EV/EBITDA倍率での事業価値評価の計算と活用方法を解説
EVEBITDA倍率とは何でしょうか?それは企業価値を投資効率で示す便利な物差しです。本記事では計算方法や活用法、業界平均、改善策まで税理士がやさしく説明します。読み終えれば自社の価値を数字で把握し、M&Aや融資交渉に自信を持てます。
目次
▶目次ページ:企業価値評価(類似会社比較法)
EV/EBITDA倍率は、企業が生み出す利益と事業に投下されている資金をひと目で対応づける尺度です。EVとはEnterprise Valueの略で、株式価値に純有利子負債を足し戻し、非事業資産を差し引いた「事業価値」を表します。EBITDAはEarnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略で、営業利益に減価償却費を加算した数字です。税率、資本構成、償却制度の差を取り払った“純粋なキャッシュフローに近い利潤”を示すため、国内外を問わず比較が容易です。
EV/EBITDA倍率 = EV ÷ EBITDA で求められます。例えば倍率が5.5であれば、投資家は理論上約5年半で投入資金を回収できると読むことができます。このシンプルさが、M&Aや投資の現場でEV/EBITDA倍率が重宝される理由です。
1.企業の収益力を反映
EBITDAは本業の稼ぐ力そのものです。営業外損益や特別損益に左右されないため、事業の実力を捕捉できます。
2.投資判断を簡潔にする
倍率が低いほど投資効率が高い―この単純な比較軸が、複雑な財務諸表を読む時間を短縮します。
3.国際比較に強い
税制や会計基準が異なる企業同士でも、EV/EBITDA倍率なら同じ土俵で優劣を測れます。
EV/EBITDA倍率は、類似会社比較法(マルチプル法)に属する指標です。上場企業の公開データから倍率を拾い、対象企業のEBITDAに掛け合わせることで妥当な事業価値を推定できます。PERやPBRも同じ仲間ですが、減価償却や税率のばらつきを排除できるEV/EBITDA倍率が最も広く使われています。
メリット
デメリット
正確な倍率を得るには、EVとEBITDAを丁寧に積み上げる必要があります。
これらを合算すると事業価値としてのEVを得られます。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
減価償却費には有形・無形の償却費を含めるのが実務慣行です。
項目 | 金額 |
---|---|
株式価値 | 5億円 |
非事業資産 | 7,000万円 |
営業利益 | 6,000万円 |
減価償却費 | 2,000万円 |
EV = 5億円 + 0.7億円 = 5.7億円
EBITDA = 0.6億円 + 0.2億円 = 0.8億円
EV/EBITDA倍率 = 5.7億円 ÷ 0.8億円 = 7.1
A社の場合、回収期間の目安は約7.1年となります。
EBITDAは“事業”の稼ぐ力を示すため、EVは本来“事業価値”とみるのが整合的です。ただし実務では“企業価値”として計算することも少なくなく、どちらを採るかで株主価値の導出式が変わります。
算定書を作成する際は、どちらの定義を用いたのか脚注で明示し、一貫性を保つことが重要です。
EV/EBITDA倍率は単なる机上の理論ではありません。融資、投資、M&Aの三つの現場で、短時間に意思決定を支える羅針盤として利用されています。
金融機関は、融資先の返済能力を多面的に確認します。その過程で倍率が低い企業は、同程度のEBITDAでより小さなEVしか抱えていない=資金回収が早いと評価され、融資枠が拡大する可能性があります。ただし最終判断では他の指標や事業計画も合わせた総合評価が不可欠です。
投資ファンドや事業会社が候補企業をスクリーニングする際、業界平均倍率より大幅に低い企業は“割安”シグナルになります。倍率が低く、かつ成長シナリオが描ける企業は、将来的なIRR向上余地が大きいと考えられます。
譲受交渉では、自社と対象企業の倍率を並べて比較し、過去成約事例とも突き合わせながら提示価格の妥当性を探ります。統合後のシナジー効果を織り込んだうえで、EV/EBITDA倍率が説明責任を果たす数字になっているかを確認します。
倍率の絶対値だけを見ても、業界ごとの常識が分からなければ高いか低いか判断できません。ここでは上場企業と中小企業に分けて一般的な目安を整理します。
ITやバイオテクノロジーなど高成長産業では、将来キャッシュフローへの期待から20倍近い倍率が許容されるケースもあります。一方、成熟産業である製造業や小売業では10倍を超えると“割高”との評価が付きやすくなります。
中小企業の場合は公開データが限られ、オーナー資産の混在や財務の透明性にも差があります。そのため倍率だけでなく、事業の将来性や経営者の交代リスクなど質的要因を重ねて検討する必要があります。
倍率を改善するには分子のEVを抑えるか、分母のEBITDAを高めるかの二択です。ここではEBITDA向上策に焦点を当てます。
1.新規顧客の獲得
2.既存顧客のリピート率向上
3.商品・サービスの高付加価値化
4.新規事業の段階的展開
5.価格戦略の最適化
6.生産性の底上げ
1.原価の圧縮
2.販管費の見直し
3.在庫の適正化
4.エネルギー効率の向上
5.IT投資による業務効率化
6.人員配置の最適化
