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自己株式とはなにか?企業価値向上と事業承継対策を解説

自己株式とは何か、と聞かれたらそれは企業が自社株を買い戻す仕組みです。本記事ではその目的、法改正の歴史、取得方法、会計・税務の実務を分かりやすく説明し、経営者が戦略的に活用するポイントを解説します。

目次

  1. 自己株式の定義と基本的な特徴
  2. 歴史的変遷と法改正のポイント
  3. 自己株式取得の目的と企業メリット
  4. 自己株式取得の手続と実務
  5. 会計処理と財務への影響
  6. 自己株式取得のリスクと注意点
  7. 中小企業が自己株式を戦略的に使うポイント
  8. 自己株式取得のデメリットと留意点
  9. 自己株式取得の手続方法詳細ガイド
  10. 税務処理とみなし配当の基礎知識
  11. 自己株式取得を成功させる実務チェックリスト
  12. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(増資

自己株式の定義と基本的な特徴

自己株式とは、企業が発行済株式を自らの資金で買い戻し、自己の資産として保有する株式を指します。株主名簿上の所有者が会社自身となるため、一般の株主と異なり議決権などの共益権は認められません。しかし配当などの自益権は企業内部に留まるため、実質的に外部への資金流出を抑えながら資本政策を柔軟に行える手段として注目されています。

自己株式は「金庫株」または英語で「Treasury stock」と呼ばれます。企業価値を高めたい局面や経営権を安定させたい場面で利用され、上場・非上場を問わず中小企業でも一般的な選択肢となりました。

自己株式とは企業が保有する自社株式

株式は本来、株主に議決権を与え経営に関与する権利を伴います。しかし会社が自社株を取得すると、その株式は会社に帰属し議決権を行使できません。結果として発行済株式総数は変わらないものの、実質的に有効な議決権株式数が減少し、既存株主の議決権比率が相対的に上昇します。これにより経営陣は支配権を維持しやすくなり、敵対的な譲受企業による支配を防ぐ効果も期待できます。

自己株式に議決権が認められない理由

議決権が認められると、会社が自らの意思で議決権行使を行い経営判断を独占するおそれがあります。これは株主平等の原則を損ない、債権者の利益を害する可能性があるため、会社法では議決権を付与しない仕組みが採られています。その一方で、配当等の経済的利益は社内にとどまるため、株主資本の効率的な活用につながります。

歴史的変遷と法改正のポイント

自己株式の取得は、かつて商法で原則禁止されていました。財産的基礎を守る目的で認められなかったのです。ところが1994年以降の改正で段階的に規制が緩和され、2001年には目的を限定せず取得できる「金庫株」が解禁されました。さらに2006年の会社法施行により、自己株式取得は会社法155条に抵触しない範囲で原則自由となり、現在では資本政策の中心的手段の一つとなっています。

1994年改正で従業員持株会向け取得が解禁

1994年改正では、利益による株式消却と従業員持株会への譲渡を目的とした自己株式取得が認められました。手続の簡素化により、企業はストックオプション制度導入前から従業員へのインセンティブ付与を検討できるようになりました。

1997年改正でストックオプション対応が可能に

1997年には、ストックオプション権利行使に備えた自己株式取得が解禁され、最長10年間保有できるようになりました。これにより成長企業が長期的な人材確保策として自己株式を活用する道が開けました。

2001年改正で金庫株を自由に取得・無期限保有

2001年改正は画期的でした。企業は特定目的を定めずとも自己株式を取得でき、保有期間の制限も撤廃されました。これにより自主的なM&A対価や資本政策に自己株式を充当できる柔軟性が急速に高まりました。上場企業では取得決議に関する適時開示義務が整備され、市場の透明性確保が図られています。

自己株式取得の目的と企業メリット

自己株式取得は、上場・非上場で目的が少し異なりますが、いずれも企業価値向上を目指す点で共通しています。以下では上場企業と非上場企業それぞれに焦点を当て、代表的なメリットを整理します。

