焦土作戦は企業買収に対する防衛策の一つです。本記事では、焦土作戦の概要やリスク、日本での実例を解説します。M&Aを検討する経営者や投資家にとって、重要な情報となるでしょう。
目次
M&A(合併・買収)の世界で、焦土作戦は重要な買収防衛策の一つとして知られています。この戦略は、軍事用語から転用されたもので、敵対的買収から企業を守るために用いられます。
焦土作戦の本質は、企業価値を意図的に低下させることで、買収者の興味を失わせる点にあります。具体的には、以下のような行動が含まれます:
• 優良資産の売却
• 収益性の高い事業の処分
• 多額の負債の引き受け
これらの行動により、企業は自社の魅力を意図的に減少させ、買収者にとって魅力のない対象となることを目指します。
敵対的買収、あるいは同意なき買収とは、対象企業の経営陣の同意を得ずに進められる買収のことを指します。通常、買収者は議決権の過半数を取得することで、一方的に買収を進めようとします。
これに対して、企業が自社を守るために講じる対策が買収防衛策です。焦土作戦はその一つの手法であり、他にもポイズンピルや株式持合いなど、様々な防衛策が存在します。
焦土作戦の主な目的は、企業の魅力を低下させることで、買収者の意欲を削ぐことにあります。具体的な方法としては:
1. 優良資産の売却
2. 収益性の高い事業部門の分離
3. 多額の負債の引き受け
4. 特許やブランドなどの無形資産の処分
これらの行動により、企業は自社の価値を意図的に低下させ、買収者にとって魅力のない対象となることを目指します。
クラウンジュエル戦略(王冠の宝石戦略)は、焦土作戦と非常に似た概念です。両者ともM&Aの文脈では同義で使われることが多くあります。
クラウンジュエル戦略の特徴:
• 「クラウン(王冠)」は買収対象企業を指す
• 「ジュエル(宝石)」は企業の重要な資産や事業部門、特許などを指す
• これらの「宝石」を企業本体から切り離すことで、企業価値を低下させる
焦土作戦とクラウンジュエル戦略は、どちらも資産の売却や分離を通じて企業全体の価値を低下させ、買収者の意欲を削ぐことを目的としています。実務上、これらの用語はほぼ同じ意味で使用されることが多いです。
企業経営者や関係者は、M&Aが活発化する現代において、これらの買収防衛策について理解を深め、必要に応じて適切な対応ができるよう準備しておくことが重要です。
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焦土作戦は、敵対的買収から企業を守る有効な手段の一つですが、同時に重大なリスクも伴います。この戦略を実施する際には、以下のようなリスクを十分に認識し、慎重に検討する必要があります。
焦土作戦の実施に伴う最も大きなリスクの一つは、企業の重要な資産や事業を失ってしまう可能性です。
• 適正価格での売却:資産を適正価格で売却する場合、対価を得られるため企業の魅力を大きく損なうことはありま
せん。
• 不適切な価格での処分:しかし、適正価格以下で資産を処分する場合、企業価値が著しく減少してしまう恐れがあ
ります。
このような行動は、以下のような結果をもたらす可能性があります:
1. 企業の競争力の低下
2. 長期的な成長機会の喪失
3. 既存株主への大きな損害
したがって、焦土作戦を実施する際には、短期的な防衛効果だけでなく、長期的な企業価値への影響も慎重に検討する必要があります。
焦土作戦の実施は、企業の取締役に法的リスクをもたらす可能性があります。
取締役には以下のような義務が課せられています:
1. 善管注意義務:企業の資産を適切に管理する義務
2. 忠実義務:企業に対して忠実に行動する義務
焦土作戦によって重要な資産を失うことで、売上や企業価値の低下が発生した場合、取締役がこれらの義務に違反したと判断されるリスクがあります。特に以下のような状況では、リスクが高まる可能性があります:
• 株主が焦土作戦に反対している場合
• 焦土作戦の結果、企業価値が著しく低下した場合
• 焦土作戦の必要性や合理性が十分に説明できない場合
これらの状況下では、株主から訴訟を受ける可能性も考えられます。
したがって、焦土作戦を実施する際には、その必要性や合理性を十分に検討し、株主等の関係者に対して明確な説明を行うことが重要です。また、法律の専門家に相談し、法的リスクを最小限に抑える方法を検討することも必要です。
日本のM&A市場においても、焦土作戦が実際に用いられた事例があります。ここでは、特に注目を集めた2つの事例を紹介します。
2005年に起きたライブドアによるニッポン放送の買収劇は、日本の経済界に大きな衝撃を与えました。
事例の概要:
• 買収者:ライブドア
• 対象企業:ニッポン放送
• 買収の目的:ニッポン放送を通じて、その子会社であるフジテレビの経営権を獲得すること
ニッポン放送の対応:
• フジテレビ株式等の売却をほのめかす
• これは典型的な焦土作戦の一例と言えます
この事例は、日本の企業社会に敵対的買収の脅威を認識させ、買収防衛策の重要性を浮き彫りにしました。
2020年に起きた前田建設工業による前田道路の買収案件も、焦土作戦が用いられた事例として注目を集めました。
事例の概要:
• 買収者:前田建設工業
• 対象企業:前田道路
• 買収の狙い:前田道路の豊富な資金力の獲得
前田道路の対応:
• 保有する現金等の有価証券(連結ベース)約850億円のうち、60%超に当たる約535億円を特別配当として社外へ流出させると発表
• これは典型的なクラウンジュエル戦略(焦土作戦)と言えます
この事例は、現金準備の多い企業が敵対的買収の標的になりやすいこと、そしてその対抗策として焦土作戦が有効に機能し得ることを示しています。
これらの事例は、日本企業においても焦土作戦が実際に検討・実施されていることを示しています。ただし、この戦略の実施には慎重な判断が必要であり、企業価値の保護と株主利益の両立を図ることが重要です。
焦土作戦は、敵対的買収から企業を守るための一つの手段ですが、重大なリスクも伴います。企業価値の低下や法的問題の可能性があるため、慎重な検討が必要です。実施する場合は、株主への十分な説明と理解を得ることが重要です。M&Aの複雑さを考えると、専門家のアドバイスを受けながら、自社に最適な防衛策を選択することが賢明です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画