経営承継円滑化法活用で税負担軽減し事業承継を成功へ導く秘訣
経営承継円滑化法とは何か、どんな支援が受けられるのか。本記事では法律の概要から税制・金融支援、遺留分や所在不明株主の特例まで、後継者不足に悩む中小企業が知っておくべきポイントをやさしく解説します。
目次
▶目次ページ:事業承継とは(事業承継税制)
経営承継円滑化法は、後継者不足や経営者の高齢化といった課題を抱える中小企業が、安心して事業を次世代へ引き継げるよう多面的に支えるために2008年に制定されました。正式名称は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」です。本法律は制定後も継続的な改正が行われ、2021年には所在不明株主に関する会社法の特例が追加されるなど、時代の変化に合わせて内容がアップデートされています。事業承継税制、金融支援、遺留分特例などの制度を束ね、資金面・税務面・法務面をワンパッケージで後押しする点が大きな特徴です。
中小企業庁がまとめた統計によると、経営者年齢の高齢化が進み、後継者未定企業の比率は年々上昇しています。このままでは地域経済と雇用の受け皿が失われる恐れがある——こうした危機感から経営承継円滑化法は誕生しました。法律の理念は「承継に伴う税負担・資金負担・手続負担を軽減し、経営のバトンを止めない」ことにあります。言い換えれば、本法律は企業の存続と地域経済の安定を守るセーフティネットといえるでしょう。
制定当初は主に相続税・贈与税の納税猶予制度が柱でしたが、その後の改正により金融支援や所在不明株主特例など、実務で悩みが多かった分野にもメスが入りました。具体的には、日本政策金融公庫の低利融資や中小企業信用保険法の信用保証枠拡大が新設され、資金面のボトルネックを緩和。また、所在不明株主の株式買取期間を5年から1年に短縮することで、株主整理にかかる時間を大幅に削減できるようになりました。
法律が掲げる支援は大きく分けて「事業承継税制」「金融支援」「遺留分特例」「所在不明株主特例」の四本柱です。それぞれの狙いと効果を確認しましょう。
非上場株式や事業用資産を後継者へ移す際に発生する贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です。株式全体を対象に100%の納税猶予が可能な特例措置が創設され、株価が高い企業でも多額の納税資金を前もって準備する必要がありません。適用には都道府県知事の認定が必要で、特例承継計画の策定→認定申請→税務署への申告という三段階を踏みます。
認定要件を満たすための4つのチェックポイント
これらの要件をクリアし、5年間で従業員数8割を維持すれば猶予された税金が最終的に免除される流れです。
日本政策金融公庫の特別融資と信用保証協会の保証拡充が利用できます。低金利かつ長期の返済スケジュールで、株式買取資金や事業用資産の取得資金を調達可能です。加えて、経営者保証解除支援事業を併用すれば、個人保証なしで融資を受けられるチャンスも広がります。
除外合意と固定合意の二つの枠組みにより、後継者が取得した株式・資産を遺留分の計算から外したり評価額を固定したりできます。これにより、他の相続人からの遺留分侵害額請求リスクが大幅に減少し、承継後の経営権が揺らぎません。特例の利用には相続人全員の合意と公正証書の作成が必須です。
所在不明株主とは株主名簿には記載があるものの5年以上連絡が取れない株主を指します。特例を活用すると、都道府県知事の認定を受けたうえで買取手続期間を1年に短縮でき、株式を迅速に集約できます。これにより議決権の分散を防ぎ、株主総会や重要決議を円滑に進めることが可能です。
事業承継税制を使いこなすには、①特例承継計画の策定、②都道府県庁への認定申請、③税務署への申告という順序で手続きを進めます。各ステップの要点を見ていきましょう。
計画書には事業の将来像、後継者のプロフィール、承継対象株式の内訳などを詳細に記載します。認定支援機関(商工会議所・顧問税理士など)の所見欄が必須となるため、専門家との二人三脚が欠かせません。
計画書を提出すると認定書が発行されます。認定書は税務署への申告時に写しを添付するため、紛失を防ぐよう注意してください。認定取得までの期間は自治体によって差がありますが、余裕を持ったスケジュール設定が重要です。
贈与税・相続税の申告書に事業承継税制を利用する旨を明記し、認定書の写しを添付します。申告期限内に提出することで、税負担の猶予が確定し、後継者は資金繰りの不安から解放されます。
事業用不動産を多く保有する企業や地価が高い地域の企業にとって、登録免許税・不動産取得税は大きなハードルです。経営承継円滑化法の特例を活用すると、税率の軽減や免除が受けられ、経営権移転に伴うコストを抑えられます。特に、株式譲渡と土地建物の名義変更を同時に行う場合でも、総負担を圧縮できる点が魅力です。
事業承継ガイドラインは、中小企業庁が経営者向けにまとめた実務マニュアルです。親族内承継・従業員承継・M&Aの3つのケース別に、承継までのステップとチェックポイントを示しています。これを参照することで、経営者と後継者は「いつ、何をすべきか」を共有でき、計画の行き当たりばったりを防げます。また、後継者教育や社内コミュニケーションの取り方など、ソフト面のノウハウも掲載されているため、承継後の組織運営にも役立ちます。
