フリーキャッシュフローで読む企業価値と資金余力の基本
フリーキャッシュフローとは何か、営業CF・投資CFからの計算、プラス・マイナスの読み方、資金配分、DCF法での企業価値評価へのつながりを解説します。中小企業の経営者が、資金余力や会社売却前の改善点をつかみ、次の投資や承継判断に生かすための記事です。
目次

▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)
利益が出ているのに、通帳の残高が思ったほど増えていない。中小企業では、こういう違和感は珍しくありません。売上や利益だけを見ていると、会社に本当に残った現金を見落とすことがあります。
フリーキャッシュフローとは、企業が事業活動で得たお金から、事業を続けるための投資を差し引いた後に残る現金です。英語の頭文字を取ってFCFとも呼ばれます。簡単にいえば、借入金の返済、株主への配当、新たな投資、手元資金の積み増しなどに使える「自由度の高いお金」です。
損益計算書の利益は、会社の収益力を見るうえで大切です。ただし、利益と現金の増減は一致しません。たとえば、売上を計上しても売掛金として未回収であれば、手元には現金がありません。設備投資で多額の支払いをした場合も、会計上の費用は何年にも分けて処理されるため、利益だけでは資金の動きが見えにくくなります。
そこで重要になるのがFCFです。FCFは、会社が本業でどれだけ現金を生み、その現金をどれだけ投資に使い、最終的にどれだけ余ったかを示します。資金繰り、成長投資、借入返済、会社売却前の企業価値評価を考えるうえで、非常に実務的な指標です。
FCFが安定してプラスであれば、経営者の選択肢は広がります。主な使い道は次の4つです。
配当金の支払い、自社株買いなどに使えます。上場企業では株主への説明で重視されますが、非上場の同族会社でも、少数株主への配当や株式整理を考える際に関係します。
銀行借入や社債の返済に充てられます。返済余力がある会社は、金融機関から見ても安心感があります。M&A(合併・買収)の検討時にも、買い手企業は借入返済に耐えられる会社かを確認します。
設備更新、人材採用、IT投資、新規事業、さらなるM&Aなどに活用できます。返済義務のない自社の現金を使えるため、外部調達に頼り過ぎずに成長戦略を進めやすくなります。
すぐに使わず、現金として手元に残す選択もあります。景気悪化、取引先の倒産、急な設備故障などに備えられるためです。ただし、必要以上に現金をため込むだけでは、投資機会を逃すこともあります。
FCFの計算でつまずきやすいのは、投資キャッシュフローの符号です。設備投資でお金が出ていくと、キャッシュフロー計算書では通常マイナス表示になります。この表示方法を理解しておくと、計算の混乱を防げます。
キャッシュフロー計算書を使う場合、FCFは次のように考えます。
フリーキャッシュフロー = 営業キャッシュフロー + 投資キャッシュフロー
たとえば、営業キャッシュフローが1,000万円、投資キャッシュフローが▲400万円であれば、FCFは600万円です。投資キャッシュフローがマイナス表示されているため、足し算をすると投資支出を差し引いた結果になります。
一方で、投資額を「支出額」としてプラスの数字で置く場合は、次のように表現できます。
フリーキャッシュフロー = 営業キャッシュフロー - 投資支出
どちらも意味は同じです。決算書上の投資キャッシュフローを使うのか、投資支出を正の金額として使うのかで、足し算と引き算が変わるだけです。
営業キャッシュフローは、本業のビジネスから生まれた現金の動きです。商品販売、サービス提供、仕入、給与、税金、売掛金の回収、在庫の増減などが影響します。
営業CFが安定してプラスであれば、本業が現金を生んでいる状態です。利益が出ていて営業CFもプラスなら、収益と資金の両面で健全と見やすくなります。
売掛金の回収が遅い、在庫が過大、前払いが多いといった事情があると、利益が出ていても営業CFは伸びません。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。買い手企業は、利益よりも「本当に現金が入る事業か」を慎重に確認するためです。
投資キャッシュフローは、設備投資、有価証券の取得・売却、事業買収、固定資産の売却などによる現金の動きです。成長企業では、新工場や新システムへの投資でマイナスになることがよくあります。
投資CFがマイナスでも、それが将来の売上や営業CFを増やす投資であれば前向きな支出です。反対に、回収見込みが弱い過剰投資であれば、FCFを長く圧迫します。数字だけではなく、投資の中身を見ることが大切です。
使っていない土地、稼働率の低い設備、不要な有価証券を売却すると、投資CFが改善します。売却収入は一時的ですが、固定資産税や維持費の削減にもつながります。会社売却を考える前に資産を整理しておくと、事業の実力も見えやすくなります。
財務キャッシュフローは、借入、返済、増資、配当などの資金調達と返済の流れです。FCFの計算には通常含めません。ただし、FCFをどう使ったかを確認するうえでは重要です。
たとえば、FCFがプラスでも、その大半を借入返済に使っている会社と、成長投資に回している会社では、今後の姿が違います。財務CFは、FCFの「使い道」を読むための補助線と考えると分かりやすいです。
▶関連:M&Aにおける「DCF法」とは?
