M&Aの失敗を防止するためには、事前準備が非常に重要となります。この記事では、M&Aを検討している中小企業の経営陣の皆様に向けて、M&Aが失敗する要因や失敗を回避するポイント、具体的な事例について解説いたしますので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
目次
M&Aにおける失敗要因の多くは、事前の準備をしっかりと行うことで回避可能です。具体的な事例を把握し、対策を立てることが大切です。
通常、売り手の決算状況に問題がないかを確認するために、買い手は専門家に依頼してデューデリジェンス(買収監査)を実施します。
しかし、調査が不十分であると、簿外債務や粉飾決算といった問題を見抜けず、M&Aが完了した後にこれらの問題が発覚することがあります。最悪の場合、M&Aの失敗だけでなく、自社の経営破綻の要因にもなりかねません。十分な調査を行い、リスクを回避することが重要です。
のれん代とは、売り手の時価純資産とM&A価額との差額を指し、営業権とも呼ばれます。会計基準上、のれん代は20年以内に毎年「のれん償却費」として費用計上することが必要です。
もし、買収した企業を再評価した際に企業価値が下がると、その差額を減損処理する必要があります。この結果、のれん代の損失計上が発生し、会計上の損失となります。しかし、税務上は損金として認められないケースが多く、営業利益が減少しても実効税率が上昇することになります。適切なM&A価額の算出が重要となります。
M&Aでの失敗の中でも最も多いのは、予想していた投資対効果が得られなかったというケースです。
売り手が優良企業である場合、譲受希望企業の数が増え、市場原理によりM&A取引価額が上昇する傾向があります。また、デューデリジェンスの調査が不十分で、通常よりも高いM&A取引価額でM&Aを実施してしまう場合、「高掴み」により、投資対効果を得られないという事態に陥る可能性が高まります。
M&Aにおける失敗例としては、財務や会計上の失敗だけでなく、M&A後に売り手の不祥事が買い手のイメージ悪化に繋がるケースもあります。
コンプライアンス違反やハラスメント問題、労働環境の悪化や環境汚染問題など、買い手のイメージを損なう理由は様々です。特に、日本企業とは異なる文化・習慣・宗教などの価値観を持つ海外でM&Aを実施する場合、こうした問題が発生しやすくなります。
これらの事例を踏まえて、M&Aにおいて失敗しないためには、事前の準備を重視し、適切な評価・交渉・調査を行うことが成功への道となります。さらに、リスクを回避し、投資対効果を最大化するためには、専門家の助言を積極的に活用することも重要です。
▶目次ページ:企業買収(買収の失敗)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2020年M&Aの実態調査では、過去5年間の国内M&Aにおいて、約7割の企業が期待以上の成果を享受しているとされています。
さらに、過去5年間の海外M&Aに関しても、成果が得られたと感じる企業が約6割にのぼっています。国内・国外を問わず、M&Aの成功率は上昇傾向にあることが示唆されており、今後企業の経営戦略においてM&Aの活用がますます盛んになることが予想されます。
M&Aの成果を実感すると答えた企業(国内・海外を問わず)は、M&Aを成功させるために大切だと考える点として、「自社の戦略と相性の良いターゲット企業の選定」を挙げています。自社の経営戦略の明確化と、それに沿ったM&A対象企業の選び方が重要となるでしょう。M&Aを検討する際は、自社の経営戦略に即したM&A戦略を立てることが求められます。
買い手企業側の失敗理由は、事前の準備や調査を適切に行うことでほとんど回避できます。以下にそのポイントを説明し、失敗を防ぐ対策を考慮していただくことをお勧めします。
自社のM&Aを活用する目的が不明瞭なまま契約に至ったケースでは、M&A契約が最終目標となってしまい、M&A後のビジョンや経営方針の策定が不十分になることがあり、M&A失敗の一因となります。自社のM&A戦略(目的)を明確化し、M&A後のビジョンや経営方針を十分に検討することが重要です。
買い手企業は、M&A対象企業の財務・税務・労務等の調査のためデューディリジェンスを実施します。しかし、このデューディリジェンスの調査が不十分だと、M&A実行後に予想外の負債が発生したり、取引先とのトラブルが生じるリスクがあります。信頼のおける専門家に依頼し、十分な調査を行うことが望ましいでしょう。
M&Aにおいては、取引価格の設定が非常に重要なポイントです。適正なM&A取引価額を大幅に上回る価格でM&Aを実行すると、想定外の投資回収期間が必要になったり、のれんの減損等が業績を悪化させる要因になります。適切な価格設定を行うことが、M&A成功への道だと言えるでしょう。
M&Aの過程では、成約がゴールではありません。M&A後のPMI(経営統合)が終わり、スムーズな事業運営ができるようになって初めてゴールとなります。それができなければ、失敗と言えるでしょう。
PMIは経営、業務、意識、システムなど広範囲に渡り、統合作業が必要となります。その範囲が広いことや一定の時間を要することを考えると、計画と準備が非常に大切です。PMIを失敗すると、非効率な事業運営の継続や従業員の不満にもつながりますので、綿密な計画と準備を怠らないように気をつけましょう。
売り手のM&Aは1度きりのチャンスなので失敗することが許されません。失敗要因を把握し、M&A検討時のポイントを掴んでおくことが大切です。
M&Aには秘密保持が重要であり、情報の管理が大変重要です。自社がM&Aを検討していることが取引先に知られると、取引中止や条件変更を招くこともあります。
