吸収合併契約書の作成方法と法定記載事項を詳しく解説します。契約書の基本構成から、合併対価の設定、効力発生日の取り決めまで、重要ポイントをわかりやすく説明します。
目次
吸収合併契約書は、会社法で定められた手続に従って行われる吸収合併を正式に行うための重要な文書です。この契約書には、合併の当事者である存続会社と消滅会社の間で合意された合併の条件や手続が詳細に記載されます。
吸収合併契約書の作成は、合併プロセスにおいて欠かせない段階であり、法律に基づいて正確に作成する必要があります。契約書には法定記載事項と呼ばれる必須の項目があり、これらを適切に記載しないと契約自体が無効となる可能性があるため、十分な注意が必要です。
吸収合併を進める際には、会社法第748条に基づいて合併契約を締結することが義務付けられています。この契約締結は、合併プロセスの公正性と透明性を確保し、株主や債権者の利益を保護するために重要な役割を果たします。
契約締結の手続は、会社の形態によって異なります:
• 取締役会設置会社の場合:取締役会の決議が必要
• 取締役会非設置会社の場合:取締役の過半数の決定が必要
いずれの場合も、代表取締役または代表執行役が各会社を代表して契約を締結します。さらに、原則として株主総会における特別決議による承認が必要となります。
吸収合併契約の締結は、通常、以下の順序で行われます:
1. 取締役会の決議
2. 吸収合併契約の締結
3. 契約書の備置
4. 株主総会の決議
契約締結のタイミングは、株主総会での承認を得る必要があるため、株主総会の開催前に行われます。これにより、株主が合併の内容を十分に検討し、適切な判断を下すための時間が確保されます。
吸収合併契約書には、会社法第749条第1項に基づいて定められた法定記載事項を必ず含める必要があります。これらの記載事項に不備があると、契約が無効となる可能性があります。
法定記載事項に瑕疵がある場合、以下のようなリスクが生じる可能性があります:
1. 効力発生日前:株主から合併の差止め請求が行われる可能性
2. 効力発生日後:合併無効訴訟が提起される可能性
したがって、吸収合併契約書の作成には細心の注意を払い、法律の要件を満たす正確な内容を記載することが極めて重要です。
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(合併)
吸収合併契約書の作成は、法的要件を満たしつつ、当事者間の合意事項を明確に記載する必要があります。以下に、契約書作成の基本的な手順を説明します。
1. タイトルの決定:
o 「吸収合併契約書」や「合併契約書」といった一般的な表記を使用します。
o 会社法では特別な規定がないため、わかりやすい表現を選択します。
2. 前文の作成:
o 存続会社と消滅会社の社名を記載します。
o 一般的に、存続会社を「甲」、消滅会社を「乙」と表記します。
3. 契約内容の定義:
o 会社法で定められた法定記載事項を必ず含めます。
o 以下の内容を含めることが推奨されます:
・吸収合併の形式
・吸収合併効力発生日
・財産の管理や引継ぎ
・従業員の処遇や引継ぎ
・契約内容の変更や解除
・吸収合併契約書に定めのない取り決めについて
4. 締結に関する事項の記載:
o 契約書の作成数
o 保管場所
o 日付
o 両社の捺印や署名
これらの要素を適切に組み合わせることで、法的要件を満たし、当事者間の合意内容を明確に示す吸収合併契約書を作成することができます。
吸収合併契約書を作成する際には、契約書本体に加えて、いくつかの添付書類を準備する必要があります。これらの書類は、吸収合併登記申請の際に提出が求められます。
1. 収入印紙
o 契約書1枚につき4万円の収入印紙が必要です。
o 原本が1枚あれば他の書類は写しで構わないため、通常は1枚分の印紙代で済みます。
o 存続会社と消滅会社がグループ企業でない場合、両社が原本を保有しておいた方が良いこともあるため、その際は
2枚分の印紙代が必要となる可能性があります。
2. 株式会社合併による変更登記申請書
o 合併効力発生後に法務局に提出する必要があります。
o 申請書提出時には、他の補助書類も必要となるため、事前に準備しておくことが重要です。
これらの添付書類を適切に準備することで、スムーズな登記申請手続が可能となります。また、事前に必要書類を確認し、準備しておくことで、合併手続全体の遅延を防ぐことができます。
吸収合併契約書には、会社法第749条で定められた法定記載事項を必ず含める必要があります。これらの事項が適切に記載されていない場合、契約書は法的に無効となる可能性があるため、細心の注意を払って作成することが求められます。
主要な法定記載事項は以下の通りです:
1. 存続会社と消滅会社の基本情報
