経営承継円滑化法で進める事業承継とM&A対策の実務要点
経営承継円滑化法の支援内容を、事業承継税制、遺留分、金融支援、所在不明株主の観点から整理します。親族内承継・従業員承継だけでなく、M&Aによる第三者承継を検討する経営者が、期限、手続、株式整理、税負担をどう確認すべきかを実務目線で解説します。
目次

▶目次ページ:事業承継とは(事業承継税制)
経営承継円滑化法は、正式名称を「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」といいます。中小企業の事業承継で起きやすい税金、資金、相続人間の調整、株主整理の問題を軽くし、事業を次の世代へつなぐための法律です。
2008年に制定されました。背景には、経営者の高齢化や後継者不足により、黒字であっても廃業を選ばざるを得ない会社が増えたことがあります。技術、雇用、取引先との関係は、数字だけでは測れない会社の財産です。それが承継の準備不足で失われるのは、地域経済にとっても大きな損失です。
この法律は、会社を残すための万能な制度ではありません。使える場面があります。使えない場面もあります。大切なのは、自社の後継者が誰か、株式が誰にあるか、相続人の理解を得られるか、承継後の資金繰りに無理がないかを整理したうえで、必要な支援を選ぶことです。
経営承継円滑化法による支援は、実務上おおむね4つに分けて考えると分かりやすくなります。1つ目は、事業承継税制の前提となる認定です。非上場会社の株式などを後継者が贈与や相続で取得する際、一定の要件を満たせば贈与税や相続税の納税が猶予されます。
2つ目は、金融支援です。代表者交代や株式買取りで資金が必要になる場合に、日本政策金融公庫の融資や信用保証協会の別枠保証を受けやすくする仕組みがあります。
3つ目は、遺留分に関する民法の特例です。遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に法律上認められる最低限の取り分です。後継者に自社株式を集中させると、他の相続人から金銭請求を受けることがあるため、そのリスクを事前に抑える制度です。
4つ目は、所在不明株主に関する会社法の特例です。連絡が取れない株主がいると、株式の集約やM&A(合併・買収)の交渉が止まることがあります。この問題に対し、一定の手続を経て株式整理を進めやすくする制度です。
経営承継円滑化法は、親族に会社を継がせる場合だけの法律だと思われがちです。実務では、従業員承継やM&Aによる第三者承継でも関係します。
たとえば、従業員が後継者になる場合は、自社株式を買い取る資金が問題になります。親族外の後継者は、十分な個人資産を持っていないことも多いため、金融支援や株式評価の検討が欠かせません。M&Aでは、所在不明株主や少数株主が残っていると、買い手企業が慎重になります。株主構成が整理されていない会社は、譲渡価格や交渉スケジュールに影響が出ることもあります。
事業承継税制の印象が強いため、経営承継円滑化法は「税金を安くする制度」と理解されることがあります。半分は正しいですが、それだけではありません。
本当の目的は、承継後も経営が止まらない状態をつくることです。後継者が株式を持ち、経営判断を行い、金融機関や取引先から信頼され、相続人間の争いを避けられる状態に近づける。そのための制度として見ると、自社に必要な準備が見えやすくなります。
制度の名前から調べ始めると、要件が細かく見えて途中で止まりがちです。先に確認すべきなのは、「誰に、何を、どの方法で引き継ぐのか」です。ここが決まらないまま申請書類を読んでも、自社に関係する制度を選びにくくなります。
子どもなど親族に会社を承継する場合は、株式の移転と相続人間の公平感が大きな論点になります。後継者に株式を集めなければ経営権が安定しません。一方で、株式の価値が高い会社では、後継者以外の相続人から見ると「会社だけで多くの財産を受け取った」と感じられることがあります。
このとき、事業承継税制と遺留分に関する民法特例を組み合わせて検討します。税制で納税負担を猶予し、民法特例で後継者以外の相続人との将来の争いを抑える考え方です。税金だけ先に見ても、相続人の合意が取れなければ承継は安定しません。
