JTのM&A戦略について、その背景や主要な事例を詳しく解説します。グローバル展開と事業多角化を目指したJTの取り組みから、効果的なM&A戦略のヒントが得られます。
目次
JTは、日本国内でたばこの開発・製造・販売を主力事業とする企業です。特殊会社として「日本たばこ産業株式会社法」に基づいて設立され、財務省が株式の約3分の1を保有しているという特徴があります。たばこ事業だけでなく、医薬品や食品分野にも進出し、事業の多角化と海外展開を積極的に推進している点でも知られています。
JTの歴史は1985年に遡ります。この年、日本専売公社のたばこ事業を引き継ぐ形で日本たばこ産業株式会社が設立されました。設立と同時に事業開発本部を設置し、新規事業への展開を視野に入れていました。1988年には「JT」というコミュニケーション・ネームを導入し、より親しみやすいブランドイメージの構築を図りました。
設立から5年間で、JTは医薬品や食品の事業部を立ち上げ、事業の多角化を推進しました。特に1998年の鳥居薬品の買収は、医薬品分野への本格的な参入を示す重要な転換点となりました。
その後、JTは「クロスボーダーM&A」を活用してグローバル企業への成長を加速させます。1999年には、アメリカのRJRナビスコ社の国外たばこ事業を取得し、国際市場への足がかりを築きました。2007年には、イギリスのたばこメーカー、ギャラハー社の大型買収を実施し、グローバル市場での存在感を大きく高めました。
2009年以降も、JTは世界各国のたばこ会社を次々と買収し、ブラジル、スーダン、ベルギー、エジプトなど、多様な市場への展開を続けています。これらのM&A戦略により、JTは国内市場の限界を超え、グローバルな成長を実現しています。
▶目次ページ:企業買収(海外M&A)
JTが積極的にM&Aを実施する背景には、複数の戦略的理由があります。グローバル市場での競争力強化と、国内市場縮小への対応が主な要因となっています。
海外のたばこ市場には、すでに多くの巨大企業が参入しており、JTが単独で競争力を持つことは困難でした。そこでJTは、M&Aという手法を選択し、海外の有力なたばこブランド、確立されたバリューチェーン、そして経験豊富な人材の獲得を目指しました。これにより、短期間で世界市場での地位を確立し、競争力を高めることが可能となりました。
日本国内のたばこ市場は、健康意識の高まりや規制強化により縮小傾向にあります。この傾向は先進国全般に見られる現象であり、JTにとっては大きな課題となっていました。そこでJTは、M&Aを通じて海外での販売経路を拡大し、特に成長が期待できる新興国市場への展開を図りました。たばこの需要が依然として高い国々に進出することで、販売数の回復とブランドの定着を同時に達成することを目指しています。
このように、JTのM&A戦略は、グローバル市場での競争力強化と、縮小する国内市場からの脱却という二つの大きな目的を持っています。これらの戦略により、JTは国際的なたばこ企業としての地位を確立し、持続的な成長を実現しようとしています。
JTは、グローバル展開と事業多角化を目指し、数多くのM&Aを実施してきました。以下に、JTが実施した主要なM&A事例を紹介します。
2007年に実施されたギャラハー社の買収は、JTのM&A戦略の中でも特に注目される大型案件です。買収総額は約2兆2,530億円に上り、JTの国際的な競争力を大きく向上させました。この買収により、JTの主要市場数が増加し、グローバル市場での存在感が一気に高まりました。
2011年、JTは南北スーダンで事業を展開するハガーシガレット&タバコファクトリーの全株式を取得しました。同社はスーダン市場で80%を超える圧倒的なシェアを持っており、この買収によりJTは成長が見込める新興国市場への足がかりを得ることができました。
2013年、JTは水たばこの大手メーカーであるナハラ社を買収しました。エジプトを含む北アフリカや中東地域では水たばこの需要が高く、この買収によりJTは新たな市場セグメントへの参入を果たしました。
2016年に実施されたフラクソ社の買収は、JTのブラジル市場での存在感を大きく高めるきっかけとなりました。JTは2014年にブラジル市場に参入した際、シェアは1%未満でしたが、この買収により流通の強化、競争力向上、シェア拡大を実現しました。
