買収が失敗する理由と防止策を具体的事例で解説
「買収はなぜ失敗するのか?」そんな疑問に先回りして答えます。失敗の主因、事例、回避策を具体的に解説し、成功への道筋を示します。
目次
▶目次ページ:企業買収(買収の失敗)
譲受(買収)は企業にとって大きな成長機会ですが、想定した成果が得られなければ「失敗」と判断されます。ここでは失敗の4大要因を整理し、各ポイントを平易に解説します。
譲受の一番の目的はシナジー、つまり一緒になることで単独以上の効果を生むことです。ところが既存事業との方向性の違い、追加コストの発生などで効果が出ないと、計画全体が崩れてしまいます。シナジーの達成条件を事前に数値で示し、その進捗を定期的に検証する体制づくりが不可欠です。
譲受価額が対象企業の時価純資産を上回る部分は「のれん」として資産計上され、最長20年で償却します。統合後に企業価値が下がれば減損処理が必要になり、多額の損失計上を迫られます。税務上は損金不算入となる場合もあり、利益が減っても税負担が重くなる点が要注意です。
デューデリジェンスが不十分だと、簿外債務や粉飾決算、環境訴訟など後からリスクが表面化します。ひとたび巨額負債が発覚すれば、譲受企業本体の資金繰りを脅かしかねません。専門家を活用し、財務・税務・法務・労務を多面的に調査することがリスク低減の鍵です。
譲渡企業側のキーパーソンが離職すると技術や顧客が流出し、譲受企業側の従業員が異動に不満を抱けばモチベーションが低下します。どちらの離職もPMIの遅延を招き、シナジー実現を遠ざけます。事前説明とフォローアップで安心感を与える姿勢が欠かせません。
譲受は契約前の交渉フェーズでつまずくことが少なくありません。次の四点を押さえ、破談を防ぎましょう。
「何のために譲受を行うのか」が言語化されていないと、相手探しが長期化し、成約しても成果が出ません。まず自社の経営戦略を整理し、譲受のKPIを設定することが大切です。専門家の助言を受け、自社内で共通認識を作りましょう。
交渉中の情報が外部に漏れると、譲渡企業の取引継続や従業員の士気に影響します。「秘密保持に始まり秘密保持に終わる」を合言葉に、関与人数を最小限に絞り、仲介会社と秘密保持契約を結ぶことが基本です。
株主名簿や契約書が揃わなければ、監査が十分に行えません。結果としてリスクが見抜けず、譲受企業は不安を感じ交渉が停滞します。譲渡企業は日頃から書類整備を習慣化し、スケジュールを共有して準備漏れを防ぎましょう。
支援機関は候補企業のリストアップから条件交渉まで重要な役割を担います。相性が合わないと情報共有が進まず、最適な相手に出会えません。複数社の説明を聞き、実績や情報管理体制を比較して決定することが成功への近道です。
契約はゴールではなくスタートです。クロージング後の落とし穴を理解し、早期に手を打ちましょう。
目的と合わない企業を迎え入れると、追加投資ばかりが膨らみ効果が出ません。成長戦略に適合する条件を事前に定義し、譲受後もKPIを使って検証し続けることが重要です。
監査コストを惜しみ調査範囲を狭めると、後で巨額の偶発債務が判明する恐れがあります。規模に見合った範囲であっても、財務・法務・税務・労務の専門家を組み合わせ、網羅的に検証しましょう。
市場原理で価格が釣り上がったり、過度な期待から「高掴み」すると、減損損失や長期の投資回収期間に苦しみます。複数の評価手法を用い、適正価格のレンジを設定して交渉することが肝要です。
株主構成の把握が不十分なまま進めると、最後の段階で反対株主が立ちはだかり、統合計画が頓挫します。譲渡企業は株券と名簿の整備を行い、早期に説明と合意形成を進める必要があります。
PMIは経営・業務・システム・意識を統合する広範なプロセスです。計画が曖昧なまま動くと、現場は混乱し、従業員の不満が増大します。専門家を交え、段階的な統合ロードマップを描き、進捗をモニタリングしましょう。
譲渡企業にとって譲受は一度きりの選択です。ここで紹介する3つの落とし穴を避け、交渉力を高めましょう。
検討段階で社内外に情報が漏れると、従業員が離職したり、取引先が条件変更を迫る事態が起こります。経営者と株主など最小限の関係者に限定し、文書管理を厳格に行うことが何より大切です。
譲渡後も役員や従業員が残る場合、過度に譲受企業に合わせると、社内文化が急変し反発が生じます。従業員にとって納得できる条件かを吟味し、必要に応じて専門家のセカンドオピニオンを活用してください。
長い歴史を持つ企業では株券紛失や名簿未整備が珍しくありません。株主の所在や保有株数を正確に把握しないまま進めると、条件が整っても実行できないリスクがあります。早期に名簿の整備と関係者への説明を行いましょう。
事例を知ることは、抽象的なリスクを自社の課題として捉える助けになります。ここでは代表的な4つの譲受失敗例を紹介し、共通する教訓を整理します。
