事業譲渡でのれんが発生する条件を、譲渡対価と時価純資産の関係から分かりやすく解説します。売り手・買い手の会計処理、税務上の5年償却、消費税、減損リスク、株式譲渡との違い、のれんを高く評価してもらう準備まで、価格交渉と手取り判断に必要な実務を整理します。
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▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)
土地や大きな設備がなくても、継続的に利益を生む顧客基盤や技術、組織の仕組みには、決算書に表れにくい価値があります。その価値が譲渡対価へ反映され、承継する時価純資産を上回ったときに、一般にのれんが発生します。
のれんは、ブランド力、技術力、顧客ネットワーク、人材、取引先との関係などを背景とする、目に見えない価値です。「営業権」「超過収益力」「買収プレミアム」と近い意味で使われることもありますが、厳密には同じではありません。
事業譲渡におけるのれんは、分かりやすく表すと次の式で求めます。
のれん = 譲渡対価 - 承継する資産・負債の時価純資産
時価純資産とは、譲渡対象となる資産を時価で評価し、その金額から承継する負債の時価を差し引いた額です。
在庫の陳腐化、売掛金の回収可能性、土地や設備の含み損益などを反映するため、決算書に記載された帳簿上の純資産とは一致しないことがあります。
会計上は、個別に識別できる特許や顧客関連資産などへ取得原価を配分し、その後に残る差額をのれんとする場合があります。上の式は、取引の全体像をつかむための簡便な考え方です。
譲渡する資産の時価が1億5,000万円、負債の時価が5,000万円であれば、時価純資産は1億円です。
買い手が事業全体に1億8,000万円を支払う場合、差額の8,000万円がのれんの目安となります。
・譲渡資産の時価 1億5,000万円
・譲渡負債の時価 5,000万円
・時価純資産 1億円
・譲渡対価 1億8,000万円
・のれん 8,000万円
譲渡対価が時価純資産を下回る場合もあります。第三者から事業を取得し、会計上の「取得」に該当する取引で、資産・負債の評価を見直しても差額が残るときは、負ののれん発生益として処理されることがあります。
価格が低い背景に、簿外債務、収益悪化、設備更新、顧客離れなどがないか確認することも必要です。
買い手が時価純資産を超える金額を支払うのは、譲り受ける事業が将来も利益を生むと期待するためです。
同業他社より高い利益率、継続契約、リピート売上、参入障壁のある技術などが、超過収益力の根拠になります。
のれんの背景となる代表的な要素は、次のとおりです。
・認知度や信用を備えたブランド
・継続率の高い顧客基盤と販売網
・特許、商標、技術、ノウハウ、営業秘密
・経営者だけに依存しない組織と業務手順
・経験を持つ従業員や専門人材
・許認可、立地、仕入先や外注先との関係
会社の歴史が長いことや、特許を保有していることだけでは、高い評価につながりません。その強みが実際の売上や利益に貢献し、買い手へ引き継げることが重要です。
買い手の販売網で売上を伸ばす、共同仕入れで原価を下げる、重複する管理業務をまとめるなどのシナジーも、譲渡価格へ反映されることがあります。
シナジーは買い手ごとに異なります。同じ事業でも、買い手の経営資源や買収目的により、提示される価格が変わることは珍しくありません。
のれんには、誰が計算しても同じ金額になる唯一の算定方法はありません。
M&A(合併・買収)の実務では、時価純資産、過去の利益、将来のキャッシュフロー、市場の取引水準などを組み合わせ、買い手が投資を回収できるかという視点から価格を検証します。
事業譲渡では、在庫、設備、契約、債権・債務など、買い手へ移す範囲を当事者間で決めます。
そのため、時価純資産も承継する資産・負債だけを対象に計算しなければなりません。譲渡範囲と計算対象がずれると、のれんが過大または過小に見えてしまいます。
資産・負債の明細、評価基準日、時価の根拠をそろえておくことが大切です。
中小企業のM&Aでは、正常な利益の数年分をのれんとみなす年買法が、価格の目安として使われることがあります。
のれんの目安 = 正常利益 × 採用年数
計算が簡単で、経営者にも理解しやすい方法です。ただし、どの利益を使うか、何年分を採用するかについて、法律上の一律の基準はありません。
役員報酬、保険解約益、資産売却損益、一時的な修繕費などを調整し、通常の事業運営で見込める利益へ直す作業を利益の正常化といいます。
