中小企業のM&Aはなぜする?後継者不在で選ぶ事例と決断理由
M&Aは、なぜするのでしょうか。後継者不在や健康上の問題など、経営者が企業譲渡を決断する背景は実に多様です。本記事では、M&Aを選択する理由や具体的な事例、譲渡企業・譲受企業それぞれの目的を含めてわかりやすく解説します。
目次
1.M&Aの増加傾向と背景▶目次ページ:事業承継とは(第三者への承継)
近年、中小企業の間でM&Aが着実に増加傾向にあります。実際に過去20年間の動向を見ても、年ごとの変動はあるものの、全体として右肩上がりに伸びているといわれています。背景には、少子高齢化による後継者不足や経営環境の急変など、社会的な要因が複合的に絡んでいる点が大きいです。さらに、M&Aに対する社会的な認知度も高まり、以前よりもM&Aが「事業承継や成長戦略のひとつ」という考え方が根付いてきました。
たとえば、中小企業庁が公表した資料でも「第三者承継の選択肢としてM&Aを活用する例が増えている」ことが確認されています。これまでは主に親族内承継や社内承継が主流でしたが、後継者をどう育てるかの問題だけでなく、経営者自身の年齢や健康、さらには事業拡大の可能性を求めるケースなど、さまざまな観点からM&Aという道を選択する企業が増えているのです。
M&Aといえば、「経営者が会社を譲受企業に売って終わり」というイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし実際には、会社や事業を「誰かに譲る」ことには多種多様な理由があります。ここでは、譲渡企業側(いわゆる“売り手”と呼ばれていた側)で見られる主な理由をまとめます。
最もよくある理由が「後継者不在」です。親族内に承継候補がいなかったり、子女がそもそも他業界で活躍しているため会社を継ぐ意思がなかったり、あるいは社内から後継者を育成しきれなかったりと、原因はさまざまです。次のようなケースが典型的なパターンといえます。
こうした状況で廃業や清算をすると、取引先や従業員の雇用、地域社会への影響は大きいです。そのため、第三者承継のひとつとしてM&Aを活用する例が増えています。
経営者の年齢や健康状態も、M&Aの大きなきっかけとなります。特に体力的な衰えや病気、家族の介護などが重なり、会社経営を続けるのが難しくなる場合には、早めの段階で譲渡を決断することが少なくありません。実際、60代や70代の経営者で「そろそろ自分の身体を優先したい」「事業の継続を誰かに託したい」と考え、M&Aの相談を行う例が増えています。
M&Aによって事業が存続すれば、従業員や取引先の関係も守られることが多く、経営者個人の生活設計も立てやすくなります。こうした背景から、健康面や年齢的な問題があるならば、できるだけ早めに選択肢としてM&Aを検討するのは自然な流れといえるでしょう。
4家族の介護や看病が必要になった場合、経営者がこれまでどおりフルタイムで会社を回すことは困難です。特に、中小企業のオーナーは実質的に会社のかじ取り役でもあるため、自身が抜けると業務が回らなくなるケースが少なくありません。
後継者候補が身近におらず、かつ時間的・労力的にも家族を優先せざるを得ないと判断した経営者がM&Aを選ぶケースも増えています。「事業は残したいが、家族のケアがどうしても最優先になる」という切実な理由から譲渡を決意するのです。
近年では、40代・50代と比較的若い層が早期リタイアを目指してM&Aを活用するケースも出てきました。体力的にはまだ問題ないものの、「次の人生を模索したい」「海外に移住して新たな生活を送りたい」「起業家としての達成感を得たので区切りをつけたい」など、多彩な理由で事業譲渡を選ぶ方もいます。
この場合、会社がまだ成長途中であれば譲受企業も得をする可能性がありますし、譲渡企業側(元オーナー)は早い段階で大きな創業者利益を得られることもあります。いずれにせよ、早期リタイアを選ぶ経営者の多くは「会社を適切に次へバトンタッチしたい」という意識が強いので、事業の存続と自分の新たな人生計画を両立させる手段としてM&Aを選ぶのです。
事業の拡大や新規展開を狙うケース
