事業承継で問題となりがちな遺留分特例の基本や、円滑化法に基づく民法特例の合意・手順をわかりやすく解説します。後継者やほかの相続人との合意形成によるリスク回避策も知り、スムーズな経営の継続を目指しましょう。事前放棄や除外合意・固定合意などの具体策にも触れ、実務で役立つポイントをわかりやすくまとめました。
目次
▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
遺留分とは、民法で定められている「相続人が最低限もらえる取り分」のことです。相続人の公平を守るために設定された仕組みであり、被相続人がどんなに「財産をすべて特定の人に与える」と決めていたとしても、法律上の遺留分があれば、他の相続人にも一定の取り分が保証されます。
例えば、相続人が配偶者と子どもだけの場合、遺留分は「相続財産の合計の1/2」です。この1/2を配偶者と子どもで分ける形になり、配偶者が1/4、子どもが1/4といった割合になります。もし配偶者や子の取り分がそれより小さくなってしまった場合、遺留分を侵害された人は「遺留分侵害額請求」というかたちで不足分の支払いを請求できます。ただし、この請求には期限(相続開始を知ってから1年、または相続開始から10年)があります。
一方で、兄弟姉妹だけが相続人になる場合には遺留分はありません。このように、遺留分は相続人の組み合わせによって大きく違う点に注意が必要です。
会社の株式や事業用資産を後継者に集中させたい場合、遺留分が問題になることがあります。特に、経営者が「後継者だけに株式を渡したい」と考えていても、他の相続人の遺留分が侵害されるかもしれません。もし侵害されているならば、その相続人は後継者に金銭を求められるのです。
金銭支払いが難しい場合には、会社の株式や事業資産を売却せざるを得なくなるおそれがあります。株式が他の相続人に分散してしまうと、後継者が経営権をコントロールしづらくなったり、会社の運営に混乱が起きたりする可能性もあります。
さらに、遺留分侵害が発生するのではないかという不安が残っているだけでも、相続人同士の関係が悪化するリスクがあります。事業承継は長い時間をかけて行うことが多いので、早めに遺留分に関する対策を練っておくことが大切です。
事業承継の場面で遺留分が大きな問題となるのを防ぐため、経営承継円滑化法に基づいて「遺留分に関する民法特例」が設けられています。これは、後継者が経営者から生前贈与を受けた会社株式などを、遺留分算定の基礎に含めないようにする、あるいは株式の価額を特定の時点で固定することで、相続時に予想外の負担が生じにくくする仕組みです。
具体的には、以下の2つの合意が用意されています。
これらの合意を実行するためには、推定相続人全員の合意を得る必要があります。さらに、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可が求められます。合意が認められれば、後継者に株式を集めたままでも、他の相続人から多額の遺留分を請求されるリスクを大きく減らすことができます。
遺留分に関する民法特例を利用するには、会社、先代経営者(旧代表者)、後継者がそれぞれ満たさなければならない条件があります。また、手続の流れも決まっていますので、スムーズな承継のためには事前に確認しておくことが大切です。
下記で代表的な要件と流れを簡単に紹介します。
会社の要件
中小企業者であること
非上場会社であり、合意時点で3年以上事業を継続していること
先代経営者(旧代表者)の要件
過去または合意時点において会社の代表者であること
後継者(後継経営者)の要件
合意時点において会社の代表者であること
現経営者からの贈与などで株式を取得し、議決権の過半数を持っていること
さらに、推定相続人全員の合意を得て、経済産業大臣の確認および家庭裁判所の許可を取らなければ、除外合意や固定合意を実行することはできません。
遺留分に関する民法特例を適用するための主な流れは、以下のように3つのステップに分かれます。
後継者による単独申請が可能なので、他の相続人全員で家庭裁判所に行く必要がない点が特徴です。
1.合意書の作成
2.経済産業大臣の確認申請
3.家庭裁判所の許可
これらの手続をきちんと踏むことで、事業の円滑な承継をめざす遺留分対策が可能になります。
事業承継で遺留分トラブルを避けるには、前述の民法特例以外にもいくつかの選択肢があります。あらかじめ後継者と他の相続人との話し合いを深め、納得づくで進められるかどうかが大事です。
相続人本人が、家庭裁判所の許可を受けて自分の遺留分を放棄する方法です。
しかし、この手続は放棄を希望する相続人自身が動き、家庭裁判所に申立てをする必要があります。他の相続人にとっては面倒に感じられることもあり、事前放棄がスムーズに進まない場合もあります。
話し合いの結果、「遺留分に関する民法特例」や「事前放棄」などのいずれを選ぶかを検討し、家族間の合意を形にすることが大切です。
もし後継者が遺留分侵害額請求を受けても支払いに困らないように、保険金を活用する方法があります。生命保険の受取人を後継者にしておけば、相続が始まったときにまとまった資金を後継者が受け取れます。
ただし、保険金が異常に高額である場合などは「特別受益」とみなされることもあるため、金額の設定には注意が必要です。
遺留分の支払いを金銭でカバーできれば、株式自体を手放す必要はありません。後継者があらかじめ十分な資金を確保できるよう、次のような対応を検討します。
いずれの方法も、最終的には相続人間の合意が前提となります。無理に株式を独占しようとしても、その後の紛争コストがかえって高くなるかもしれません。
事業承継は、生前に株式を贈与するだけでなく、経営者が亡くなった後の相続の仕組みを明確化しておくことも重要です。ここでは、参考情報を交えつつ、遺言書について解説します。
遺言書にはいくつかの方式があります。一般的によく利用されるのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」です。
自筆証書遺言
公正証書遺言
多少の費用がかかっても、公正証書遺言にしておけば形式不備の心配がなくなります。大切な会社や資産を守るために、より確実性の高い方法を選ぶ経営者は多いです。
後継者だけでなく、残された家族全員が納得できる形を考えることが大切です。事前に専門家の力を借りて、内容をしっかりと検討しましょう。
遺留分の問題を解消しても、相続税や贈与税による大きな負担が残ると、後継者が事業を続けていくのが難しくなる場合があります。その点で役立つのが「事業承継税制」です。
事業承継税制と遺留分特例の両方を活用できるのであれば、後継者への株式集中と税負担の軽減を同時に図ることができます。ただし、書類の準備や手続が煩雑になりがちなので、専門家と連携しながら計画的に進めるのがおすすめです。
事業承継においては、遺留分という制度が後継者への株式集中を難しくする大きな要因となります。そこで、経営承継円滑化法に基づく遺留分特例をはじめ、遺言や生命保険、事業承継税制などを組み合わせることで、トラブルを回避しながらスムーズに経営を引き継ぐことが可能です。重要なのは、推定相続人全員の理解を得るための話し合いと、適切な手続を行うための準備を早めに進めることです。専門家との連携も視野に入れながら、自社や家族の状況に合った承継プランを立て、将来の不安を解消していきましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画