Powered by みつき税理士法人

M&Aでストックオプションでの取扱事例と税務対応を解説

M&Aでストックオプションは結局どう処理すべきでしょうか。基本概念から売り手・買い手別の実務、そして税務対応まで、一読で要点を把握できるように解説しました。

目次

  1. ストックオプションとは企業と従業員を結ぶ成果連動の権利
  2. 三大タイプのストックオプションを徹底比較
  3. 売り手企業が取るべきストックオプション処理の選択肢
  4. 買い手企業が検討すべき統合後のインセンティブ設計
  5. 大手企業のストックオプション活用事例から学ぶポイント
  6. M&A時のストックオプション税務処理を理解する
  7. まとめ

ストックオプションとは企業と従業員を結ぶ成果連動の権利

ストックオプションは、企業が役員や従業員に付与する「将来特定価格で株式を購入できる権利」です。株価が上がるほど利益が増えるため、会社の成長と従業員の報酬が一致します。特に人件費を抑えたい成長フェーズの企業では給与の代替として導入され、優秀な人材を呼び込む施策として定着しています。M&Aでは株主構成や法人格が変わるため、この権利が存続するかどうかが従業員の関心事になります。

ストックオプションが生まれる五つのステップを理解する

  1. 権利付与決議
    取締役会等で付与数、行使価格、条件を決定します。
  2. ベスティング
    一定年数の在籍を条件にし、短期離職を防ぎます。
  3. 権利行使
    行使期間内であれば従業員は設定価格で株式を取得できます。
  4. 株式保有
    取得後は株主として議決権や配当を得ることが可能です。
  5. 売却と利益実現
    株価が行使価格を上回った時点で売却し利益を得ます。

    M&Aが予定される場合は、ベスティング期間中の権利や行使前株式の取り扱いが交渉論点となるため、事前確認が必要です。

導入企業が得られる三つのメリット

  1. モチベーション向上
    利益と連動するため、日々の業務が自分事になります。
  2. 優秀な人材確保
    現金報酬が抑えられていても将来利益を提示できるため、成長企業が好人材を採用しやすくなります。
  3. 経営者持株比率維持
    オプション経由で株式を追加取得し、上場後の希薄化を緩和できます。

三大タイプのストックオプションを徹底比較

企業は目的やキャッシュフローに応じて適切なタイプを選びます。選択を誤ると税負担が増加し、従業員の期待値も下がるため慎重な設計が不可欠です。

通常型ストックオプションは無償付与で幅広く活用

通常型は無償で権利を与える最も一般的な方式です。権利行使価格は付与時の株価以上に設定するのが通常で、付与対象や期間も自由に設計できます。インセンティブの柔軟性が高い一方、行使時に給与課税が発生する点が特徴です。

有償型ストックオプションは投資意識と税率のバランスが取れる

従業員が対価を支払って取得するため、行使時点で給与課税を回避でき、売却時の譲渡所得課税のみで済む場合があります。対象者が自ら投資することでコミットメントが高まり、会社側のキャッシュアウトも抑えられます。ただし払込金額の算定や金融商品取引法上の手続が増える点に注意します。

株式報酬型ストックオプションは低価格行使で高報酬を実現

行使価格を1円など極めて低く設定し、権利行使時点で大きな含み益が発生します。役員の退職金の代替手段として用いられることが多く、税率が給与より低くなるメリットが得られる半面、行使時と売却時の二重課税を見込んだ資金計画が必要です。

売り手企業が取るべきストックオプション処理の選択肢

M&Aで株式100%譲渡または合併を行う場合、既存ストックオプションをどう扱うかは従業員の信頼と取引価格に直結します。主な対応策は以下の通りです。

既存オプション買い取りで権利を整理する方法

買い手がオプションを買い取ることで権利を消滅させ、従業員に経済的補償を行います。公平な算定方法を採ることで紛争リスクを下げ、買い手は支払額を損金算入できる場合があります。

