事業承継とM&Aとの違いを徹底解説する第三者承継実践講座

事業承継とM&Aの違いがわからずお悩みではありませんか?この記事では両者の特徴を比較し、後継者不足を乗り越えるための具体的なメリット・デメリットと成功のコツを解説します。

目次

  1. 事業承継とM&Aの違い
  2. M&Aは事業承継の有力な選択肢
  3. M&Aによる事業承継のメリット
  4. M&Aによる事業承継のデメリット
  5. 事業承継でM&Aを選択すべき判断ポイント
  6. M&Aによる事業承継の流れ
  7. M&Aによる事業承継を成功させるポイント
  8. まとめ

事業承継とM&Aの違い

事業承継もM&Aも「会社や事業をだれが引き継ぐか」を決める行為ですが、主語と目的が異なります。事業承継は経営者が自社の経営を次の経営者へバトンタッチすることで、会社の内側でバトンが渡るイメージです。一方M&Aは株式や事業を社外の第三者へ譲渡し、経営権そのものを移転する行為です。どちらも会社の未来を守る手段であることに変わりはありませんが、バトンを渡す相手が社内か外部かという点で大きく違います。

事業承継とは

事業承継は経営に必要な「人・資産・知的資産」を後継者へまとめて引き渡す仕組みです。親族内承継、社内承継、第三者承継(M&A)の三つの型があり、従来は親族内承継が主流でした。しかし近年は経営者の高齢化と後継者不足が進んだことで、親族や社内に後継者が見つからない会社が増えています。こうした場合も早めに承継計画を立てることで会社を存続させられます。

M&Aとは

M&Aは英語の「Mergers and Acquisitions」の頭文字で、合併や買収をまとめて指します。中小企業の承継現場で最も使われるスキームは株式譲渡です。経営者(株主)が保有する株式を譲受企業へ売却し、経営権を移転します。事業単位で譲渡する事業譲渡や会社分割と比較して、株式譲渡は手続がシンプルで従業員や取引先との契約関係をそのまま引き継げる利点があります。

M&Aは事業承継の有力な選択肢

第三者承継が注目される理由は、後継者不在の解決策になるからです。中小企業庁の統計では経営者の平均年齢は年々上昇し、70代でも約半数が後継者未定とされています。そのまま廃業すると従業員の雇用や地域経済に影響します。そこで政府は事業承継・引継ぎ支援センターの設置や税制優遇、補助金などを通じてM&Aを後押ししています。M&Aは社外に後継者を求める手段として制度面でも進めやすい環境が整っています。

政府の後押し

支援センターでは譲渡企業と譲受企業のマッチングを無料で行い、専門家による手続サポートも受けられます。また事業承継税制の特例を利用すれば株式譲渡に伴う税負担を大幅に抑えられる場合があります。こうした公的支援の活用により、M&Aのハードルは以前より低くなりました。

M&Aによる事業承継のメリット

M&Aを用いると、社内に後継者がいなくても会社を残せるだけでなく、譲渡企業・譲受企業の双方に多くの利点が生まれます。

後継者問題を解決できる

親族や従業員に適任者がいない企業が廃業を選ぶと、培ってきた技術や雇用が失われます。M&Aなら外部に広く後継者を求められるため、会社を存続させながらバトンを渡せます。

創業者利益を確保できる

株式を売却すると対価が経営者個人に入り、老後資金や新規事業の原資として活用できます。また負債の個人保証を外せる場合もあり、安心して第二の人生を描けます。

会社が存続し従業員の雇用も守られる

譲渡契約に従業員の継続雇用を盛り込めば、仕事を失わずに済みます。取引先への影響も限定的で、地域経済にとってもプラスです。

M&Aによる事業承継のデメリット

メリットだけでなく注意点も理解することが成功への近道です。

適切な譲受企業を探すのが難しい

経営を続けながら譲受企業探しや交渉を行うのは大きな負担です。専門家のサポートを受けることで時間と労力を削減できます。

売却価格が期待どおりになるとは限らない

企業価値はコストアプローチ・インカムアプローチ・マーケットアプローチといった評価手法や交渉結果で変動します。希望額を実現するには早めの準備と複数候補との比較が重要です。

企業文化の統一に時間がかかる

互いの社風や業務プロセスが異なると、統合後に現場が混乱する恐れがあります。PMI(統合プロセス)の計画を事前に設計し、従業員向け説明会を重ねることが求められます。

経営方針が変更される可能性

譲受企業のグループ方針に合わせて組織体制が変わると、従業員の不安が高まり離職につながる場合があります。ガバナンス体制をどう維持するかを基本合意段階で擦り合わせましょう。

