M&AとTOBを徹底理解で経営権取得の実務を事例で学ぶ
M&AとTOBはどう違い、経営権取得にどう役立つのでしょうか。結論から言えばTOBは証券取引所を通さず短期で大量の株式を取得し、透明性を保ちながら経営権を握る強力な手法です。本稿では目的・手続からLBOやMBOとの違いまで、実務家目線で分かりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:企業買収(買収プレミアム)
TOB(Take Over Bid)は、発行済株式を短期間で大量に取得し、経営権を握るために用いられる公開買付制度です。譲受企業は証券取引所を経由せず、価格・期間・株数を公告して不特定多数の株主に株式の売却を呼び掛けます。これにより市場での大口買付による株価急騰(マーケットインパクト)を抑制し、買付コストを安定させられます。
TOBには次の3つの特徴があります。
譲受企業は経営権の取得、子会社化、非上場化、自社株集中など多彩な目的でTOBを活用します。特に過半数超の株式を取得すれば株主総会の普通決議を単独可決でき、3分の1超で特別決議を拒否できるため、ガバナンス確立に直結します。
証券取引市場内での大量注文は株価を押し上げ、想定より高い買付コストを招きます。TOBであれば公告価格での取得が可能になりコストを管理できます。また公開買付届出書による詳細開示で株主の公平性も担保されます。
LBO(Leveraged Buyout)は買収対象の資産や将来キャッシュフローを担保に借入を行い、レバレッジを利かせて買収資金を調達する手法です。
資金源
LBOは高い借入比率が前提ですが、TOBは自己資金・増資・借入など柔軟に組み合わせられます。
リスク
借入比率が高いほど財務リスクは上昇し、利払い負担が重くなります。TOB単独では資金構成によりリスクが変動します。
目的・規模
LBOは企業価値向上による投資リターン狙いが中心で比較的小規模案件向き、TOBは上場大企業にも適用され経営権取得や事業シナジー創出を視野に入れます。
なお、TOBの資金調達にLBOを併用するケースもあり、その場合は両者の特性が混在します。
MBO(Management Buy Out)は現経営陣が自社株を取得し、外部株主から独立して経営を継続するための手法です。
買収主体
MBOは経営陣自身、TOBは外部企業や投資家も含め幅広い主体が実施可能。
目的
MBOは事業承継や非上場化による長期経営などが中心。一方TOBは経営権取得、子会社化、シナジー創出など多目的。
規制
上場会社でMBOを行う場合もTOB規制があり、公開買付形式で実施するのが一般的です。
結果として「経営陣が主体のTOB」という形で両者が組み合わさる事例も多く見られます。
大量保有による市場への影響と株主保護を目的に、金融商品取引法では一定割合を超える株式取得にTOBを義務付けています。
取得後に保有割合が5%以上になる場合、または取得後の所有割合が5%を超える場合にはTOB手続が必要です。これにより早期の情報開示と市場の透明性が確保されます。
取得後の所有割合が発行済株式の3分の1超となる場合もTOBが必要です。株主総会の特別決議拒否権を獲得する水準であるため、株主平等と取引の公正を担保する狙いがあります。10名以下の株主からの取得や特定大株主との相対取引など一部例外も定められています。
TOBが選ばれる4つの主な目的
TOB実施の3つのメリット(譲受企業視点)
TOBの主なデメリット(譲受企業視点)
譲渡企業(対象会社)のメリット
譲渡企業のデメリット
LBOに潜むリスクとTOB併用時の留意点
金利上昇局面では返済負担が経営を圧迫します。買付下限未達リスクに備えた代替資金枠やコベナンツ設定が重要です。
MBOでTOBを活用する理由
市場株価の急騰を避け、迅速に株式を取得するためにTOB形式が採用されます。投資ファンドとの協働でガバナンス強化も図れます。
5%ルール・1/3ルールの歴史的背景
1997年の法改正で5%ルールが導入され、2006年に1/3ルールが整備されました。
ここまでの要点
TOBは公開性・迅速性・公平性を兼ね備えた経営権取得手段であり、LBOやMBOと組み合わせることで多様な目的に対応できます。一方でプレミアム負担や統合リスク、レバレッジリスクなど複数のデメリットも存在するため、税務・法務・財務の専門家と連携し、適切なスキーム設計と情報開示を行うことが成功の鍵となります。次章では取締役会の同意有無による友好的TOBと敵対的TOBの違い、さらに具体的な買収防衛策について詳しく解説します。準備が整ったら専門チームを組成し、ステークホルダーとの丁寧な対話を通じて成功率を高めましょう。
上場企業を対象とするTOBは、取締役会の同意があるかどうかで友好的TOBと敵対的TOBに分かれます。両者は最終目的が同じでも、進め方や成功確率、ステークホルダー対応に大きな差が生じるため、違いを正確に理解することが重要です。
友好的TOBでは、買収者が事前に対象会社の取締役会と協議し、買付価格や統合後の方針について合意を形成してから公告を行います。取締役会が賛同を表明するため、株主は安心して応募を検討しやすく、買収後の統合作業も比較的スムーズです。グループ企業の完全子会社化や事業再編が主目的となるケースが多く、買収コストも企業文化の調整コストも抑えられる傾向があります。