業績が良く、内部留保が厚い会社ほど、自社株式の評価額が高くなる傾向があります。評価額が高いと、贈与税や相続税だけでなく、遺留分の金銭請求リスクも大きくなります。
「まだ社長は元気だから大丈夫」と考えている間に、株価が上がり続けることもあります。意外と多い落とし穴です。後継者が決まっている会社ほど、株価、相続人、納税資金を同時に見ておく必要があります。
従業員や役員に会社を引き継ぐ場合、後継者候補に経営能力があっても、株式を買い取る資金を用意できないことがあります。中小企業の株式は市場で売買されないため、価格の妥当性も説明しにくい資産です。
この場面では、金融支援の活用余地があります。後継者個人が株式取得資金を借りる場合、会社が承継後の運転資金を確保する場合、または金融機関との取引条件を見直す場合に、制度の確認が必要です。加えて、先代経営者の個人保証をどう外すかも重要です。承継後も先代の保証が残ると、実質的に経営から離れにくくなります。
M&Aによる第三者承継では、買い手企業が重視するのは「買収後に支配権を安定して取得できるか」です。株主が分散している、所在不明株主がいる、名義株の疑いがあるといった状態では、買い手企業は慎重になります。
会社売却の準備では、経営承継円滑化法の会社法特例を含め、株式の整理可能性を確認します。100%の株式譲渡を目指すのか、主要株主だけで譲渡できるのか、少数株主への説明が必要か。ここで判断が止まることがあります。
事業承継税制の適用を受けた後に、会社売却や廃業を検討する場合があります。このとき、猶予されていた税額がどうなるかを確認しないまま交渉を進めると、手取り額の見込みが大きく変わります。
特例措置では、一定の場合に譲渡時の価額などをもとに税額を再計算する仕組みがあります。ただし、要件を満たすかどうかは個別判断です。M&Aを将来の選択肢に残すなら、税制利用時点から出口の設計も考えておくべきです。
事業承継税制は、経営承継円滑化法の中でも特に関心が高い制度です。ただし、「納税が免除される制度」とだけ理解すると危険です。正確には、一定の要件を満たすことで、贈与税や相続税の納税が猶予され、後継者の死亡など一定の事由により免除される制度です。
法人版事業承継税制は、後継者が非上場会社の株式を贈与または相続で取得する場合に使われます。対象となるのは、経営承継円滑化法の認定を受ける中小企業です。上場会社の株式や、単なる投資目的の資産管理会社などは対象外となるのが通常です。
特例措置では、対象株式数の上限が撤廃され、納税猶予割合も100%とされています。複数の株主から最大3人の後継者へ承継できる点も、一般措置より使いやすい部分です。親族外の後継者も対象になり得るため、従業員承継の選択肢を広げる制度でもあります。
特例措置を使うには、特例承継計画の提出が必要です。2026年6月時点では、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日までとされています。さらに、贈与や相続による株式取得は2027年12月31日までが対象です。
ここで注意したいのは、計画を出しただけでは制度適用が完了しないことです。特例承継計画の提出、株式の承継、都道府県知事の認定、税務署への申告、承継後の報告がつながって初めて意味を持ちます。期限直前に動き始めると、株価算定、株主調整、認定支援機関の確認が間に合わないことがあります。
期限情報は必ず最新の公表資料で確認する
事業承継税制の期限は、税制改正により見直されることがあります。以前の資料や古い記事では、現在と異なる期限が記載されている場合があります。制度活用を検討する段階では、国税庁、中小企業庁、都道府県窓口、税理士などに確認してください。
個人事業の場合は、店舗、工場、機械装置、一定の事業用不動産などが承継対象になることがあります。法人の株式承継とは考え方が異なるため、法人版と同じ感覚で進めると誤解が生じます。
個人版では、青色申告、事業用資産の範囲、承継後の事業継続などを確認します。事業用不動産を引き継ぐ場合には、登録免許税や不動産取得税の軽減措置が関係することもあります。ただし、適用には細かな要件があります。資産の名義、利用状況、相続税評価だけで判断せず、承継スキーム全体で確認することが大切です。