上場企業が狙う株価対策と譲受企業戦略

・株価調整で1株当たり利益(EPS)が向上し、株式資本利益率も改善するため投資家評価が上がります。

・自己株式をM&Aの対価に用いれば、新株発行による希薄化を避けつつ譲受戦略を実行できます。

・議決権比率を維持し、敵対的譲受企業の影響を受けにくくする効果があります。

株価調整で1株利益を高め投資家にアピール

市場に流通する株式数が減少し、利益が分配される母数が小さくなるためEPSが上昇します。短期的に株価を底上げし、割安と判断される局面で経営陣が自信を示すメッセージにもなります。


M&A対価として現金不要で柔軟に譲受

自己株式を相手企業に渡すことで、現金を外部に支出せずに譲受を進められます。資金負担を抑えながら大型再編を実現でき、成長戦略の選択肢が大きく広がります。

非上場企業が活用する事業承継と株主集約

  • 後継者が株式取得資金を用意できない場合でも、会社が株式を買い取って自社保有し、承継資金の負担を軽減できます。
  • 分散した株主から自己株式を取得して議決権のない株式を増やし、経営者の持株比率を実質的に引き上げられます。
  • 従業員や役員への報酬として自己株式を付与し、長期的なモチベーション向上を図れます。

後継者の資金負担を抑えて円滑に承継

事業承継時に会社が自己株式を保有することで、後継者は売却代金を相続税の納税資金に充当できます。資金不足で突然承継が停滞するリスクを減らし、経営の連続性を確保できます。


株主集約で意思決定を迅速化

株式が拡散していると少数株主対応に手間がかかります。自己株式取得により株主数を絞り込めば、株主総会の準備や議決手続が簡素化され、迅速な経営判断が可能になります。

自己株式取得の手続と実務

自己株式を取得する際の具体的な方法は、企業の上場区分や株主構成により異なります。いずれの場合も、会社法と金融商品取引法に基づく手続を経て、公正かつ透明な取引を行う必要があります。

市場取引と公開買付は上場企業の代表的手法

上場企業は証券取引所を通じて市場取引で自己株式を取得できます。取締役会で取得上限株数と総額、期間を決議した上で、適時開示により投資家へ周知し取引を開始します。公開買付(TOB)の場合は、買付価格や期間を公告し、不特定多数の株主から株式を取得します。市場価格への急激な影響を抑えやすい方法として利用されます。

非上場企業は株主総会決議による相対取引が中心

非上場企業は証券市場がないため、株主との直接取引で自己株式を取得します。会社は株主総会で取得株数・対価・期間を決議し、各株主へ通知します。株主は会社に譲渡申込を行うだけで手続が完了し、個別の契約書は不要です。特定の株主から取得する場合は特別決議が必要となり、取得数超過時は按分処理を行います。

子会社からの取得は取締役会決議で完結

子会社に自社株が渡っているケースでは、親会社が子会社から自己株式を取得できます。この場合は取締役会決議のみで実行可能であり、迅速な資本関係の整理に適しています。

取得手数料やみなし配当に注意

取得時に金融機関へ支払う手数料は営業外費用に計上します。また株主から時価の半額以下で株式を取得すると、差額が受贈益扱いとなり課税対象になる点を忘れてはいけません。さらに利益積立金から払戻を行った場合は「みなし配当」として総合課税が適用され、税負担が増加する可能性があります。

会計処理と財務への影響

自己株式を取得すると貸借対照表の株主資本が減少しますが、損益計算書には直接影響しません。それでも資本効率や自己資本比率へは変化が生じるため、企業は財務バランスを慎重に検討する必要があります。

仕訳例で理解する基本処理

例として500株を1株1,000円で取得した場合、借方に自己株式500,000円、貸方に現金500,000円を計上します。取得手数料は別途借方に営業外費用として処理します。自己株式は純資産から控除されるため、自己資本の部が圧縮されます。

取得後の処分・消却で資本政策を最適化

自己株式は将来の譲受対価や従業員持株制度に利用できるほか、消却して発行済株式数を減少させれば1株当たり純資産を引き上げられます。処分や消却には取締役会または株主総会での決議が必要です。企業は資本政策の目的に応じて保有・処分・消却を選択し、最適な株主構成を追求します。

