譲渡や買収する前に知るM&Aでかかる税金のポイントを解説
M&Aで発生する税金は高い?――結論から言えば、手法や準備次第で大きく変わります。本記事は個人・法人の違いから節税策までをやさしく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(M&Aスキームの概要)
M&Aで税金を考える前提として、個人と法人では課税方式がまったく異なります。個人には十種類の所得区分があり、それぞれ総合課税か分離課税のいずれかが適用されます。一方、法人は所得を区分せず、最終的な利益に対して一括して課税されます。この違いを押さえることが、後述する株式譲渡や事業譲渡の税額計算を正しく行う第一歩です。
個人が得る所得は利子・配当・不動産・事業・給与・退職・山林・譲渡・一時・雑の10種類です。総合課税では他の所得と合算して累進課税が行われ、申告分離課税では他の所得と合算せずに税額を計算します。自社株を売却するオーナー経営者が得る株式譲渡所得は申告分離課税の対象で、税率は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%で合計20.315%です。
M&Aと一口に言っても、株式譲渡・事業譲渡・組織再編など複数の手法があります。それぞれ課税関係が大きく異なるため、自社や相手先の状況に合わせた検討が不可欠です。
個人株主が株式を売却すると、譲渡価格から取得費・手数料を差し引いた譲渡所得に20.315%が課税されます。法人株主の場合は譲渡益が他の所得と合算され、実効税率約30〜35%で課税されます。譲受側には原則税金は生じませんが、著しく低い価格で取引した場合は贈与税や受贈益課税が問題となるため、適正価額での取引が重要です。
自己株式取得はみなし配当課税に注意
発行会社が自社株を買い戻す場合、受け取る金額のうち出資の払戻しを超える部分は「みなし配当」として扱われます。個人株主は総合課税の配当所得、法人株主は受取配当金として源泉徴収後の益金不算入が適用されるケースがあります。株式譲渡益と異なる課税体系になる点を押さえましょう。
会社分割や株式交換・吸収合併等の組織再編では、税制適格要件を満たせば帳簿価額で資産を引き継ぐため譲渡損益が発生せず、課税もありません。適格合併・適格分割・適格株式交換など、要件を外すと時価評価となり課税が生じるので、専門家と検証が必要です。
ここからは、原文と参考で紹介されている代表的な節税策を整理します。自社の目的と資金繰りを踏まえて、最適な手法を選択しましょう。
株式譲渡の税率20.315%は、事業譲渡で想定される実効税率約31%に比べて低く設定されています。経営権を譲渡しても問題ないケースでは、株式譲渡を選択するだけで税負担が抑えられ、手元資金も多く残せます。
譲受側が議決権の過半数超となる新株を引き受ける第三者割当増資を行えば、株式売却益が発生せず譲渡課税も生じません。ただし既存株主への入金がなく少数株主として残るデメリットもあるため、譲渡目的に応じた判断が必要です。
譲渡側のオーナーが役員を兼ねている場合、譲渡対価の一部を退職慰労金として受け取る方法があります。退職所得控除と二分の一課税を活用すれば、同額を譲渡所得として受け取るより税負担を軽減できます。ただし、支給額が不相当に高いと認定されると損金不算入となる恐れがあるため、勤続年数や報酬水準を踏まえて適正額を設定しましょう。
株式譲渡では不要資産も含めて承継されますが、事業譲渡や会社分割を活用し、譲受側が強く求める資産のみを売却すれば譲渡対価を下げられます。対価が下がれば当然税額も減少するため、のれんを付けないスリムな取引が節税に直結します。
法人株主の場合、譲渡益と同年度内の経費は通算されます。設備投資やのれん償却など大きな費用を計上すれば、課税所得を圧縮できる仕組みです。ただし、手元のキャッシュが減少する点を含め、投資回収計画を綿密に立てる必要があります。
節税策を講じる一方で、特有のリスクも存在します。ここでは、原文と参考に記載された代表的な注意点を整理します。
譲渡対象会社の資産の70%以上が土地や借地権の場合、譲渡所得ではなく不動産譲渡所得として課税される可能性があります。短期譲渡に該当すると税率が変動するため、資産構成を確認したうえでスキーム設計を行いましょう。
法人が子会社株式を売却した場合、譲渡益は法人税課税の対象ですが、配当金には益金不算入制度が適用される場合があります。譲渡前後で配当を受け取る場合には、源泉徴収税額控除との関係を整理し、二重課税を防ぐことが重要です。