権利行使後株式を譲渡して資金化する方法

従業員が行使資金を負担し株式を取得したうえで、買い手に株式を売却します。譲渡所得課税や源泉徴収の有無を個別に検討し、手取り額をシミュレーションする必要があります。

新株予約権買取請求権を行使して保護を図る方法

会社が社内規定に反してストックオプションを処理した場合、保有者は買取請求権を行使できます。M&A前に規定を整備し、買取手続や価格算定式を明確にすることでリスクを抑制できます。

合併で法人格が消滅する場合の新規付与策

売り手が吸収合併で消滅する場合、旧オプションは行使できません。買い手が代替オプションを付与する、または金銭補償を行うことで従業員の士気低下を防ぎます。付与比率や行使条件の設定は、従業員に不公平感が生じないよう慎重に行います。

買い手企業が検討すべき統合後のインセンティブ設計

買い手にとっても、統合後のシナジー実現には優秀な人材の維持が不可欠です。既存オプションの整理と新規インセンティブ付与を組み合わせることで、人材流出を防ぎ、目標達成への一体感を醸成できます。

オプション買取と新規付与の併用で双方の利益を確保

既存オプションを公正価格で買い取り、従業員に即時の経済価値を提供したうえで、新会社の目標達成に連動する新ストックオプションを発行します。これにより、短期的な不安解消と中長期的なコミットメント向上を同時に実現できます。

社内規定統一と情報共有でトラブルを防ぐ

買い手と売り手ではオプション規定や行使手続が異なる場合が多いです。統合前に合同チームを設置し、規定の突合と従業員説明資料を作成することで、行使可否や税金計算に関する誤解を防ぎます。

合併後に発生する税務と会計処理の留意点

買い手がストックオプションを買い取った場合、その支出は会計上は「のれん」の一部として計上されることがあります。一方、税務上は損金算入が認められるか否かでキャッシュフローが変わります。売り手側従業員には給与所得課税が発生するため、源泉徴収義務と支払調書提出を適切に履行しなければなりません。

従業員説明会を早期に実施し透明性を確保する

M&Aに伴うストックオプションの取扱変更は従業員の将来収入に直接影響します。説明会では変更内容、行使期限、買い取り額算定方法、税務上の影響など具体的データを提示し、質疑応答の時間を十分に確保します。さらにFAQを社内ポータルで共有し、個別相談窓口を設けることで離職リスクを軽減できます。

ベスティング条件の見直しで長期コミットを促進

M&A後に新しい目標値や経営指標が設定される場合、既存のベスティングスケジュールが実態と合わなくなることがあります。新ストックオプションを付与する際には、3年や5年など段階的に権利が確定する方式を採用し、業績KPIと連動させることで組織全体の一体感を高めます。

クロスボーダーM&Aにおけるオプション取扱の特殊論点

買い手と売り手が異なる法域に属する場合、証券規制や税制が大きく異なり、為替リスクも加わります。オプション行使価格を現地通貨に設定するか本社通貨で固定するかは、従業員の理解度と実務負担の両面から検討します。また源泉税の扱いや二重課税を防ぐ条約適用の可否を専門家と確認することが不可欠です。

合併で旧会社の株価指標が消える際の補償モデル

合併対価として買い手株式を割り当てる場合、従業員が保有する新株予約権の価値評価が難しくなります。一般的にはブラック・ショールズモデルなどで理論価格を算定し、合併比率に応じて現金または新株予約権を付与する手法が用いられます。評価根拠を丁寧に示し、監査法人や税理士のレビューを受けることで、説明責任を果たしながら無用な不信感を排除できます。

株主総会決議とオプション契約の整合性を確認する

M&Aスキームにより資本増加や株式移転が発生する場合、ストックオプションは定款および株主総会決議に基づいて発行されているかを再確認します。行使価格調整条項や希薄化防止策が契約に盛り込まれていないと、合併後の株式価値が大幅に変動し予期せぬ税負担が発生する恐れがあります。法律顧問とともに事前に条項を洗い出し、必要なら特別決議で修正します。

