M&Aの立場別メリット・デメリットと成功させるポイント

M&Aのメリットとデメリットは、売り手・買い手の立場によって大きく異なります。本記事では、実際の経験者の声を交えながら、それぞれのメリット・デメリットや成功のためのポイントを詳しく解説します。

目次

  1. M&Aとは
  2. M&A経験者の声
  3. M&A売り手のメリット・デメリット
  4. M&A買い手のメリット・デメリット
  5. 従業員にとってのメリット・デメリット
  6. 顧客にとってのメリット・デメリット
  7. M&Aを成功させるためのポイント
  8. まとめ

M&Aとは

M&Aとは、企業の合併(Merger)や買収(Acquisition)を指し、一社が別の会社を取得する、または両社が合わさる手法をいいます。かつては大企業だけが行う戦略というイメージが強かった一方、近年では中小企業においても「後継者不在」や「事業領域の強化」「組織の再編」などを目的に盛んに検討されるようになっています。

実際にM&Aを行う背景としては、「業績好調で将来の企業価値向上を目指すケース」だけでなく、「社長の高齢化による事業承継問題」「将来性に不安がある業界からの撤退」「若手経営者が新しい夢に向かうための会社譲渡」など、さまざまな状況が挙げられます。

売り手側の目的

事業承継問題の解決
親族内や社内に適切な後継者が見つからない場合、M&Aが解決策の1つになっています。後継者不在による廃業リスクを回避できるため、従業員の雇用を守りやすい点が大きな特徴です。
事業の選択と集中
一部事業のみ譲渡することで、本業に経営資源を集中できます。これにより経営の効率化が進み、会社の存続や強化に役立ちます。
起業家の出口戦略
シリアルアントレプレナーなどが一定の事業を育てた後に譲渡し、得た資金を新規事業へ投資する動きも活発化しています。

買い手側の目的 

既存事業の拡大

M&Aによって、自社の販売チャネルや設備をいち早く拡充し、競合他社との差別化を図れます。

人的リソースやノウハウの獲得

人手不足が深刻な業界では、譲渡企業の技術者やスタッフを取り込むことで、事業を強化しやすくなります。

新規事業への進出

一から開拓するより、すでに軌道に乗っている事業を取り込む方が短期間・低リスクで事業領域を広げられます。

M&A経験者の声 

ここでは、実際にM&Aを経験された当事者の方々から伺ったコメントを、売り手・買い手の両視点でご紹介します。

M&A前の声

売り手の声

「後継者不在で譲渡を検討。専門的な事業内容なので、自社の強みを生かせる買い手企業を探していました。希望金額は一般的な相場より高かったのですが、業績の良さもあり、最終的には買い手に納得してもらえました。面談時には買い手の経営方針や事業計画がしっかりしていて、将来の成長が見込めたのが大きかったですね。」

「決裁スピードに関して、大企業と中小企業では時間軸が異なるため、多少の戸惑いはありましたが、最終的には協力し合う姿勢が見られたので良かったです。簿外債務が見つかったときも、双方が合意できる落とし所を見つけました。」

買い手の声

「自社の成長戦略としてM&Aを積極的に考えていて、技術力を持つ企業を探していました。対象企業は独自の取引網を有しており、自社の営業網と組み合わせれば一気に事業が拡大できるイメージが湧きました。のれん込みの希望金額でも、シナジーを考慮すれば納得できる範囲でした。」

「デューデリジェンス時に簿外債務が見つかりましたが、相手方も真摯に対応してくれたので、上層部への説明もしやすくスムーズに進められました。」

M&A後の声

売り手の声

「譲渡後、買い手企業がすぐに従業員と取引先へ挨拶や説明をしてくれたおかげで、ほとんど混乱なく移行できました。業績面も親会社の支援でさらに伸びています。私は引き続き社長を続けていますが、相談役や派遣役員が加わり、むしろ経営がやりやすくなりました。管理体制を合わせるための作業は多少面倒でしたが、総合的にはメリットのほうが大きかったです。」

