本記事では、中小企業のM&Aにおいて広く使用されている評価手法や企業価値算定結果を決めるポイントを網羅的に解説していきます。中小企業における企業価値評価のポイントを掴み、今後の企業経営に活用していただければ幸いです。
目次
▶目次ページ:第三者承継(M&A)(企業価値評価)
時価純資産+のれん法は、特に中小企業のM&Aにおける企業価値評価で最も一般的に取り入れられている評価手法です。この手法は、対象企業の純資産を時価評その金額に一定額ののれん(営業権)を加えて評価します。過去の利益が反映された純資産に、将来の利益を見込んだのれんを加算することで、対象企業の現在と未来の価値を総合して評価することができます。
のれんの設定方法は業界によって異なりますが、一般的には対象企業のEBITDAや修正後の営業利益を基準に1年~5年分を設定することが多いです。しかし、特定分野に強みを持つIT企業やスタートアップ企業の場合、10年以上ののれんが設定されることも珍しくありません。この手法は、業績が良好で純資産が多い企業ほど評価額が大きくなる傾向がありますが、設立間もない企業や資産が少ない企業の評価には不利に働くデメリットも存在します。
DCF法は、対象企業の将来的な収益を予測し、その将来の価値を基準に評価する手法です。M&Aにおいても広く一般的に採用されますが、将来的な売上が拡大する可能性が高いスタートアップ企業の評価に特に利用されます。計算方法は、対象企業の事業計画を基に将来のキャッシュフローを予測し、それを現在価値に割り引いて企業価値を評価するものです。将来価値を重視した評価が特徴であり、業歴や純資産による影響が少ないため、対象企業のビジネス価値を公平に評価することができます。
しかし、将来価値を基準に評価するため、事業計画の数値がずれると実態と乖離した企業価値になり、M&Aの失敗につながります。正確な評価のためには、適切な事業計画の立案と将来の事業環境予測、そして適切な割引率の設定が重要となります。
マルチプル法は、対象企業と類似性の高い上場企業を比較対象とし、それら企業の株価がEBITDAやPERでどの程度の倍率に相当するかを調べることで、対象企業の企業価値を推定するアプローチです。要するに、「同業他社が利益の5倍で取引されているのであれば、対象企業も利益の5倍で企業価値が算定されるべき」という考え方に基づいています。この手法は非常にシンプルであり、金額の根拠が明確に把握できる利点があります。ただし、類似上場企業の選定が基準となるため、適切な類似企業を厳選することが重要です。中小企業のM&Aを行う際には上場企業との比較が難しいケースがあり、評価方法の恣意性を排除する観点から、本手法を使用しない方が無難とされています。
前述の企業価値評価の3つの手法において、特に重要な確認事項について説明します。
不動産、保険積立金、ゴルフ会員権、有価証券などが典型的な対象です。これらの資産は流通価格や返戻金相当額、時価評価額などを用いて実際に処分したときの価値に修正します。また、売掛金や棚卸資産については、長期滞留債権の有無を確認して修正が必要な場合に対処します。
償却資産は通常簿価で評価されますが、資産性が高い自動車や機械設備などは流通価格を調査して時価評価が行われることがあります。
貸借対照表に計上されない簿外債権債務が存在する場合があります。退職金や賞与積立金の未計上が多くの企業で見られます。退職金規定を設けている企業では、従業員が退職した場合に発生する退職金支払い義務がありますので、退職金は負債として引き当てが必要です。また、賞与については、次期に支払われる金額のうち、今期評価分は期中計上されるため、その金額を負債として引き当てが必要です。
以上、中小企業の実務で発生する主要なポイントを2つ説明しました。将来的にM&Aを検討している場合には、これらのポイントを考慮して経営を行うことが良好な結果につながります。また、譲受を検討する際には、簿外債務を見落とさないように十分に確認しておくことが重要です。
企業価値を評価する際、DCF法を採用する場合、対象企業の事業計画は非常に重要な役割を果たします。事業計画は、将来の事業展望や成長性を予測することで作成されますが、作成者の主観がかなり影響する傾向があります。つまり、売り手の立場では楽観的なシナリオを描きたくなり、買い手の立場では悲観的なシナリオを描きたくなることがあります。