事業譲渡に伴う消費税は譲受側が納付しますが、譲渡価額が大きいほど納税額も大きくなります。クロージング後の資金流出を見据えて、消費税分を含めた資金繰り計画を策定しましょう。
資本金一億円以下、従業員二千人以下などの要件を満たす中小企業は、株式取得価額の七十%以下を準備金として積み立て、損金算入することで課税を五年間先送りできます。ただし、五年経過後には益金算入が必要となるため、将来の税負担も視野に入れた資金計画を立てましょう。
買収契約では過去の税務処理について追徴課税が発生した場合、売り手が負担する旨を定めるケースが一般的です。株式譲渡を選択する際には、これまでの申告内容や会計処理を専門家とともに精査し、潜在リスクを洗い出したうえで表明保証条項を整備しましょう。
個人の場合は三月に所得税、六月以降に住民税が発生し、法人の場合は決算終了後二か月以内に法人税を納付します。クロージングで得た資金を早期に投資へ回すと納税資金が不足する恐れがあるため、税額シミュレーションと資金留保を徹底することが欠かせません。
税理士・弁護士・M&Aアドバイザーなどの専門家を活用することで、税務面の最適化だけでなく、情報管理や買い手との交渉もスムーズに進みます。費用は発生しますが、完全成功報酬型の仲介会社を選べば、譲渡実現まで固定費が発生しないため安心です。
株式譲渡シミュレーションで負担を具体的に把握
たとえば、株式の譲渡価格が三億円、取得費三千万円、取引手数料二千万円の場合、譲渡所得は二億五千万円です。個人株主なら20.315%を掛けて約五千八十万円が税負担となります。法人株主の場合、実効税率34%で約八千五百万円が目安です。事前に試算し、退職慰労金や設備投資による圧縮効果を検討しましょう。
事業譲渡シミュレーションで消費税を確認
事業譲渡価額一億円のうち、課税対象資産が一千万円含まれるケースでは、消費税は百万円になります。譲渡益五千万円に法人税34%を適用すると千七百万円、印紙税十万円を加えて合計税負担は千八百十万円です。譲受側はクロージング直後に百万円の納税が発生するため、資金計画に反映しておく必要があります。
第三者割当増資は税負担こそ軽減できますが、既存株主の議決権割合が低下し、経営判断に対する影響力が限定されます。譲受側との役員構成や重要事項の決議方法を事前に合意し、経営の透明性を確保しましょう。
これらの具体例を通じて、M&A取引前に詳細な税額試算を行う重要性が理解できるはずです。次節では、実務で使えるチェックリストを紹介します。
M&A取引を控えた経営者が「何から手を付ければよいのか分からない」という声は少なくありません。実務でそのまま使えるチェックリスト形式にまとめました。クロージング前に一つずつ確認することで、余計な税負担や手戻りを防げます。
役員退職慰労金は、株式譲渡対価の一部を退職金として受け取ることで税率差を活用する王道の節税策です。設定を誤ると「不相当に高額」と見なされ損金不算入になるため、次の手順を踏んで適正額を算定しましょう。
個人は住民税の時差、法人は決算後2か月以内の納税を念頭に、譲渡対価の一部を別口座で管理すると安全です。
税理士は税額試算と申告支援、M&Aアドバイザーは買い手探索と交渉、弁護士は契約書のリーガルチェックを担います。
アクセス制御付きクラウドで資料共有し、閲覧ログを取得。従業員への情報開示は段階的に行いましょう。
納税主体 税目 申告・納付時期 留意点
個人株主 所得税・復興特別所得税 3月15日まで 住民税との時差に注意
個人株主 住民税 6月・8月・10月・翌1月 特別徴収なら給与天引き
法人 法人税等 決算後2か月以内 延長特例でも納付期限は変わらず
法人 消費税(事業譲渡) 決算後2か月以内 課税資産のみ課税
株式譲渡益は分離課税20.315%、みなし配当は配当所得(個人)または受取配当金(法人)扱いで課税方式が異なります。
課税対象資産を譲受した側が納付者となります。
取得価額の70%以下を損金算入できますが、5年後に益金算入が必要です。
功績倍率などで算定した適正額が上限です。
発行会社が源泉徴収し、法人株主は確定申告で法人税額から控除可能です。
償却期間が長い資産は将来のキャッシュフローを圧迫するため、投資回収期間と税効果を必ず比較してください。
本記事では、M&A取引に伴う税金を手法・主体別に整理し、節税策と注意点をチェックリストで提示しました。事前に税額試算と専門家連携を行い、最適スキームで手取りを最大化しトラブルを防ぎましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画