事業承継税制は、申告が終われば完了する制度ではありません。認定後は、一定期間、都道府県への年次報告や税務署への継続届出が必要になります。対象株式を保有し続けること、後継者が代表として経営に関与することなど、継続要件も確認しなければなりません。
特例措置では雇用確保要件が弾力化されていますが、何もしなくてもよいわけではありません。雇用を維持できなかった理由の報告や、認定支援機関の指導助言が求められる場合があります。制度を使う前に、承継後5年程度の資金繰り、人員計画、設備投資計画を見ておくと安心です。
除外合意は株式を遺留分計算から外す仕組み
除外合意とは、後継者が先代経営者から贈与を受けた非上場株式などについて、遺留分を計算する財産から外す合意です。これにより、将来の相続時に、後継者が受け取った株式を理由として多額の金銭請求を受けるリスクを抑えやすくなります。
自社株式は、経営権そのものです。相続争いの中で株式が分散すると、重要な意思決定がしにくくなります。後継者が代表になっても、株主総会で必要な議決権を確保できなければ、実務上は不安定です。
固定合意とは、遺留分を計算するときの株式価値を、合意時点の価額に固定する仕組みです。後継者が努力して会社の価値を高めた場合でも、その上昇分まで遺留分の対象になると、後継者にとって不公平に感じられることがあります。
固定合意を使えば、後継者の経営努力による価値上昇分について、相続時の金銭請求リスクを抑えやすくなります。将来成長が見込まれる会社ほど、検討価値があります。
民法特例を使うには、推定相続人など関係者全員の合意が前提になります。制度上の書類だけを整えても、感情面で納得が得られなければ進みません。
後継者に株式を集中させる理由、後継者以外の相続人への代替財産、役員報酬や退職金の考え方、先代経営者の生活資金をどうするか。こうした点を早めに説明することが重要です。M&A実務でも、親族株主の同意が得られず交渉が止まることがあります。
遺留分に関する民法特例は、単なる家族間の合意だけでは足りません。中小企業庁の確認や家庭裁判所の許可など、所定の手続が必要です。会社の経営を承継する場合と、個人事業を承継する場合では要件も異なります。
この制度は、相続が発生してから慌てて使うものではありません。生前に株式や事業用資産をどう移すか、誰に説明するか、どのタイミングで合意するかを決めておく必要があります。
承継の準備というと、後継者や税金の話に集中しがちです。しかし、実際の現場では資金調達と株主整理で時間を取られることがあります。ここを後回しにすると、親族内承継でもM&Aでも選択肢が狭くなります。
経営承継円滑化法の金融支援では、事業承継の際に必要となる資金について、融資や信用保証の特例を受けられる可能性があります。代表者個人が株式を買い取る資金、会社が事業用資産を取得する資金、承継後の運転資金などが検討対象になります。
ただし、認定を受ければ必ず融資が実行されるわけではありません。金融機関や信用保証協会の審査は別にあります。返済原資、事業計画、承継後の管理体制を説明できることが大切です。
M&Aや親族外承継では、買い手企業や後継者側が資金を調達する必要があります。売り手である現経営者が「いくらで譲りたいか」を考えるだけでなく、買い手側がその価格をどう支払うかも重要です。
価格が妥当でも、資金調達が難しければ交渉は進みません。承継資金の融資、信用保証、自己資金、役員借入金の整理を含めて、早めに資金計画を作る必要があります。
所在不明株主とは、株主名簿に名前はあるものの、長期間連絡が取れない株主です。中小企業では、創業時の親族や知人が少数株式を持ったままになっているケースがあります。昔の増資や相続を経て、誰が実際の株主なのか分かりにくくなっていることもあります。
会社法上、所在不明株主の株式を処分するには、通常、一定期間の通知が到達しないことなどが必要です。経営承継円滑化法の会社法特例を使うと、一定の認定や手続を前提に、その期間を短縮できる可能性があります。