2. 消滅会社に対する合併対価の取り決め
3. 吸収合併契約の効力発生日の取り決め
これらの事項について、詳しく見ていきましょう。
吸収合併契約書には、会社法第749条に従い、存続会社および消滅会社それぞれの以下の情報を明記する必要があります:
• 商号(会社名)
• 住所(本店所在地)
これらの情報は、合併の当事者を明確に特定するために不可欠です。正確な情報を記載することで、合併手続の透明性が確保され、利害関係者に対する適切な情報開示が可能となります。
合併条件、特に「消滅会社への合併対価」は、吸収合併契約書の中核を成す重要な記載事項です。以下の事項を具体的に記載する必要があります:
1. 資本金または準備金の額
2. 株式に関する事項
o 種類
o 数
o 算定方法
3. 社債に関する事項(該当する場合)
o 種類
o 合計額
o 算定方法
4. 新株予約権に関する事項(該当する場合)
o 内容
o 数
o 算定方法
5. 新株予約権付社債に関する事項(該当する場合)
o 内容
o 数
o 算定方法
6. 上記以外の財産に関する事項(該当する場合)
o 内容
o 数(金額)
o 算定方法
なお、特定の状況下では「無対価合併」という形式も存在します。これは、同じグループ内での組織再編で消滅会社が
100%子会社である場合や、消滅会社が債務超過であるケースなどで採用されることがあります。
吸収合併契約書には、以下の2つの日付を明確に記載する必要があります:
1. 合併契約の効力発生日
2. 合併契約書の承認のために必要な株主総会の開催期日
これらの日付を明記することで、合併プロセスの各段階が明確になり、関係者全員が同じタイムラインに沿って準備や対応を進めることができます。
吸収合併契約書には、法定記載事項以外にも、当事者間で合意した事項を任意で記載することができます。これらは任意的記載事項と呼ばれ、合併の具体的な実施方法や、合併後の会社運営に関する重要な取り決めを含むことができます。
以下に、任意的記載事項の主な例を挙げます:
1. 存続会社の定款変更に関する事項
o 合併に伴う商号変更や事業目的の追加など
2. 新規に選任される存続会社の役員に関する事項
o 取締役、監査役、執行役などの選任予定
3. 吸収合併契約の承認に関する事項
o 特別な承認手続が必要な場合の詳細など
4. 効力発生日までの増資・減資・新株発行などに関する事項
o 合併前に予定されている資本政策の詳細
5. 効力発生日の変更に関する事項
o 効力発生日を変更する可能性がある場合の手続
6. 人事に関する事項
o 消滅会社の従業員の処遇や雇用条件など
7. 消滅会社の財産承継に関する事項
o 特定の資産や負債の取り扱いに関する詳細な取り決め
これらの任意的記載事項を適切に盛り込むことで、合併後の円滑な事業運営や、潜在的な紛争の予防に役立ちます。ただし、これらの事項を記載する際は、吸収合併のルールに違反していないか十分に注意する必要があります。法的な観点からの確認が不可欠であり、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
吸収合併契約書を締結する際には、いくつかの重要なポイントに注意を払う必要があります。これらのポイントを適切に考慮することで、合併後のスムーズな事業運営や潜在的な問題の回避につながります。
吸収合併により、消滅会社が合併前に締結した既存の契約は、原則として存続会社に包括承継されます。これには以下の点に注意が必要です:
1. 権利義務の承継
o 消滅会社の全ての権利義務が存続会社に引き継がれます。
o 法的には既存契約の変更覚書などを交わす必要はありません。
2. 契約内容の確認
o 承継される契約の内容を事前に精査し、問題がないか確認することが重要です。
o 特に、長期契約や重要な取引先との契約には注意が必要です。
3. 取引先への通知
o 重要な取引先には、合併による契約の承継について事前に通知することが望ましいです。
o これにより、取引の継続性を確保し、不必要な混乱を避けることができます。
4. 特殊な契約の取り扱い
o ライセンス契約や機密保持契約など、特殊な性質を持つ契約については、個別に承継の可否や条件を確認する必要
があります。
支配権変更条項(Change of Control条項、通称COC条項)は、会社の支配権が変更された場合に契約の取り扱いが変わる可能性を定めた条項です。吸収合併の際には、この条項に特に注意を払う必要があります。
1. COC条項の意味
o 主要株主が変わる場合に、取引先の承諾が必要となる条項です。
o 合併により支配権が変更されると、この条項が発動する可能性があります。
2. リスクの認識
o COC条項に該当する取引先がある場合、その取引先の承諾を得ないと、取引が一方的に打ち切られる可能性があり
