M&A保険活用でリスク低減可能な表明保証保険の詳細を解説
「M&A保険は本当に必要?」そんな疑問に即答します。表明保証保険は譲受企業の損害を補償し、譲渡企業にも安心をもたらす仕組みです。本記事ではその必要性、メリット、契約の流れを分かりやすく紹介します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(最終契約/クロージング)
M&Aは複数の企業が関わる大きな取引であり、取引完了後に知られていなかった負債や法的問題が発覚すると、当事者全員が大きな損失を被ります。表明保証保険は、契約時点で譲渡企業と譲受企業が交わす「表明保証」条項に違反が起こった場合の経済的損失を保険会社が補填する制度です。これにより、取引後に万一問題が見つかっても迅速に補償が行われ、両社は安心して次の経営判断に進むことができます。
M&A契約書には「譲渡企業は開示した財務諸表が正確である」「譲受企業は資金調達能力を有する」など、複数の表明保証が盛り込まれます。これらは取引の前提条件であり、後日虚偽が判明した場合には違反となります。表明保証保険は、この違反による損害を保険会社が代わって負担してくれる仕組みです。
米国ではM&A取引のリスク管理手法として表明保証保険が一般化しています。日本国内でも2020年頃から大手損害保険会社が相次いで商品化し、中小規模のM&Aでも手頃な保険料で利用できるケースが増えています。国内外の慣行を踏まえたリスクヘッジ策として注目度が高まっています。
譲渡企業と譲受企業の間には情報格差が存在します。特に譲受企業は、デューデリジェンスを実施しても短期間で対象会社の全てを把握しきれない場合があります。表明保証保険はこの情報ギャップによる不確実性を補う役割を持っており、公平な取引環境を整備します。
企業価値の算定には簿外債務や潜在的な訴訟リスクが影響します。買収後に想定外の負債が見つかった場合、譲受企業は大きな財務負担を負います。保険加入により損失が保険会社から支払われるため、譲受企業は資金繰りへの影響を最小化できます。
短期間でクロージングを目指す場合、表明保証保険は交渉を円滑にし、契約締結までの時間を短縮します。譲渡企業は補償責任の上限を保険で担保でき、譲受企業は安心して合意に至ることができるからです。
表明保証保険の有効性が特に高いのは、相手との信頼関係が十分でない、または対象事業の調査時間が限られている場面です。以下に代表的なケースを示します。
株主構成が複雑なとき、譲受企業は各譲渡企業ごとに補償請求を行う手間が発生します。保険を利用すれば、保険会社への一本化された請求で済むため、負担が軽減されます。
創業間もないスタートアップは財務情報の蓄積が少なく将来の収益予測も不確定です。表明保証保険は将来リスクをカバーすることで、イノベーション企業への投資を後押しします。
表明保証保険活用の3大メリット
ここでは譲渡企業・譲受企業双方にもたらされる代表的な利点を整理します。
譲渡企業のオーナーが保険に加入することで、取引完了後の補償責任を最小化できます。その結果、売却益を早期に確定し、新たな投資や事業に集中できます。
譲受企業は損害が生じた際、譲渡企業へ直接請求せず保険会社に請求できます。信用力の高い第三者から補償を受けることで、キャッシュインの確実性が向上します。
保険により補償範囲が明確化されることで、譲渡企業と譲受企業の交渉はスムーズになります。補償額や責任期間に関する対立を避け、取引後の協業や引継ぎも円滑に進みます。
表明保証保険は万能ではありません。契約に際しては次の点を確認しましょう。
クロージング以前に譲受企業が違反事実を把握していた場合や、年金積立不足、業績予想の食い違いなどは補償の対象外となることが一般的です。免責事由をあらかじめ洗い出し、他の契約条項でリスク分担を設計する必要があります。
年金積立不足が免責となる背景を理解する
年金や退職給付は長期にわたり変動するため、保険会社は過去情報のみでは十分なリスク評価ができません。その結果、補償範囲から除外される場合が多い点に注意が必要です。
表明保証保険の保険料は支払限度額の2%から4%が目安とされます。誰が負担するかは交渉によって決定されますが、リスク軽減の受益が大きい側が全額または多くを負担するケースが一般的です。
通常、補償上限は企業価値の10%から20%に設定されます。保険でカバーできない超過損失は契約上のその他保証やエスクローで補完する設計が求められます。
保険会社は引受審査でデューデリジェンスの内容を精査します。調査が不十分だと追加調査や補償除外となる恐れがあります。保険加入を前提にするほど、むしろ調査の精度が重要になります。