買い手の声

「デューデリジェンスを綿密に行った成果もあって、予定どおりのシナジー効果が出ています。経済的な利益に加え、優秀な人材を獲得できたのは大きなメリットですね。譲渡企業側の従業員が離職する事態も起きず、非常にスムーズでした。」

M&A売り手のメリット・デメリット 

ここからは、M&Aにおける売り手企業の立場で考えられるメリットとデメリットを整理します。

メリット 

事業の存続や安定・成長が期待できる

大きな企業や関連業種のグループに入ることで、次世代の経営課題や後継者問題を解決しながら、安定的に事業を継続できます。

創業家利益の獲得と債務保証リスクの解消

株式譲渡で得る対価は、経営者個人の大きな資金になるだけでなく、経営者が負担していた個人保証や債務保証を買い手が引き受ける例も多いです。これにより経営者の負担が軽減されます。

従業員の雇用維持と取引先の関係継続

後継者不在で廃業のリスクがある場合でも、M&Aにより会社を残せれば、従業員の雇用が守られ、取引先にとってもプラスになります。

デメリット

希望する買い手が見つかるとは限らない

業績や業界次第では、理想の相手と巡り合えないこともあります。仮に買い手企業が現れても、価格面や条件面で折り合わないケースもあります。

経営方針などが変わる可能性

議決権の大半を手放す場合、残留した経営者は買い手の意向に従わざるを得ません。これまでの方針と大きく変わらないこともありますが、ケースバイケースです。

従業員や取引先が動揺する恐れ

会社が譲渡されると、雇用条件や取引条件の変更に関して従業員や取引先が不安を覚えることがあります。十分な説明とコミュニケーションが欠かせません。


M&A買い手のメリット・デメリット 

ここからは、M&Aにおいて買い手側が得られるメリットと、検討しておくべきデメリットを詳しく解説します。大企業だけでなく中小企業でも、短期間で事業を拡大させたい場合などにM&Aを活用する例が増えており、規模を問わず意識しておきたいポイントが多々あります。

メリット

ヒト・モノ・ブランド・ノウハウ等の取得

自社だけではなかなか得られない人的リソースや設備、技術力、ブランドといった「経営資源」を一気に取り込める点は、買い手企業にとって大きな利点です。新たな専門家や優秀な技術者を確保できれば、製品開発やサービスの質を高めることができるでしょう。また、権威あるブランドや成熟したノウハウをスムーズに取り込み、自社の弱点を補完することにもつながります。

時間を買う効果がある

新規事業をゼロから立ち上げるよりも、すでに運営されている会社を取得するほうが、圧倒的に早く事業を拡大できます。例えばコンビニ大手が他のチェーンを傘下に取り込むことで、出店数を急増させるような事例が挙げられます。これは「時間をお金で買う」という考え方であり、自社の成長を加速させる重要なメリットといえます。

事業の多様化を図れる

今までとは異なる業種・業態を取り込むことにより、新たな分野への進出が容易になります。自社の既存事業が成熟し、市場成長が見込みにくくなってきたタイミングで、別の領域へ踏み出すときにも役立ちます。いわゆるリスクヘッジとしての多角化が可能となり、グループ全体の安定性を高めることが期待できます。

弱点強化やライバルの取り込み

自社内で弱い部分(例えば営業力が弱い、技術開発にリソースが足りないなど)を補う企業を買収することで、バリューチェーン全体を強化できます。さらに、同業他社との競争が激化するマーケットでは、ライバル企業を取り込んでシェアを拡大し、値下げ合戦などの消耗を避ける手段にもなり得ます。

節税対策となる場合がある

売り手企業が繰越欠損金(過去に生じた赤字)を抱えている場合、それを承継することで買い手側が節税できる可能性があります。とはいえ、繰越欠損金をどの程度まで使えるかは法令や買収スキームの選択に左右されるので、精密な事前調査が欠かせません。

技術力や研究開発力の向上

すでに一定の特許やノウハウ、専門家チームを持つ会社を買収すれば、自社だけで研究開発に長い年月や多額の投資を行うよりも、ずっと早く確実に技術を取り込めます。消費者ニーズの変化が激しく、製品ライフサイクルが短い現代では、スピード感が経営を左右する要因の一つとなります。