実例で学ぶ対応フロー―仮想ケーススタディ

例えば従業員数100名のIT企業A社が大手B社に売却されるケースを想定します。A社では無償型ストックオプションが1株あたり行使価格100円で付与されており、株価は直近300円です。B社は全株式を1株当たり350円で取得し完全子会社化する予定です。


ステップ1

B社はA社オプションを公正価値250円で買い取り、従業員は即時に経済利益を受け取ります。

ステップ2

同時にB社は自社株をベースとする新ストックオプションを交付し、3年間のベスティングを設定します。

ステップ3

税務面では従業員の受領額が給与所得となり、B社は源泉徴収を行い損金算入します。


このフローにより従業員は短期的なキャッシュと中長期的な報酬の両方を受け取り、B社は優秀人材の流出を防止しながら合併後の成長目標を共有できます。

大手企業のストックオプション活用事例から学ぶポイント

M&Aを経験した後も自社ストックオプションを上手に活用している大手企業の事例は、中小企業が制度設計を行う際のヒントになります。ここでは楽天グループとメルカリの実例を整理し、共通する成功要因を抽出します。これらの企業は譲受・譲渡のフェーズで従業員インセンティブを維持し、グループ全体の価値最大化を実現している点が特徴です。

楽天グループは段階的行使制限で長期コミットメントを確保

対象範囲の広さ
親会社だけでなく子会社・関連会社の役員と従業員にまで付与を広げることでグループシナジーを強化。


段階的ベスティング

発行から1年〜10年の幅で段階的に行使できるよう制限し、短期離職によるノウハウ流出を防止。


共通目標の浸透

グループ全体で同一の株価指標を共有し、会社横断的な成果連動報酬を実現。

メルカリは上場前から幅広く付与し急成長を支援

創業初期の積極導入

資金に乏しい時期からストックオプションを採用し、優秀人材を惹きつけた。


従業員全体への分配

役員に限らず、多くの従業員に付与。上場後には30名以上が大きな資産を得たと報道された。


成功体験の共有

短期間での株価上昇体験が「やれば報われる」文化を醸成し、成長ドライブとなった。

事例から得られる三つの学び

  1. ベスティング設計の工夫
    段階的行使や在籍条件を設けることで、長期コミットメントと離職防止を両立できる。
  2. 付与対象を限定しすぎない
    従業員が自らの貢献と企業価値をリンクさせるためには、現場レベルまで幅広く付与することが有効。
  3. グループ横断の指標共有
    複数の法人を束ねる場合でも、単一の株価KPIを設定すれば目的意識が揃う。

M&A時のストックオプション税務処理を理解する

ストックオプションの税務は、取得時・行使時・売却時それぞれで課税関係が異なるうえ、M&A取引固有の要素が加わります。売り手・買い手・従業員の三者が負う税負担をあらかじめ把握し、キャッシュフロー計画と源泉徴収実務を設計しておくことが、トラブルを避ける近道です。

買い手による買取時は給与課税と損金算入がポイント

  • 買い手が既存ストックオプションを買い取ると、従業員に経済的利益が発生し給与所得として課税。
  • 会社は源泉徴収と納付義務を負うため、支払時期と税額を正確に算出して周知する。
  • 買い取りに要した費用は、買い手企業の損金に算入できる場合があり、税効果を踏まえた価格交渉が可能。

従業員が権利行使する場合は二段階課税に注意

  • 行使時
    行使価格と時価の差額が原則として給与所得。
  • 売却時
    取得原価と譲渡価額の差額が譲渡所得となり、分離課税で課税。
  • 税制適格要件を満たすと行使時課税が繰り延べられ、売却時のみ課税されるため節税効果が大きい。

税制適格ストックオプションの七要件を満たし優遇を受ける

  1. 発行価額が無償であること
  2. 付与対象が会社または子会社の取締役・執行役・従業員であること
  3. 権利行使期間が付与決議日から2年以上10年以内であること
  4. 権利行使価格が契約締結時点の時価以上であること
  5. 第三者への譲渡禁止規定を設けていること
  6. 年間権利行使価額が1,200万円(条件によっては3,600万円)以下であること
  7. 証券会社への保管委託契約を締結していること

