JTのM&A戦略で学ぶグローバル展開と多角化の軌跡とを解説
JTのM&A戦略とは、国内たばこ市場の縮小に対応しながら世界へ活路を切り開いた挑戦です。本記事では、JTの事例やクロスボーダーM&Aのポイントを踏まえ、グローバル戦略と多角化の全容をわかりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:企業買収(海外M&A)
JT(日本たばこ産業株式会社)は、たばこの開発・製造・販売を中心とする企業です。1985年に日本専売公社のたばこ事業を継承する形で設立されました。設立根拠は「日本たばこ産業株式会社法」に基づき、現在でも財務省が株式の約3分の1を保有している特殊会社です。
JTは当初から医薬品や食品分野への進出に積極的で、これらの新規事業を加えることで国内外における成長を目指しました。とりわけ医薬品や食品事業への注力は、国内たばこ市場が縮小するリスクを見据えた多角化戦略の一環とされています。
JTの歴史を振り返ると、1985年に日本専売公社のたばこ部門を引き継ぎ、同時に事業開発本部を設立しました。1988年に「JT」という呼称を導入し、企業イメージを一新した点も特徴的です。設立後のわずか5年ほどで医薬品や食品事業部を立ち上げたことから、たばこ市場への依存を減らしながら収益源を広げる土台を早期に築いてきたといえます。
日本国内のたばこ市場は、健康志向や禁煙の推進、法規制の強化などにより縮小傾向が続いています。そのためJTは、海外での事業展開を加速させるためにM&Aを積極活用しました。特に海外企業との大型M&Aは、限られた国内市場を補う重要な成長戦略として位置づけられています。
クロスボーダーM&Aとは、国境を越えて企業を譲り受けたり譲り渡したりするM&Aのことです。すなわち、一方が海外企業の場合、あるいは両社が異なる国の企業同士の場合に行われる取引を指します。JTが進める海外企業の買収は、このクロスボーダーM&Aに該当します。
クロスボーダーM&Aで用いられる代表的な手法としては、株式譲渡、事業譲渡、三角合併、LBO(Leveraged Buyout)などが挙げられます。いずれも国内企業同士のM&Aで採用される手法と重なる面はありますが、海外企業を対象とする点が大きく異なります。
株式譲渡
株主から株式を譲受企業へ譲渡する手法。手続が比較的シンプル。
事業譲渡
会社の一部または全部の事業を切り離し、第三者へ譲り渡す手法。不要な負債を引き継がずに済む利点がある。
三角合併
子会社を利用して合併し、消滅会社の株主に親会社株式を対価として交付する手法。海外大手企業が大金を用意せず日本企業を買収できるケースなどで活用される。
LBO
譲受企業が対象会社の資産や収益力を担保に資金を借り入れて買収を行う手法。小さな自己資本でも大型買収が可能になるが、事業計画が不調の場合は多額の債務リスクを負う。
日本の市場は少子高齢化や法規制などの影響を受け、長期的な成長が見込みにくい状況にあります。そこで国内企業が海外企業とのM&Aを行うことで、海外の大きな市場や高度な技術、既存の流通チャネルなどを取り込み、収益を拡大できる点が魅力です。JTの場合も、海外たばこメーカーのブランドや販売網を得ることで、国内市場縮小のハンデを埋める戦略を選択しています。
JTが積極的にM&Aを実施する背景には、グローバルな競争環境への対応と国内市場の縮小という二つの大きな要因があります。
たばこ業界は世界的に巨大企業がひしめく市場です。JT単独では海外大手企業と対等に競争するのは容易ではありません。そこでM&Aによって、既存の海外ブランド、流通システム、現地企業のノウハウを一挙に取り込むことを重視しました。1999年にRJRナビスコ社の海外たばこ事業を取得したのは、その典型例といえます。
日本国内では健康意識の高まりや禁煙対策の強化が進み、たばこ需要は減少傾向です。そこでJTは海外企業とのM&Aによって、特に新興国市場への参入を果たしました。ブラジル、スーダン、エジプト、ドミニカ共和国など多くの国での買収を通じて、海外売上を伸ばすことで国内の落ち込みを補っています。
JTは、たばこ市場だけでなく医薬品や食品分野も含め、多数の企業を譲受して事業を拡大してきました。ここでは、特に重要なクロスボーダーM&Aを中心に、主な事例を紹介します。
