事業承継における遺留分特例の重要性と活用方法を解説します。経営承継円滑化法に基づく特例制度の仕組みや適用要件、具体的な手順を踏まえ、円滑な事業承継を実現するためのポイントをご紹介します。
目次
遺留分とは、民法で定められている相続人が最低限確保できる相続分のことを指します。この制度は、相続人間の平等を確保するために設けられています。
例えば、被相続人が遺言書で「すべての財産を長男に相続させる」と指定した場合、他の相続人が全く相続を受けられなくなる可能性があります。そこで、遺留分制度によって、最低限の相続分が保証されるのです。
遺留分の割合は、相続人の組み合わせによって異なります。以下に主な組み合わせと遺留分の割合を示します。
【遺留分の割合】
相続人の組み合せ |
遺留分 |
各人の遺留分 |
配偶者と子 |
1/2 |
配偶者 1/4、子 1/4 |
配偶者と直敬尊属 |
1/2 |
配偶者 2/6、直系尊属 1/6 |
配偶者と兄弟姉妹 |
1/2 |
配偶者 1/2、兄弟姉妹 なし |
配偶者のみ |
1/2 |
配偶者 1/2 |
子のみ |
1/2 |
子 1/2 |
直系尊属のみ |
1/3 |
直系尊属 1/3 |
兄弟姉妹のみ |
なし |
なし |
※直系尊属:父母や祖父母などの自分より前の世代で、直通する系統の親族を指します
遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額の請求を行うことができます。この請求権には時効があり、相続開始と遺留分侵害の事実を知った時から1年間、または相続開始から10年間という期限が設けられています。
▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
事業承継を行う際、遺留分は重要な課題となります。遺留分によるトラブルは、円滑な事業承継を妨げる要因となる可能性があるため、十分な注意が必要です。
例えば、経営者が後継者に会社の株式をすべて承継させようとした場合、他の相続人の遺留分を侵害する可能性があります。これにより、想定外の時間がかかったり、株式が分散してしまったりするリスクが生じます。
遺留分を侵害された相続人は、受遺者または受贈者に対して遺留分侵害額に相当する金銭の請求を行うことができます。この請求を「遺留分侵害額請求」と呼びます。
後継者が他の相続人から遺留分侵害額請求を受けると、その支払いのために会社株式や資産を売却しなければならない場合があります。これは、円滑な事業承継を妨げる要因となります。
相続人は、被相続人の生前に自身の遺留分を放棄することができます。ただし、この手続には家庭裁判所の許可が必要です。
具体的な手順は以下の通りです:
1. 被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に遺留分放棄許可の審判申立を行う
2. 裁判所からの審問を受ける
3. 遺留分放棄が本人の意思によるものか、申立に合理性や必要性があるかなどが確認される
4. 裁判所が許可すれば、遺留分放棄が認められる
経営承継円滑化法では、遺留分に関する民法特例が設けられています。この特例を利用することで、事業承継をより円滑に進めることができます。
除外合意とは、後継者が経営者から承継前に受領した株式等を、遺留分算定の基礎財産から除外する合意のことです。
この合意により、以下の効果が得られます:
• 他の相続人は、後継者に生前贈与(売買)された株式に対して遺留分を主張できなくなる
• 相続紛争のリスクを回避できる
• 後継者に集中的に資産を承継できる
固定合意では、後継者が経営者から承継前に受領した株式等について、遺留分算定の基礎財産に算入する価格を合意時の価格に固定することができます。
固定合意の主な効果は以下の通りです:
• 受領後に株価が上昇しても遺留分への影響がなくなる
• 相続時に予想外の遺留分の発生を防ぐことができる
• 後継者の貢献による企業価値の増加が遺留分算定に影響しないため、経営意欲を阻害しない
ただし、固定する合意時の株式時価について、公認会計士、税理士、弁護士などの第三者に適正な価格であることを明示してもらう必要がある点に注意が必要です。
遺留分に関する民法特例を適用するには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
1. 会社に関する要件:
o 中小企業者であること
o 合意時点において3年以上継続して事業を行っている非上場企業であること
2. 先代経営者(旧代表者)に関する要件:
o 過去または合意時点において会社の代表者であること
3. 後継者(後継経営者)に関する要件:
o 合意時点において会社の代表者であること
o 現経営者からの贈与等により株式を取得したことにより、会社の議決権の過半数を保有していること
これらの要件に加えて、以下の手続が必要です:
• 推定相続人全員の合意を得ること
• 経済産業大臣の確認を受けること
• 家庭裁判所の許可を受けること
遺留分に関する民法特例を適用するには、以下の3つのステップを順番に進める必要があります。
1. 合意書の作成
o 推定相続人全員と後継者の合意を得る
o 合意書を作成する
2. 「遺留分に関する民法の特例に係る確認申請書」の提出
o 合意した日から1か月以内に必要書類を添付して提出する
o 提出先は経済産業省中小企業庁事業環境部財務課
3. 家庭裁判所の許可の取得
o 確認申請書の「確認書」交付を受けた後、1か月以内に申立てを行う
o 現経営者の住所地を管轄する家庭裁判所に申立書と必要書類を提出する
o 家庭裁判所の許可を受けることで合意の効力が発生する
スムーズな事業承継のためにも、これらの手順をあらかじめ把握しておくことが重要です。
事業承継で遺留分トラブルを避けるためには、以下の点に注意しましょう。
1. 推定相続人と十分に話し合う
o 遺留分に関する民法特例の適用には推定相続人全員の合意が必要
o 後継者以外の相続人にとっては遺留分が少なくなるデメリットがあることを理解してもらう
o 現経営者と後継者が遺留分の権利者と十分に話し合い、理解を得ることが重要
2. 生命保険の活用
o 生命保険は原則として相続税の課税対象となる相続財産に含まれない
o 後継者を保険金受取人とした生命保険を活用することで、事業承継後に必要な資金を移すことができる
o ただし、遺産総額に比して保険金が高額な場合は特別受益と認定される可能性があるので注意が必要
これらのポイントを押さえることで、遺留分によるトラブルを未然に防ぎ、円滑な事業承継を実現することができます。
事業承継を円滑に進めるために、遺留分に関する民法特例以外にもさまざまな支援制度があります。その一例として、事業承継税制を紹介します。
事業承継税制は、中小企業の事業継続を支援するため、必要な資金と人材を後継者に贈与・相続する際の贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。
この制度を利用するには、一定の要件を満たす必要があります。贈与税の納税猶予制度と相続税の納税猶予制度では、それぞれ利用要件や納税猶予の期間などに違いがあるので、注意が必要です。
事業承継税制を活用することで、後継者の税負担を軽減し、円滑な事業承継を実現することができます。
事業承継において、遺留分は重要な課題となります。経営承継円滑化法に基づく遺留分の特例制度を活用することで、遺留分によるトラブルを回避し、円滑な事業承継を実現できます。また、推定相続人との十分な話し合いや生命保険の活用など、様々な対策を講じることが重要です。事業承継税制などの支援制度も併せて活用することで、より効果的な事業承継が可能となります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画