買い手が重視するのは、過去に利益が出ていたかだけではありません。経営者が交代した後も、その利益を再現できるかという点です。
顧客が分散し、長期契約があり、経営者が退任しても運営できる事業は、利益の継続性が高いと評価されやすくなります。
一方で、売上が特定顧客や特定従業員へ集中している、許認可を引き継げない、設備投資が迫っているといった事情は、評価を下げる要因です。
簡便な方法だからこそ、利益と採用年数の根拠を説明できるようにしておく必要があります。
DCF法は、将来生み出すフリーキャッシュフローを予測し、現在の価値へ割り引いて事業価値を求める方法です。
超過収益還元法は、通常期待される水準を上回る利益が、今後どの程度続くかを見積もり、無形の価値を計算します。
いずれも成長性を評価へ反映できますが、売上成長率、利益率、継続期間、割引率などの前提によって結果が大きく動きます。
類似会社比較法は、同じような事業を行う上場会社などの企業価値や利益倍率を参考にする方法です。
市場の相場観を反映できますが、中小企業では、規模や収益構造が近い比較対象を見つけにくいことがあります。比較する会社の選び方によっても評価が変わるため、通常は複数の方法を組み合わせて検証します。
「うちには長年の信用がある」と説明するだけでは、価格交渉の材料になりにくいものです。
買い手が知りたいのは、その信用がどの売上や利益を生み、事業譲渡後も残るかという点です。評価を高めるには、強みを数字と資料で見える形に変える必要があります。
月別、商品別、顧客別の売上や粗利益、リピート率、解約率、受注残などを整理します。
顧客依存度や季節変動も示すと、利益の源泉と継続性が伝わりやすくなります。同業他社より利益率が高い場合は、その理由を原価、価格、技術、営業方法などに分けて説明します。
経営者個人への依存を減らす
社長だけが顧客情報や価格決定権を持つ事業は、退任後に利益が落ちると判断されやすくなります。
営業記録の共有、複数担当制、権限移譲、業務マニュアルの整備を進め、経営者が変わっても事業が回る状態を作ることが重要です。
優れたノウハウがあっても、口頭でしか伝わらない、契約名義が経営者個人になっている、商標の権利関係が不明といった状態では、価値が目減りします。
特許や商標の名義、主要取引先との基本契約、顧客データの利用条件、業務マニュアル、外注先との取引条件などを確認します。
譲渡するものと売り手側に残すものを区分し、買い手が事業を継続するために必要な情報や権利を明確にします。
シナジーは「売上が増えるはず」という説明だけでは十分ではありません。
どの商品をどの顧客へ販売するのか、共同仕入れで何を削減できるのか、統合にどの程度の費用がかかるのかを具体化します。実行手順まで描けるシナジーは、価格上乗せの根拠になりやすいものです。
同じ譲渡価格でも、売り手には譲渡益への課税、買い手には取得した資産やのれんの償却という異なる影響が生じます。
価格だけで合意し、税金や対価の配分を後から決めると、手取り額や投資回収が想定とずれることがあります。
法人が事業を譲渡する場合、受け取る対価と、譲渡する資産・負債の帳簿価額との差額が、事業譲渡損益へ反映されます。
土地や設備の含み益とのれん相当部分を含む譲渡益は、原則として法人税等の課税所得になります。
売り手は譲渡価格だけでなく、法人税等、借入金返済、退職金、専門家への報酬などを差し引いた後に、いくら資金が残るかを試算する必要があります。
事業譲渡では、営業権、建物、設備などの課税資産と、土地などの非課税資産が一緒に移転することがあります。
売り手が消費税の課税事業者である場合、のれんを含む課税資産の対価について、原則として消費税を申告・納付します。土地などの非課税資産には消費税がかかりません。
そのため、契約書には資産別の対価と消費税額を記載し、評価資料との整合性を保つことが大切です。売り手と買い手が異なる配分で申告すると、税務上の問題につながるおそれがあります。
第三者から事業を取得し、会計上の「取得」に該当する場合、買い手は取得原価を、承継する資産・負債の時価へ配分します。その配分後に残る差額が、のれんです。
日本の会計基準では、正ののれんは原則として20年以内の効果が及ぶ期間にわたり、規則的に償却します。
買収後の利益が計画を下回り、投資額の回収が難しいと判断された場合は、回収できないと見込まれる部分について減損損失を計上する可能性があります。
のれんは将来利益への期待である一方、業績が悪化したときの損失リスクにもなります。
