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買収が失敗する理由と防止策を具体的事例で解説

「買収はなぜ失敗するのか?」そんな疑問に先回りして答えます。失敗の主因、事例、回避策を具体的に解説し、成功への道筋を示します。

目次

  1. 譲受が失敗と評価されるケースを正しく理解する
  2. 交渉段階で起こる失敗要因と対策
  3. 成約後に顕在化する失敗要因と対策
  4. 譲渡企業が陥りやすい失敗要因を押さえる
  5. 譲受の失敗事例に学ぶ具体的教訓
  6. 譲受を成功させる三つの鍵
  7. 国内M&Aの成功率を数値で確認し成功企業の共通点を知る
  8. PMIを成功させるための具体的ステップを整理する
  9. デューデリジェンスを効果的に行うための準備リスト
  10. 譲受価額を適正に保つための価格交渉プロセス
  11. 情報漏洩を防ぐための実務ポイント
  12. 関係者の同意形成をスムーズに進めるコツ
  13. 専門家選定時に確認したい五つの質問
  14. M&A専門家への早期相談がもたらす三つの利点
  15. 譲受検討を始めるタイミングの判断基準
  16. シナジー効果を最大化するためのモニタリング指標

譲受が失敗と評価されるケースを正しく理解する

譲受(買収)は企業にとって大きな成長機会ですが、想定した成果が得られなければ「失敗」と判断されます。ここでは失敗の4大要因を整理し、各ポイントを平易に解説します。

期待したシナジー効果が得られないと譲受は失敗となる

譲受の一番の目的はシナジー、つまり一緒になることで単独以上の効果を生むことです。ところが既存事業との方向性の違い、追加コストの発生などで効果が出ないと、計画全体が崩れてしまいます。シナジーの達成条件を事前に数値で示し、その進捗を定期的に検証する体制づくりが不可欠です。

のれん減損は会計上の損失と実効税率上昇を招く

譲受価額が対象企業の時価純資産を上回る部分は「のれん」として資産計上され、最長20年で償却します。統合後に企業価値が下がれば減損処理が必要になり、多額の損失計上を迫られます。税務上は損金不算入となる場合もあり、利益が減っても税負担が重くなる点が要注意です。

想定外のリスク発覚は譲受企業の経営を直撃する

デューデリジェンスが不十分だと、簿外債務や粉飾決算、環境訴訟など後からリスクが表面化します。ひとたび巨額負債が発覚すれば、譲受企業本体の資金繰りを脅かしかねません。専門家を活用し、財務・税務・法務・労務を多面的に調査することがリスク低減の鍵です。

従業員離職は事業推進力を失わせる要因

譲渡企業側のキーパーソンが離職すると技術や顧客が流出し、譲受企業側の従業員が異動に不満を抱けばモチベーションが低下します。どちらの離職もPMIの遅延を招き、シナジー実現を遠ざけます。事前説明とフォローアップで安心感を与える姿勢が欠かせません。

交渉段階で起こる失敗要因と対策

譲受は契約前の交渉フェーズでつまずくことが少なくありません。次の四点を押さえ、破談を防ぎましょう。

譲受目的が曖昧だと戦略と相手選定が迷走する

「何のために譲受を行うのか」が言語化されていないと、相手探しが長期化し、成約しても成果が出ません。まず自社の経営戦略を整理し、譲受のKPIを設定することが大切です。専門家の助言を受け、自社内で共通認識を作りましょう。

情報漏洩は交渉破断と取引先離反を招く

交渉中の情報が外部に漏れると、譲渡企業の取引継続や従業員の士気に影響します。「秘密保持に始まり秘密保持に終わる」を合言葉に、関与人数を最小限に絞り、仲介会社と秘密保持契約を結ぶことが基本です。

必要書類不足はデューデリジェンスを阻害する

株主名簿や契約書が揃わなければ、監査が十分に行えません。結果としてリスクが見抜けず、譲受企業は不安を感じ交渉が停滞します。譲渡企業は日頃から書類整備を習慣化し、スケジュールを共有して準備漏れを防ぎましょう。