買い手企業は、買収後に安定して経営できるかを重視します。所在不明株主や反対株主が残っている場合、重要事項の決議、配当、組織再編、将来の再売却に不安が残ります。
そのため、株式が整理されていない会社は、譲渡価格が下がる、条件が厳しくなる、または買い手候補が撤退することがあります。会社売却を考えるなら、売却活動を始める前に株主名簿、株券発行の有無、相続未了株式、名義株の可能性を点検しておくべきです。
事業承継・引継ぎ補助金、事業承継・引継ぎ支援センター、事業承継ファンド、経営資源集約化税制なども、承継実務で名前が出る制度です。ただし、これらは経営承継円滑化法そのものの支援と完全に同じではありません。
補助金は専門家費用や経営革新に使える場合があります。支援センターは公的な相談窓口として、後継者探しや第三者承継の初期相談に役立ちます。ファンドは、従業員承継や一時的な資本支援で選択肢になることがあります。経営資源集約化税制は、M&A後の設備投資や再編と関係します。
補助金や融資から考えると、「使えそうな制度を探す」作業になりがちです。しかし、制度は手段です。親族に継がせるのか、従業員に任せるのか、M&Aで外部に託すのか。方針によって使う制度は変わります。
経営者にとって大切なのは、会社をどう残したいかです。そのうえで、税制、金融、法務、M&A支援を組み合わせる順番を決めると、無駄な手続を避けやすくなります。
経営承継円滑化法は有効な制度ですが、使い方を誤ると、かえって承継計画が複雑になります。特に、期限、要件、家族関係、M&Aの出口を見落とすと、後から修正しにくくなります。
税制支援、金融支援、所在不明株主に関する会社法特例は、主に都道府県知事の認定が関係します。一方、遺留分に関する民法特例は中小企業庁の確認が関係します。さらに、税務申告は税務署、遺留分特例では家庭裁判所の許可も必要になります。
つまり、1つの窓口ですべて完了する制度ではありません。ここを誤解すると、必要な時期に必要な書類がそろわず、期限に間に合わないことがあります。
事業承継税制の準備が進んでも、後継者以外の相続人が納得していなければ、承継後に争いが残ることがあります。相続税の納税猶予と、遺留分の金銭請求は別の問題です。
後継者に株式を渡す理由を説明しないまま手続を進めると、「なぜ自分だけ少ないのか」という不満が残ります。家族の感情は、申請書では解決しません。相続財産全体、退職金、生命保険、役員報酬なども含めて、全体の公平感を考えることが必要です。
後継者にいったん株式を承継した後、数年以内にM&Aを検討する可能性がある会社もあります。市場環境の変化、後継者の健康問題、主要取引先の再編などにより、当初の計画が変わることはあります。
その場合、事業承継税制の継続要件や猶予税額の扱いを確認しないまま売却交渉を進めると、最終的な手取り額が想定とずれます。会社売却を完全に否定しないなら、税制を使う段階で「将来M&Aになった場合」を試算しておくと安全です。
買い手企業の立場では、対象会社が事業承継税制を利用しているか、猶予税額が残っているか、株主に相続リスクがないかを確認します。税務・法務のリスクが整理されていないと、デューデリジェンスで追加資料を求められ、交渉が長引くことがあります。
売り手の経営者にとっては、早めに制度利用状況を整理しておくことが、信頼される売却準備にもなります。
経営承継円滑化法は、税務、会計、法務、金融、M&Aが重なります。税金だけ、補助金だけ、相続だけを見ても、承継全体の答えは出ません。
相談先を選ぶ際は、次の点を確認するとよいでしょう。自社株式の評価ができるか。相続人間の調整を見越した提案ができるか。金融機関対応を考えられるか。M&Aを選ぶ場合の譲渡価格や手取り額まで見られるか。これらを総合して判断することが、経営者の負担を減らします。
経営承継円滑化法は、税金の猶予だけでなく、資金調達、遺留分、所在不明株主への対応を通じて事業承継を支える制度です。親族内承継、従業員承継、M&Aでは使う支援と注意点が異なります。期限や要件を確認し、自社株式、相続人、資金繰り、将来の出口を早めに整理することが、納得できる承継につながります。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人