り一括での支払いが望ましいです。
ただし、在庫の棚卸が必要な場合など、譲渡日までに正確な金額が確定できないケースもあります。そのような場合は、期日を定めたうえで後日棚卸を行い、過不足を精算する方法も検討が必要です。
事業譲渡では、従業員が自動的に買い手に承継されるわけではありません。従業員を買い手へ転籍させるには、以下の手順が必要です:
1. 従業員が売り手を退職する
2. 買い手と個別に新たな雇用契約を締結する
このため、買い手へ転籍する従業員を別紙などで明記し、特定しておくことが重要です。
また、契約書には以下のような規定を盛り込むことも検討します:
• 譲渡会社に対して、承継される従業員から転籍等に関する承諾書を取得する努力義務を課す
• 特に重要なキーパーソンについては、転籍等に関する承諾書の取得を「前提条件」として規定する
前提条件(クロージング条件)とは、事業譲渡の実行(クロージング)までに満たしておかなければならない条件のことです。例えば:
• キーパーソンの買い手への転籍承諾
• 重要な取引先との取引契約締結の承諾
これらの条件が満たされていない場合、当事者が事業譲渡実行の義務を負わないとする規定を設けるのが一般的です。ただし、両者の合意があれば、条件を満たしていなくてもクロージングを実行することは可能です。
表明保証条項とは、ある時点における特定の事実が真実かつ正確であることを表明し保証する条項です。事業譲渡契約では、以下のような事項について表明保証を行うことが一般的です:
• 契約の締結・履行権限に関する事項(双方)
• 必要な社内手続・法的手続の履行に関する事項(双方)
• 譲渡対象事業・資産・債務・契約・従業員等に関する事項(売り手)
表明保証条項に違反した場合は、金銭補償の対象となったり、事業譲渡実行の前提条件を欠くものとして扱われることがあります。
事業譲渡契約の締結から実行までの期間中、売り手が対象事業の状況を変更してしまうと、契約締結の基礎が崩れる可能性があります。そのため、契約書には以下のような義務を売り手に課すことが一般的です:
• 契約日から実行日までの間、法令や契約などを遵守しつつ、通常の営業の範囲内で事業を継続すること
• 重要な資産の処分や多額の借入など、事業に重大な影響を与える行為を行わないこと
これらの義務に違反し、損害が発生した場合は、善管注意義務違反を理由として損害賠償を請求できる可能性があります。
一方の当事者が表明保証に違反したり、契約に違反した場合、他方の当事者が被る損害について補償を受けられるよう定めた規定です。一般的に以下のような内容が含まれます:
• 補償額の上限設定
• 補償請求の期間限定
これらの条件は、当事者間の交渉により決定されます。
事業譲渡契約において、債務不履行が発生した場合の契約解除について規定します。ただし、事業譲渡実行後の契約解除は各関係者への影響が大きいため、実行前までに限定することが一般的です。
解除事由としては、以下のようなものが考えられます:
• 重大な契約違反
• 重大な表明保証違反
• 重大な遵守事項違反
以上が事業譲渡契約書作成の主なポイントです。これらの項目を適切に盛り込むことで、円滑な事業譲渡の実施と将来的なトラブル防止につながります。
事業譲渡契約書を作成する際には、いくつかの重要な注意点があります。ここでは、特に注意が必要な事項について詳しく解説します。
事業譲渡では、株式譲渡と異なり、資産や負債を包括的に譲渡することができません。そのため、譲渡対象の内容を正確に定めることが非常に重要です。
具体的には以下のような点に注意が必要です:
1. 目録の作成:譲渡対象を明確にするため、別紙にリストを添付する形式を取ることが一般的です。このリストには、譲渡する資産、負債、契約関係などを詳細に記載します。
2. 債権譲渡の確認:債権を譲渡する場合、債務者との契約で他者への債権の移転が禁止されていないか確認することが重要です。禁止されている場合は、債務者の同意を得る必要があります。
3. 債務譲渡の同意:債務を譲渡する場合、原則として債権者の同意が必要です。同意を得られない債務については、譲渡対象から除外するか、別途対応を協議する必要があります。
