M&Aでの企業価値評価3つの算定法と価値を高める秘訣を解説
中小企業M&Aで企業価値評価を知りたいですか?本記事では3つの算定法や会社を高く売る方法をわかりやすく解説することで、適正な企業価値の把握に役立ててください。これからM&Aを考えている方も、まずは企業価値評価の基礎を押さえましょう。
目次
1.企業価値評価とは
2.企業価値評価が必要な場面
3.企業価値評価3つの手法
4.企業価値評価の際のチェックポイント
5.会社を高く売る方法
6.妥当な企業価値とは
7.まとめ
▶目次ページ:第三者承継(M&A)(企業価値評価)
とはいえ、単に勘やイメージだけで価格を決めると、のちのち「根拠が不明瞭だ」「価格が高すぎる(あるいは安すぎる)」といった問題が生じます。そこで、非上場企業においても、客観的な評価手法を用いて企業の価値を数値化する取り組みが行われており、これが企業価値評価と呼ばれるものです。
この企業価値評価を行うことで、例えば中小企業が他社を買収する際、または自社を第三者へ売却する際に「いくらで取引すれば適切か」を判断する参考資料を得ることができます。さらに、グループ内で事業を再編する場合や、会計や係争などで価格の妥当性を説明する必要がある場合にも役立ちます。
企業価値評価は、主に以下のような場面で必要となります。
中小企業であっても、後継者不在などを背景にM&A(Mergers and Acquisitions)による事業承継が行われるケースが増えています。M&Aでは、譲受企業が譲渡企業をいくらで買うかを決定する過程が非常に重要です。高すぎる買収額は実態を上回るリスクとなり、のちに「本当に正当な対価だったのか」と社内外から疑問の声があがることもあります。一方で、安すぎる価格では譲渡企業のオーナーが納得できないかもしれません。こうしたギャップを埋めるために、客観的な企業価値評価が不可欠です。
また、M&Aを行う際には、株主や従業員、取引先などの利害関係者への説明責任も発生します。企業価値評価を丁寧に行っておけば、その評価結果を根拠に対価の妥当性を示しやすくなり、透明性の高い交渉や意思決定がしやすくなるでしょう。
同じグループ会社の間で事業や株式を移す際にも、企業価値評価が求められます。グループ内取引といえど、各法人は独立の会計・税務単位であるため、不当に安く(または高く)譲渡すると、税務上の問題が生じるおそれがあります。適正な価格を算出し、当局への説明にも対応できるようにしておくことが重要です。
M&Aを実行した後には、買収した企業(または事業)を会計処理でどのように計上するかという問題が起こります。たとえば「取得原価配分」や「減損損失の検討」などが代表的です。これらの会計処理では、企業価値評価に基づいて時価を把握し、のれんを計上するかどうか、あるいはのれんを減損処理すべきかどうかを判断します。監査法人の監査を受ける場合は、評価の客観性・合理性を示す企業価値評価がなおのこと大事になります。
M&Aに関連して裁判に発展した場合、「買収価額が正しかったか」が大きな争点となることがあります。裁判所への提出資料や証拠として企業価値評価を示すことで、価格の妥当性を主張できるわけです。実務では、評価手法や計算根拠がしっかりしているかどうかが、裁判結果を左右する要素になることもあります。
企業価値評価には、いくつかの種類がありますが、大きく分けると以下の三つに分類できます。「コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)」「マーケットアプローチ」「インカムアプローチ」です。この区分は、#参考 で挙げられている内容と、「#原文」にある具体的な計算法の考え方を組み合わせることで、より中小企業M&Aに適した形で理解できます。
ここでは、「時価純資産+のれん法」を含むコストアプローチ、「マルチプル法」を含むマーケットアプローチ、そして「DCF法」を中心としたインカムアプローチについて、それぞれ詳しく説明します。
コストアプローチは、企業の純資産をベースに評価する手法です。企業が持つ資産をすべて洗い出し、負債を差し引いて算定される「純資産」の価値を評価基準とします。簿価純資産法と時価純資産法(修正純資産法)が代表的です。
簿価純資産法
企業の貸借対照表に記載された簿価のまま資産・負債を計算し、その差額である「純資産」を企業価値とみなす方法です。非常にシンプルですが、実態と乖離が生じやすい欠点があります。例えば、数十年前に購入した不動産が大幅に値上がりしている場合でも、簿価上の評価額が低いままだと、企業の本当の価値を反映できません。
時価純資産法(修正純資産法)
上記の欠点を補うため、資産や負債をなるべく現時点の実勢価格(時価)で評価し直してから純資産を計算する方法です。実際には、長期保有する資産を再調達するとしたらいくらか、売却する資産なら処分時にいくらになるか、といった観点でそれぞれ時価を算定します。
また、この時価純資産法に「のれん(営業権)」を加算する形の「時価純資産+のれん法」が中小企業M&Aの場面でよく使われると記載があります。過去の業績(純資産部分)と将来の収益期待(のれん部分)を組み合わせ、たとえばEBITDAや修正後の営業利益を基準に1年~5年分を掛け合わせるなどして、最終的な企業価値を算出します。