ます。
o これは事業継続性に大きな影響を与える可能性があるため、事前の対応が不可欠です。
3. 対応策
o 合併前に、全ての重要な契約でCOC条項の有無を確認します。
o COC条項が存在する場合、取引先と事前に協議し、合併後も契約を継続する承諾を得るよう努めます。
o 必要に応じて、契約条件の再交渉や新たな契約の締結を検討します。
4. 契約書への反映
o COC条項に関する取り決めや対応策について、必要に応じて吸収合併契約書に記載することを検討します。
これらのポイントに注意を払うことで、吸収合併後の事業運営におけるリスクを最小限に抑え、円滑な統合を実現することができます。
吸収合併契約書の作成にあたっては、法定記載事項を適切に盛り込みつつ、当事者間の合意事項を明確に記載することが重要です。以下に、吸収合併契約書の基本的な構成と主要な記載事項の例を示します。
1. 契約書タイトル 例:「吸収合併契約書」
2. 前文 例:「○○株式会社(以下「甲」という。)と△△株式会社(以下「乙」という。)とは、甲を存続会社、乙を消滅会社とする吸収合併(以下「本合併」という。)に関し、以下のとおり合併契約(以下「本契約」という。)を締結する。」
3. 第1条:合併の方法 例:「甲は、本契約の定めるところに従い、乙を吸収合併し、甲は存続し、乙は解散する。」
4. 第2条:存続会社の商号及び住所 例:「存続会社の商号及び住所は次のとおりとする。 商号:○○株式会社 住所:東京都千代田区○○町1-1-1」
5. 第3条:消滅会社の商号及び住所 例:「消滅会社の商号及び住所は次のとおりとする。 商号:△△株式会社 住所:大阪府大阪市○○区△△町2-2-2」
6. 第4条:合併に際して交付する株式及びその割当て 例:「甲は、本合併に際して、本合併の効力発生日の前日の最終の乙の株主名簿に記載又は記録された乙の株主に対し、その所有する乙の普通株式1株につき、甲の普通株式2株の割合をもって割り当てる。」
7. 第5条:増加する資本金及び準備金 例:「本合併により増加する甲の資本金、資本準備金及び利益準備金の額は、次のとおりとする。 (1) 資本金:0円 (2) 資本準備金:会社計算規則第39条の規定に従い甲が定める額 (3) 利益準備金:0円」
8. 第6条:効力発生日 例:「本合併の効力発生日は、2025年4月1日とする。ただし、本合併の手続進行上の必要性その他の事由により、甲乙協議のうえ、これを変更することができる。」
9. 第7条:株主総会の承認 例:「甲及び乙は、本契約につき、2024年6月30日までに、それぞれ株主総会の承認を受けるものとする。」
10. 第8条:会社財産の管理等 例:「甲及び乙は、本契約締結後、本合併の効力発生日に至るまで、それぞれ善良なる管理者の注意をもってその業務の執行及び財産の管理、運営を行い、その財産又は権利義務に重大な影響を及ぼす行為については、あらかじめ甲乙協議し合意の上、これを行うものとする。」
11. 第9条:本契約の変更及び解除 例:「本契約締結後、本合併の効力発生日に至るまでの間において、甲又は乙の財産状態若しくは経営状態に重大な変動が生じた場合、本合併の実行に重大な支障となる事態が生じ又は明らかとなった場合その他本契約の目的の達成が困難となった場合には、甲乙協議の上、本契約を変更し、又は解除することができる。」
12. 締結文言と署名欄 例:「本契約締結の証として本書2通を作成し、甲乙記名押印の上、各1通を保有する。 2024年5月1日 甲:東京都千代田区○○町1-1-1 ○○株式会社 代表取締役 □□ □□ 印 乙:大阪府大阪市○○区△△町2-2-2 △△株式会社 代表取締役 ◇◇ ◇◇ 印」
この例は基本的な構成を示したものです。実際の契約書では、各社の状況や合併の詳細に応じて、さらに詳細な条項や特別な取り決めが追加されることがあります。また、法律の改正や個別の状況により、記載内容が変更される可能性もあるため、最新の法令に基づいて作成し、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
吸収合併契約書は、企業の吸収合併プロセスにおいて極めて重要な法的文書です。会社法に基づく法定記載事項を適切に盛り込み、当事者間の合意事項を明確に記載することで、円滑な合併手続と合併後の安定した事業運営が可能となります。契約書の作成にあたっては、法的要件を満たしつつ、個別の状況に応じた詳細な取り決めを含めることが重要です。また、既存契約の承継やCOC条項の確認など、契約締結時の重要ポイントに注意を払うことで、潜在的なリスクを最小限に抑えることができます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画