損害発生後、一定期間内に書面で通知しなければ請求できない場合があります。また、保険期間は契約後数年に制限されるため、長期的なリスクは別途検討が必要です。
ここでは譲受企業が買主用保険を締結する場合を例に、一般的な手順を紹介します。
まずM&A仲介会社や保険ブローカーに相談し、取引規模やリスクに合ったプランを仮見積もりします。ネットワークに強い仲介会社を活用するとスムーズです。
仮見積もり後、デューデリジェンス報告書や開示資料を保険会社へ提出し、確定見積もりを取得します。この段階では一定の審査費用が発生します。
保険会社は提出資料をもとにリスクを洗い出し、質問書を提示します。譲受企業は事実関係の確認を行いながら回答し、補償範囲や免責条件を調整していきます。
両当事者が最終契約書を交わすタイミングで保険契約も締結するのが一般的です。この同時締結により、取引成立後すぐに保険が有効となり、リスクヘッジが途切れません。
支払限度額が十億円の場合、保険料は二千万円から四千万円が目安です。ただし最低保険料が設定されているため、小規模な譲受でも五百万円程度の固定費が必要な場合があります。近年は国内損害保険会社が数十万円から加入できる中小向け商品を提供し、利用ハードルが下がっています。
買主用保険は譲受企業が直接保険会社へ請求でき、補償範囲を契約条項より広げることも可能です。一方、売主用保険は譲渡企業が先に補償金を支払い、その後に保険金を請求するため手続が煩雑になります。実務では買主用保険が主流ですが、ファンドが売り手に回るケースなどでは売主用保険でクリーンエグジットを図ることもあります。
M&Aでは表明保証保険以外にもエスクローや価格調整条項、アーンアウトなど複数のリスク分担手段があります。それぞれの特徴を比較し、最適な組み合わせを選択することが重要です。
エスクロー口座に一部対価を留保しておく方法は、補償を現金で確保できる点が強みです。ただし資金拘束が続くため、譲渡企業の資金計画に影響が出ることがあります。表明保証保険と併用すれば、留保金額を抑えつつ広いリスクをカバーできます。
クロージング後に純資産額を再計算し、対価を後調整する価格調整条項は財務リスクに有効ですが、訴訟リスクや法令違反リスクまではカバーできません。表明保証保険は法的・環境的リスクも対象となるため、組み合わせることで総合的な防御策となります。
アーンアウトは業績連動で追加対価を支払う仕組みですが、将来の業績測定を巡り紛争が起きやすい点が課題です。損害補填を保険でカバーしておけば譲受企業は安心して成果を待つことができます。
中小規模のM&Aでは、保険料がコスト負担になりがちです。最近は最低保険料を数十万円に抑えた商品も登場していますが、保険料を判断する際は次の3点を確認しましょう。
最低保険料の設定が50万円でも、支払限度額が数千万円ではリスクカバーが不十分となる可能性があります。対象会社の企業価値と潜在損失の規模を照らし合わせ、適切な限度額を設定することが重要です。
免責金額を低くすると保険料が上がりますが、あまり高く設定すると小規模損害が補償対象外となる恐れがあります。譲受企業のキャッシュフロー計画に合った金額を選定しましょう。
詳細なデューデリジェンスは保険契約に不可欠ですが、調査費用も無視できません。保険料と調査費用の合計額が取引規模に対して過大にならないか確認し、全体コストとして最適化を図ることが大切です。
以下のタイムラインを参考に、保険契約とM&A手続を並行管理するとスムーズです。
このように工程を明確に区切れば、案件全体の進捗管理とリスク管理を同時に行うことができます。
保険期間内であっても、契約締結前に譲受企業が認識していたリスクは補償対象外です。未知の瑕疵であることを証明できる資料保存が不可欠です。
受益の大きい譲受企業が全額負担する例が多いものの、リスク低減を売り手側が重視する場合は折半も可能です。交渉で柔軟に決定します。
可能です。株主間の補償責任を一本化できるため、保険会社にとっても事故処理が明確になり、引受が円滑になります。
多くの商品で短期解約返戻金制度はありません。長期の補償が目的であるため、期間満了まで維持する前提で加入しましょう。
表明保証保険は、予期せぬ表明保証違反による損害を補償し、譲渡企業のクリーンエグジットと譲受企業の資金回収確実化を同時に実現します。免責事由、保険料、上限額などを理解し、デューデリジェンスを十分に行ったうえで導入すれば、M&Aリスクを大幅に抑えられます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画