M&Aでストックオプションでの取扱事例と税務対応を解説
M&Aでストックオプションは結局どう処理すべきでしょうか。基本概念から売り手・買い手別の実務、そして税務対応まで、一読で要点を把握できるように解説しました。
目次
▶目次ページ:第三者承継とは(M&Aのメリット・デメリット)
ストックオプションは、企業が役員や従業員に付与する「将来特定価格で株式を購入できる権利」です。株価が上がるほど利益が増えるため、会社の成長と従業員の報酬が一致します。特に人件費を抑えたい成長フェーズの企業では給与の代替として導入され、優秀な人材を呼び込む施策として定着しています。M&Aでは株主構成や法人格が変わるため、この権利が存続するかどうかが従業員の関心事になります。
ストックオプションが生まれる五つのステップを理解する
導入企業が得られる三つのメリット
企業は目的やキャッシュフローに応じて適切なタイプを選びます。選択を誤ると税負担が増加し、従業員の期待値も下がるため慎重な設計が不可欠です。
通常型は無償で権利を与える最も一般的な方式です。権利行使価格は付与時の株価以上に設定するのが通常で、付与対象や期間も自由に設計できます。インセンティブの柔軟性が高い一方、行使時に給与課税が発生する点が特徴です。
従業員が対価を支払って取得するため、行使時点で給与課税を回避でき、売却時の譲渡所得課税のみで済む場合があります。対象者が自ら投資することでコミットメントが高まり、会社側のキャッシュアウトも抑えられます。ただし払込金額の算定や金融商品取引法上の手続が増える点に注意します。
行使価格を1円など極めて低く設定し、権利行使時点で大きな含み益が発生します。役員の退職金の代替手段として用いられることが多く、税率が給与より低くなるメリットが得られる半面、行使時と売却時の二重課税を見込んだ資金計画が必要です。
M&Aで株式100%譲渡または合併を行う場合、既存ストックオプションをどう扱うかは従業員の信頼と取引価格に直結します。主な対応策は以下の通りです。
買い手がオプションを買い取ることで権利を消滅させ、従業員に経済的補償を行います。公平な算定方法を採ることで紛争リスクを下げ、買い手は支払額を損金算入できる場合があります。
従業員が行使資金を負担し株式を取得したうえで、買い手に株式を売却します。譲渡所得課税や源泉徴収の有無を個別に検討し、手取り額をシミュレーションする必要があります。
会社が社内規定に反してストックオプションを処理した場合、保有者は買取請求権を行使できます。M&A前に規定を整備し、買取手続や価格算定式を明確にすることでリスクを抑制できます。
売り手が吸収合併で消滅する場合、旧オプションは行使できません。買い手が代替オプションを付与する、または金銭補償を行うことで従業員の士気低下を防ぎます。付与比率や行使条件の設定は、従業員に不公平感が生じないよう慎重に行います。
買い手にとっても、統合後のシナジー実現には優秀な人材の維持が不可欠です。既存オプションの整理と新規インセンティブ付与を組み合わせることで、人材流出を防ぎ、目標達成への一体感を醸成できます。
既存オプションを公正価格で買い取り、従業員に即時の経済価値を提供したうえで、新会社の目標達成に連動する新ストックオプションを発行します。これにより、短期的な不安解消と中長期的なコミットメント向上を同時に実現できます。
買い手と売り手ではオプション規定や行使手続が異なる場合が多いです。統合前に合同チームを設置し、規定の突合と従業員説明資料を作成することで、行使可否や税金計算に関する誤解を防ぎます。
買い手がストックオプションを買い取った場合、その支出は会計上は「のれん」の一部として計上されることがあります。一方、税務上は損金算入が認められるか否かでキャッシュフローが変わります。売り手側従業員には給与所得課税が発生するため、源泉徴収義務と支払調書提出を適切に履行しなければなりません。
M&Aに伴うストックオプションの取扱変更は従業員の将来収入に直接影響します。説明会では変更内容、行使期限、買い取り額算定方法、税務上の影響など具体的データを提示し、質疑応答の時間を十分に確保します。さらにFAQを社内ポータルで共有し、個別相談窓口を設けることで離職リスクを軽減できます。
M&A後に新しい目標値や経営指標が設定される場合、既存のベスティングスケジュールが実態と合わなくなることがあります。新ストックオプションを付与する際には、3年や5年など段階的に権利が確定する方式を採用し、業績KPIと連動させることで組織全体の一体感を高めます。
