期待収益率の計算方法の基礎から応用までを解説
「期待収益率はどう計算し活用すれば良いのか?」その疑問に税理士が答えます。投資判断やM&Aで後悔しないための基礎と応用をやさしく解説します。
目次
▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)
期待収益率とは、投資することで将来にわたって得られると予測される平均的な収益率を示す指標です。預金金利のように契約で確定する利息と異なり、期待収益率には不確実性、すなわちリスクが伴います。そのため「期待」とは単なる願望ではなく、合理的な根拠に基づく予測を意味します。投資家側では要求収益率、投資を受け入れる側ではハードルレートや株主資本コストとも呼ばれることがあります。
期待収益率がプラスであれば投資後に収益を得られる可能性が高く、マイナスであれば損失リスクが高まります。この単純な判定軸が、投資するか否かの第一歩となります。
一般にリスクが大きい投資対象ほど、投資家はより高いリターンを要求します。安全資産である預金や国債より、株式や外貨など価格変動の大きい資産の期待収益率が高く設定されるのはそのためです。
期待収益率は異なる投資商品を横並びで比較する際の便利な物差しとなります。投資家が自らのリスク許容度や目的に合わせて最適なポートフォリオを選ぶ基準が明確になります。
投資は「現在の資金を将来に投じて増やす行為」であるため、同じ金額でも「今」と「将来」では価値が異なります。この時間価値の概念を踏まえると、将来の収益は必ず現在価値に割り引いて評価する必要があります。期待収益率は割引率として用いられ、企業価値や投資額の算定に直接影響を与えます。
将来キャッシュフローを現在価値に換算する際、期待収益率を割引率に設定することで、投資の妥当性を検証できます。割引率が高いほど現在価値は小さくなり、投資額が抑えられる構造です。
一般に期待収益率の下限は国債など無リスク資産の利回り(リスクフリーレート)です。リスクを負う投資であれば、それ以上のリターンを期待するのが合理的です。
期待収益率を求める代表的なアプローチには、ヒストリカルデータ方式、将来予測シナリオ方式、ポートフォリオ理論を用いた加重平均、ビルディングブロック方式の4つがあります。それぞれ異なる前提と長所・短所があるため、状況に応じて使い分けることが重要です。
過去の市場データを基に期待収益率を算出する方法です。長期データを取れば恣意性を排除できますが、採用期間によって数値が変動しやすい点に留意が必要です。
データ期間選定により数値が大きく変動する
特定の好景気・不況期だけを切り取ると期待収益率が過大または過小にブレるため、十分なサンプル期間を確保することが重要です。
複数のシナリオとその発生確率を設定し、加重平均で期待収益率を算出します。不確実性を前提にするため実務的ですが、シナリオの設定次第で結果が変わるため定期的な見直しが欠かせません。
個々の資産の期待収益率と構成比率を掛け合わせて加重平均を求める方法です。異なる資産を組み合わせることでリスク分散効果も同時に把握できます。
計算式は各資産の期待収益率×構成比の総和
例えばA株式(期待収益率25%・比率60%)とB株式(期待収益率15%・比率40%)なら25%×60%+15%×40%=21%となります。
期待収益率を無リスク利回り(ベース部分)とリスクプレミアムに分け、それぞれを見積もり合算します。リスクプレミアムの設定にヒストリカルデータ方式が用いられることが多い点が特徴です。
リスクとは予想収益のばらつきを意味します。値動きが大きい資産は高リスクに分類され、その分高いリターンが求められます。逆に低リスク資産は期待収益率も低くなります。
無リスク利回りに対してリスクプレミアムを加えることで、投資家がリスクを取るインセンティブが生まれます。
CAPMでは市場全体のリスクプレミアムにβ値(個別企業の市場感応度)を掛けることで株主資本コストを推計します。βが1を超える企業は市場よりリスクが高い分、高い期待収益率が必要とされます。
企業が事業に投じる資金は、株主からの出資(株主資本)と金融機関などからの借入(有利子負債)の二つで構成されます。WACC(加重平均資本コスト)は、これら二つのコストを企業全体の資本構成比率で加重平均した指標であり、事業に必要な最低限の期待収益率を示します。
WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は、企業が資金調達を行う際のコストを示す指標です。
WACC = Re × E/(D+E) + Rd × (1−T) × D/(D+E)
ここでReは株主資本コスト、Rdは有利子負債コスト、Eは株主資本、Dは有利子負債、Tは実効税率です。有利子負債コストには利息の税効果があるため(1−T)で調整します。
類似上場企業の選定がReを左右する
株主資本コストReは、類似上場企業のβ値や市場プレミアムを参考に推計します。選定基準が異なるとWACCも変動するため、慎重なベンチマーク設定が求められます。
投下資本利益率(ROIC)がWACCを上回れば企業は資本コストを超えるリターンを生み、企業価値が増加します。逆に下回ると価値減少につながるため、経営指標として重視されます。
DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法は将来フリーキャッシュフロー(FCF)を期待収益率(通常はWACC)で割り引き企業価値を算定する手法です。
税引後営業利益に減価償却費を加え、資本的支出や運転資本増減を調整して将来FCFを予測します。不確実性を考慮しベース・成長・保守的など複数ケースを用意するのが一般的です。
予測期間内のFCFを割引係数で現在価値へ換算し合計すると事業価値が得られます。終価となる継続価値を計算し加えることも忘れません。
余剰現預金や投資有価証券など非事業用資産の価値を事業価値に加算し、有利子負債や退職給付引当金を控除すると株式価値が算定できます。
M&Aでは譲渡企業の価値を客観的に評価し譲受価格を決定するために、期待収益率を資本コストとしてDCF法などのバリュエーション手法に組み込みます。株価算定でも同様に、将来のキャッシュフローを株主資本コストで割り引き、理論株価を導き出します。
割引率が高いほど現在価値は低くなるため、必要以上に保守的な期待収益率を設定すると譲渡価格が不当に低くなる恐れがあります。
逆に期待収益率が低過ぎると、将来キャッシュフローの不確実性を十分に織り込めず、企業価値を過大に評価してしまいます。これが買収後のリスク増大につながる場合があります。
市場成長率、競争環境、事業のライフサイクルなどを踏まえてリスクプレミアムを調整することにより、期待収益率を実態に即した水準へ近づけられます。
期待収益率は数字一つで企業価値を大きく左右します。次のような落とし穴を避けることが重要です。
短期的に株価が急上昇した期間だけを基準にすると、期待収益率が実態を反映しない可能性があります。十分な期間のデータで平準化することが欠かせません。
経済環境や事業構造は変化します。数年前に作成した期待収益率をそのまま流用すると、現状と乖離した評価となるリスクがあります。
「競合より高め」「なんとなく保守的に」という理由でプレミアムを上乗せすると、説明責任を果たせません。ヒストリカルデータやβ値など客観的な指標を根拠に設定する姿勢が求められます。
ここまでで期待収益率の定義から計算手法、WACCやDCF法での活用まで基本的な流れを整理しました。続く後半では、具体的な数値例を交えながらM&A実務での活用ステップ、株価算定のプロセス、そして投資判断に活かすためのチェックリストを紹介します。
M&Aでは短期間で多数の前提を固める必要があります。期待収益率をブレなく設定するために、次の5つのステップを推奨します。
ここでは、営業利益2億円・営業利益成長率5%、減価償却費0.5億円、設備投資1億円、運転資本増加0.3億円という企業を例に、5年間のFCFを算出しWACC8%で割引く簡易モデルを示します。5年間のFCF合計は約6.9億円となり、継続価値(ターミナルバリュー)は6年目FCF1.8億円÷(WACC−成長率3%)=36億円、これを現在価値に割り引くと事業価値は約30億円です。余剰資金が3億円、有利子負債が5億円なら株式価値は28億円となります。数字を動かすたびに価値が変動するため、期待収益率設定の重要度が実感できます。
DCF評価と同時に使われるNPV(正味現在価値)やIRR(内部収益率)も、根本では期待収益率と密接に結び付いています。
NPV計算では投資額と将来キャッシュフローを比較します。割引率が期待収益率と一致するため、設定値が1%変わるだけでNPVが大きく揺れ動きます。
IRRはNPVをゼロにする割引率です。投資家が求める期待収益率よりIRRが上回れば投資適格と判断できるため、双方を見比べることで採算ラインを多角的に評価できます。
DCFで株式価値を求めた後、未上場株式や少数株式では以下のディスカウントを適用するケースが多いです。
未上場株式は売却まで時間がかかるため、一般的に10〜30%を目安に控除します。
議決権比率が過半数未満の株式には、意思決定に関与できない分だけ価値が低下します。評価実務では5〜20%程度の控除が行われることが多いです。
特殊契約や事業依存リスク、後継者不在など、案件固有の要素を反映しないと公正価値を逸脱するため注意が必要です。
経営者の視点では、期待収益率を引き上げることで株式価値向上を図れます。
案件検討の初期段階で次の10項目を確認すると、設定ミスを大幅に削減できます。
期待収益率は企業価値評価の心臓部です。自社だけで完結させると前提の甘さやバイアスが入りやすくなります。当グループでは、税務・財務・法務の専門家がチームを組み、最新データベースと独自テンプレートを用いてリスクプレミアムを定量化し、第三者評価書として提出します。外部評価を付けることで、金融機関や投資家との交渉力が向上し、M&A交渉の円滑化にも繋がります。無料相談から着手可能なため、まずはお気軽にご相談ください。
期待収益率は投資家の要求リターンを示す一方で、資本コストやDCF割引率として企業価値を大きく左右します。設定には無リスク利回り、リスクプレミアム、資本構成など多角的な視点が必要です。適切に算定し活用することで、投資判断の精度と企業価値の透明性が飛躍的に高まります。
著者|竹川 満
マネージャー/M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事