税制適格要件を満たさない場合のリスク

税制適格外で行使すると、行使時に給与所得として課税されるため、株式売却前に納税が必要になります。特に未上場企業の場合、株式をすぐに換金できない可能性があり、従業員の負担が重くなる点に注意が必要です。適格要件を満たす設計へ変更するか、行使資金や税負担を補助する制度を整えるなど、企業側のサポート体制が求められます。

税務実務フローと書類整備で源泉徴収漏れを防ぐ

  • 権利行使・買取・売却の各タイミングを一覧表で管理し、給与課税か譲渡課税かを判別する。
  • 源泉徴収が必要な取引では支払と同時に税額を控除し、所定の期限までに納付する。
  • 税制適格要件⑦に基づく証券会社との保管委託契約書を従業員ごとにファイリングする。
  • 買取価格や行使価額の根拠を記した内部説明資料を用意し、税務調査時に提示できるようにする。

有償型ストックオプション設計時の注意点

  • 払込金額は株価評価に基づく公正価額とし、従業員にリスクを説明して書面で同意を得る。
  • 報酬ではなく投資と位置付けられるため、会社は税制適格要件を満たすかどうかにかかわらず行使時課税を回避できる。
  • 設計コストや従業員の現金負担とのバランスを考慮し、長期的なインセンティブ効果を検証する。

権利行使限度額を設立年数で区分するルール

税制適格要件では、設立年数に応じて1年間に行使できる限度額を定めています。


設立5年未満

上場・非上場とも年間2,400万円。


設立5年以上20年未満 

  • 非上場または上場後5年未満の企業      年間3,600万円。
  • 上場後5年以上の企業                        年間1,200万円。

設立20年以上

上場・非上場とも年間1,200万円。


この区分を超えて権利を行使すると税制適格の優遇が受けられなくなるため、対象者ごとに残枠を管理するシステムを整備しておくと安心です。

社外高度人材への付与は要件確認が必須

税制適格要件②では社外高度人材にも付与が認められますが、一定の条件を満たさない場合は対象外となります。付与前に職務内容や貢献度を明確にし、対象者の範囲を規定しておくことで、後日の否認リスクを低減できます。

従業員説明会後のフォローアップで信頼を維持する

  • FAQ資料を社内ポータルに掲載し、行使手続や税務上の疑問をいつでも確認できるようにする。
  • 個別相談を設定し、税制適格要件を満たしていない従業員には行使タイミングと税負担をシミュレーションして示す。
  • 行使期限のリマインド通知を行い、期限失効による損失を防止する。


継続的な情報発信とサポートを行うことで、M&A後の不安を軽減し、エンゲージメント向上に繋げられます。

七要件をスムーズに満たす手順

  1. 発行決議時に取締役会議事録を作成し、無償発行であることを明記する。
  2. 付与契約書で権利行使期間と行使価格を明示し、第三者譲渡禁止条項を盛り込む。
  3. 付与対象者リストを作成し、大株主や監査役など対象外者が含まれていないか確認する。
  4. 設立年数に合わせて行使限度額を計算し、超過しないよう社内システムでアラートを設定する。
  5. 証券会社との保管委託契約を締結し、株券が電子的に管理されていることを証明する。
  6. 権利行使前に行使価格が時価以上であるかを確認し、株価算定書を添付する。
  7. 定期的に専門家とレビューし、制度変更やM&Aスキーム変更に合わせて必要な修正を実施する。


また、制度の進捗を共有する定例会を設けると、全員が最新情報を把握でき、誤解を減らせます。

まとめ

M&Aにおけるストックオプションは、譲渡企業・譲受企業・従業員の三者が利益を最大化するカギです。事例の成功要因と税務要件を押さえ、早期説明と専門家連携で制度を最適化しましょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

相続の教科書