買い手と売り手が異なる法域に属する場合、証券規制や税制が大きく異なり、為替リスクも加わります。オプション行使価格を現地通貨に設定するか本社通貨で固定するかは、従業員の理解度と実務負担の両面から検討します。また源泉税の扱いや二重課税を防ぐ条約適用の可否を専門家と確認することが不可欠です。
合併対価として買い手株式を割り当てる場合、従業員が保有する新株予約権の価値評価が難しくなります。一般的にはブラック・ショールズモデルなどで理論価格を算定し、合併比率に応じて現金または新株予約権を付与する手法が用いられます。評価根拠を丁寧に示し、監査法人や税理士のレビューを受けることで、説明責任を果たしながら無用な不信感を排除できます。
M&Aスキームにより資本増加や株式移転が発生する場合、ストックオプションは定款および株主総会決議に基づいて発行されているかを再確認します。行使価格調整条項や希薄化防止策が契約に盛り込まれていないと、合併後の株式価値が大幅に変動し予期せぬ税負担が発生する恐れがあります。法律顧問とともに事前に条項を洗い出し、必要なら特別決議で修正します。
例えば従業員数100名のIT企業A社が大手B社に売却されるケースを想定します。A社では無償型ストックオプションが1株あたり行使価格100円で付与されており、株価は直近300円です。B社は全株式を1株当たり350円で取得し完全子会社化する予定です。
ステップ1
B社はA社オプションを公正価値250円で買い取り、従業員は即時に経済利益を受け取ります。
ステップ2
同時にB社は自社株をベースとする新ストックオプションを交付し、3年間のベスティングを設定します。
ステップ3
税務面では従業員の受領額が給与所得となり、B社は源泉徴収を行い損金算入します。
このフローにより従業員は短期的なキャッシュと中長期的な報酬の両方を受け取り、B社は優秀人材の流出を防止しながら合併後の成長目標を共有できます。
M&Aを経験した後も自社ストックオプションを上手に活用している大手企業の事例は、中小企業が制度設計を行う際のヒントになります。ここでは楽天グループとメルカリの実例を整理し、共通する成功要因を抽出します。これらの企業は譲受・譲渡のフェーズで従業員インセンティブを維持し、グループ全体の価値最大化を実現している点が特徴です。
対象範囲の広さ
親会社だけでなく子会社・関連会社の役員と従業員にまで付与を広げることでグループシナジーを強化。
段階的ベスティング
発行から1年〜10年の幅で段階的に行使できるよう制限し、短期離職によるノウハウ流出を防止。
共通目標の浸透
グループ全体で同一の株価指標を共有し、会社横断的な成果連動報酬を実現。
創業初期の積極導入
資金に乏しい時期からストックオプションを採用し、優秀人材を惹きつけた。
従業員全体への分配
役員に限らず、多くの従業員に付与。上場後には30名以上が大きな資産を得たと報道された。
成功体験の共有
短期間での株価上昇体験が「やれば報われる」文化を醸成し、成長ドライブとなった。
ストックオプションの税務は、取得時・行使時・売却時それぞれで課税関係が異なるうえ、M&A取引固有の要素が加わります。売り手・買い手・従業員の三者が負う税負担をあらかじめ把握し、キャッシュフロー計画と源泉徴収実務を設計しておくことが、トラブルを避ける近道です。
税制適格外で行使すると、行使時に給与所得として課税されるため、株式売却前に納税が必要になります。特に未上場企業の場合、株式をすぐに換金できない可能性があり、従業員の負担が重くなる点に注意が必要です。適格要件を満たす設計へ変更するか、行使資金や税負担を補助する制度を整えるなど、企業側のサポート体制が求められます。
税制適格要件では、設立年数に応じて1年間に行使できる限度額を定めています。
設立5年未満
上場・非上場とも年間2,400万円。
設立5年以上20年未満
設立20年以上
上場・非上場とも年間1,200万円。
この区分を超えて権利を行使すると税制適格の優遇が受けられなくなるため、対象者ごとに残枠を管理するシステムを整備しておくと安心です。
税制適格要件②では社外高度人材にも付与が認められますが、一定の条件を満たさない場合は対象外となります。付与前に職務内容や貢献度を明確にし、対象者の範囲を規定しておくことで、後日の否認リスクを低減できます。
継続的な情報発信とサポートを行うことで、M&A後の不安を軽減し、エンゲージメント向上に繋げられます。
また、制度の進捗を共有する定例会を設けると、全員が最新情報を把握でき、誤解を減らせます。
M&Aにおけるストックオプションは、譲渡企業・譲受企業・従業員の三者が利益を最大化するカギです。事例の成功要因と税務要件を押さえ、早期説明と専門家連携で制度を最適化しましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事