株式譲渡に伴う登記や定款変更は必要?手続きの実務を解説
株式譲渡を検討中の経営者へ。株式譲渡では登記や定款変更が本当に不要なのか、手続を間違えると過料を招くリスクはあるのか、この記事がわかりやすく回答します。必要書類や名簿書換のタイミングも整理し、スムーズな承継をサポートします。
目次
▶目次ページ:株式譲渡(株式譲渡の流れ)
株式譲渡とは、譲渡企業が保有する株式を譲受企業へ移転し、経営権を渡す手続です。M&Aの手法の中でも比較的シンプルで、会社を存続させたまま所有者を交代できるため、中小企業の承継で最も利用されています。取引は譲渡企業と譲受企業が合意すれば成立し、次の三点を決めておくことが重要です。
これらは株式譲渡契約書に明記し、署名・押印することで後々の紛争を防止できます。また会社法第127条が定める「株式譲渡自由の原則」により、原則として株式は自由に売買できますが、定款で譲渡制限株式としていれば承認機関(取締役会または株主総会)の許可が必要です。
株式譲渡を適切に行えば、次世代への事業承継や第三者へのバトンタッチを円滑に進められます。
譲渡企業の株式を譲受企業が取得すると、議決権や配当請求権など株主に帰属する一切の権利義務が新株主へ移転します。株券不発行会社であれば株券の交付も不要なため、合意から実行まで短期間で完了するのが特徴です。
株式譲渡を語る前提として、登記と定款の役割を確認しましょう。
登記簿に記載される主な項目は以下のとおりです。
これらは第三者へ公示されることで信用を担保し、取引の安全を確保しています。情報に変更が生じた場合は、原則として2週間以内に変更登記を行わなければなりません。
変更があれば速やかに変更登記が必要
代表取締役の交代や本店移転などを届出せず放置すると、過料(登記懈怠)を科されることがあります。
定款には会社の目的・商号・本店所在地・機関設計・株式の譲渡制限など基本ルールが定められています。
定款変更は株主総会特別決議で決定
定款を改定するには、原則として発行済株式総数の3分の2以上の賛成による特別決議が必要です。定款変更後は変更登記を行い、効力を外部へ公示します。
多くの経営者が「株式譲渡をすると法務局で登記が必要か」と疑問を抱きます。結論から言えば、株主の変更自体は登記事項ではないため、株式譲渡のみで登記を行う必要はありません。また株主が入れ替わっても定款そのものは変更されませんので、定款変更手続も不要です。
株式譲渡によっても次の事項は変動しません。
したがって株式譲渡のみでは登記簿へ届け出る事項が存在しないのです。ただし、譲渡に合わせて代表取締役が退任・就任する場合や、本店を移す場合には、それぞれの変更登記が必要になる点に注意してください。
株式譲渡は所有者の交代にとどまり、会社の機関設計や目的が変わらなければ定款を改訂する必要はありません。もっとも、事業目的を追加する、譲渡制限条項を新設するなど、会社の枠組みに手を加える場合は株主総会で特別決議を行い、定款を変更したうえで登記を行う必要があります。
株式譲渡を計画したら、手続に着手する前に次の三点を必ずチェックしましょう。これを怠ると、後段の承認手続で想定外の時間やコストが発生します。
非上場企業の多くは定款で「譲渡制限」を設けています。譲渡制限株式の場合、譲受企業を決めただけでは効力が生じず、取締役会または株主総会(承認機関)の承認を取らなければなりません。法務局で入手できる登記事項証明書で、譲渡制限の有無や承認機関を事前に確かめましょう。
会社法では取締役会設置会社なら取締役会、設置していない会社なら株主総会が承認機関となりますが、定款で別機関を定めることも可能です。どの機関が承認を出すのかを把握しておくと、スケジュール調整が円滑になります。
株券発行会社に分類される場合、譲渡時には株券の現物交付が法的要件になります。定款に「株券を発行する」と明記しているか、登記事項証明書を通じて確認しましょう。株券が所在不明のときは、事前に再発行手続を進める必要があるため注意が必要です。
以下では取締役会を設置しない会社を例に、株主総会が承認機関となる場合の流れを時系列で整理します。各ステップの目的と実務上のコツを理解すると、書類不備によるやり直しを防げます。
譲渡企業は、株式の種類・数、譲受企業の名称、承認を得られなかった場合の買取請求の有無などを記載した「株式譲渡承認請求書」を会社へ提出します。承認請求を行わずに株式を譲渡しても、会社法上は無効となるおそれがあるため必ず書面を残しましょう。
株主総会では普通決議で譲渡を承認するか否かを決議します。承認しない場合には、会社または指定買取人が株式を買い取るかどうかを特別決議で定めます。決議結果は請求から二週間以内に通知しなければならず、通知がないときは承認されたものとみなされます。
株式譲渡契約書には、譲渡株式の詳細、価格、支払方法、表明保証、損害賠償条項などを記載します。紛争防止の観点から、契約解除要件や準拠法・管轄裁判所を盛り込むと安心です。
譲受企業が対価を支払ったら、両当事者は共同して「株主名簿記載事項書換請求書」を提出し、株主名簿の書換を求めます。ここで書換が完了して初めて譲受企業は株主としての権利を行使できます。