取引先や従業員への説明が欠かせない

情報が早期に漏れると現場が動揺します。最終契約締結までは情報共有の範囲とタイミングを限定し、成立後は速やかに当事者へ説明して信頼を保つことが重要です。

事業承継でM&Aを選択すべきかを判断するポイント

M&Aは万能ではありません。自社の状況を客観的に分析し、譲受企業から評価されやすい状態かどうかを確認しましょう。

売上と利益が安定しているか

3期以上連続して売上が伸び、営業利益が黒字であれば将来キャッシュフローの見通しが立ちやすく、譲受企業にとって魅力が高まります。赤字がある場合は改善計画を示すことが必要です。

従業員の年齢構成

平均年齢が高い場合、近い将来の大量退職リスクが懸念材料になります。技術継承の計画を示したり、雇用条件の調整でリスクを減らす取り組みが効果的です。

ブランド力・技術力の優位性

独自技術や強いブランドは無形資産として高く評価されます。特許、顧客満足度調査、業界シェアなど定量的データを用いて優位性を示しましょう。

業務の属人化リスク

特定の職人や社長の人脈に依存している場合、承継後の継続性が懸念されます。マニュアル整備や権限委譲を進め、組織で回る体制を構築することが重要です。

取引先・顧客の多様性

取引先が特定企業に偏らず、かつ譲受企業と重複しない顧客を持つほどシナジーが生まれやすく、評価が高まります。

M&Aによる事業承継の流れ

おおまかなプロセスを把握しておくと、準備に必要な期間や手順をイメージしやすくなります。

目的と方針の整理

まず経営者が譲渡の目的(資金確保、後継者問題解決など)と譲受企業に求める条件(雇用維持、地域貢献など)を明確にします。

専門家への相談

税理士やM&A仲介会社に相談し、秘密保持契約を結んだ上で資料を共有します。専門家は財務分析を行い、簡易企業価値を提示します。

ノンネームシートとマッチング

社名を伏せた概要資料で市場に打診し、関心を示した譲受企業との面談を設定します。

トップ面談と基本合意書

経営者同士が面談し、理念や戦略の相性を確認した上で基本合意書を締結します。ここで独占交渉権やデューデリジェンスの範囲を定めます。

デューデリジェンス

財務・税務・法務・人事など多面的な調査を実施し、リスクの洗い出しと最終条件の調整を行います。

最終契約とクロージング

株式譲渡契約の締結と対価の受領、役員変更などのクロージング手続きを経てM&Aが成立します。

経営統合(PMI)

組織、人事、システムの統合計画を策定・実行し、シナジーを最大化します。PMIの成否がM&A成功を左右します。

M&Aによる事業承継を成功させるポイント

成功確率を高めるには、時間を味方につけて丁寧に準備することが大切です。

早期着手と計画的な対策

経営者の引退が視野に入った段階で検討を開始し、具体的なアクションプランを作成します。経験則では検討開始からクロージングまで5年以上かかるケースも珍しくありません。

企業価値の向上

売上拡大だけでなく、収益性や成長ストーリーを示すことで評価額が上がります。コスト構造の見直し、経営管理体制の強化、ESGへの取組などもプラス要素になります。

株主の理解と情報管理

非公開会社で複数株主がいる場合は、早期に方向性を共有して総意を形成する必要があります。同時に、交渉段階での情報拡散を防ぐため、共有範囲とタイミングを細かく設定します。

公的支援の活用

事業承継・引継ぎ補助金や事業承継税制を利用すれば、専門家費用や税負担を軽減できます。年度ごとの要件が変わるため、支援センターや税理士に確認しましょう。

専門家チームの編成

譲渡企業、譲受企業、金融機関、税理士、公認会計士、弁護士が連携し、それぞれの専門領域をカバーすることで交渉と手続がスムーズに進みます。

よくある質問

事業承継とM&Aはどこが違いますか

事業承継は社内外を問わず後継者へ経営を引き継ぐ総称で、M&Aはその方法のひとつです。親族内承継や社内承継と異なり、M&Aでは社外の第三者へ経営権を譲る点が特徴です。

M&Aによる承継は本当に従業員のためになりますか

譲渡契約に雇用維持を盛り込み、譲受企業と共同でPMIを行えば、従業員が安心して働ける環境を整備できます。廃業と比較すれば雇用が守られる可能性は高まります。

いつ専門家に相談すべきですか

「3年後に引退したい」と考えた時点が目安です。時間があるほど企業価値向上や譲受企業選定の選択肢が広がります。

PMIでは何をすればよいですか

PMIでは組織図や業務フローの統合、人事制度の調整、情報システムの接続、ブランド戦略の整理など多岐にわたるタスクを行います。初日からの100日計画を立て、責任者を明確にして対応することが成功の鍵です。