デメリット 

予定されたシナジーが生じないリスク

買い手は多くの場合、M&Aによって1+1を3や4にするシナジー効果を期待しますが、事前想定ほど上手く噛み合わず、コスト低減や販路拡大が期待通りに進まないケースがあります。場合によっては、組織が拡大した分だけ管理部門のコストが増えてしまい、キャッシュフローが悪化してしまう恐れもあります。

過大投資リスク

M&Aの価額には「のれん」を含めることが多いですが、予想していたほど利益が上がらず、結果的に投資額が大きすぎたと判明する可能性があります。深いデューデリジェンスや、買収後の経営統合プロセス(PMI)を丁寧に進めることが重要です。

偶発債務や簿外債務のリスク

株式譲渡スキームでは、譲渡される会社のすべてを引き継ぐため、表に出ていない債務やトラブルを後から抱え込む可能性があります。売り手側も気づいていないような粉飾や、労使問題などに直面するケースもあり、経営に大きなダメージを与えることがあります。

許認可の扱いが変わり事業を継続できない場合がある

株式譲渡であれば許認可は引き続き使えることが多いですが、事業譲渡など他のスキームでは新規に許認可を申請し直す必要がある場合もあります。これを怠ると、実際に事業を再開できず足止めを食らったり、一時的に営業ができなくなる恐れがあります。

従業員が離職するリスク

買収先企業の従業員が待遇の変化や企業文化の違いに馴染めず、退職してしまうケースがあり得ます。せっかく技術者や営業担当者を取り込んでも、人材が離れてしまえば本末転倒です。買い手側としては、買収後の労務管理や社内調整などに配慮しなければなりません。

時間とコストがかかる

M&Aは、最終契約締結までにも大きな労力や専門家の費用が必要ですが、成約後のPMIも含めるとさらに長期間にわたって時間とコストがかかります。特に、組織文化や従業員のモチベーション調整、評価制度・システム統合には慎重な対応が求められます。

従業員にとってのメリット・デメリット

M&Aは、売り手・買い手の経営層だけでなく、そこで働く従業員にとっても大きな影響を及ぼします。ここでは、従業員の視点から考えられるメリットとデメリットを整理します。

メリット 

働きやすさが向上する可能性

M&A後、買い手企業や新たに合流した企業グループによっては、より充実した福利厚生や教育制度、キャリアアップ制度などが整備されることがあります。小規模企業では難しかった新しいプロジェクトの経験が得られたり、より高度な研修が受けられるケースもあり、結果的に従業員にとってプラスになることが多いです。

雇用が継続される安心感

売り手企業が債務超過や後継者不在でいずれ廃業する懸念があった場合、M&Aで買い手企業の傘下に入ることで事業継続が確保され、雇用を守れる可能性が高まります。従業員個人にとっては、「会社がなくなるかもしれない」という不安が解消される大きなメリットです。

キャリアアップのチャンス拡大

大きなグループの一員になり、経営資源が豊富になるほど、従業員が新しい職務に挑戦できる場面が増えることがあります。特に技術系や専門職の場合、より幅広いプロジェクトに関われるのは大きな魅力です。

デメリット 

リストラや配置転換のリスク

M&A後の組織再編により、従業員の仕事内容や勤務地が大きく変わる場合があります。業績や重複する部署次第では、リストラが行われる懸念も否定できません。こうした変化に対する不安やストレスが大きな課題になることがあります。

企業文化や評価基準の変化

これまで慣れ親しんできた評価制度やコミュニケーションの仕方が、M&A後にガラッと変わる可能性があります。特に企業規模や経営者の考え方が異なる企業同士が統合すると、新しい組織文化になじめず退職を検討する従業員も出てきかねません。

混乱や情報不足による不安

M&Aの情報解禁や統合プロセスの進捗状況が従業員に十分伝わらないと、「自分の部署はどうなるのか」「給与や待遇は下がるのか」といった漠然とした不安が先行しやすくなります。トップや管理職による丁寧な情報共有が欠かせません。