敵対的TOBは、買収者が対象会社に通知・交渉することなく、あるいは交渉が不調に終わった状態で公告を行います。対象会社はポイズンピルやホワイトナイトなど多様な防衛策を発動し得るため、買収成功率は低下し、期間とコストが膨らみやすい点が特徴です。成功した場合でも従業員や取引先の信頼関係を再構築する労力が大きく、ブランド毀損リスクも伴います。
敵対的買収のリスクを低減するため、上場企業は事前警告型・事後対抗型を組み合わせた複数の防衛策を準備します。ここでは参考に挙げられている代表的な4類型を整理します。
取締役会が新株予約権を既存株主に無償割当することで買収者の持株比率を下げる仕組みです。議決権20%超の大量取得が発生した場合に発動するといった条件付きで導入される例が目立ちます。もっとも株数増加による株価下落や株主平等原則違反のリスクがあるため、事前の丁寧な説明が欠かせません。
敵対的TOBが始まった後でも、対象会社が信頼できる第三者へ株式取得を要請し、買収意欲の低下を図る手法です。2021年の東京機械製作所に対する事例では読売新聞社などがホワイトナイトとなり、防衛に成功しました。買収提案が突如公表された場合でも迅速に防衛網を張れる点が強みです。
買収を仕掛けられた側が逆に買収者へのTOBを仕掛けて主導権を奪うという攻守逆転の戦略です。フランスの石油業界で1999年に用いられた例が知られていますが、日本では発動事例が多くありません。資金力と株価水準が逆転しやすい場合に選択肢となります。
対象企業が高収益事業や価値の高い資産を売却することで、買収による経済合理性自体を薄め、敵対的買収者のインセンティブを削ぐ方法です。2005年のニッポン放送争奪戦で言及された事例が有名です。優良資産を同一企業グループ内へ移転することで買収者の想定キャッシュフローが減少し、TOB継続の意欲を下げる狙いがあります。
近年は市場価格よりも低い価格で株式を取得するディスカウントTOBも増えています。主として売主側が大量株式を確実に処分したい場合や、持株比率を調整しつつマーケットインパクトを回避したい場合に選択されます。買付上限を超える応募リスクを抑えるため、あえて応募魅力の低い価格を設定する点が特徴です。
ディスカウントTOBの典型ユースケース
ディスカウントTOBは友好的な枠組みで用いられるため、手続自体は通常のTOBと同じですが、株主平等の観点から説明責任が特に重くなります。
TOBの法定プロセスは大枠を押さえれば難しくありませんが、各ステップでの情報開示と期限管理が大切です。以下では6つの主要局面を時系列に整理します。
買付者は公開買付期間・価格・予定株数など基本条件を公告し、市場に意向を明示します。ここが株主との最初の接点となるため、公告文の分かりやすさと信頼感が後続ステップの応募率を左右します。
公告後ただちに内閣総理大臣へ届出書を提出し、買付資金の内訳や企業再編の目的など詳細を開示します。この届出書は金融商品取引法に基づき、電子提供措置を通じて一般株主も閲覧可能です。
対象会社は10営業日以内に賛同・反対の結論および根拠をまとめた意見表明報告書を提出します。ここでの取締役会のメッセージが応募株主の意思決定に強く影響するため、情報の網羅性と合理性が必須です。
意見表明報告書に質問が含まれる場合、買付者は5営業日以内に回答を提出し、関係者へ配布します。透明性を担保しつつ誤解を防ぐことで、手続の円滑化を図ります。
株主は公告で示された期間内に応募の意思を示し、下限株数に満たない場合、買付者はすべてを買わないことも可能です。成立後は対価を払い込み、株式移転が完了します。
買付終了後に応募株式数などを公表し、公開買付報告書を提出した時点でTOBは正式に完了します。書類提出後は統合フェーズへ移行し、シナジー実現ロードマップに沿ったPMI(Post Merger Integration)が始動します。
2024年6月、永谷園ホールディングスは丸の内キャピタルと連携し、経営陣参加型MBOを実施しました。本事例は国内需要の伸び悩みや原材料コスト高への対応策として「非上場化で経営判断を迅速化する」ことを狙いとしています。
本件はMBOとTOBを組み合わせた非上場化モデルの好例であり、成熟市場で成長機会を再構築する手法として注目されています。
買収資金の大半を借入に依存すると返済負担が重くなるため、自己資本比率やDSCRを事前にシミュレーションし、金利上昇ストレスを織り込む必要があります。
シナジーは計画だけでなく実現スピードが企業価値を左右します。統合後100日間で権限移譲・組織再編・KPI設定を終えるロードマップを描くことが推奨されます。
敵対的でなくても株価変動や従業員不安は避けられません。FAQの準備、説明会の開催、取引先レターの配布など多角的な対話が重要です。
TOBは買い手と売り手の双方に明確な利点がある反面、取引コストや統合リスクといった負の側面も無視できません。ここでは参考情報を基に、視点別にポイントを整理します。
TOBは証券取引所を通さず大量株式を短期取得し、経営権確立や子会社化、非上場化を可能にする公開買付手法です。友好・敵対の違い、5%ルールと1/3ルール、MBO・LBO併用、買収防衛策、永谷園事例などを理解し、資金調達と統合計画を万全にすることが成功の鍵となります。準備と情報開示が重要です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画