事業譲渡におけるのれんの評価と税務処理 | 企業価値向上のポイント

事業譲渡におけるのれん(営業権)の評価方法と税務処理について詳しく解説します。企業価値評価の重要な要素であるのれんの算定手法や、譲渡・譲受企業それぞれの税務上の注意点を紹介します。

目次:

  1. のれん(営業権)の定義と特徴
  2. 事業譲渡におけるのれんの発生理由
  3. のれんの評価方法と影響要素
  4. 事業譲渡時におけるのれんの算定方法
  5. のれんに関する税務処理
  6. まとめ

のれん(営業権)の定義と特徴

のれん(営業権)は、企業が保有する無形資産の一つとして重要な位置を占めています。具体的には、企業が長年の事業活動を通じて蓄積してきたノウハウ、ブランド力、情報、人材など、将来の収益を生み出す源泉となる無形の価値の総称を指します。

のれんの特徴として、以下の点が挙げられます:

1. 無形資産の一種:目に見えない資産ですが、企業価値に大きな影響を与えます。

2. 将来の収益源:長期的な視点で企業の収益力を評価する際の重要な要素となります。

3. M&A取引への影響:合併や買収などの取引価格に大きな影響を及ぼします。

4. 会計上の取り扱い:貸借対照表において無形固定資産として計上されます。

特に、M&A(合併・買収)の場面では、のれんの評価が取引価格に大きな影響を与えることがあります。例えば、親族内承継や社内承継の株式価値とM&Aの株式価値の価格差に大きく影響するのは、のれんの評価によるものです。

また、会計処理の観点からも、のれんは重要な位置を占めています。貸借対照表上では無形固定資産として計上されますが、繰延資産とは異なる点に注意が必要です。繰延資産は創立費や開業費などの1年以上の効果がある資産を指しますが、のれんはこれには含まれません。

のれんの評価は非常に難しく、多くの場合、M&A仲介会社などの専門家の助言を必要とします。長年にわたって大切に経営されてきた会社の価値を適切に評価するためには、のれんの正当な評価が不可欠となります。

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)

事業譲渡におけるのれんの発生理由

事業譲渡の際に発生するのれんは、企業の譲渡価額と時価純資産額の差額として定義されます。この差額が生じる理由は、企業価値に含まれる無形の要素が多岐にわたるためです。

のれんが発生する主な理由は以下の通りです:

1. 無形資産の評価:企業が保有する社会的信用、ブランドの知名度、技術力、従業員の能力、取引先との関係など、数値化が困難な無形の資産が買収価額に含まれます。

2. 将来の収益期待:譲受企業が期待する将来の収益が、現在の純資産額を上回る場合にのれんが発生します。

3. シナジー効果:譲受企業との統合によって生まれる相乗効果も、のれんの一部として評価されることがあります。

のれんの概念を理解するには、店先に掛けられた暖簾(のれん)をイメージすると分かりやすいでしょう。有名店や信頼できる商品を扱う店の暖簾を見るだけで、消費者に信頼感や購買意欲が生まれます。この目に見えない価値こそが、のれんの本質といえます。

事業譲渡におけるのれんは、正ののれんと負ののれんに分類されます:

  • 正ののれん:取得原価(買収価額)が時価純資産価額を上回る場合
  • 負ののれん:取得原価(買収価額)が時価純資産価額を下回る場合

これらの無形固定資産を明確に評価することは困難ですが、その価値は無視できません。そのため、会計や税務上では、これらをまとめて「のれん」として取り扱っています。

なお、従来の会社法では営業権という用語が使用されていましたが、現在は厳密には異なる概念とされています。営業権は「他社を上回る企業収益を得ることができる無形の財産的価値を持つ権利」を指し、のれんとは若干異なる意味を持ちます。

のれんの評価方法と影響要素

のれんの評価は、事業譲渡や企業価値評価において重要な要素となります。ここでは、のれんの主な評価方法と、その評価に影響を与える要因について解説します。

のれんを評価する主な手法

のれんの評価方法には、主に以下の3つのアプローチがあります:

1. コストアプローチ(時価純資産法): 

  • 計算式:譲渡企業の価値 = 純資産 + のれん代
  • 特徴:純資産を時価で評価し、のれん代を加算して企業価値を算出します。
  • メリット:誰が評価しても同じ金額になる公平性があります。
  • デメリット:将来の事業計画に基づくキャッシュフローなどを織り込むことが難しいです。

2. インカムアプローチ: 

  • DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法:将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出します。
  • 配当還元法:過去の配当利回りから1株あたりの金額を算出し、企業価値を計算します。

3. マーケットアプローチ: 

  • 類似企業比較法:上場している類似業種の企業の時価総額から係数を算出し、企業価値を計算します。
  • 類似業種比準法:類似業種の上場企業と比較して企業価値を算出します。

のれんの評価に影響を与える要因

のれんの評価は、事業の潜在的な価値に関連する様々な要素によって影響を受けます。主な影響要因は以下の通りです:

1. ブランド力:企業や商品のブランド認知度や評判

2. 技術力・営業力:独自の技術やノウハウ、効果的な営業体制

3. 人材・組織力:優秀な人材や効率的な組織構造

4. 知的財産:特許や商標など、収益に貢献する知的財産権

一方で、以下の要素はのれんの評価に直接影響を与えにくいことに注意が必要です:

1. 企業の経営歴や事業歴の長さ

2. 実用化されていない特許(死蔵特許)

のれんの評価は、あくまで収益性を基準に行われます。長年続いている企業であっても、十分な黒字を上げている新興企業の方が高い評価を受ける場合があります。また、特許についても、実際に収益に貢献しているもののみが評価の対象となります。

事業譲渡時におけるのれんの算定方法

事業譲渡におけるのれんの算定は、企業価値評価の重要な部分を占めます。ここでは、主な5つの算定方法について詳しく解説します。

年買法(年倍法)の概要

年買法は、その簡便さから中小企業のM&Aでよく利用される方法です。

特徴:

  • 営業利益から税金を引いた額の3年から5年分をのれんとして算出します。
  • 計算が簡単で理解しやすいのが最大のメリットです。

注意点:

  • 採用する年数(3~5年)によって金額が変動します。
  • 景気変動や市場動向が考慮されないため、客観性に欠ける面があります。
  • 業界により採用年数に差があり、成長産業では長く、斜陽産業では短くなる傾向があります。

超過収益還元法の仕組み

超過収益還元法は、無形資産から生み出される収益を基にのれんを算出する方法です。

手順:

1. 対象企業が生み出す収益から期待収益を超える部分(超過収益)を算出します。

2. 超過収益が継続すると予想される年数分を時価純資産に加算し、企業価値を算出します。

この方法は、無形資産の収益力を直接評価できる点が特徴です。

DCF法による算定

DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法は、将来のフリーキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いて企業価値を算出する方法です。

手順:

1. 3~5年分の事業計画を基にフリーキャッシュフローを計算します。

2. 継続価値(事業計画以降の事業価値)を算出します。

3. フリーキャッシュフローを割引率で割り、事業価値を求めます。

4. 事業価値から純有利子負債を引き、のれんを算出します。

特徴:

  • 成長企業の評価時に高い価格がつきやすく、譲渡側にメリットがあります。
  • 譲受側との価値の合意が論点となることがあります。

類似企業比較法の活用

類似企業比較法は、同業他社の株価や企業価値を参考に事業価値を算出する手法です。

主な指標:

  • EV/EBITDA倍率:事業価値(EV)をEBITDA(営業利益と減価償却費の合計)で割った数値
  • PER(株価収益率)

メリット:

  • 平等性が高く、比較対象企業の情報が公開されているため計算が容易です。

デメリット:

  • 適切な比較対象企業が存在しない場合や、規模が大きく異なる場合には活用が難しくなります。
  • 比較する企業の選定に恣意性が入る可能性があります。

実査査定法の特徴

実査査定法は、買収する企業の従業員が直接現場を訪問し、調査して企業価値を算出する手法です。

メリット:

  • 現場を直接見て判断できるため、譲受企業が納得しやすいです。

デメリット:

  • 評価に携わる従業員の主観が影響を与えやすいです。
  • M&Aの性質上、実査が難しい場合があります。

注意点:

  • 他の評価方法と組み合わせて使用することが重要です。
  • 決算書なども併せて確認し、複数の角度から評価を進めることが適切です。

のれんに関する税務処理

事業譲渡におけるのれんの税務処理は、譲渡企業と譲受企業それぞれで異なります。また、株式譲渡の場合も考慮する必要があります。ここでは、各ケースにおける税務上の取り扱いについて解説します。

譲渡企業側の税務

のれんや事業を譲渡する企業側の税務処理には、以下の点に注意が必要です:

1. 消費税: 

  • のれん譲渡や事業譲渡は消費税の課税対象となります。
  • 譲渡価額に対して消費税が課税されます。

2. 法人税: 

  • のれんの取得価額と譲渡金額の差額が課税所得として計上されます。
  • この差額に対して法人税が課税されます。

3. 消費税法上の取り扱い: 

  • 営業権あるいは事業譲渡によって受け取った金額は、消費税法に基づいて課税対象となります。
  • これらの税務処理により、譲渡企業は適切な納税義務を果たす必要があります。

株式譲渡における税務

株式譲渡の場合、のれんの取り扱いは事業譲渡とは異なります:

1. 消費税: 

  • 有価証券譲渡は基本的に消費税非課税取引です。

2. 法人税: 

  • 株式譲渡による譲渡益は、法人税法上の課税所得計算に含まれます。
  • 譲渡側が法人の場合、譲渡企業に法人税がかかります。

3. 所得税(個人の場合): 

  • 個人が株式を譲渡した場合、所得税が課税されます。
  • 税率は20.315%で計算されます。
株式譲渡の場合、のれんそのものではなく、株式の価値に含まれるのれんの価値が間接的に評価されることになります。

譲受企業側の税務

のれんを含む事業や株式を譲り受けた企業側の税務処理には、以下の点に注意が必要です:

1. 消費税: 

  • 事業譲受やのれんの譲受は、消費税法上の課税取引に該当します。
  • 譲渡価額に加えて消費税を支払う必要がありますが、納税手続きは譲渡企業が行います。
  • 消費税の実質的な負担者は譲受企業となります。

2. のれんの償却: 

  • 事業やのれんを譲り受けた場合、のれんの償却が必要となります。
  • 譲受価額と時価純資産の差額を、貸借対照表上で無形固定資産の「のれん」として資産計上します。
  • 税務上は、この「のれん」を資産調整勘定として60か月の定額法により償却(損金算入)します。
  • 会計上は、ルール上20年以内での償却ですが、実務上は税務に合わせて60か月で均等償却することが多いです。

3. 株式譲渡の場合: 

  • 譲受価額には実質的にのれん代が含まれていますが、貸借対照表では子会社株式または投資有価証券として資産計上されます。
  • 通常、定期償却の対象にはなりませんが、例外的に減損処理の対象となる可能性があります。
譲受企業は、これらの税務上のリスクを把握し、適切な対応を取ることが重要です。特に、のれんの償却に関しては、会計上と税務上の取り扱いの違いに注意が必要です。

まとめ

事業譲渡におけるのれん(営業権)は、企業価値評価において重要な要素です。のれんは、企業の無形資産を表す指標であり、その評価方法や税務処理には複雑な側面があります。適切な評価手法の選択と、正確な税務処理が、円滑な事業譲渡の鍵となります。譲渡企業と譲受企業の双方が、のれんに関する理解を深めることで、より適切な事業承継や企業価値の最大化が実現できるでしょう。

著者|土屋 賢治  マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

相続の教科書