同じく2016年、JTはドミニカ共和国のたばこメーカー、ラ・タバカレラ社を買収しました。この買収は、需要増加が期待される中南米地域への販路拡大を目的としており、JTブランドの確立を目指す戦略的な動きでした。
2016年、JTはレイノルズ・アメリカン社から「ナチュラル・アメリカン・スピリット」ブランドの米国外での事業を約6,000億円で譲り受けました。この大型案件により、JTは国際市場での売上増加を図りました。
2017年、JTはフィリピン市場で約23%のシェアを持つマイティー・コーポレーションの資産を取得しました。製造設備、流通販売網、知的財産権などを獲得し、東南アジアでの事業基盤強化を図りました。
2017年、JTはインドネシア特産の「クレテックたばこ」を製造するカリヤディビア・マハディカ社と、その流通販売を手掛けるスーリヤ・ムスティカ・ヌサンタラ社を買収しました。世界第2位のたばこ市場であるインドネシアでのシェア拡大と売上増加を目指す戦略的な買収でした。
JTは2016年と2017年の2段階で、ナショナル・タバコ・エンタープライズの株式を取得し、最終的に子会社化しました。市場拡大が期待されるエチオピアでの販売力強化を図るM&Aとして注目されました。
2018年、JTは約1,900億円でドンスコイ・タバック社を買収しました。この買収により、JTのロシア市場でのシェアを33%から40%に引き上げることを目指しました。
2018年、JTはバングラデシュのアキジグループのたばこ事業を買収しました。この買収は、東南アジアにおける事業基盤の強化を目的としており、バングラデシュ政府との良好な関係構築にも寄与しました。
1998年、JTは国内での多角化戦略の一環として、鳥居薬品の発行済株式の過半数を公開買付により取得しました。この買収により、JTは新薬の研究開発を担当し、鳥居薬品が医薬品の製造・販売を担当する体制を構築しました。
JTは、アメリカ企業の日本法人であるピルスベリージャパンの食品事業をM&Aで取得しました。この買収は、JTの食品加工分野への本格的な進出を示すものでした。その後、2007年には旭化成工業の食品事業、2008年には加ト吉(現テーブルマーク)の譲受へとつながり、JTの食品事業の基盤を強化しました。
これらの事例から、JTのM&A戦略が単にたばこ事業の拡大だけでなく、多角化戦略の一環として幅広い分野に及んでいることがわかります。国内外の様々な企業や事業を戦略的に買収することで、JTはグローバル企業としての地位を確立し、事業ポートフォリオの多様化を実現しています。
JTのM&A戦略について更に深く学びたい方には、以下の2冊の書籍がおすすめです。これらの書籍を通じて、JTのM&A戦略の詳細や、その背後にある企業文化について理解を深めることができます。
本書は、JTの副社長が執筆した貴重な書籍です。JTの海外M&Aの事例が詳細に記載されており、特に巨大M&Aにおける事業統合の舞台裏を知ることができます。JTがどのようにして世界的な企業へと成長したのか、その具体的な戦略と実行プロセスを学ぶことができます。
本書の特徴は以下の通りです。
1. JTの歴史とM&A戦略の全体像を把握できる
2. 大規模なクロスボーダーM&Aの実務的な側面を学べる
3. グローバル企業への飛躍を目指す日本企業にとって、貴重な教科書となる内容
この書籍は、JTの人材戦略に焦点を当てており、「成長を続けられる人」の条件をJT流に解説しています。著者はJTの採用やR&D(研究開発)を担当していた経験を持ち、その知見に基づいた説得力のある内容となっています。
本書の主な特徴は以下の通りです。
1. JTの独自の人材育成・採用戦略について詳しく知ることができる
2. 「成長を続ける人材」の共通点や特徴を学べる
3. JTの企業文化や組織の在り方について理解を深められる
これらの書籍を通じて、JTのM&A戦略だけでなく、その背後にある企業文化や人材戦略についても理解を深めることができます。JTの成功事例から学ぶことで、自社のM&A戦略や人材育成に活かせる知見を得ることができるでしょう。
JTは、国内たばこ市場の縮小に対応するため、積極的なM&A戦略を展開してきました。国内外の多様な企業を買収することで、グローバル市場での競争力を強化し、事業の多角化を実現しています。JTのM&A事例は、日本企業のグローバル展開の成功モデルとして、多くの示唆を与えています。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事