このようにコストアプローチは、会社が保有する資産を重視する手法ですから、設立間もない企業や純資産が薄い会社にとっては不利に働くことがあります。一方、長年にわたり積み上げた純資産が多い企業、あるいは安定した利益水準を持っている中小企業にとっては、大きな価値として評価されやすい手法となります。
マーケットアプローチは、株式市場などでの「相場」や、類似企業の取引実績を基準に企業価値を推定する方法です。上場企業なら「市場株価法」が有名ですが、中小企業のM&Aでは非上場企業がほとんどなので、「類似会社比較法(マルチプル法)」が注目されます。
類似会社比較法(マルチプル法)
類似会社比較法(マルチプル法)では、対象企業と同じ業種・ビジネスモデルを持つ上場企業を見つけ、その上場企業の株価指標がEBITDAや純資産、利益などに対してどれくらいの倍率(マルチプル)になっているかを調べます。仮にEBITDAが5倍で取引されている上場企業があれば、対象の非上場企業も同じくEBITDA×5倍で評価できるのではないか、という理屈です。
ただし、中小企業では上場企業ほどのデータが得られず、同業種であってもビジネスモデルが異なるケースが多いので、単純な比較がしにくい課題があります。また、「非流動性ディスカウント」と言って、非上場企業の株式は売買しづらいぶん割引されることが一般的です。どの企業を類似会社とするか、どのようなディスカウント率を適用するかによって評価額が大きく変わり、恣意的になりやすいのが注意点となります。
インカムアプローチは、将来生み出されるであろうキャッシュフローや利益に注目して、企業価値を算定する方法です。代表的な手法にDCF法(Discounted Cash Flow法)があり、「将来見込めるキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値とする」考え方が広く使われています。
DCF法
まず、対象企業の将来の事業計画からフリーキャッシュフロー(営業利益や税引後利益から運転資本や設備投資を調整したもの)を複数年にわたって予測します。その上で、リスクや資本コストなどを反映した割引率を用い、各年の将来キャッシュフローを現在価値に割り引いて合計したものを企業価値とみなす手法です。
スタートアップなど将来的に大きく成長する見込みがある企業にとって有効な評価方法だと説明されています。ただし、将来予測が甘かったり、割引率の設定を誤ったりすると、実態と乖離した評価になりやすいリスクもあります。
配当還元法
インカムアプローチの中でも、株主が実際に受け取る配当に着目して企業価値を評価する方法です。非支配株主など、配当を重視して投資を検討する場合には一定の意味を持ちますが、M&Aで企業全体を譲渡するとなれば、配当だけではなく事業全体のキャッシュフローを検討すべきです。そのため、中小企業のM&Aではあまりメインにはなりにくいでしょう。
以上のように、コストアプローチ・マーケットアプローチ・インカムアプローチにはそれぞれ利点と注意点があります。実際には複数の手法を用いて幅をもたせ、中央値や平均値をベースに最終的な企業価値を探ることがよく行われます。中小企業のM&Aにおいては、時価純資産+のれん法のようなシンプルな算定が多く用いられますが、場合によってはDCF法やマルチプル法を併用することで、より合理的な結果に近づけることが可能です。
企業価値評価は、単に数値を計算するだけでなく、実際に企業を譲受・譲渡する際に問題となりやすい項目をしっかり確認しながら行うことが重要です。ここでは代表的なチェックポイントを整理してみます。
中小企業では、貸借対照表に記載された資産の簿価と、実際の処分価値や流通価格が大きく乖離しているケースが珍しくありません。例えば、不動産・保険積立金・ゴルフ会員権・有価証券などは、現時点で売却すればいくらで換金できるかを再検討し、修正を加える必要があります。売掛金や棚卸資産についても、長期滞留債権があれば実質回収不能として修正を加える場合があり、見落としがちなので注意が必要です。
また、自動車や機械設備のような償却資産も、実際の売却価格や中古市場の価値を調査し、必要に応じて時価修正を行うことがあります。企業価値評価では「現在の実態をどれだけ正確に反映できるか」が重要になるため、地道な調査や検証が求められるのです。
貸借対照表に計上されていない債権や債務(簿外資産・簿外負債)が存在するかどうかも大きなポイントです。特に中小企業では、退職金や賞与の未計上が多く見られます。例えば、退職金規定を設けている場合、従業員が退職したときに大きな支出が発生します。この退職金を企業価値評価の段階でどの程度負債として見込むかは、将来のキャッシュフローに大きく影響します。
賞与についても同様で、期中に発生している部分が負債として計上されていなければ、実態よりも利益が大きく見えてしまうリスクがあります。譲受企業としては、買収後に突然想定外の支出が発生しないように、あらかじめ簿外負債を把握しておくことが重要です。
