M&Aの成功率を高める戦略的アプローチと失敗要因を解説
「M&A成功率は本当に低いのか?」その疑問に即答します。成功率が上昇する背景と失敗要因、戦略立案の手順を譲受企業・譲渡企業の視点から分かりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:第三者承継とは(M&Aの注意点・成功ポイント)
M&Aの「成功」とは、単に契約が成立した瞬間を指すのではなく、譲渡企業・譲受企業の双方が取引後に得る成果までを含めて評価する概念です。指標が複数存在するため曖昧になりがちですが、誰にとっての成功かを先に整理しておくと判断を誤りません。
譲渡企業が目指す成功はおおむね二点です。第一に、納得できる譲渡価格であること。第二に、取引後に従業員や取引先から否定的な評価を受けないことです。価格と評判、どちらかが欠けても「良い承継だった」とは言い切れず、両立が求められます。
譲受企業の場合は指標が多岐にわたります。経営戦略上の課題解決、新たな企業価値の創出、シナジー効果の実現、投資額の回収──いずれも達成して初めて「成功」と言えます。したがって成果を測る時間軸は中長期に及びます。
統計的に見ると譲渡企業の成功率は譲受企業より高い傾向にあります。譲渡企業は自社が納得した条件でのみ契約を締結し、譲渡完了をもってプロセスが終わるからです。
譲渡企業は条件に合意しなければ交渉を中断できます。また完了後の経営責任を負わないケースが多い点も成功率を押し上げる要因です。
近年は支援プレーヤーの増加と制度整備により、M&Aの成功率が全体として上昇しています。
1990年代後半には仲介会社が少なく適切なマッチングが困難でした。現在は多数の仲介会社やFAが存在し、業種・規模・地域を跨いだ成約事例が増加しています。
株式交換・会社分割など手法の選択肢が拡充され、事業拡大や成長投資を目的とする前向きなM&Aが増えたことも成功率底上げに寄与しています。
2013年のデロイトトーマツコンサルティング調査に基づく「成功確率36%」という数字は有名ですが、厳格な成功定義(目標達成率80%超)を採用した結果であり、現在の状況を正確に表すとは言えません。
調査は譲受企業目線で、しかもシナジー実現度を重視しています。制度・支援体制が未整備だった当時の環境を踏まえると、現在は数字以上に成功事例が増えていると考えられます。
成功率を押し下げる多くの要因は譲受企業側に集中します。以下では主な失敗要因と対策を整理します。
時間や費用を惜しむと、潜在債務・法的リスク・市場評価の誤認を見落とす恐れがあります。財務・税務・法務だけでなく、ITや環境まで多面的に調査し、重要リスクを価格や取引条件に反映させることが必要です。
シナジー効果を楽観視すると買収価格が膨らみ、回収期間が伸びて株主批判につながります。第三者評価を活用し、売上シナジーは控えめに見積もる姿勢が重要です。
PMI(Post Merger Integration)は経営・業務・意識の三層で早期に計画を立て、明確なゴールを共有することが欠かせません。統合が遅れると従業員のモチベーション低下や顧客離反を招きます。
M&Aの目的を曖昧にしたまま買収すると、資源配分が散漫になり期待成果が得られません。短・中・長期の目標を数値で示し、統合後の組織計画と整合させることでリスクを低減できます。
異なる法制度・文化・為替変動への対応が必要なため、想定外のコストが発生しがちです。現地専門家を活用し、文化デューデリジェンスと為替ヘッジを組み合わせてリスクを最小化しましょう。
M&Aの複雑さは主要リスクだけでは収まりません。ここでは譲受企業が軽視しやすい五つの追加リスクと対策を整理します。
買収対象が抱える融資や保証債務を正確に把握せずに譲受すると、予定外の資金流出が生じます。財務・法務両面で負債契約を洗い出し、必要に応じて買収価格や表明保証条項に反映させましょう。
買収後に優秀な人材が離脱すると、期待した技術やネットワークが失われシナジーが縮小します。賞与連動株式や残留インセンティブ契約を設け、オープンな対話で不安を沈静化することが有効です。
技術・特許の価値を過小評価すると投資判断を誤り、過大評価すると減損リスクを抱えます。技術デューデリジェンスで特許ポートフォリオを精査し、市場ニーズと照合して適正価値を導きましょう。
業界ごとに監督官庁の指針や法改正が頻繁に生じます。法務専門家と協働し、将来の規制コストを経済価値計算に組み込むことで想定外損失を抑制できます。
企業文化の衝突は従業員の士気低下や顧客離反に直結します。統合チームを早期に立ち上げ、経営理念や評価制度を共有し、ワークショップで相互理解を促進しましょう。
譲渡企業にも落とし穴は存在します。典型的な失敗と具体的な防止策を示します。
重要情報の隠蔽や虚偽説明は信頼を破壊し、損害賠償に発展しかねません。透明性の高い開示と専門家による事前レビューが不可欠です。
役員・株主・従業員・取引先への説明が後手になると反対意見が強まり交渉が長期化します。段階的な情報共有と説明責任を果たし納得感を醸成しましょう。
