目次
TSAとは、事業譲渡や会社分割のような事業の一部を切り出して売却する(カーブアウトする)M&Aで、M&A後の統合移行期間中に生じるサービスの提供を、どのように売り手と買い手の間で管理するかを取り決める契約です。「Transition」は「遷移・変遷」を意味し、「Service Agreement」は「サービスの契約」を意味します。これらを組み合わせた言葉で、「遷移・変遷期間中のサービスに関する契約」がTSAであると言えます。クロージングが完了しても、事業は継続するため、M&A契約に基づく移行期間中の詳細をTSAで一時的な契約として取り決めることが求められます。
▶目次ページ:企業買収(経営統合)
M&Aでは、契約を進める過程で事業の統合を段階的に進めるのが一般的です。しかし、最終契約の締結前に統合を完了できないことが多々あります。そこで、TSAを締結することで、事業の移行期間中に関するルールを設定し、問題を回避する重要性が増します。TSAを締結することで、M&Aの実施後にサービス提供やシステム管理方法を明確にし、移行関連手続きを簡素化することもできます。
M&AでTSAを締結する際には、特定のタイミングが重要です。以下では、M&AでTSAを締結するタイミングについて解説します。
TSAは、M&Aの最終契約締結前に締結されることが通常です。これにより、事業譲渡後の移行期間中のサービス提供やシステム管理が円滑に進むようになります。
M&Aの最終契約締結後、移行期間中に問題が生じた場合、追加のTSAを締結することもあります。これにより、既に発生している問題や予想される問題を効果的に管理することが可能になります。
以上のように、M&AにおけるTSAは、事業の移行期間を効果的に管理し、スムーズな移行を実現する上で欠かせない契約です。M&AのプロセスにおいてTSAの理解と適切な活用が求められますので、ぜひ参考にしてください。
M&AにおけるTSAの対象となる業務領域には、主に以下のようなものが挙げられます。
• バックオフィス業務
• ロジスティクス部門
• サプライチェーン・マネジメント
事業運営におけるバックオフィス業務は、TSAの重要な対象領域です。人事、財務、総務など、日々の業務が欠かせない部分をTSAでサポートすることが必要となる場合があります。バックオフィス業務には、外部の取引先も関わっているため、事業が停滞することで取引先に迷惑をかけるリスクが生じます。そのため、M&A後も取引先との良好な関係を維持する目的で、TSAを締結することが望ましいです。
顧客のニーズに対応したり、コスト削減の計画を立案および実行したりするロジスティクス部門も、TSAの対象となります。ロジスティクス部門の責任者が不在の場合、顧客ニーズへの対応や細かい調整が不可能になることがあります。そのため、TSA契約を締結してM&Aの移行期間中も顧客対応が継続できる環境を整えることが重要です。
仕入れや物流をグループ企業が担当している場合、サプライチェーン・マネジメント(SCM)もTSAの対象となります。M&A後に物流が滞らないように、TSAで管理する必要があります。もし物流が一度でも停滞してしまうと、元の状態に戻すことが困難になります。そのため、M&Aの際にはサプライチェーン・マネジメントにおける対応策をTSAで明確に定めることが必要とされます。
Transaction Support Agreements (TSA)について理解を深めるためには、M&Aで関連する契約についても知ることが重要です。以下では、TSAと関連する契約について説明します。
M&Aの最終契約は、TSAと密接な関係を持つ重要な要素です。最終契約は、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)を通じて、譲渡企業の状況を確かめた後に結ばれる契約であり、クロージング後の一定期間、業務管理や移行の取り決めを定めるためにTSAが締結されます。
M&A後の移行中に運営が難しいと判断される場合、譲受企業に代わって譲渡企業に業務委託契約を提供することがあります。TSAで合意された業務を譲渡側に委託することで、事業の継続を促進させることができます。また、譲渡企業ではなく、別の外部サービスプロバイダと業務委託契約を結ぶことも可能ですが、譲渡企業が事業内容を理解し、効率的かつ迅速に事業を継続させることができることが多いです。
TSA開始の前には、いくつかの基本的な手続きが行われます。以下では、M&AにおけるTSAの準備段階、交渉段階、最終契約段階を説明します。
M&Aの準備段階では、秘密保持契約やアドバイザリー契約(外部の仲介会社などから助言を取り入れる契約)が締結されます。一枚もの(ノンネーム)登録も実施し、譲渡企業の匿名化と特定防止を図ります。さらに、企業価値評価や企業概要書の作成が進められ、M&A交渉の準備が行われます。
交渉段階では、企業概要書の確認、トップ面談、デューデリジェンス(買収監査・企業調査)などが実施されます。問題がなければ基本合意に進み、具体的なスケジュールを立てます。M&A契約締結後の事業移行に関する明確な方針、課題の洗い出し、解決方法の探求も進められます。
M&Aの最終契約の段階では、条件の最終確認と合意が行われます。最終契約が締結され譲渡が確定した後、TSA契約の手続きが進められます。利害関係者に経営実績や財務・業務状況を公開するディスクロージャー(情報開示)を実施し、クロージング監査、譲渡と対価の支払いを行います。
移行期間が終了したら、TSA契約も終了し、M&A契約が完結されます。
TSAを進めるにあたって、いくつかの注意点があります。以下では、TSA遂行時に留意すべきポイントについて説明します。
• 適切な期間設定:TSAが終了する前に、事業移行が完了できるよう適切な期間を設定する必要があります。
• 明確な業務範囲:TSAにおける業務範囲を明確に定めることで、移行中の課題やトラブルを避けることができます。
• 費用と責任の分担:TSAにおける費用と責任の分担が適切に決定されることが必要です。各パーティーが負担すべき
費用や役割を明確にすることで、円滑な移行が可能となります。
前述した通り、M&Aの過程には基本的な手順が存在します。それぞれの段階でどのような契約が必要かを把握し、そのプロセスを事前にシミュレーションすることで、トラブルを未然に防ぎます。適切な準備を怠ることで、自分に不利益な契約を結んでしまうリスクがあるため、事前にシミュレーションを実行し、信頼できるM&A仲介会社に相談するなどの対策が必要です。
M&Aが成立する際の最終譲渡契約書は、法的拘束力があります。したがって、その内容に違反すると損害賠償の支払い義務が発生することになります最終譲渡契約書の詳細を正確に理解し、相手方と認識に齟齬が生じないよう対策を講じることが重要です。
M&Aを実施する際には、TSAに対する理解も必要不可欠です。M&A終了後の移行期間においても、事業は従来通り運営されることが求められます。そのため、移行期間中のルールや責任分担を明確にするTSAが重要な要素となります。M&Aを考える際には、事前にTSAの重要性と対象となる主な業務領域を把握しておくことが重要です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画