インカムアプローチ、とりわけDCF法で企業価値を評価する場合は、事業計画が重要な役割を果たします。ところが、中小企業のオーナー側が自社を譲渡する際、将来の売上をかなり楽観的に見積もることがあり、実態とかけ離れた事業計画になりがちです。あるいは、譲受企業の立場では過度に悲観的な見方をして、評価額を抑えようとする可能性もあります。
そこで、第三者(M&Aアドバイザーなど)が双方の意見を聞きながら客観的な事業計画を作成するのが望ましいとされています。将来の業界動向やリスク、企業の強みと弱みをしっかりと分析し、納得度の高い数値計画を立てることで、DCF法に基づく企業価値評価の精度も高まります。
中小企業では、節税や私的な費用計上が行われているケースがよく見受けられます。例えば接待交際費や旅費交通費にプライベートな出費が含まれ、役員報酬を過剰に高く設定していることもしばしばです。このように「実際のビジネス運営と直接関係ない費用」を販管費から取り除き、調整した利益水準を算定することで、企業の正常収益力を把握する作業が不可欠となります。
特に「時価純資産+のれん法」や「マルチプル法」では、EBITDAや修正営業利益が評価のベースとなるため、こうした不要な経費を取り除いた後の利益が大きいほど算定額にも好影響を与えます。譲渡企業のオーナーが企業価値を高く示したいなら、日頃から余計な支出を減らしておくことが効果的といえるでしょう。
中小企業のオーナーがM&Aを検討する際、いかに高く会社を売却できるかを気にするのは当然のことです。ここでは2つのポイントを整理します。
企業価値を高めるために重要なのが、何より「利益をしっかり出す」ことです。節税対策や私的な支出が多いと、調整前の利益が小さく見えてしまい、企業価値評価にもマイナスの影響を与えかねません。たとえ修正が可能だとしても、あまりに多くの修正が必要になると、譲受企業の視点では「本当にこの調整が正しいのか」「そもそも収益力が安定しないのではないか」と疑念が生じやすくなります。
そのため、数年前からでも可能な範囲で決算書をシンプルにし、不要なコストを削減して利益率を上げておくことが大切です。安定した利益を示せれば、例えば「年倍法」でののれん設定も好意的に見てもらえる可能性が高まります。
企業価値は「純資産+のれん」という形で算定されることも多いため、無駄な負債を増やさず、換金価値の高い資産を適切に管理することが重要です。事業に直接関係のない不動産や高級車などを会社名義で所有していると、M&A時には資産の切り離しや買い取りの検討が必要になります。
もし近い将来でM&Aを考えているならば、本業に無関係な資産を増やさないほうが企業価値を高く保ちやすいです。たとえ保有していても、事業に必須でないものは売却または個人名義への変更を含め検討し、貸借対照表をシンプルに整理しておくほうがスムーズに話を進められます。
企業価値評価は計算結果が単独で出てくるだけではなく、譲渡企業と譲受企業の交渉の中で合意された金額が最終的な価値として成立します。では、「この評価は本当に妥当なのか」を判断するにはどんな基準があるのでしょうか。ここでは2つの切り口を示します。
1つの手法に頼ると、どうしても評価が偏りがちです。そのため、コストアプローチ・マーケットアプローチ・インカムアプローチのいずれか1種類だけではなく、複数の手法で計算した結果を比較検討するやり方が推奨されます。
例えば、時価純資産+のれん法で算定した金額とDCF法の結果に差異がある場合は、その理由を丁寧に分析することで、適正な水準を模索していくわけです。両者の中央値を採用する方法もあれば、それぞれのメリットやリスクを総合的に考慮して合意点を見出す方法もあります。
企業価値を算定するうえで、業界や地域の「相場観」を踏まえることも重要です。のれんの設定年数が一般的には1~5年程度なのか、投資回収期間は3年ほどが平均なのか、といった目安は業種や企業の成長段階によって異なります。スタートアップ企業では10年以上の期間を見込むケースもありますが、そこには相応のリスクと将来性が加味されているわけです。
こうした業界固有の慣習や事例をある程度参考にしながら、「この評価手法と数値設定なら、多くの投資家やM&A参加者も納得しやすいだろう」という感触を得ることが大切です。中小企業の場合、情報が限られるため、専門家の助言を得つつ、過去の似た事例を探して検討を進めると良いでしょう。
企業価値評価は、中小企業が自社の価値を正しく知るための大切な指標です。特に、後継者問題や新たな成長戦略を背景にM&Aを検討する際は、複数の手法で客観的に算定し、譲渡企業と譲受企業双方の納得を得ることが重要だといえます。資産や負債の時価修正、簿外債務の確認、正常収益力の把握など、実務的な注意点を踏まえることで、より妥当性の高い評価を行うことができます。企業価値を正しく理解すれば、効果的な経営判断につなげやすくなり、結果的に将来の選択肢を広げることにもつながるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事