交渉が長引くほど市場環境は変動します。顧客維持策を徹底し、月次で財務データを更新してネガティブサプライズを防ぎましょう。
大幅な値下げや不利な表明保証に同意すると譲渡益が減少します。譲歩可能ラインを事前設定し専門家とシミュレーションして防衛線を確立してください。
秘密保持契約を徹底し閲覧権限を限定するとリークリスクを抑制できます。情報開示はフェーズごとに小分けしアクセスログを記録しましょう。
譲受企業が成功を手繰り寄せる具体策を整理します。
多面的調査を行い、発見リスクを価格と条件に反映させることが鉄則です。時間と予算は戦略的投資と考えましょう。
市場分析を起点に具体的目的と数値目標を定めます。目的が共有されればPMIの優先順位も明確になります。
取引締結前から経営・業務・文化の統合作業計画を策定しDay1から動ける体制を整えます。
FA・弁護士・税理士・コンサルタントを組み合わせ、価格評価とリスクヘッジを多角的に行いましょう。
譲渡企業が有利に着地するには以下の二点が鍵です。
仲介会社や税理士に早期相談することで適正価格やスキーム提案を受けられます。無料相談を活用し複数意見を比較検討しましょう。
買収目的・価格帯・雇用方針などを詳細に確認し譲れない条件を整理したうえで交渉します。迅速なデューデリジェンス対応が信頼を高めます。
戦略は計画フェーズから統合フェーズを貫く羅針盤です。目的を最後までぶらさず、リスクシナリオを想定し、専門家の知恵を取り入れる三つの姿勢が肝要です。
手段と目的を取り違えないよう、初期に定めたゴールを社内で共有しブレない軸としましょう。
楽観・中立・悲観の三通りで財務シミュレーションを行い、耐性をチェックします。
第三者の視点は情報の偏りを矯正し交渉力を補完します。
フレームワークは現状分析と選択肢評価を体系化する道具箱です。自社の状況や市場環境を整理し、最適な戦略を選ぶために活用しましょう。
バリューチェーン分析とは、自社の事業を工程ごとに分解し、どの段階でどのような価値が生み出されているかを可視化する手法です。具体的には以下のように事業を分解して収益を算定します。
原材料調達
購買コストや仕入先との連携
製造・加工
生産効率や品質管理
出荷・物流
配送コストとリードタイム
販売
チャネル別の利益率
サポート・サービス
アフターサービスの付加価値
どの工程に強みや改善余地があるかが明らかになり、コスト削減や収益拡大の具体策を導き出せます。
ポーターの競争戦略は、市場で優位性を築くための三つの基本戦略を示します。
どの戦略を選ぶかによって投資配分やM&Aの対象企業の選定基準が変わるため、自社の強みと市場環境を照らして選択しましょう。
アンゾフ成長マトリックスは、市場と製品の二軸で成長戦略を整理するフレームワークです。以下の四つの象限から最適な戦略を検討します。
既存製品 新規製品
既存市場 市場浸透戦略 新製品開発戦略
新規市場 新市場開拓戦略 多角化戦略
このマトリックスを用いて、自社のリスク許容度とリターン期待値を客観的に比較し、どの軸で勝負するか明確にします。
シナリオプランニングでは、為替・金利・規制・技術革新など外部要因の変動を想定し、複数の未来シナリオを検討します。
楽観シナリオ
好調市場・追い風規制下での成果
基本シナリオ
現状維持の延長線上の成果
悲観シナリオ
市場縮小やコスト増加
各シナリオごとに資金計画や統合方針を策定することで、最悪ケースでも事業継続力を確保できます。
M&Aプロセスを漏れなく推進するには、タスクと期限をリスト化し、定例会議で進捗をレビューすることが効果的です。
可視化されたチェックリストにより、遅延や抜け漏れを早期に発見し、迅速に対処できます。
PMIの最初の100日は統合の成否を左右します。以下の五分野を集中的に整備しましょう。
ガバナンス
統合後の組織体制と責任範囲
資金フロー
予実管理とキャッシュポジション
IT
システム統合とデータ移行
人事
評価制度・処遇の統一
ブランド
顧客向けコミュニケーション計画
このプランを事前に策定し、Day 1から実行できる体制を整えることが重要です。
買収後はのれんの減損リスクに備え、月次で主要KPIをモニタリングします。
異常値を検知した時点で原因分析を行い、速やかに改善策を実行できる仕組みを構築します。
統合後も透明性を保ち続けるために、以下を定期的に実施します。
月次経営会議
成果と課題の共有
タウンホール
従業員向け情報発信
ダッシュボード
週次での進捗レビュー
四半期イベント
文化醸成と帰属意識向上
継続的コミュニケーションにより関係者の理解と協力を維持し、離職や混乱を防ぎます。
M&A成功率を高めるには、譲受企業は多面的DDと統合計画、譲渡企業は誠実開示と意向把握を徹底し、目的を一貫させつつ専門家と連携して100日プランで初動を固めることが基本。支援体制やフレームワークでリスクを可視化し、現実的シナジーと投資回収を確実化しましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事