会社は書換後、譲受企業へ株主名簿記載事項証明書を交付します。証明書には株主の氏名・住所、保有株式数などが記載され、新株主であることの法的裏付けとなります。
証憑類を整備しておくと、税務調査や後日の紛争時に手続の正当性を示す強力な証拠になります。ここでは代表的な10種類を一覧形式で整理し、それぞれの作成タイミングと署名者を解説します。
書類名 作成タイミング 署名・押印者 実務上の留意点
株式譲渡契約書 ステップ3 譲渡企業・譲受企業 紙面2部を作成し、各社が1部ずつ保管。電子 約を活用する場合はタイムスタンプ要確認。
株式譲渡承認請求書 ステップ1 譲渡企業 請求日・提出先を明確に記載し、控えを残
す。
株主総会招集通知 ステップ2前 代表取締役 法定の招集期間を遵守し、取締役決定書を添
付すると丁寧。
株主総会議事録 ステップ2後 議長・出席取締役 決議内容を具体的に記載し、譲渡承認の賛否
割合を明示。
株主名簿 随時管理 会社 書換履歴を残すとドキュメンテーションが向
上。
株主名簿記載事項書
換請求書 ステップ4 譲渡企業・譲受企業 共同提出が原則。書換日と書換後の株主番
号を記載。
株主名簿記載事項
証明書 ステップ5 会社 銀行取引や許認可の名義変更で利用される
ことが多い。
取締役決定書 取締役会設置会社のみ 取締役会 承認機関が取締役会の場合に必要。
代表取締役変更登記
申請書 代表者変更がある場合 会社 添付書類に就任承諾書・印鑑証明書を忘れ
ない。
定款 常備 会社 最新版をPDF化して共有フォルダに保管す
ると検索が容易。
※表は便宜的にまとめたもので、実際の様式は会社の規模や機関設計により異なります。
親族だけの会社であっても、株主総会議事録や株式譲渡契約書を作成し、後日トラブルが生じないよう形式を整えましょう。形式を軽視すると、後継者間で経営権を巡る紛争に発展するおそれがあります。
株式譲渡は不動産登記と異なり、法務局が取引内容を審査する場面がありません。申請省略の利便性の裏側で、当事者の自己責任は重くなります。不安があれば税理士・弁護士など専門家へ相談してください。
非上場株式は市場価格がないため、純資産法やDCF法など複数の手法で公正価値を算出し、譲渡価格が極端に低い場合には贈与税課税にも備えましょう。
株式譲渡で利益が生じると、その利益は税務上の所得として課税対象になります。計算方法や税率は、株主が法人か個人かで大きく変わるため、事前に仕組みを理解し、必要な納税資金を確保しておくことが大切です。
譲渡利益は「譲渡価額―取得価額―譲渡経費」で算定します。譲渡経費には専門家報酬や評価費用などが含まれますが、支払日と領収書が明確でなければ損金算入できません。経費計上を考えている場合は、取引時点で証憑類をそろえ、税務署に説明可能な状態で保管しましょう。
個人株主
法人株主
いずれの場合も、決算期末の未払金や仮払金の処理がずれると課税所得が変動します。専門家に依頼し、期末処理を早めに確認しておくと安心です。
非上場株式を市場価格より著しく低い金額で譲渡すると、「実質的な贈与」とみなされ贈与税課税のリスクがあります。株価評価は純資産価額法や類似業種比準法など複数の手法で検証し、評価結果を議事録や評価報告書として残しておくと、税務調査で説得力が高まります。
株式譲渡契約書、評価報告書、議事録、請求書・領収書は時系列でファイリングし、決算後7年間は原本を保存します。電子取引データは電子帳簿保存法の要件に沿って保管し、検索性を確保すると調査対応がスムーズになります。
株式譲渡は社内完結も可能ですが、書類作成や価格算定、税務申告まで一気通貫で進めるなら専門家への相談が確実です。
税理士
弁護士
税理士と弁護士が連携することで、税務と法務の両面から手続の適正を担保できます。
地域を限定して譲受企業を探す場合や、補助金制度の案内を受けたい場合に有効です。ただし会員制のため、入会費と年会費の負担を踏まえて検討しましょう。
仲介会社によっては、登記申請や定款変更のサポート範囲が異なります。契約前に比較し、自社に適した支援内容を把握しましょう。
手続全体を俯瞰し、期日を逆算して準備すると、議決や税務申告、名簿書換を遅滞なく終えられます。
時期 主なタスク 補足
90日前 会社・株主間で基本合意 譲渡株式数と価格帯を確認
60日前 承認機関へ譲渡承認請求 取締役会設置会社なら取締役会招集
45日前 承認決議・通知 決議後2週間以内に通知
30日前 株式譲渡契約書ドラフト作成 表明保証条項を精査
15日前 契約締結・決済 契約書調印と譲渡対価入金
7日前 株主名簿書換請求・書換 書換後、証明書を発行
当日 税務申告書のドラフト着手 決算期との関係を確認
譲受企業が新株主として金融機関や行政機関に届出を行う際、株主名簿記載事項証明書が必要になります。証明書を複数部取得し、コピーをPDFで保管すると手続が滞りません。
株式譲渡では株主が変わっても登記や定款変更は原則不要です。しかし代表取締役交代や事業目的変更が伴うときは、速やかな変更登記が欠かせません。譲渡制限の有無、株券発行の要否、税務負担などを事前に確認し、専門家と連携して手続を進めることで、スムーズかつ安全な所有権移転が実現します。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事