FCFはプラスなら良く、マイナスなら悪い、と単純に決めつけると誤ります。大切なのは、なぜその金額になったのか、来期以降も同じ傾向が続くのかです。
FCFがプラスであれば、本業で得た現金が投資支出を上回っています。借入返済、株主還元、内部留保、追加投資などを自社で選べる状態です。財務健全性を示す指標としても評価されます。
単年度だけ大きくプラスでも、資産売却などの一時的な理由であれば注意が必要です。評価されやすいのは、本業の営業CFが安定し、必要な投資を続けてもFCFが残る会社です。3年から5年程度の推移を見ると、事業の安定性が分かりやすくなります。
FCFがマイナスでも、新工場建設や成長分野への投資が原因であれば、将来の営業CF増加につながる可能性があります。積極的な成長期の会社では、本業が伸びている途中でFCFが一時的にマイナスになることもあります。
一方で、本業の営業CFが弱く、さらに投資も必要なためにFCFがマイナスになっている場合は注意が必要です。外部資金に頼らないと事業を維持できない状態が続くと、借入余力や会社売却時の評価にも影響します。
受注が増えている製造業が、新しい設備を導入して生産能力を高めるケースです。投資した年はFCFがマイナスでも、翌期以降に売上と営業CFが伸びれば、企業価値向上につながります。
赤字受注が多く、在庫も膨らみ、借入で資金繰りを回しているケースです。この場合は、投資以前に収益構造や運転資本の見直しが必要です。買い手企業も、追加資金がどれだけ必要かを厳しく見ます。
確認すべき見方
営業CFがプラスか、投資の目的が明確か、投資後の回収見込みがあるか、借入返済に無理がないか。この4点を確認すると、FCFのプラス・マイナスを実務的に判断しやすくなります。
FCFは残すだけでは価値を生みません。どこに配分するかで、将来の企業価値は変わります。経営者にとっては、資金の使い道を決める力が問われる指標でもあります。
有利子負債が重い会社では、FCFを借入返済に使うことで利息負担を減らせます。金融機関からの信用力も高まり、将来の資金調達条件が改善する可能性があります。
ただし、返済を急ぎ過ぎて運転資金が薄くなると、急な売上減少に耐えにくくなります。返済と手元資金のバランスが大切です。
FCFを設備投資、人材採用、IT化、新商品開発に使えば、将来の営業CFを増やす土台になります。中小企業では、利益が出ていても人材やITへの投資が遅れ、数年後に競争力が落ちることがあります。意外と多い落とし穴です。
投資額を何年で回収できるか、投資後に営業CFがどれだけ増えるかを事前に確認します。感覚だけで設備を入れると、稼働率が上がらずFCFを圧迫することがあります。
配当や自社株買いは、株主に対する還元策です。非上場会社でも、親族株主や少数株主がいる場合には、配当方針や自己株式の取得が資本政策に関係します。
内部留保として現金を残すことも重要です。災害、取引先の倒産、原材料価格の上昇などに備えるには、一定の手元資金が必要です。ただし、使う予定のない現金が過大に積み上がると、資本効率が低い会社と見られることもあります。
FCFを増やすには、営業CFを増やすか、投資CFのマイナスを適正化する必要があります。具体的には、売掛金の回収を早める、在庫を減らす、採算の悪い取引を見直す、不要資産を売却する、投資案件の優先順位を決めるといった取り組みです。
どれも派手な施策ではありません。しかし、会社売却や第三者承継を見据える場合、こうした改善の積み重ねが買い手企業の安心材料になります。
M&Aで買い手企業が知りたいのは、過去の利益だけではありません。買収後にどれだけ現金を生む会社なのかです。FCFは、その判断材料になります。
企業価値評価で使われるディスカウント・キャッシュフロー法、いわゆるDCF法では、将来のFCFを予測し、それを現在価値に割り引いて企業価値を計算します。現在価値とは、将来受け取るお金を今の価値に置き直した金額です。
FCFの予測が高く、安定していれば、企業価値は大きくなりやすいです。反対に、FCFの根拠が弱い、投資負担が重い、売掛金回収に不安がある場合は、評価が下がることがあります。
中小企業の決算書には、オーナー経営ならではの要素が含まれることがあります。たとえば、役員報酬が実態より高い、親族に支払う賃料が相場と違う、節税目的の支出がある、一時的な修繕費や保険解約収入がある、といったケースです。
このような項目は、将来も続くものかどうかを分けて見ます。M&A実務では、決算書のFCFをそのまま使うのではなく、継続的な現金創出力に近づけるための調整を行います。ただし、調整は買い手企業が納得できる根拠資料があって初めて評価されます。
月次試算表、売掛金の回収状況、在庫明細、設備投資計画、借入返済予定表、主要取引先別の粗利、役員報酬や関連当事者取引の内容は、早めに整理しておくとよいです。これらは、FCFの安定性を説明する材料になります。
M&AではEBITDAという指標もよく使われます。EBITDAは、利息、税金、減価償却費などを控除する前の利益で、収益力をざっくり比較するために使われます。
ただし、EBITDAは売掛金の回収遅れや在庫増加、設備投資の負担を十分に反映しません。EBITDAが高くても、FCFが弱ければ、実際には資金が残りにくい会社です。会社売却を考える場合は、利益指標とFCFの両方を見て、自社の説明を準備する必要があります。
自社のFCFが過去3年でどう動いているか、マイナスの年の理由を説明できるか、今後の投資でどれだけ営業CFが増えるか。この3つを整理しておくと、企業価値評価や買い手企業との対話が進みやすくなります。
フリーキャッシュフローは、本業で稼いだ現金から必要な投資を差し引いた、会社の資金余力を示す指標です。プラス・マイナスの理由、使い道、将来の安定性を整理すると、財務健全性だけでなく企業価値や会社売却前の改善点も見えてきます。まずは過去数年のFCFを確認し、説明できる数字に整えることが大切です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人