M&A成功率を高める戦略的アプローチ:失敗要因と対策

M&Aの成功率や失敗要因、成功率を上げるためのポイントを詳しく解説します。買収側と売却側それぞれの視点から、M&Aを成功に導くための重要なステップや注意点を紹介します。M&Aを検討している方は、ぜひ参考にしてください。

目次

  1. M&Aにおける成功の定義
  2. M&Aの成功確率は本当に36%なのか
  3. 買収側:M&Aの失敗要因
  4. 売却側:M&Aの失敗要因
  5. 買収側がM&Aの成功率を高めるためのポイント
  6. 売却側がM&Aの成功率を高めるためのポイント
  7. まとめ

M&Aにおける成功の定義

M&A(合併・買収)における「成功」の定義は、売却側(売り手)と買収側(買い手)で異なる点があります。それぞれの立場によって、M&Aの成功をどのように捉えるかが変わってくるのです。

売却側にとっての成功は、主に以下の2点が挙げられます:

1. 納得できる価格での譲渡

2. 譲渡後に取引先や従業員から否定的な評価を受けないこと

買収側にとっての成功は、より多岐にわたります:

1. 経営戦略において期待した効果を得られること

2. 新たな企業価値を創出すること

3. シナジー効果の実現

4. 投資回収の達成

このように、M&Aの成功は単に取引が成立したことだけでなく、その後の結果や影響も含めて評価されることが多いのです。特に買収側にとっては、長期的な視点での成果が重要となります。

売り手の成功率は高い傾向にある

売却側(売り手)にとってのM&Aの成功率は、一般的に高い傾向にあります。

その理由として、以下の点が挙げられます:

1. 譲渡条件に納得した上で成約に至る

2. 譲渡完了をもってM&Aのプロセスが終了する

売却側は、自社の価値や条件について納得できる内容で合意に至った場合にのみ契約を締結します。そのため、多くの場合において売却側はM&Aを成功と捉えることができるのです。

M&A支援体制の充実により成功率が上昇傾向

M&Aの成功率は、支援体制の充実化に伴い、上昇傾向にあります。この傾向の背景には以下のような要因があります

1. M&A仲介会社の増加

2. アドバイザリーサービスの充実

3. M&A関連の制度整備

1990年代後半から2000年代前半にかけては、M&A支援機関が少なく、適切なサポートを受けることが困難でした。そのため、当時のM&Aの成功率は現在より低かったと考えられます。

しかし、現在では以下のような変化が見られます:

1. M&A仲介会社の増加により、適切なマッチングが可能に

2. 専門的なアドバイスを受けやすい環境の整備

3. 前向きな目的によるM&Aの増加(例:事業拡大)

これらの要因により、M&Aの成功率は全体的に上昇傾向にあると言えます。ただし、M&Aは依然として複雑なプロセスであり、慎重な準備と実行が求められることに変わりはありません。

M&Aの成功確率は本当に36%なのか

M&Aの成功率についてよく引用される数字に、36%という値があります。この数字の出典は、2013年にデロイトトーマツコンサルティングが実施した調査結果です。しかし、この数字の解釈には注意が必要です。

調査の定義:

1. 「M&Aの目標達成率が80%を超えること」を成功と定義

2. 主に買収側(買い手)の視点からの評価

この調査結果から、「M&Aの成功確率は1/3」という俗説が生まれたと考えられます。しかし、以下の点に注意が必要です:

1. 調査時期が2013年と比較的古い

2. 成功の定義が厳しい(80%以上の目標達成)

3. 買収側の視点に偏っている

買収側にとってのM&Aは、単に契約が成立しただけでは成功とは言えません。買収後のシナジー効果の発現や、投資額を上回る成果の獲得が求められます。これらの条件を満たすことは容易ではありません。

したがって、36%という数字は一つの指標として参考にはなりますが、M&Aの成功率を完全に表しているわけではありません。実際の成功率は、M&Aの目的、規模、業界、実施時期などによって大きく異なる可能性があります。

買収側:M&Aの失敗要因

買収側(買い手)がM&Aで失敗するケースには、いくつかの共通した要因があります。これらの要因を理解し、適切に対処することが、M&Aの成功確率を高めるために重要です。

不十分なデューデリジェンス(買収監査・企業調査)

デューデリジェンスは、M&Aにおいて極めて重要なプロセスです。しかし、以下のような理由で不十分なデューデリジェンスが行われることがあります:

1. 時間的制約

2. コスト削減の圧力

3. 対象企業の情報開示の不足

不十分なデューデリジェンスは、以下のようなリスクを招く可能性があります:

1. 隠れた債務や法的リスクの見落とし

2. 財務状況の誤った評価

3. 事業の実態や市場環境の誤解

これらのリスクは、M&A後の統合プロセスや期待していた成果の実現を困難にする可能性があります。

過大な企業価値評価

買収側が対象企業の価値を過大評価してしまうことも、M&Aの失敗要因の一つです。過大評価は以下のような問題を引き起こす可能性があります:

1. 過剰な買収価格の支払い

2. 投資回収の長期化や困難化

3. 株主からの批判や信頼低下

過大評価を避けるためには、以下の点に注意が必要です:

1. 客観的な財務分析の実施

2. 市場環境や競合状況の詳細な調査

3. シナジー効果の慎重な見積もり

4. 第三者の専門家による評価の活用

特に、売上に関するシナジー効果については、楽観的な予測を避け、現実的な分析を行うことが重要です。

PMI(統合プロセス)の不適切な実施

PMI(Post Merger Integration)は、M&A成功の鍵を握る重要なプロセスです。しかし、多くの企業がこの段階で困難に直面します。

PMIの主な段階:

1. 経営統合

2. 業務統合

3. 意識統合

PMIの失敗によって起こりうる問題:

1. 期待したシナジー効果の未実現

2. 従業員のモチベーション低下や大量退職

3. 顧客や取引先との関係悪化

4. 企業文化の衝突

PMIを成功させるためのポイント:

1. 統合計画の早期策定と明確な目標設定

2. 効果的なコミュニケーション戦略の実施

3. 人材の適切な配置と育成

4. 文化の違いへの配慮と調和の促進

PMIの成否がM&A全体の成果を大きく左右するため、十分な準備と実行が求められます。

明確な経営戦略の欠如

M&Aを成功させるためには、明確な経営戦略が不可欠です。しかし、以下のような問題が見られることがあります:

1. M&Aの目的が不明確

2. 期待される成果の根拠が弱い

3. 長期的なビジョンの欠如

明確な戦略なしでM&Aを進めると、以下のようなリスクが生じる可能性があります:

1. 買収後の方向性の混乱

2. リソースの非効率な配分

3. 期待した成果の未達成

戦略を明確にするためのポイント:

1. M&Aの具体的な目的の設定(例:新規事業への進出、シェア拡大)

2. 定量的・定性的な分析の実施

3. 短期・中期・長期の目標設定

4. 買収後の統合計画との整合性確保

経営戦略に基づいたM&Aの実施により、成功の可能性を高めることができます。

クロスボーダーM&Aにおける高額化リスク

クロスボーダーM&A(国際間のM&A)は、国内のM&Aに比べて複雑で、高額化しやすい傾向があります。

クロスボーダーM&Aの特徴:

1. 異なる法制度や規制への対応が必要

2. 言語や文化の違いによるコミュニケーションの難しさ

3. 為替リスクの存在

高額化リスクの要因:

1. 競争の激化による買収価格の上昇

2. デューデリジェンスコストの増大

3. 法務・税務面での複雑な調整

日本企業の海外M&A成功率は、2013年のデロイトトーマツコンサルティングの調査によると36%とされていますが、実際にはさらに低い可能性があります。

クロスボーダーM&Aの成功率を高めるポイント:

1. 現地の文化や商慣習への深い理解

2. 適切な価格評価と交渉戦略の立案

3. 現地の専門家チームの活用

4. 慎重なデューデリジェンスの実施

5. 効果的なPMI(統合プロセス)の計画と実行

クロスボーダーM&Aは大きな機会をもたらす一方で、高いリスクも伴います。十分な準備と慎重な実行が求められます。

その他考慮すべき失敗要因

M&Aの失敗を避けるためには、上記の主要な要因以外にも、以下のような点に注意が必要です:

1. 債務の承継

 • 買収対象企業の債務をそのまま引き継ぐリスク

 • 対策:詳細なデューデリジェンスによる債務状況の把握

2. 人材の流出

 • 買収後に有望な人材が流出するリスク

 • 対策: 

  o 重要人材の特定と維持策の検討

  o 効果的なコミュニケーション戦略の実施

  o 魅力的な報酬・キャリアパッケージの提供

3. 技術や知的財産の評価ミス

 • 対象企業の技術力や知的財産の価値を誤って評価するリスク

 • 対策: 

  o 専門家による技術デューデリジェンスの実施

  o 特許ポートフォリオの詳細分析

  o 技術トレンドと市場ニーズの調査

4. 規制リスクの見落とし

 • 業界特有の規制や法令変更のリスクを見落とす可能性

 • 対策: 

  o 法務専門家との連携

  o 規制動向の継続的モニタリング

  o コンプライアンス体制の強化

5. 文化的統合の失敗

 • 企業文化の違いによる統合の難しさ

 • 対策: 

  o 文化デューデリジェンスの実施

  o 統合チームの早期立ち上げ

  o オープンなコミュニケーションの促進

これらの要因に適切に対処することで、M&Aの成功確率を高めることができます。

売却側:M&Aの失敗要因

売却側(売り手)にとってのM&Aも、様々な理由で失敗する可能性があります。主な失敗要因とその対策について解説します。

誠実さを欠いた対応

売却側が誠実さを欠く対応をとることは、M&Aの失敗につながる重大な要因です。

具体的な問題行動:

1. 重要な情報の隠蔽や虚偽の情報提供

2. 財務状況の粉飾

3. 契約条件の一方的な変更

これらの行動がもたらす結果:

1. 買収側との信頼関係の崩壊

2. 交渉の決裂や契約の取り消し

3. 法的問題への発展

対策:

1. 透明性の高い情報開示

2. 誠実な交渉姿勢の維持

3. 専門家のアドバイスに基づく適切な対応

社内外の調整の難しさ

M&Aの過程で、社内外の利害関係者との調整が難航することがあります。

主な調整が必要な対象:

1. 役員や株主

2. 従業員

3. 取引先や顧客

調整が難しい理由:

1. M&Aへの反対意見や不安の存在

2. 情報の取り扱いの難しさ(機密保持と透明性のバランス)

3. 各関係者の利害の不一致

対策:

1. 適切なタイミングでの説明と情報共有

2. 丁寧な合意形成プロセスの実施

3. 従業員や取引先への配慮を示す施策の検討

特に株主の同意が得られない場合、100%買収の実現は困難になります。

交渉中の業績悪化

M&Aの交渉は長期間に及ぶことがあり、その間に業績が悪化するリスクがあります。

業績悪化がM&Aに与える影響:

1. 企業価値の低下

2. 買収側の興味の減退

3. 交渉条件の見直しや交渉の決裂

対策:

1. 交渉中も通常の事業運営に注力

2. 定期的な業績報告と透明性の確保

3. 業績変動要因の明確な説明

4. 可能な限り早期のバイアウト(譲渡)完了

その他の注意すべき失敗要因

売却側が注意すべき追加の失敗要因には以下のようなものがあります:

1. 過度な譲歩

 • 買収側の要求に過度に応じることで、不利な条件で契約を締結するリスク

 • 対策: 

  o 専門家のアドバイスを受けながら適切な交渉

  o 自社の価値の客観的評価

  o 譲歩の限度を事前に設定

2. 機密情報の漏洩

 • M&Aプロセス中の重要情報の外部流出リスク

 • 対策: 

  o 厳格な情報管理体制の構築

  o 関係者との秘密保持契約の締結

  o 情報開示の段階的実施

3. 従業員のモチベーション低下

 • M&A情報の流出や不安による従業員の士気低下

 • 対策: 

  o 適切なタイミングでの情報共有

  o 従業員の不安に対する丁寧な対応

  o 継続的なコミュニケーションの実施

4. 取引先との関係悪化

 • M&Aに伴う取引条件の変更や不安による取引先との関係悪化

 • 対策: 

  o 主要取引先への事前説明

  o 取引継続の意思表示

  o 買収側との連携による円滑な移行計画の策定

5. 税務上の問題

 • M&Aに伴う税務リスクの見落とし

 • 対策: 

  o 税務専門家との早期相談

  o 適切な税務計画の立案

  o 買収側との税務リスクの適切な分担

これらの要因に適切に対処することで、売却側のM&A成功確率を高めることができます。

買収側がM&Aの成功率を高めるためのポイント

買収側(買い手)がM&Aの成功率を高めるためには、以下のポイントに注意を払う必要があります。

徹底したデューデリジェンス(買収監査・企業調査)の実施

デューデリジェンスは、M&Aの成功に不可欠なプロセスです。以下の点に注意して実施することが重要です:

1. 多面的な調査

 • 財務デューデリジェンス

 • 法務デューデリジェンス

 • 税務デューデリジェンス

 • 事業デューデリジェンス 

 • IT・システムデューデリジェンス

 • 人事・組織デューデリジェンス

 • 環境デューデリジェンス

2. 専門家の活用

 • 各分野の専門家チームの編成

 • 外部コンサルタントの活用

3. 十分な時間と予算の確保

 • 拙速な調査を避け、必要十分な時間を確保

 • コスト削減圧力に屈せず、適切な予算を確保

4. 重要なリスクの特定と対策立案

 • 発見されたリスクの重要度評価

 • リスク対策の検討と買収価格への反映

5. シナジー効果の慎重な評価

 • 過度に楽観的な見積もりを避ける

 • 実現可能性の高いシナジーに焦点を当てる

徹底したデューデリジェンスにより、潜在的なリスクを最小化し、M&Aの成功確率を高めることができます。

M&Aの目的の明確化

M&Aの目的を明確にすることは、成功率を高める上で極めて重要です。以下のステップを踏んで目的を明確化しましょう:

1. 自社の現状分析

 • 強み・弱みの把握

 • 市場での位置づけの理解

 • 成長戦略の検討

2. M&Aの具体的な目的設定 例:

 • 新規事業への進出

 • 市場シェアの拡大

 • 新たな技術や知的財産の獲得

 • 販路や顧客基盤の拡大

 • コスト削減やスケールメリットの実現

3. 目的達成のための具体的な指標設定

 • 定量的指標(売上高、利益率、市場シェアなど)

 • 定性的指標(ブランド力向上、技術革新など)

4. 時間軸の設定

 • 短期的な目標(1-2年)

 • 中期的な目標(3-5年)

 • 長期的な目標(5年以上)

5. 目的と企業価値評価の連動

 • 設定した目的に基づく適切な企業価値評価

 • シナジー効果の現実的な見積もり

6. 社内での目的の共有

 • 経営陣での合意形成

 • 関係部門への周知徹底

M&Aの目的を明確にすることで、以下のような効果が期待できます:

1. 適切な買収対象企業の選定

2. 交渉における優先順位の明確化

3. PMI(統合プロセス)の効果的な計画立案

4. 成果測定の基準の明確化

目的を明確にし、それに基づいて戦略的にM&Aを進めることで、成功の可能性を高めることができます。

売却側がM&Aの成功率を高めるためのポイント

売却側(売り手)がM&Aの成功率を高めるためには、以下のポイントに注意を払うことが重要です。

専門家への相談の活用

M&Aのプロセスは複雑で専門的な知識が必要となるため、専門家への相談は非常に重要です。以下の点に注意して専門家を活用しましょう:

1. 相談すべき専門家

 • M&A仲介会社

 • ファイナンシャル・アドバイザー

 • 戦略コンサルタント

 • 弁護士

 • 税理士・公認会計士

2. 専門家活用のメリット

 • 交渉の円滑化

 • 不利な契約条件の回避

 • 適切な企業価値評価の実施

 • 税務・法務リスクの最小化

 • 業界動向や市場価値の把握

3. 専門家の選定ポイント

 • M&A実績と経験

 • 対象業界への精通度

 • コミュニケーション能力

 • 費用対効果

4. 効果的な活用方法

 • 早期段階からの相談

 • 定期的な情報共有と進捗確認

 • 複数の専門家の意見の比較検討

多くの専門家が無料相談を受け付けているため、気軽に相談することから始めるのもよいでしょう。

買収側の意向の正確な把握

買収側の意向を正確に把握することは、M&Aを成功に導く重要な要素です。以下のポイントに注意しましょう:

1. 買収側の目的の理解

 • 事業拡大

 • 技術獲得

 • 市場参入

 • シナジー効果の創出

2. 買収側の予算や希望価格帯の把握

 • 予算の上限 

 • 価格決定の基準や方法

3. 買収後の経営方針の確認

 • 現経営陣の処遇

 • 従業員の雇用継続

 • ブランドや事業の継続性

4. デューデリジェンスへの対応

 • 必要書類の準備

 • 質問への迅速かつ正確な回答

5. 交渉におけるポイント

 • 譲歩可能な条件の事前検討

 • 譲歩できない条件の明確化

6. コミュニケーションの重要性

 • オープンで誠実なコミュニケーション

 • 定期的な情報共有と進捗確認

買収側の意向を正確に把握することで、以下のようなメリットがあります:

1. 交渉の円滑化

2. 適切な条件での合意形成

3. 取引成立の可能性向上

4. 買収後のトラブル回避

ただし、買収側に不利な情報であっても、事実と異なる情報を提示することは避けるべきです。誠実な対応が信頼関係の構築と取引の成功につながります。

まとめ

M&Aの成功率を高めるためには、買収側と売却側双方が慎重かつ戦略的にアプローチすることが重要です。デューデリジェンスの徹底、明確な目的設定、専門家の活用、相手方の意向の正確な把握など、様々な要素に注意を払う必要があります。また、誠実なコミュニケーションと透明性の確保が、信頼関係の構築と円滑な取引の実現に不可欠です。M&Aは複雑なプロセスですが、これらのポイントを押さえることで、成功の可能性を高めることができるでしょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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