自己株式取得のリスクと注意点

魅力的な効果が多い自己株式ですが、資金繰りや税務面でのリスクも伴います。ここでは代表的な注意点を整理し、安全に活用するポイントを示します。

資金繰り悪化を避けるための慎重な計画

自己株式取得は外部への資金流出を伴います。特に中小企業では運転資金や投資資金が圧迫されると本業の成長を阻害しかねません。取得額と時期をシミュレーションし、金融機関との協議やキャッシュフロー管理を徹底することが不可欠です。

税負担増加を招くみなし配当への対応策

みなし配当が発生する場合、株主は総合課税で高い税率を負担する可能性があります。事前に取得価格を検討し、みなし配当が生じない価格帯での取引や、株主側の納税資金準備をサポートするなど配慮が求められます。

財源規制と債権者保護手続の遵守

会社法では自己株式取得に充てる資金が債権者への分配可能額を超えないよう制限しています。取得公告に対して異議を申し立てる債権者がいる場合は、弁済または担保提供を行わなければなりません。手続漏れは無効原因となり得るため注意が必要です。

中小企業が自己株式を戦略的に使うポイント

みつき税理士法人グループが多数支援する中小企業では、自己株式が事業承継の要となるケースが少なくありません。資本政策の実務で失敗しないためのポイントを整理します。

事業承継と自己株式の組合せで相続税対策を実現

自己株式を用い会社が株式を取得しておけば、後継者は売却代金を相続税の納税に充当できます。加えて議決権のない自己株式を消却することで、後継者が保有する株式の割合を高め経営権を安定させられます。

議決権調整で経営判断を迅速化

株主人数が多いと事業承継後の意思決定が煩雑化します。承継準備段階で自己株式を取得し株主集約を進めておけば、承継後の経営会議や重要決議をスムーズに実行できます。

従業員インセンティブと自己株式の活用

従業員への報酬として自己株式を付与することで、従業員は企業価値向上の受益者になります。中長期的な成長を従業員と共有し、離職リスクを低減する効果が期待できます。上場企業だけでなく、株価算定を行うことで非上場企業でも導入可能です。

自己株式取得のデメリットと留意点

自己株式には多くのメリットがある一方、取得時点で資金が流出し、処分・消却には追加の手続や費用が掛かるなど注意すべき点も存在します。ここでは企業が見落としがちなデメリットを整理し、対策のヒントを示します。

購入費用が経営を圧迫しないか確認

自己株式の取得原資は内部留保や借入金です。取得額が過大になると運転資金を圧迫し、金融機関の信用力にも影響を与えかねません。取得予定総額とキャッシュフロー計画を突き合わせ、余裕資金の範囲で実行することが重要です。

処分コストと手続負担を想定

自己株式を譲渡または消却する際は、取締役会決議や株主総会決議が必要となる場合があります。公告費用や専門家報酬も考慮し、取得段階で処分コストを見積もっておくと資金計画が正確になります。

株価変動が経営指標に与える影響

自己株式の取得は市場に好影響を与える一方、取得後の処分で株価が下落することもあります。経営指標の変動を予測し、株価に与える影響を株主と共有することが信頼維持につながります。

財源規制遵守で債権者保護

会社法は自己株式取得に充てる財源を分配可能額に限定しています。公告期間中に債権者が異議を申し立てた場合は弁済または担保提供が義務付けられるため、資金繰りに影響が出ないよう早期に対応方針を決めましょう。

譲渡損益課税繰延の要件整理

2018年税制改正で自己株式を活用した事業再編に対し譲渡損益課税の繰延措置が導入されました。産業競争力強化法の「特別事業再編計画」認定が条件となるため、計画策定段階から専門家と協議する必要があります。

自己株式取得の手続方法詳細ガイド

自己株式取得の実務は5つの代表的手法に整理されます。各方法の流れと特徴を把握し、自社に最適なスキームを選択しましょう。

市場取引は上場企業に最適な即時取得手段

証券市場を通じて自己株式を買付ける方法です。期間・上限株数・取得総額を取締役会で決議し、適時開示を行ったうえで即座に取引を開始できます。大量取得には向きませんが、株価指標を見ながら柔軟に発注量を調整できる点が魅力です。