後継者不在や健康面だけが理由ではありません。むしろ「さらなる事業の拡大や新規事業への展開を目指すために、M&Aによる譲渡を決断する」企業も存在します。自社だけでは限界を感じていたところに、資金力や営業力、技術力などを豊富に持つ譲受企業が現れれば、いわゆるシナジー効果を得やすくなるからです。
たとえば、販路拡大のために大手企業のグループ入りを選んだり、自分たちにはない新技術やノウハウを手に入れたりして、結果として事業が大きく成長する例が出ています。「売る」というイメージよりも、「より大きな力を借りて事業をアップデートする」という発想でM&Aを利用するわけです。
不採算部門の切り離し・選択と集中
全体としては黒字経営でも、一部の事業が赤字で足を引っ張っている場合に、その不採算事業だけを事業譲渡するケースも少なくありません。こうした手法により、コア事業に資源を集中し、経営を効率化できるメリットがあります。「#参考」に記載があるように、事業譲渡は譲渡企業にとってはノンコア事業の切り離しに役立つ手段であり、譲受企業にとっては欲しい事業・設備・人材などをピンポイントで取得できる点が魅力です。
不採算事業や非中核事業を切り離すことで本業への注力が可能となり、結果的に経営の立て直しや倒産回避につながることもあります。このように、M&Aは事業承継だけでなく、経営戦略の一端を担う手段ともいえるでしょう。
これまで譲渡企業側(売り手企業側)がM&Aを決断する理由を紹介しましたが、譲受企業(買い手企業)にとっても、M&Aにはさまざまな利点があります。譲渡企業と譲受企業の意図が合致すると、双方にプラスとなるシナジー(相乗効果)が生まれやすくなります。ここでは譲受企業に多く見られる理由について、代表的なものを挙げてみましょう。
新規事業を立ち上げるには、時間もコストもかかります。市場調査から商品やサービスの開発、人材確保など、ゼロベースで始めるには大きな労力が必要です。一方で、M&Aを活用すれば、既に動いている事業をまとめて取得できるため、開業準備の手間を大幅に減らせます。
たとえば、IT企業が飲食事業に進出するとき、自力で店舗の立ち上げやノウハウの獲得を進めるのはハードルが高いです。しかし、既に地域で一定の評価を得ている外食チェーンをM&Aで買収することで、すぐに新市場へ参入できます。こうした理由から、譲受企業側は「事業拡大の近道」としてM&Aを検討するのです。
自社の主力事業と関連する分野を取り込む目的でM&Aを行うケースも多く見られます。たとえば、製造業の企業が、製品の流通や販売を手がける企業を買収することで、サプライチェーンを自社内に取り込みやすくなります。そうすることで、原材料や商品をスムーズに動かせるほか、共同で販促を行うなど、コストダウンや売上向上が期待できます。
また、別の企業が持つ優秀な人材や特許技術、ノウハウを一括で取得できる利点も大きいでしょう。こうした強化策は、M&A後の経営統合を円滑に行う必要があるため、買い手側にはしっかりとした統合計画や調整力が求められますが、成功すれば大きなメリットにつながります。
会社の規模が拡大すれば、仕入交渉や広告展開、資金調達など、さまざまな場面で有利になります。大手グループの傘下に入るメリットを譲渡企業にとっては「資金力」や「ブランド力」の活用と捉えられる一方、譲受企業の側では「事業エリア拡大」や「シェア向上」に直結するわけです。両社にとってウィンウィンの関係を築きやすく、さらに重複部分を整理して効率化すればコスト削減も進むでしょう。
このようなスケールメリットを得たいという動機から、譲受企業が積極的に譲渡企業を探し、第三者承継としてのM&Aが進んでいます。
ここからは、具体的な事例を踏まえつつ、M&Aの決断背景をいくつか紹介します。経営者がどのような理由で譲渡を選び、譲受企業がどんな視点で買収を決めたのかをイメージしながらご覧ください。
ある老舗企業の2代目経営者(62歳)は、東京の企業で働いていた長男を後継者に迎えるため、5年がかりの準備をしていました。しかし、長男が突然「元の職場に戻りたい」と言い出し、さらに長女も育児との両立が難しいという理由で承継を辞退。結果的に社内外を含めて次の社長が見つからず、M&Aという選択肢にたどり着きました。