顧客にとってのメリット・デメリット

M&Aは取引先や顧客にも少なからず影響を与えます。商品ラインナップやサービスの内容が変わる場合があるため、顧客のメリットとデメリットを理解することも大切です。

メリット 

商品ラインナップやサービスの多様化

事業が大きくなることで取り扱い製品の幅が広がったり、新しいサービスが追加されたりと、顧客にとって選択肢が増える利点があります。より便利なワンストップサービスを受けられるケースや、アフターサポートが手厚くなるケースも見られます。

価格や安定供給の面で好影響が出る場合も

規模拡大により原材料の大量調達や物流コストが下がれば、製品価格の引き下げや安定供給につながります。中小企業同士が協力して販売網を広げるケースなどは、顧客にとってもプラスになることが多いです。

長期取引の安心感

M&Aによって経営基盤が強化されるため、倒産リスクや経営悪化による納期遅延といった不安が軽減されます。長期的に安定取引を希望していた顧客ほど、このメリットは大きいでしょう。

デメリット 

価格やサービス内容が変更される懸念

経営統合後に買い手企業の方針で、製品やサービスの価格を引き上げたり、一部サービスを終了したりする可能性があります。顧客が「質の変化」や「利便性の低下」を実感すれば、取引先を変更してしまうリスクもあります。

対応窓口が変わって戸惑う

担当部署や担当者が統合により変更され、連絡先や手続が変わってしまうと、慣れない環境に混乱が生じるかもしれません。とくにシステム移行に時間がかかるケースでは、一時的にサポートが滞る可能性があります。

既存サービスの終了

買い手企業の戦略上、採算が合わないサービスを切り捨てる場合があります。顧客が愛用していた商品が突然ラインナップから外されると、顧客満足度の低下につながるデメリットがあります。

M&Aを成功させるためのポイント

M&Aは「売り手」と「買い手」が合意に達しさえすればゴールというわけではなく、成約後にいかに統合効果を引き出すかが最終的な成功を左右します。ここでは、大きな失敗を回避するための代表的なポイントを整理します。

デューデリジェンスを徹底する

買い手側は、売り手企業の財務・税務・法務・人事など幅広い観点で正確なリスク評価を行う必要があります。特に簿外債務や偶発債務があるかどうかは、買収価額の妥当性や買収後の経営に直結します。逆に売り手側も、誤解や疑いを生まないよう企業情報を整備し、秘密保持対策を徹底するとともに、必要に応じた説明を行わなければなりません。

PMI(買収後の統合)を計画的に進める

M&Aは最終契約を結んでからが本当のスタートともいえます。企業文化の違いや評価制度、システム管理面での相違点を見逃すと、想定外のトラブルが発生しやすくなります。両社の担当部署が一丸となって、統合後の新体制を検討し、従業員や取引先への説明やフォローアップを行うことがポイントです。

タイミングと相手選びを慎重に

M&Aは時期や相手企業との相性が大きく影響します。好条件を提示できる買い手がタイミングよく現れるとは限らないため、ある程度の長期戦覚悟も必要です。また、売り手企業にとっては、後継者問題の解決や、従業員の待遇維持などの条件をきちんと盛り込めるかが重要です。無理に急いで成立させると、大きな不満や失敗に繋がるリスクが高まります。

社内外コミュニケーションを重視する

従業員や取引先、顧客に対してM&Aの背景や今後の方針をどのように伝えるかが、安心感を生むカギです。情報が不足していると、従業員が転職を検討したり、取引先が離れてしまったりするリスクが高まります。秘密保持が必要な場面も多いですが、段階的・計画的に開示することで、ステークホルダーの理解と協力を得られやすくなります。

まとめ 

M&Aは、売り手にとって事業の存続や個人保証の解消、買い手にとって時間を買う形で事業拡大を図れる手段です。さらに、従業員や顧客の視点でも、正しく進めれば雇用やサービス面で有益な効果を得られます。一方で、経営方針の相違やデューデリジェンス不足など、合意後に生じるリスクも慎重に見極める必要があります。互いに納得できる条件を整え、統合後の運営をしっかり計画することで、Win-WinとなるM&Aを実現しやすくなるでしょう。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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