自社に合わない支援機関選定はマッチング機会を逃す

支援機関は候補企業のリストアップから条件交渉まで重要な役割を担います。相性が合わないと情報共有が進まず、最適な相手に出会えません。複数社の説明を聞き、実績や情報管理体制を比較して決定することが成功への近道です。

クロージング後に顕在化する失敗要因と対策

契約はゴールではなくスタートです。クロージング後の落とし穴を理解し、早期に手を打ちましょう。

相手企業選定ミスは想定外コストとシナジー欠如を生む

目的と合わない企業を迎え入れると、追加投資ばかりが膨らみ効果が出ません。成長戦略に適合する条件を事前に定義し、譲受後もKPIを使って検証し続けることが重要です。

デューデリジェンス不足は簿外債務や損害賠償リスクを招く

監査コストを惜しみ調査範囲を狭めると、後で巨額の偶発債務が判明する恐れがあります。規模に見合った範囲であっても、財務・法務・税務・労務の専門家を組み合わせ、網羅的に検証しましょう。

譲受価額が実態と乖離すると投資回収が難航する

市場原理で価格が釣り上がったり、過度な期待から「高掴み」すると、減損損失や長期の投資回収期間に苦しみます。複数の評価手法を用い、適正価格のレンジを設定して交渉することが肝要です。

株主や役員の同意不足は統合プロセスを止める

株主構成の把握が不十分なまま進めると、最後の段階で反対株主が立ちはだかり、統合計画が頓挫します。譲渡企業は株券と名簿の整備を行い、早期に説明と合意形成を進める必要があります。

PMI準備不足は文化融合を遅らせシナジーを失う

PMIは経営・業務・システム・意識を統合する広範なプロセスです。計画が曖昧なまま動くと、現場は混乱し、従業員の不満が増大します。専門家を交え、段階的な統合ロードマップを描き、進捗をモニタリングしましょう。

譲渡企業が陥りやすい失敗要因を押さえる

譲渡企業にとって譲受は一度きりの選択です。ここで紹介する3つの落とし穴を避け、交渉力を高めましょう。

情報管理の徹底不足は機密漏洩と交渉の破談を招く

検討段階で社内外に情報が漏れると、従業員が離職したり、取引先が条件変更を迫る事態が起こります。経営者と株主など最小限の関係者に限定し、文書管理を厳格に行うことが何より大切です。

譲受企業に有利すぎる条件提示は社風喪失を引き起こす

譲渡後も役員や従業員が残る場合、過度に譲受企業に合わせると、社内文化が急変し反発が生じます。従業員にとって納得できる条件かを吟味し、必要に応じて専門家のセカンドオピニオンを活用してください。

株主の所在不明はスキーム実行を妨げる

長い歴史を持つ企業では株券紛失や名簿未整備が珍しくありません。株主の所在や保有株数を正確に把握しないまま進めると、条件が整っても実行できないリスクがあります。早期に名簿の整備と関係者への説明を行いましょう。

譲受の失敗事例に学ぶ具体的教訓

事例を知ることは、抽象的なリスクを自社の課題として捉える助けになります。ここでは代表的な4つの譲受失敗例を紹介し、共通する教訓を整理します。

巨額ののれん減損を引き起こした東芝と原子力関連企業の統合

2006年、東芝は原子力部門を強化するため、米国のウエスチングハウスを約6,600億円で譲受しました。しかし2011年の福島第一原発事故を契機に原子力ビジネスの先行きが不透明となり、同社の企業価値は急落しました。さらに買収後に隠れ赤字が発覚し、多額の減損処理と不正会計問題が東芝本体の経営を揺るがしました。戦略環境の変化を想定したシナリオ分析と、買収価格の妥当性検証が不十分だった点が失敗要因とされています。