公開買付は価格影響を抑え大量取得に対応

TOB公告で買付価格と期間を公表し、不特定多数の株主から株式を取得します。市場価格への急騰・急落を避けつつ、まとまった株数を確保できるため、政策保有株の整理にも有効です。上場・非上場を問わず利用できます。

すべての株主から取得する相対取引の流れ

非上場企業が多く採用するスキームで、株主総会普通決議で取得条件を決定し、各株主へ通知します。株主は譲渡申込書を提出するだけで手続が完了し、個別契約不要で迅速に株式を集約できます。

特定株主から取得する場合の特別決議

特定株主のみを対象とする場合、株主間の公平性確保のため株主総会特別決議が必須です。対象外株主も追加売主に加わるよう請求でき、請求総数が想定株数を超えた場合は按分取得となります。

子会社から取得してグループ内資本再編

親会社が子会社保有分の自己株式を取得するケースです。取締役会決議のみで完結し、グループ資本関係を整理する際に活用されます。配当等の資金移動を伴わずに経営権を再構築できる利点があります。

税務処理とみなし配当の基礎知識

自己株式取得は企業側に原則課税されませんが、取得価格や払戻の方法によっては株主個人に課税が生じる場合があります。税負担を最小化するために、みなし配当の発生要件を把握しておきましょう。

企業側課税は原則なし

会社が株式を買い戻す行為自体には法人税は課されません。財務諸表上は株主資本控除として処理されるだけで、損益計算書に影響は生じません。

時価の半額取得による受贈益課税リスク

株主から時価より著しく低い価格で株式を取得すると、価格差が株主の受贈益とみなされ課税対象となります。評価額の妥当性を専門家に確認し、受贈益が発生しない価格設定を心掛けましょう。

利益積立金払戻時のみなし配当と総合課税

自己株式取得に支払う対価のうち、利益積立金から充当する部分は株主にとって配当と同様に扱われます。総合課税となるため、所得が高い株主ほど税率が上がる点に注意が必要です。

市場取引取得はみなし配当が生じない

上場企業が市場取引で自己株式を取得する場合、払戻の概念がないためみなし配当は発生しません。市場価格での買付は税務上シンプルなメリットがあります。

自己株式取得を成功させる実務チェックリスト

取得を円滑に進めるには、事前準備から事後フォローまで一連の流れを管理することが欠かせません。以下のチェックリストで抜け漏れを防ぎましょう。

資金計画段階で取得株数と価格を明確化

取得目的を定義し、株数・総額・取得期間を数値で設定します。目標EPSや自己資本比率への影響をシミュレーションし、金融機関との対話資料を整備します。

取締役会・株主総会決議は法定要件を確認

議決事項、決議方式、公告期間を会社法に照らして点検します。議案内容の不足や公告漏れは無効リスクとなるため、議事録作成を専門家がサポートすると安心です。

取得後の適時開示と株主への説明責任

上場企業は取得決定と実績を速やかに開示し、非上場企業も株主へ取引条件を説明します。情報共有が不十分だと不信感を招きやすいので、FAQや説明会で丁寧に対応しましょう。

会計仕訳と税務申告を期限内に実施

自己株式の仕訳を誤ると純資産額が適切に表示されず、金融機関評価や配当可能額算定に影響します。税務申告ではみなし配当の有無を確認し、源泉税の手当を怠らないことが肝要です。

取得株式の活用計画レビューと見直し

取得後も定期的に目的達成状況を評価し、M&A対価・消却・従業員インセンティブへの充当など活用プランを更新します。状況変化に応じて株主総会決議を再取得するケースも想定しましょう。

まとめ

自己株式取得は経営権安定や事業承継、株価対策に大きな効果を発揮しますが、資金負担・税務・手続面での注意が欠かせません。目的と財務状況を明確にし、法定の決議と開示を徹底すれば、自己株式は企業価値向上の強力なツールとなります。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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