ガイドライン活用のコツ
事業承継・引継ぎ補助金は、経営革新事業・専門家活用事業・廃業再チャレンジ事業の三類型で構成され、事業承継時のコンサル費用や許認可取得費用などを補助します。補助上限額は類型によって異なり、専門家活用事業では数百万円規模のサポートが見込めるため、顧問税理士やM&Aアドバイザーへの相談コストを気にせず施策を実行しやすくなります。
事業承継・引継ぎ支援センターは、全国47都道府県すべてに設置された公的相談窓口です。M&Aや従業員承継のマッチング、事業承継計画の作成支援、後継者教育プログラムの提供など、ワンストップで幅広い支援を受けられます。費用面でも原則無料で利用できるため、承継の初期段階から気軽に相談先を確保できる点が大きなメリットです。
各センターには税理士・公認会計士・中小企業診断士などが常駐し、個別の事情に合わせて助言を行います。後継者探しに加え、金融機関や支援機関との橋渡しも行ってくれるため、限られたリソースで複数の課題を同時に解決できます。
初回相談で課題を整理した後、専門家が承継スケジュールを具体化します。その上で譲受企業候補を紹介したり、補助金申請書や特例承継計画の作成をサポートしたりするなど、一貫した支援が受けられるため、担当者不足に悩む中小企業でも安心です。
親族内承継や従業員承継が難しい場合に活用したいのが事業承継ファンドです。投資家から集めた資金をもとに株式や事業用資産を取得し、経営権の移転を円滑に進めます。資金提供に加えて経営ノウハウや外部人材の紹介も行われるため、後継者の実務経験が不足しているケースでも経営を安定させやすい仕組みです。
ファンドは株式を一時的に保有し、一定期間後に後継者へ再譲渡するスキームを採用することがあります。この方法なら、外部から資本と知見を取り込みつつ、最終的にはオーナーシップを維持できる点が魅力です。
投資対象業種や投資期間、期待リターンはファンドによって異なります。活用を検討する際は、事業承継・引継ぎ支援センターや税理士を通じて複数のファンドと面談し、自社の理念や成長戦略に合うかどうかを見極めることが重要です。
経営資源集約化税制(正式名称:中小企業の経営資源の集約化に資する税制)は、M&Aや事業再編を通じて経営資源を集中させる中小企業を支援する制度です。設備投資減税と準備金積立の二つの措置があり、新規設備の取得価格の全額即時償却や損失準備金の損金算入が可能になります。
核となる事業部門に資源を集約する際、多額の設備投資が必要になる場合があります。減税措置を利用すれば減価償却費を前倒し計上できるため、税負担を抑えつつ成長投資に踏み切れます。
M&Aに伴う偶発損失や再編コストを見込んで損失準備金を積み立てることが認められています。これにより、再編後に発生し得る費用を事前に損金算入でき、税務上の負担を平準化できます。
適用には経営力向上計画の作成が必須
税制優遇を受けるには、所轄の経済産業局へ経営力向上計画を提出し認定を得る必要があります。適用期間にも制限があるため、計画作成から認定取得、設備投資実行までを逆算したタイムライン設計が大切です。
せっかくの優遇制度も、要件を満たさなければ支援打ち切りや税負担の発生につながります。ここでは実務で押さえておきたい注意点を三つに整理します。
事業承継税制や金融支援を利用するには、申請書類の作成から認定取得まで複雑な手続が伴います。特に特例承継計画は認定支援機関の所見が必須であるため、顧問税理士や商工会議所へ早期に相談し、役割分担を決めることが成功への近道です。
事業規模の大幅な縮小や計画未達などが発生すると、税制特例の適用が取り消される場合があります。打ち切り時には猶予税額の納付義務が生じ、資金繰りに大きな影響を与えかねません。承継計画を立てる際は、シミュレーションを通じて複数のシナリオに備えましょう。
経営承継円滑化法は2008年の制定以降、たびたび改正されています。例えば2021年には所在不明株主特例が新設されました。今後も税制や金融支援の内容が見直される可能性があるため、専門家と連携しながら最新情報を把握することが欠かせません。
経営承継円滑化法は、税制・金融・法務が複雑に絡み合う包括的な制度です。要件確認や書類作成を独力で進めるのは現実的ではありません。顧問税理士であれば、補助金申請や金融機関との交渉も含めた総合支援が可能です。早期から専門家を巻き込み、承継完了まで伴走してもらうことで、手続負担とリスクを最小限に抑えられます。
経営承継円滑化法は、事業承継税制をはじめ金融支援や遺留分・所在不明株主特例など多面的な制度で中小企業の承継を後押しします。事業承継・引継ぎ支援センターや税理士と連携し、特例要件と打ち切りリスクを確認しながら計画的に活用すれば、税負担と資金負担を抑えつつスムーズな経営バトンタッチが可能です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事