2007年に実施されたギャラハー社の譲受は、JTのグローバル展開の大きな転機です。譲受総額は約2兆2,530億円に上り、JTの海外売上と市場認知を飛躍的に高めました。これにより、ヨーロッパや中東など多くのエリアへの参入が一気に加速し、世界3位のたばこメーカーという地位を確立する礎となりました。
2011年、JTはスーダン市場で80%超の圧倒的シェアを誇るハガーシガレット&タバコファクトリーを譲受しました。南北スーダンという特殊な市場環境で高い競争力を持つ企業を取り込むことで、JTは成長が見込まれる新興国市場への足がかりを確保しました。国内市場では期待できない売上増を海外で補う戦略が、ここでも顕在化したといえます。
2013年、JTはエジプトの水たばこメーカー・ナハラ社を譲受しました。水たばこは北アフリカや中東地域を中心に強い需要があり、JTはこの市場に参入することで事業ポートフォリオをさらに拡大しました。新たな製品セグメントを獲得し、多角化戦略を深める一手となりました。
2016年、JTはフラクソ社を譲受し、南米最大級の国であるブラジルにおける事業基盤を強化しました。JTは2014年時点ではブラジルで1%未満のシェアしかありませんでしたが、この譲受によって現地流通網やマーケティング力を一挙に拡充し、シェア拡大への大きな一歩を踏み出しました。
同じく2016年に行われたラ・タバカレラ社の譲受は、中南米での販路拡大を狙う戦略的M&Aです。今後需要増加が見込まれる地域に先行投資することで、JTブランドを国際市場で定着させる狙いがあります。
2016年、JTはレイノルズ・アメリカン社の手掛ける「ナチュラル・アメリカン・スピリット」の米国外事業を約6,000億円で譲り受けました。これにより、市場の幅を一気に広げつつ、新たなブランド価値を取り込むことが可能となりました。短期間で売上増やブランド認知を得る、クロスボーダーM&Aの典型的成功パターンといえます。
2017年、JTはフィリピン市場で約23%のシェアを持つマイティー・コーポレーションを譲受し、製造設備や流通販売網、知的財産権を獲得しました。成長が期待される東南アジアでの基盤を大きく広げた事例として注目されています。
2017年には、世界第2位のたばこ市場といわれるインドネシアのカリヤディビア・マハディカ社および関連企業のスーリヤ・ムスティカ・ヌサンタラ社を譲受しました。インドネシア特有の「クレテックたばこ」に参入することで、JTは製品ラインアップのさらなる拡大と市場シェアの向上を狙いました。
JTは2016年と2017年の2段階で、エチオピアにおけるナショナル・タバコ・エンタープライズを子会社化しています。今後の人口増加や経済成長が期待されるアフリカ市場で早期に足場を築くことで、中長期的な拡大を視野に入れた戦略です。
2018年には約1,900億円でドンスコイ・タバック社を譲受し、ロシア市場でのシェアを大幅に引き上げました。国内市場の不振を海外でカバーするJTの路線が引き続き継続している象徴的な取引といえます。
2018年にはバングラデシュのアキジグループのたばこ事業を譲受し、東南アジアでの影響力をさらに拡大しました。人口増の著しい地域へ進出することで、長期的な需要を取り込む狙いが明確に表れています。
JTは国内でも事業多角化の一環として、1998年に鳥居薬品の発行済株式の過半数を公開買付により取得しました。これによりJTは新薬の研究開発を担当し、鳥居薬品が医薬品の製造・販売を行う協業体制を構築しています。国内たばこ市場だけに依存しない、継続的収益基盤の強化が目的です。
食品分野の多角化としては、アメリカ企業の日本法人であるピルスベリージャパンを譲受し、本格的に食品加工分野へ進出しました。その後も旭化成工業の食品事業や加ト吉(現テーブルマーク)の譲受に発展し、JTの食品部門の確立につながりました。
上記の事例に見られるように、JTのM&A戦略は国内外を問わず積極的に展開されてきました。国内ではたばこ以外の事業を拡充し、海外では地域やブランドの違うたばこ会社を次々に取り込むことで、グローバル企業としての地位を高めています。
JTは海外企業とのM&Aを積極的に進める一方で、その背景となる独自の人材育成・採用方針を持っているとされています。M&A後の企業統合には、異なる文化や価値観を受け入れ、事業を軌道に乗せるための柔軟な組織づくりが不可欠です。
