株式譲渡と事業譲渡と会社分割を比較し最適な手法を選ぶ
「株式譲渡、事業譲渡、会社分割のうち、うちの会社に合う手法はどれ?」――そんな疑問に即答するため、本記事では各スキームの特徴・比較・選び方をやさしく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(M&Aスキームの概要)
株式譲渡は、譲渡企業の株主が保有株式を譲受企業に移すだけで経営権をまとめて移転できるシンプルなスキームです。株式名簿を書き換えれば完了するため、他の手法と比べて手続が少なく、スピーディーな承継が可能になります。
まず譲渡企業と譲受企業が株式譲渡契約を締結し、対価と譲渡日を定めます。次に株主名簿を更新すると、経営権を含む資産・負債・契約がすべて包括的に譲受企業へ移ります。登記や許認可の再取得は原則不要です。
簿外債務や不採算部門があると株価が下がり、期待どおりの対価を得にくくなります。また多額の負債があれば買い手探しが難航します。
予期しない訴訟や偶発債務が後に発覚する恐れがあります。買収前にデューデリジェンスを徹底し、表明保証条項や補償条項でリスクヘッジすることが重要です。
事業譲渡は、会社全体ではなく特定の事業・資産・負債を選んで譲渡できる手法です。経営権は移らず、譲渡企業が残る点が株式譲渡と大きく異なります。法人税等は課税されますが、リスクや不要資産を切り離せる点が強みです。
譲渡対象に含める資産(設備・在庫・知的財産など)、負債、従業員、契約を一つずつ特定し、事業譲渡契約で定義します。債務を引き継ぐ場合は債権者の個別同意が不可欠です。
譲渡益に法人税が課されるほか、従業員や取引先の同意取得が必要で、実務負担が増えます。
許認可やサプライヤー契約を再取得する必要があり、クロージングまでに時間と労力を要します。
会社分割は、会社法が定める組織再編行為であり、事業を新会社または既存会社に一括して移す方法です。吸収分割と新設分割があり、さらに分社型と分割型に分類されます。債権者保護手続が必要ですが、契約・許認可・従業員をまとめて承継できる点が特徴です。
譲受企業(承継会社)が分割契約を結び、譲渡企業(分割会社)の部門を丸ごと引き継ぎます。対価は株式または現金を選択でき、株式対価の場合は資金負担を抑えられます。
分割会社が新会社を立ち上げ、そこへ事業を承継させたうえで、譲受企業が新会社株式を取得します。部門切り出しと同時に買収ができ、スピンオフにも活用されます。
業種によっては再許可が必要となり、分割計画書や公告・催告など多岐にわたる手続コストが発生します。
包括承継のため、取引先との契約やライセンスを改めて交わす必要がありません。対価を株式で賄えば資金繰り負担も抑制できます。
事業とともに偶発債務を承継する可能性があり、分割契約書の作成や債権者保護手続の対応で人手が取られます。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割には「譲渡対象」「経営権の移転」「負債の引継ぎ」「手続の自由度」「権利義務の承継方法」「税務負担」「支払対価」など多くの相違点があります。以下では主要な観点ごとに三手法を比較し、違いを一目で把握できるように整理します。
株式名簿の書換で済む株式譲渡は、取締役会承認だけで進むケースもあり短期間で完了します。事業譲渡では株主総会特別決議や契約巻直しが必要なため、中程度の期間と労力が掛かります。会社分割は公告・催告、株主総会、債権者保護手続など法定ステップが多く、実務負担は最も大きくなります。
適格要件を満たした株式対価の会社分割では、分割会社に譲渡益課税が生じず、登録免許税や不動産取得税の軽減措置も受けられるため、税負担の観点でも選好されています。事業譲渡では法人税課税、非適格分割では資産再評価益が課税対象になります。株式譲渡は株主個人課税のみで法人税が掛からず、対価は原則現金ですが買収ファイナンスの工夫がしやすいです。
企業の目的や制約条件によって採るべきスキームは変わります。ここでは代表的な四つの観点で判断基準を示します。
医療・建設など許可事業を営む会社では、新規取得に時間がかかるため、許認可をそのまま残せる株式譲渡が効果的です。
リスクの大きい部門やシナジーの低い事業のみを売却し、健全なコア事業へ資源集中を図る際に有効です。
契約巻直しが難しい大規模部署を移すときには、包括承継可能な会社分割を選ぶと実務コストを抑えられます。
適格分割で株式対価を活用すれば、巨額のキャッシュを用意せずに事業買収や子会社上場が可能になります。
豊富な知見に基づき、企業の目的・財務状況・株主構成を踏まえて最適案を提示し、潜在リスクを洗い出します。
デューデリジェンス、契約書ドラフト、株主・債権者対応などを一括で任せられるため、経営者は事業運営に集中できます。
独立系の第三者評価により価格の妥当性を確認し、交渉時には売り手・買い手双方の意向を調整して着地点を探ります。
以下の質問に「はい」が多いスキームが現状に合う可能性が高いです。
会社分割制度は2001年導入後、事業を対象とするM&Aで選ばれる割合が年々上昇しています。包括承継による契約引継ぎと税制優遇が注目され、東芝の再編計画やカーブスの株式分配などスピンオフ事例でも活用が進んでいます。
取引先契約・許認可・従業員をまとめて移せる実務メリットと、適格分割による譲渡益課税の繰延が評価されています。
上場グループの事業切出し、オーナー企業の事業承継などでも選択肢として定着しています。
株主総会省略も可能で、株式譲渡契約と名義書換が中心です。
従業員承諾書、取引先同意書など多数の書類を準備し、三~六か月程度を要します。
債権者保護手続期間だけで一か月を要し、全体スケジュールは六~九か月が一般的です。
税負担や譲渡後の競業制限条項を踏まえ、手取り額と事業計画を照合しましょう。
簿外債務に備え、補償上限額や期間を契約で明確に定めておくことが重要です。
代表的な表明保証項目を列挙し交渉時のチェックリストに活用
連結上はのれん計上があるものの、個別決算では影響が限定的です。
税務上も損金算入が可能で、キャッシュフロー計画に影響するため事前試算が必須です。
株式対価で適格要件を満たせば譲渡損益が繰延となり、現金対価や非適格分割では課税が発生します。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割を徹底比較し、譲渡対象、負債承継、税務、手続自由度などの主要ポイントを一覧で整理しました。スピード重視かリスク遮断か、株式対価か現金対価か—自社の目的と制約を踏まえ最適スキームを選び、専門家と連携して安全かつ円滑なM&Aを実現するための指針を解説します。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事