2006年、東芝は原子力部門を強化するため、米国のウエスチングハウスを約6,600億円で譲受しました。しかし2011年の福島第一原発事故を契機に原子力ビジネスの先行きが不透明となり、同社の企業価値は急落しました。さらに買収後に隠れ赤字が発覚し、多額の減損処理と不正会計問題が東芝本体の経営を揺るがしました。戦略環境の変化を想定したシナリオ分析と、買収価格の妥当性検証が不十分だった点が失敗要因とされています。
2014年、DeNAは45億円でiemoとペロリを譲受し、医療情報サイト「WELQ」を含むキュレーション事業を急拡大しました。しかし医療記事の真偽が問題となり、10サイトを閉鎖する事態に至りました。法務・ビジネス面のデューデリジェンスが不十分で、コンテンツ品質の監督体制を構築しないまま統合を急いだことが原因と分析されています。
キリンホールディングスは2011年、ブラジル第二位のビール会社スキンカリオールを約3,000億円で譲受し、高成長市場の取り込みを図りました。しかしブラジル経済の急減速と競合の攻勢により業績が悪化し、1,100億円の減損損失を計上しました。市場調査の甘さと価格競争力の読み違いが明確な教訓です。
国内市場が縮小する中、日本郵政は2015年に豪州のトール・ホールディングスを約6,200億円で譲受し、国際物流事業の拡大を図りました。しかし期待したシナジーが実現せず、4,000億円を超える減損を余儀なくされました。統合計画の具体性不足と現地企業文化への理解不足が背景にあります。
これらの事例が示す共通ポイントは、譲受価格の妥当性検証、環境変化シナリオの複数準備、そしてPMI体制の具体性です。自社の検討プロセスに照らし、抜け漏れがないか確認しましょう。
失敗要因を理解したら、次は成功確率を高める実践策です。ここでは準備・統合・専門家活用の3点を解説します。
譲渡対象企業の強みと弱みを丁寧に洗い出すことで、適正価格と統合後のリスク対策を明確化できます。財務・税務・法務・労務のみならず、環境・IT・人材の観点も加えると、統合の落とし穴を小さくできます。
統合後の最初の百日で何を完了させるのか、半年後・一年後のKPIは何か。ロードマップを数値で示せば、両社の従業員は先行きをイメージでき、不安が軽減します。併せて定期的なタウンホールやアンケートを通じ、双方向コミュニケーションを続けることが効果的です。
譲受プロセスは長丁場です。条件交渉や表明保証条項の策定、PMIの進捗管理などで専門家は客観的視点と経験を提供します。累計500件以上を支援した実績を持つ専門家に依頼すれば、交渉力向上とリスク回避の両面で大きなメリットが期待できます。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの2020年調査によれば、過去5年間の国内M&Aで期待以上の成果を得られた企業は約七割、海外M&Aでも約六割に達します。数字だけを見ると「失敗するほうが少ない」と感じますが、裏を返せば三割から四割は期待通りに行かないということです。
成功企業が重視したのは「自社戦略と相性の良いターゲット選定」です。譲受を単発のイベントで終わらせず、中期経営計画の延長線として位置付け、シナジーの芽を最初から評価指標として組み込む姿勢が光ります。
この調査結果は、目的の明確化とターゲット選定が失敗防止の根幹である事実を裏付けています。自社が譲受を考える際も「どのような成果をいつまでに得たいのか」を数値と期限で示し、それに合致する候補企業を比較検討することが大切です。
PMI(経営統合)は「人・モノ・カネ・情報」の四領域を段階的に統合するプロジェクトです。成約直後に全てを同時進行させると現場が混乱するため、以下のような3段階で進めると失敗リスクを抑えられます。
この3段階モデルは「PMIの準備不足が失敗要因になる」という警鐘を具体的な行動に落とし込んだものです。ステップごとの成果をチェックリスト化し、専門家と協働で進めることで統合の確度が高まります。
譲受側が「簿外債務や粉飾決算を見抜けなかった」という失敗を避けるには、必要資料を過不足なく収集する体制づくりが欠かせません。ここでは参考文書に記載されたポイントをリスト化し、チェックしやすい形にまとめます。
原本または電子ファイルを整理し、ファイル名に「年度_書類名」を付けるだけでも監査効率は大きく向上します。結果として調査コストを抑えつつ、網羅性も担保できます。
高掴みはのれん減損の最大要因です。取引価格を適正レンジに収めるため、原文で示された三つの視点を順に確認しましょう。
この3段階を踏むだけで「期待より高く買いすぎた」という事態を大幅に防げます。
この五項目を守るだけで漏洩リスクは大幅に低減します。
4つの段階を系統的に実施すれば、反対を最小化し統合プロセスを加速できます。
回答の具体性と誠実さを比較し、自社に最適なパートナーを選択しましょう。
M&Aの失敗を防ぐ鍵は、目的の明確化、慎重なデューデリジェンス、段階的なPMI、そして情報漏洩対策と関係者合意の徹底です。統合を急がず計画的に進め、信頼できる専門家と二人三脚で取り組むことが成功への最短ルートとなります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画