ここで注目されるのが、『JTの変人採用「成長を続ける人」の共通点はどこにあるのか』(KADOKAWA刊)という書籍に示されたJT独自の企業文化や人材戦略です。この書籍では、JTが「成長を続ける人」の共通要素として、従来の発想にとらわれない柔軟性や多様性を重視している点が強調されています。
異文化を受け入れ、海外企業との橋渡し役を担う人材の存在がなければ、いかに大規模なクロスボーダーM&Aを成立させても十分な成果は得にくいと考えられます。JTは事業戦略と人材戦略を連動させることで、海外でも通用する企業風土を育て、M&Aによる業務統合や現地化をスムーズに進めているといえます。
JTの戦略を学ぶことは、クロスボーダーM&Aを検討する企業にとって多くの示唆を与えてくれます。続いて、海外企業とのM&Aを成功させるためのポイントを、JTの事例や一般的な注意事項から整理します。
海外企業とのM&Aでは、文化や法制度、会計基準が日本と大きく異なります。したがって、対象企業の財務面や法的リスクを調査(デューデリジェンス)する際、現地の会計士・弁護士・税理士など専門家と連携し、あらゆる角度からリスクを洗い出すことが重要です。
M&Aは成約して終わりではありません。むしろ、譲受後のPMI(Post Merger Integration)が成功のカギを握ります。海外企業の場合、国ごとの文化や従業員の労働観、ビジネス習慣などが大きく異なるため、JTのように多様な人材を活用しながら統合プロセスを丁寧に進める必要があります。
クロスボーダーM&Aでは、現地の政治情勢や為替変動、規制変更など予期せぬリスクが発生する可能性があります。安定した経営を続けるために、複数国にリスクを分散させる戦略や、現地パートナーとの連携を強化する仕組みが求められます。JTの例でも、ブラジルやロシア、アフリカ諸国など、政治的・経済的リスクが高い地域へ挑戦する場合には周到な準備を重ねていると考えられます。
契約段階では、契約書の準拠法や所轄裁判所をどの国にするかを明確にし、万一交渉が破談となった場合の違約金(ブレークアップフィー)などを取り決めることがよくあります。日本の法制度がそのまま適用されないケースも多いため、現地法に詳しい専門家のサポートが不可欠です。
クロスボーダーM&Aでは、「海外企業のノウハウやブランドが欲しいのか」「単に新興国の巨大市場を取り込みたいのか」など、戦略の軸をはっきりさせる必要があります。JTの場合は、国内たばこ市場の縮小をカバーするため、短期間で海外に販売網を広げる明確な目的がありました。このように、自社が必要とする経営資源をどのように取得するかを設計し、そのうえで最適な企業を譲受する姿勢が重要です。
JTのM&Aについては、多くの成功事例が示されていますが、その具体的な戦略や企業文化をさらに掘り下げるために、以下の2冊が参考になります。
JT副社長が執筆したとされるこの書籍は、JTがどのようにして世界的企業へ成長したか、その裏側を実務的に学べる貴重な資料です。大規模なクロスボーダーM&Aの詳細が解説されており、日本企業が海外で戦うための手順や考え方を知る手掛かりとなります。
JTの採用・R&D部門の経験を持つ著者がまとめた書籍で、いわゆる「優秀な人材」だけでなく、多様性を受け入れた組織づくりに焦点を当てています。クロスボーダーM&Aでは異文化融合が大きなテーマとなりますが、人材戦略の面からJTがどう対応しているのかを理解できる一冊です。M&A後のPMIを円滑に行うために、どのように人材を登用しているかを学ぶことができるでしょう。
JTは国内たばこ市場の縮小に対応するため、海外企業とのクロスボーダーM&Aを積極的に進めてきました。数々の譲受事例により世界各地での販売網やブランドを獲得し、多角化による収益源の強化に成功しています。背景には、人材戦略と事業戦略を連携させる企業文化があり、これがM&A後の統合をスムーズにし、持続的な成長を支える要因となっています。JTの事例から学ぶことで、グローバル展開を目指す日本企業が、海外市場で競争力を高めるための指針や具体的な視点を得られるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事