税務上の処理は、取引の内容によって異なります。
個別の資産として営業権を取得した場合は、一般に税務上の耐用年数である5年で償却します。
一方、事業に関係する主要な資産と負債を一体として譲り受けるなど、一定の要件を満たす取引では、譲渡対価と時価純資産等との差額が「資産調整勘定」となり、原則として60か月にわたり損金へ算入されます。
どちらに該当するかは、契約書に記載された名称だけでは決まりません。譲渡する事業の範囲や資産・負債の内容を確認し、個別に判断する必要があります。
国内の事業譲渡では、のれんや営業権の対価は原則として消費税の課税対象です。
売り手が課税事業者である場合、買い手から受け取った消費税を申告します。買い手が支払った消費税を仕入税額控除できるかは、課税売上割合やインボイスの保存など、買い手側の状況によります。
土地などの非課税資産が含まれる場合は、課税対象となる資産と合理的に区分しなければなりません。
株式譲渡でも、連結会計上はのれんが生じることがあります。
一方、買い手法人の税務上は、支払った対価が株式の取得価額となります。事業譲渡と同じように、株式価格に含まれるのれん相当額を5年で償却することは、通常できません。
また、株式の譲渡は、消費税では原則として非課税取引です。
買い手は事業譲渡による償却効果を重視し、経営者は株式譲渡による手取りや手続の少なさを重視することがあります。税金だけでなく、従業員、契約、許認可、債務、個人保証まで含めて比較することが重要です。
根拠の薄い評価は、買い手によるデューデリジェンスで修正され、価格の引下げや交渉中止につながることがあります。
評価額を守るには、利益の根拠だけでなく、事業を実際に引き継げる状態まで整えておく必要があります。
不動産の評価書、在庫明細、債権年齢表、固定資産台帳、収益計画、主要契約など、資産別の時価や譲渡価格の根拠となる資料を準備します。
特に、関係会社や役員などとの取引で通常の時価から大きく外れた価格を付けると、税務上、寄附金、受贈益、役員給与などの問題が生じる可能性があります。
企業価値算定は価格の目安を作る作業、デューデリジェンスは、その前提やリスクを調査する作業です。両者を混同せず、順番に検証します。
事業譲渡では、資産、負債、契約、従業員が当然にすべて買い手へ移るわけではありません。
重要な契約や人材を引き継げなければ、顧客基盤やノウハウといったのれんの価値も失われます。
借入金、リース債務、預り保証金、未払費用などのうち、何を買い手が承継し、何を売り手側へ残すかを明確にします。
債務の移転には、金融機関や取引先の承諾が必要になる場合があります。売り手に借入金や個人保証が残れば、譲渡対価が高くても、実際の負担は十分に軽くなりません。
主要取引先との契約、賃貸借契約、代理店契約、許認可は、個別の同意や再取得が必要になることがあります。
移転できない契約が売上の柱であれば、のれんの前提となる将来利益が実現しないおそれも。事業価値を算定する前に、重要な契約や許認可の承継可否を確認します。
事業譲渡契約書には、譲渡対象、資産別の対価、消費税、譲渡日までの業績変動、在庫や運転資本の調整、表明保証、補償などを定めます。
譲渡日までに売上や利益が大きく変わった場合に備え、最終的な価格を調整する仕組みを設けることもあります。
また、譲渡後の業績に応じて追加対価を支払う条件を設ければ、将来予測をめぐる売り手と買い手の価格差を調整できる場合があります。
事業譲渡では、従業員との雇用契約を買い手へ移すために、通常は従業員本人の同意が必要です。
重要な人材が退職すると、技術、ノウハウ、顧客との関係も失われ、のれんの価値が低下します。説明の時期、買い手側での労働条件、退職金、引継期間を早めに設計することが重要です。
買い手は、売上の増加だけでなく、追加人件費、システム統合費用、設備更新、顧客離れなども含めて、投資を回収できるか試算します。
売り手も、引継期間、経営者の関与、追加対価の条件を明確にしておかなければなりません。契約前に双方の前提をそろえることが、譲渡後の紛争を防ぎます。
事業譲渡ののれんは、譲渡対価が承継する時価純資産を上回る部分であり、超過収益力、無形資産、買い手とのシナジーが評価を左右します。価格だけでなく、法人税・消費税、買い手の償却と減損、従業員や契約の承継まで確認することが重要です。根拠資料を整え、手取り額と実行可能性を比べたうえで、譲渡スキームと条件を決めましょう。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人