また、従業員に知られると、不安や不信感から退職のリスクも高まります。M&A検討時は、経営者や株主のみなど情報管理が徹底できる人数を絞り、情報管理を徹底することが重要です。
過去には、M&A交渉中の情報漏洩により譲渡対象企業のリソースが減り、交渉が破断になったというケースも存在します。
売り手は、買い手の要望を受け入れ過ぎると、自社の社風や独立性が失われる可能性があり、M&A後も残る役員等の幹部や従業員から反発を受ける原因になります。
もちろんM&A後は買い手の傘下に入ることになるので歩み寄る姿勢は大事ですが、残る従業員にとって良いことなのかどうかをしっかり吟味することが重要です。過去には、買い手の過度な条件提示で経営層の意見が整わずM&A交渉が破断したというケースもあります。
事業承継問題解決のためにM&Aを活用した場合、株式譲渡スキームが選択されるケースが多いです。その名の通り、売り手の株式を譲渡するのですが、社歴の長い中小企業などでは、株券が紛失、株主の所在が不明、株主名簿が存在しない、株主名簿の株主が正確に反映されていないなど様々な問題が出てくることがあります。
買い手との条件交渉が整っても、M&Aが実行できないということにもなりかねません。自社の株主と株券の把握を事前にするようにしましょう。
2006年に、東芝は原子力部門の強化を目的として、アメリカの原子力事業を行うウエスチングハウスを6,600億円で買収しました。
しかし、2011年に起こった東日本大震災による福島第一原発事故が原因で、全世界的に原子力発電の安全性が疑問視されるようになりました。それにより、東芝が買収したウェスチングハウスの企業価値が減少し、売上も当初の想定に達しない状況が続きました。
さらに、東芝がウエスチングハウスを買収した後に、同社が巨額の赤字を抱えていたことが発覚しました。この問題は、不正会計と原子力発電所事故に関連して、東芝にとって莫大な損失となりました。買収後の統合マネジメント(PMI)が十分に実施されていなかったことや、買収価格が大幅に高かったことが、失敗の原因となったと言われています。
ゲームアプリの運営を行うDeNAは、2014年にキュレーションプラットフォーム事業への参入を目的として、キュレーションサイト運営会社のiemoとペロリを約45億円で買収しました。これによって、キュレーションプラットフォーム事業がDeNAの新たな収益源となることが期待されました。
しかし、買収後に運営された医療系キュレーションサイト「WELQ」に掲載されていた記事が、科学的根拠のない情報であることが明らかになりました。
その結果、運営責任者が謝罪し、買収後に増えた運営サイト10サイトが閉鎖するという事態が発生しました。これは、買収時の法務やビジネスデューデリジェンスの調査が不足していたことが、失敗の原因とされています。
キリンホールディングスは、2011年にブラジルでビール販売シェア第2位のスキンカリオールを3,000億円で買収しました。当時、キリンは10%の経済成長が見込まれるブラジル市場に新たな市場としての参入を狙っていました。
ところが、その後の経済状況の急激な悪化やベルギーのビール会社との競争に敗れたことから、買収したスキンカリオールは1,100億円の減損を計上しました。これにより、キリンホールディングスは上場後初の赤字を計上することとなりました。市場調査が不十分であったことが、失敗の原因だと考えられています。
日本郵政は、2007年の郵政民営化に伴い、投資家に対して明確な成長戦略を示す必要がありました。しかし、国内市場が縮小していたため、成長戦略を描くことが難しくなりました。そのため、郵政は国際物流の可能性を追求し、オーストラリアの物流会社トール・ホールディングスを約6,200億円で買収しました。
しかし、買収後には当初想定していた利益を上げることができず、結果として4,000億円の減損損失を計上しました。これにより、日本郵政は民営化以後初めて赤字を計上することとなりました。M&A後の成長戦略が明確でなかったことが、失敗の原因とされています。
先の章で取り上げた失敗事例からも、M&Aの検討段階での事前準備が非常に重要であることがわかります。ここでは、失敗を防ぐために重視すべきポイントを3つ紹介します。
買い手企業として、M&A前に譲渡対象企業のポジティブ要因やネガティブ要因を可能な限り把握することが大切です。
具体的には、専門家を活用したデューデリジェンス(購入審査・企業調査)を通して徹底的に調査を行うことがお勧めです。この慎重な調査が、M&A後のシナジーやM&A取引価格の検討材料となり、さらには想定外のリスクの発生を回避する助けとなります。
M&Aが完了した後、買い手は売り手と経営、業務、システム、意識などの面で経営統合(PMI)を実施することになります。
PMIでは、買い手の経営戦略を具体化するために、迅速かつ確実に取り組むことが重要です。ただし、売り手の従業員にとってはM&A後の劇的な変化が不満の原因となることもあるため、コミュニケーションを大切にしながら進めることがお勧めです。
M&Aは、戦略の策定からPMIまで幅広い知識と経験が求められる過程です。これらの知識や経験は、自社だけのリソースで対応するのは困難であるため、仲介会社やFA会社などのM&A専門家の力を活用することがお勧めです。
経験豊富なアドバイザーは、条件交渉のポイントやリスク要因の把握など、M&Aを成功させるための知見を持っています。そのため、M&A専門家の利用は必須と考えられます。
M&Aは検討段階から成約後まで、あらゆるフェーズで失敗要因が潜んでいます。M&A戦略の選定、デューデリジェンスによる十分な調査、M&A後のPMIの実施など、失敗しにくいためのポイントを押さえた上で、自社のM&A戦略を実現することが大切です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画