この企業は地域で長く愛されており、取引先や社員を巻き込んでの廃業は考えられません。そこで、実績のある第三者へ企業を譲渡することで、会社の存続を図ったのです。このように、計画していた親族内承継がうまく進まなかったとき、M&Aが現実的な手段となる例は少なくありません。
産業廃棄物処理業を営むある企業(70代の経営者)は、業界特有の人材不足に長年悩んでいました。後継者を育てる以前に、日々の業務を支える人材を確保するだけで精一杯。そこで、同業界で社員数が充実している企業がM&Aを提案し、経営者は「ここなら人材を活かして事業を続けてくれる」と判断して譲渡を決意しました。
単に「後継者がいないからM&A」というだけでなく、人材確保の難しさが要因となり、廃業にせず第三者に引き継がれるケースは増えています。地域で必要とされる事業だからこそ、買い手側が人材確保を行って持続的に経営してくれる点は大きな魅力といえるでしょう。
コロナ禍でイベントの開催が止まってしまい、経営が落ち込んだイベント運営会社の例です。40代の経営者は「業界の先行きが見えないうちに廃業するか、どこかの傘下に入って立て直すか」を悩んだ結果、大手企業の子会社化を選びました。買い手企業は資金力や経営ノウハウを提供し、同時に親会社のネームバリューによって新規のイベント企画を展開しやすくなります。
結果として、売り手企業は業績を1.5倍にまで回復させ、社員の雇用も安定しました。こうした例は、業界全体の動向を踏まえたうえでM&Aを活用し、一種の「企業再生」に近い形で成功した事例といえます。
観光地で人気を博していた自転車レンタル事業を営む企業が、不動産会社からM&Aの提案を受けたケースです。単なるレンタルビジネスだけでなく、不動産の賃貸物件とのコラボレーションや新たなツアー企画など、買い手企業にとってメリットが大きいと判断されました。
売り手側としても、単独では展開しにくかった広域展開を不動産会社の管理物件網を利用して実施でき、事業がさらに拡大。結果的に譲渡企業と譲受企業の強みが合わさり、どちらも満足するM&Aとなったのです。
もう1つ、「#参考」の内容で取り上げられていたのが「創業者利益」を得るための会社売却です。たとえば、比較的若い経営者が順調に業績を伸ばしている段階で事業譲渡し、大きな譲渡益を手にして次のビジネスの種に充てたり、早めにリタイア生活に入ったりするパターンもあります。こうしたアーリーリタイアは、数十年前にはあまり考えられなかった新しいライフスタイルのひとつといえるかもしれません。
M&Aは、赤字部門やノンコア事業の整理にも活用できます。不採算事業を抱えたままでは利益を圧迫し続けるため、一部事業譲渡を通してコア事業への集中を図る企業が増えています。買い手側も「ノウハウさえあれば改善可能」とみている場合は、あえて赤字事業を引き取って再生を目指すことがあります。お互いの思惑が一致すれば、赤字部門でもM&Aを成立させ、最終的には双方がメリットを享受できる可能性があります。
以上のように、「後継者不在」「健康上の問題」「事業拡大・再編」「家族の介護」「早期リタイア」など、M&Aを選択する理由は実に多岐にわたります。買い手企業の側でも、「新規参入」「既存事業の強化」「スケールメリットの獲得」などを狙って、多様な業種とのマッチングを探している状況です。
それぞれの事例からもわかるように、経営者個人の事情や業界動向が大きく影響し、想定外の出来事がきっかけでM&Aを考え始める場合もあります。「会社を手放す」というイメージだけでなく、会社と従業員の未来、地域経済への貢献、経営者自身のライフプランなど、いろいろな面を総合的に検討したうえでM&Aという道が選ばれているのです。
M&Aが増加している背景には、後継者不在や健康上の事情だけでなく、事業拡大や新分野への挑戦など多様な思惑があります。企業譲渡や事業承継、売却・買収それぞれの理由を見れば、経営者の置かれた環境がいかに多彩かがわかります。どんなケースでも、早めの検討と準備が最善の結果につながるでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画