そこで、事業計画の客観性を保つためには、第三者であるM&Aアドバイザーによる事業計画の作成が効果的です。さらに、対象企業の現状を詳細に把握し、将来のリスクや業界動向を考慮することで、整合性と信頼性のある事業計画を作成することができます。
企業価値評価の際、のれんの算出やマルチプル法の基準値には、EBITDAや修正営業利益などが用いられます。そのため、対象企業の正常な収益力を把握することが重要です。特に、中小企業では、販管費に役員の私的な費用が含まれていたり、税金対策が行われていることが多いため、実際の収益力を正確に把握することが求められます。
そのためには、販管費から事業運営に不要な費用を除去することが必要です。典型的な例として、節税用保険、接待交際費、旅費交通費、車輌費などが挙げられます。また、役員報酬が売上に対して過剰な場合は、M&A実行後を考慮して適切な報酬額に修正することが求められます。正常収益力の把握は、企業価値評価だけでなく、M&A後の事業運営や戦略立案においても非常に重要です。
ここまで、企業価値評価の手法や、価値を決める要素について説明しました。次に、実際に企業価値を向上させるためのポイントを2つ解説します。企業オーナーは、これらのポイントを自社の経営改善に活かすことができます。
企業価値を高めるための基本的な考え方は、収益力を向上させることです。これはシンプルで当然のことですが、非常に重要なポイントです。中小企業の場合、私的な費用計上や税金対策によって実態よりも利益が低く見えることがありますが、利益をしっかりと上げることが企業価値向上に繋がります。純資産増加や、買い手が正常収益力の算出において修正が多いと実現性に懸念が生じるため、シンプルに利益を出すことが効果的です。
企業価値を高めるためには、純資産法に基づいて資産を増やすことが重要です。具体的には、会社が持つ資産に資産性が高いものを選び、事業運営に必要な資産のみを購入することが求められます。例えば、事業に関連のない収益不動産や高級車などは、M&A時に切り離しや買い取りが必要となるため、M&Aを検討する際は購入を慎重に検討することが望ましいです。企業の資産を適切に管理し、利益を積み上げることで、企業価値の向上が期待できます。M&Aを視野に入れる場合は、シンプルな決算書を心がけることが重要です。
企業価値を適切に認識することは、中小企業にとって非常に重要でありながらも、難しい課題です。上場企業のように株式が市場で流通していれば、その価値は広く認知されていますが、中小企業では企業価値を譲渡・買い手が相対で決定するものです。本項では、実際に算定された企業価値が適切であるか否かを判断するためのポイントを説明していきます。
企業価値を算定する際、1つの評価手法に頼るのではなく、本記事で紹介した手法や他の評価手法を複数使用して、より合理的な評価に近づけることが求められます。
複数の評価結果を比較し、中央値を採用することで、より適切な企業価値の認識が可能となります。M&Aの際には、売り手と買い手の求める価値に乖離が生じることも珍しくありませんが、複数の評価手法を用いた中央値を採用すれば、双方が納得しやすい中立的な評価となるでしょう。
企業価値を判断する際には、相場観を用いることが有用です。例えば、のれんの設定年数や投資回収期間などは、業界ごとに異なる相場観が存在します。一般的には、のれんの設定年数は1~5年、投資回収期間は3年程度が多く採用されますが、これらの数値はあくまで参考程度であり、業界に精通したM&Aコンサルタントに相談することが望ましいです。
特にスタートアップ企業の場合、評価が難しく、のれんが10年以上適用されるケースもあります。そのため、専門家に相談しつつ、過去の事例と比較して適切な企業価値を検討することが重要です。
本記事では、中小企業における実務的な企業価値評価について説明しました。未上場企業は、上場企業と異なり価値の認識が難しいため、評価手法やポイントを押さえ、現在の企業価値を正確に認識し、価値向上につながる経営を行うことが重要です。
現在では、Web上で企業価値を評価するサービスや専門家による無料診断が提供されています。これらのサービスを活用することで、より適切な企業価値の認識に近づくことができるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事