4. 知的財産権の確認:特許権、商標権、著作権などの知的財産権が譲渡対象に含まれる場合、これらの権利の譲渡手続や登録変更手続についても明確にしておく必要があります。
買い手が、売り手が使用していた屋号や商号をそのまま引き継いで事業を行う場合、特別な注意が必要です。
会社法では、債権者保護の観点から、譲渡された事業に関連する債務の弁済責任を売り手と共同で負担することが定められています。しかし、以下の手順を踏むことで、この責任を回避することが可能です:
1. 事業譲渡契約で、該当債務を買い手が引き継がないことを明記する。
2. 免責登記を行う。この登記には売り手の承諾が必須であるため、事業譲渡契約書にこの点を明記しておくことが重要です。
免責登記を行うことで、買い手は売り手の旧債務に対する弁済責任を免れることができます。
インターネット上で公開されている事業譲渡契約書の雛形を利用する場合、以下の点に注意が必要です:
1. 参考資料としての位置づけ:雛形はあくまで参考資料です。そのまま使用するのではなく、自社の状況に合わせてカスタマイズする必要があります。
2. 網羅性の確認:雛形が、実行する契約内容を網羅しているか確認が必要です。不足している項目がある場合は、追加する必要があります。
3. 専門家への相談:特に重要条項が多く含まれる事業譲渡契約の場合、弁護士や税理士などの専門家に相談し、内容を十分に確認することが不可欠です。
4. 最新の法律への対応:雛形が古い場合、最新の法律改正に対応していない可能性があります。常に最新の法律に準拠しているか確認が必要です。
5. 業界特有の事情への対応:業界によっては特有の規制や慣行がある場合があります。これらを考慮に入れて契約書を作成する必要があります。
雛形を利用する際は、これらの点に十分注意を払い、自社の状況に合わせて適切にカスタマイズすることが重要です。
事業譲渡契約書を作成する際、収入印紙の貼付が必要となります。ここでは、印紙税の計算方法と納付手続について解説します。
印紙税は、契約書の内容や金額により税額が変わります。以下に、印紙税の納付方法と税額の計算方法を示します。
1. 納付方法:
2. 印紙税額の計算: 契約金額に応じて、以下のように印紙税額が定められています。
取引金額 |
印紙税額 |
契約金額の記載のないもの |
200円 |
1万円未満 |
非課税 |
10万円以下 |
200円 |
10万円を超え50万円以下 |
400円 |
50万円を超え100万円以下 |
1,000円 |
100万円を超え500万円以下 |
2,000円 |
500万円を超え1,000万円以下 |
1万円 |
1,000万円を超え5,000万円以下 |
2万円 |
5,000万円を超え1億円以下 |
6万円 |
1億円を超え5億円以下 |
10万円 |
5億円を超え10億円以下 |
20万円 |
10億円を超え50億円以下 |
40万円 |
50億円を超えるもの |
60万円 |
3. 消印を行う人物: 特に規定はありませんが、国税庁の指針によると「文書の作成者または代理人、使用人、そのほかの従業者」で構いません。また、署名は1人で十分であり、取引の両者の署名は不要です。
印紙税の正確な計算と適切な納付は、法令遵守の観点から非常に重要です。契約金額が不明確な場合や、複雑な取引構造を持つ事業譲渡の場合は、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
事業譲渡契約書は、事業譲渡を円滑に進め、将来的なトラブルを防ぐための重要な文書です。その作成にあたっては、譲渡対象の明確化、従業員の取り扱い、表明保証条項など、多くの要素を慎重に検討する必要があります。また、商号続用時の免責登記や印紙税の納付など、法的要件にも注意を払う必要があります。複雑な内容を含む事業譲渡契約書の作成には、専門家のサポートを受けることをお勧めします。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画