新規事業の拡大を狙ったDeNAのキュレーションサイト統合の頓挫

2014年、DeNAは45億円でiemoとペロリを譲受し、医療情報サイト「WELQ」を含むキュレーション事業を急拡大しました。しかし医療記事の真偽が問題となり、10サイトを閉鎖する事態に至りました。法務・ビジネス面のデューデリジェンスが不十分で、コンテンツ品質の監督体制を構築しないまま統合を急いだことが原因と分析されています。

経済環境の急変で減損を計上したキリンのブラジル市場参入

キリンホールディングスは2011年、ブラジル第二位のビール会社スキンカリオールを約3,000億円で譲受し、高成長市場の取り込みを図りました。しかしブラジル経済の急減速と競合の攻勢により業績が悪化し、1,100億円の減損損失を計上しました。市場調査の甘さと価格競争力の読み違いが明確な教訓です。

海外物流拡大を目指した日本郵政の大型譲受の躓き

国内市場が縮小する中、日本郵政は2015年に豪州のトール・ホールディングスを約6,200億円で譲受し、国際物流事業の拡大を図りました。しかし期待したシナジーが実現せず、4,000億円を超える減損を余儀なくされました。統合計画の具体性不足と現地企業文化への理解不足が背景にあります。

これらの事例が示す共通ポイントは、譲受価格の妥当性検証、環境変化シナリオの複数準備、そしてPMI体制の具体性です。自社の検討プロセスに照らし、抜け漏れがないか確認しましょう。

譲受を成功させる三つの鍵

失敗要因を理解したら、次は成功確率を高める実践策です。ここでは準備・統合・専門家活用の3点を解説します。

慎重かつ網羅的なデューデリジェンスを実施する

譲渡対象企業の強みと弱みを丁寧に洗い出すことで、適正価格と統合後のリスク対策を明確化できます。財務・税務・法務・労務のみならず、環境・IT・人材の観点も加えると、統合の落とし穴を小さくできます。

PMIをロードマップ化し人と組織の不安を最小化する

統合後の最初の百日で何を完了させるのか、半年後・一年後のKPIは何か。ロードマップを数値で示せば、両社の従業員は先行きをイメージでき、不安が軽減します。併せて定期的なタウンホールやアンケートを通じ、双方向コミュニケーションを続けることが効果的です。

信頼できるM&A専門家を戦略からPMIまでパートナーにする

譲受プロセスは長丁場です。条件交渉や表明保証条項の策定、PMIの進捗管理などで専門家は客観的視点と経験を提供します。累計500件以上を支援した実績を持つ専門家に依頼すれば、交渉力向上とリスク回避の両面で大きなメリットが期待できます。

国内M&Aの成功率を数値で確認し成功企業の共通点を知る

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの2020年調査によれば、過去5年間の国内M&Aで期待以上の成果を得られた企業は約七割、海外M&Aでも約六割に達します。数字だけを見ると「失敗するほうが少ない」と感じますが、裏を返せば三割から四割は期待通りに行かないということです。

成功企業が重視したのは「自社戦略と相性の良いターゲット選定」です。譲受を単発のイベントで終わらせず、中期経営計画の延長線として位置付け、シナジーの芽を最初から評価指標として組み込む姿勢が光ります。

この調査結果は、目的の明確化とターゲット選定が失敗防止の根幹である事実を裏付けています。自社が譲受を考える際も「どのような成果をいつまでに得たいのか」を数値と期限で示し、それに合致する候補企業を比較検討することが大切です。

PMIを成功させるための具体的ステップを整理する

PMI(経営統合)は「人・モノ・カネ・情報」の四領域を段階的に統合するプロジェクトです。成約直後に全てを同時進行させると現場が混乱するため、以下のような3段階で進めると失敗リスクを抑えられす。