1.品質を犠牲にしない
コストを削っても製品やサービスの質が落ちては顧客離れを招きます。
2.従業員モチベーションを守る
過度な効率化は組織の疲弊を招くため、評価制度と連動した施策設計が不可欠です。
3.短期と長期のバランスを取る
EBITDAの一時的な押し上げよりも、持続的な競争優位を構築する投資が最終的な企業価値を高めます。
これらの施策は単独で効果を測るのではなく、事業戦略全体の中で優先順位を付け、KPIと紐付けて進捗を管理することが成功の鍵となります。次節では、これらの取組が業界平均倍率にどのように影響するかを掘り下げます。
EV/EBITDA倍率を実際に改善するには、戦略を絵に描いたままにせず、具体的な手順へ落とし込むことが大切です。ここでは六つのステップに整理して解説します。
最初に行うのは自社の現在値の把握です。最新決算のEV、EBITDA、EV/EBITDA倍率を算出し、業界平均と比較してギャップを明らかにします。同時に営業利益率の推移やコスト構造を図表化し、改善余地の大きい項目を洗い出します。
改善のゴールが曖昧では組織は動きません。例えば「3年で倍率を9倍→6倍へ引き下げる」といった定量目標を掲げ、EBITDA額・営業利益率・仕入原価率などのKPIとリンクさせます。
営業部門は販管費効率の改善と単価アップ、生産部門は歩留まり向上と設備稼働率の最適化――といった具合に、各部門で達成すべきサブKPIを設計します。
限られた経営資源をどの施策に振り向けるかを決める場面では、EV/EBITDA倍率改善への寄与度が大きい順に優先順位を付けます。IT投資や新規事業への投資が短期的に倍率を押し上げる場合もありますが、長期の価値創造と天秤に掛けて判断します。
月次のマネジメントレビューでKPIを確認し、遅れが出た部門には原因分析と追加策を即時にフィードバックします。改善率を社内ポータルで共有し、従業員の参加意識を高める仕組みを設けることも有効です。
目標期間が終了したら成果を定量評価し、新たな倍率目標を設定します。EV/EBITDA倍率を経年で管理する習慣が定着すれば、投資家や金融機関との対話もスムーズになります。
EV/EBITDA倍率がマイナスになる、または適用が難しい場合には他の指標で補完します。代表的なのがPER、PBR、EV/EBIT、PSRです。
PER(株価収益率)は時価総額を当期純利益で割る指標で、株主リターンの観点から企業を評価します。PBR(株価純資産倍率)は株価を1株当たり純資産で割るため、資産価値を重視する業種で選好されます。両者は税引後利益や会計方針の影響を受けやすい点に注意が必要です。
EBITDAに償却費が加わらないEV/EBITは、固定資産の重い業種で有効です。償却負担を無視できない成熟企業を評価する際はEV/EBITが実態に近いとされます。
急成長フェーズでまだ利益が出ていないITスタートアップなどにはPSR(売上倍率)が使われます。売上高を基準にするため、損益計算書が赤字でも株式価値を推定できます。ただし収益化の見通しを見誤るとバリュエーションが大きく逸脱するリスクがあります。
便利な指標にも注意点があります。ここでは三つの典型的な落とし穴とその回避策を示します。
営業損失が続く企業ではEBITDAもマイナスとなり倍率が算出不能です。その場合はフリーキャッシュフローやPSRに切り替え、事業再構築計画の実現可能性を重視する評価へ転換します。
補助金収入や大型不動産売却益など、特殊要因がEBITDAを押し上げる年度は倍率が低く見えてしまいます。調整EBITDAを用い、恒常的でない要因は除いて比較するのが実務での常識です。
減価償却方法の選択やリース会計の扱いが異なるとEBITDA比較に歪みが生じます。比較対象企業の開示資料を精査し、必要に応じて償却費を揃える調整を行います。
非上場の中小企業では情報開示が限定的ですが、EV/EBITDA倍率をうまく活用することで譲渡価額交渉や融資枠拡大につなげることが可能です。
管理会計を整備し、経営者報酬や私的費用を調整した“実質EBITDA”を作成すると、買い手や金融機関の信頼を得やすくなります。
上場企業データに加え、信用調査機関やM&Aアドバイザリーが保有する中小企業成約事例から倍率を取得し、業種・規模が近い複数事例の平均を取って目安とします。
オーナー経営色が強い場合、経営者が退任するとEBITDAが低下する懸念があります。後継体制やキーマンリテンション策を提示してリスクプレミアムを小さくすることが、倍率向上に直結します。
税理士や公認会計士が作成する財務デューデリジェンス報告書は、EBITDAの算定根拠を準拠法に沿って明示するため、買い手の評価プロセスを効率化します。書面の品質が高いほど交渉力が上がり、好条件での資金調達や譲渡が期待できます。
EVEBITDA倍率は企業が持つ収益力と投資効率を一行の数字で示す便利な指標です。計算式は単純ですが、EBITDAの定義や会計方針の違いを正しく調整しなければ誤った結論を導きます。改善を図る際は売上拡大とコスト削減をバランスさせ、持続的な成長を念頭に戦略を実行しましょう。倍率が示すのは過去と現在のスナップショットです。未来の価値を高める行動こそが真の企業価値向上につながります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画