公的支援を最大限に活用する方法

事業承継でM&Aを行う際は、時間や労力だけでなく費用も発生します。政府は後継者不足を国家的課題と捉え、税制優遇や補助金で企業を後押ししています。支援内容を把握し、条件に合う制度は早めに申請しましょう。

事業承継・引継ぎ補助金

事業承継・引継ぎ補助金には「専門家活用枠」と「経営革新枠」があります。

専門家活用枠(譲渡・譲受双方)

M&A前に税理士・弁護士などを活用する費用を補助

経営革新枠(創業支援型・経営者交代型・M&A型)

M&A後の新規設備投資や販路拡大費用を補助

申請条件と補助率は年度ごとに変わるため、公募要領を確認してください。計画書の作成段階から専門家に相談すると採択率が高まります。

事業承継税制(特例納税猶予)

事業承継税制は、非上場株式の相続・贈与にかかる税負担を実質ゼロにできる制度です。2018年改正で下記の特例が時限措置として追加されました。

  • 対象株式の制限撤廃
  • 納税猶予割合を100%に引上げ

適用には事前確認書の取得や5年間の雇用確保が必要です。M&Aで株式移転を行う場合でも、制度適用の可否を税理士へ必ず確認しましょう。

事業承継・引継ぎ支援センター

全国の商工会議所などに設置され、次の支援を無料で提供します。

  • 譲渡企業・譲受企業のマッチング
  • 専門家紹介とアドバイス
  • 契約書レビューやPMI相談

公的機関を窓口にすると、秘密保持と公平性が担保されるため安心です。

個人事業でもM&Aは可能

法人に限らず、個人事業主でも第三者承継は行えます。店舗の営業権や顧客リスト、設備一式を「事業譲渡」として引き継ぐ形が一般的です。承継前に経営状況を可視化し、取引契約を名義変更できるか確認しておきましょう。

第三者承継を成功へ導くチェックリスト

検討準備フェーズ

  • 事業承継計画書を作成し、課題を洗い出したか
  • 売上・利益・キャッシュフローの3期分を整理したか
  • 株式・資産・契約の名義状況を把握したか

交渉フェーズ

  • ノンネームシートに自社の強みを簡潔に示したか
  • 基本合意書で独占交渉期間と表明保証を明記したか
  • デューデリジェンスでリスク情報を開示したか

クロージング・PMIフェーズ

  • 譲受企業と100日プランを設計したか
  • 従業員説明会で処遇と将来像を共有したか
  • 統合後のKPI(売上、離職率など)を設定したか

チェックリストを活用し、漏れなくタスクを遂行することが成功への近道です。

トラブルを防ぐための注意点

譲渡タイミングを逃さない

業績が悪化してからでは企業価値が下がり、譲受企業が見つかりにくくなります。黒字で将来性を示せるうちに売却することで、条件交渉を優位に進められます。

情報管理の徹底

噂が先行すると従業員のモチベーション低下や取引先の離脱につながります。共有範囲を最小限にし、最終契約締結後に速やかに周知する段取りを決めておきましょう。

人材流出への備え

経営方針や待遇が変わると、不安を抱いた従業員が退職する恐れがあります。早期に処遇方針を提示し、キーパーソンには個別面談でキャリアパスを示すことが重要です。

M&A専門家へ相談するメリット

税務・法務・財務など多岐にわたる論点をワンストップでサポートできるのが専門家チームの強みです。

適正価格の算出

複数手法でバリュエーションを提示

マッチング力

幅広いネットワークで最適な譲受企業を紹介

交渉支援

条件調整や契約書ドラフトをリード

PMI支援

統合後の体制づくりを伴走

譲渡企業の経営者は本業に集中でき、交渉のスピードと精度が向上します。

ケース別ポイント整理

製造業(技術力が強み)

  • 特許や製造ノウハウを無形資産として評価に反映
  • ベンダーとの長期取引実績をデータで提示

サービス業(人材が資産)

  • 顧客満足度調査やリピート率をKPIとして開示
  • 従業員の評価制度・教育体制を統合しやすい形で整備

小売業(多店舗展開)

  • 店舗ごとの損益管理表を開示し、優良店舗と改善店舗を区分
  • 物流や在庫管理システムの統一プランを事前に策定

まとめ

後継者不足は放置すれば廃業につながります。M&Aを活用した事業承継は、会社を存続させつつ創業者利益の確保や雇用維持を図れる有力な選択肢です。政府の支援制度と専門家の力を活用し、早めに準備を進めることで、スムーズな承継と企業のさらなる成長を実現しましょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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