  1. 初期安定フェーズ(クロージング〜3か月)
    給与や就業規則など生活に直結する事項を変更しない
    経営トップ連名で統合方針をメッセージとして発信
    事業継続に必要な支払・受注・在庫確認を共同で実施
  2. 基盤整備フェーズ(4か月〜1年)
    重複する部署やシステムを棚卸しし、生産性向上案を策定
    キーパーソン面談を行い配置転換や育成計画を具体化
    共同調達や販売チャネル共有など短期シナジーを具現化
  3. 成長加速フェーズ(1年以降)
    ブランド統一や新規商品開発など中長期シナジーを推進
    統合KPIを年次目標に落とし込み、継続的にモニタリング
    定期的に従業員アンケートを行い企業文化の融合を確認

この3段階モデルは「PMIの準備不足が失敗要因になる」という警鐘を具体的な行動に落とし込んだものです。ステップごとの成果をチェックリスト化し、専門家と協働で進めることで統合の確度が高まります。

デューデリジェンスを効果的に行うための準備リスト

譲受側が「簿外債務や粉飾決算を見抜けなかった」という失敗を避けるには、必要資料を過不足なく収集する体制づくりが欠かせません。ここでは参考文書に記載されたポイントをリスト化し、チェックしやすい形にまとめます。

  • 3期分の財務諸表と税務申告書
  • 主要取引先との契約書および取引実績一覧
  • 労働契約書、就業規則、労使協定
  • 知的財産権の登録状況と使用許諾契約
  • 株主名簿および株券の現況
  • 過去5年間の訴訟・紛争・行政指導の有無
  • 環境負債や保証債務など偶発債務の資料

原本または電子ファイルを整理し、ファイル名に「年度_書類名」を付けるだけでも監査効率は大きく向上します。結果として調査コストを抑えつつ、網羅性も担保できます。

譲受価額を適正に保つための価格交渉プロセス

高掴みはのれん減損の最大要因です。取引価格を適正レンジに収めるため、原文で示された三つの視点を順に確認しましょう。

  1. 複数手法による評価額の提示
  2. 価格調整条項の設定
  3. 表明保証条項と補償上限の明確化

この3段階を踏むだけで「期待より高く買いすぎた」という事態を大幅に防げます。

情報漏洩を防ぐための実務ポイント

  1. 秘密保持契約の締結
  2. 社内関与者の最小化と権限設定
  3. メール暗号化と誤送信防止ルール
  4. 物理書類の施錠保管と閲覧ログ
  5. 漏洩時の緊急連絡フロー整備

この五項目を守るだけで漏洩リスクは大幅に低減します。

関係者の同意形成をスムーズに進めるコツ

  1. 経営層への方針説明
  2. キーパーソンヒアリング
  3. 全従業員説明会
  4. 外部関係者への情報発信

4つの段階を系統的に実施すれば、反対を最小化し統合プロセスを加速できます。

専門家選定時に確認したい五つの質問

  1. 過去三年間の案件数と業種分布
  2. 情報管理体制と漏洩防止策
  3. PMI支援実績
  4. 料金体系と成果報酬基準
  5. 契約解除時のペナルティ

回答の具体性と誠実さを比較し、自社に最適なパートナーを選択しましょう。

M&A専門家への早期相談がもたらす三つの利点

  1. 戦略立案段階からの助言
  2. デューデリジェンス・契約交渉のワンストップ支援
  3. PMIフェーズまで継続的な伴走

譲受検討を始めるタイミングの判断基準

  1. 主要事業の成長鈍化が顕著になったとき
  2. 顧客要望に自社リソースだけで応えきれないとき
  3. 競合が譲受を進め市場を拡大しているとき

シナジー効果を最大化するためのモニタリング指標

  1. 売上成長率、重複コスト削減額、新規顧客獲得件数
  2. 主要人材離職率、統合プロジェクト進捗率
  3. これにより、数値に基づく迅速な意思決定が可能となります。

まとめ

M&Aの失敗を防ぐ鍵は、目的の明確化、慎重なデューデリジェンス、段階的なPMI、そして情報漏洩対策と関係者合意の徹底です。統合を急がず計画的に進め、信頼できる専門家と二人三脚で取り組むことが成功への最短ルートとなります。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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