期待収益率とは?計算方法とM&Aの企業価値評価の基本

期待収益率の意味、確率を使う計算例、CAPM、ポートフォリオの加重平均を分かりやすく解説します。WACCやDCF法、NPV・IRRとの関係、M&Aの企業価値評価で数値を設定する際の注意点まで、経営者が評価額の根拠と投資採算を判断できる形で整理します。

目次

  1. 期待収益率は投資判断の基準線になる
  2. 期待収益率を求める2つの基本方法
  3. CAPMで株主資本コストを計算する
  4. 複数資産の期待収益率は加重平均する
  5. WACCとDCF法で企業価値につなげる
  6. NPV・IRRと組み合わせて採算を判断する
  7. 期待収益率の設定で起こりやすい誤り
  8. M&Aを検討する経営者が確認したい点
  9. まとめ

▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)

期待収益率は投資判断の基準線になる

期待収益率とは、資産や事業への投資から将来得られると見込む平均的な収益率です。複数の結果があり得る場合に、それぞれの発生確率を踏まえて求める予測値であり、実際の収益率を保証する数字ではありません。

経営者にとって重要なのは、期待収益率が投資の比較と企業価値評価の両方に使われる点です。設備投資や新規事業では、投じる資金に見合う収益を得られるかを判断する物差しになります。M&A(合併・買収)では、将来のキャッシュフローを現在価値へ割り引く際の基礎となり、買収価格や株式価値に影響します。

期待収益率と要求収益率は意味が少し異なる

期待収益率は「投資からどれくらい得られそうか」という見込みです。一方、要求収益率は「リスクを取るなら最低でもこれだけ欲しい」という投資家側の基準で、ハードルレートとも呼ばれます。

投資判断では、見込まれる期待収益率が要求収益率を上回るかを確認します。両者は実務で近い意味に使われることがありますが、予測値と最低基準を分けて考えると判断を誤りにくくなります。

リスクが高いほど求める収益率も上がる

将来の結果が大きくぶれる投資ほど、投資家は高い収益率を求めます。国債など比較的安全性が高い資産より、業績変動の大きい株式や新規事業の要求収益率が高くなるのは、リスクに対する上乗せが必要だからです。

ただし、高い期待収益率は「利益が出やすい」という意味ではありません。損失を含む振れ幅が大きい可能性もあるため、収益率だけでなく、下振れした場合の影響まで確認する必要があります。

期待収益率を求める2つの基本方法

期待収益率の計算方法は、投資対象や利用目的によって変わります。基本となるのは、複数の将来シナリオから求める方法と、市場リスクから理論的に求めるCAPMの2つです。

発生確率と収益率を掛けて合計する

景気や業績の見通しを複数に分け、それぞれの発生確率と予想収益率を掛け合わせます。計算式は次のとおりです。

 期待収益率 =(各シナリオの発生確率 × 各シナリオの予想収益率)の合計


例えば、好景気となる確率が40%で収益率10%、通常が40%で3%、不景気が20%でマイナス5%とします。

 0.40 × 10% + 0.40 × 3% + 0.20 × マイナス5% = 4.2%


この場合の期待収益率は4.2%です。計算自体は難しくありません。難しいのは、発生確率と各収益率の根拠をどう置くかです。

過去実績だけでなく、受注状況、原材料価格、人員計画など、将来に影響する情報を反映させます。見通しに根拠がなければ、計算結果も信頼できません。

シナリオは楽観・標準・悲観で作る

実務では、楽観、標準、悲観の3ケースを置くと整理しやすくなります。標準ケースだけで判断すると、計画未達時の影響を見落としがちです。こういうケースは珍しくありません。

シナリオごとの前提は、売上高だけでなく、粗利益率、固定費、設備投資、運転資金までそろえることが大切です。前提同士に矛盾があると、計算結果だけが精密に見えてしまいます。

過去実績から平均値を求める方法もある

過去の収益率の平均を、将来の目安とする方法もあります。長期間のデータを使えば短期的な景気変動の影響を抑えられますが、事業構造や市場環境が変わっている場合は、そのまま将来へ当てはめられません。

過去平均は出発点です。将来予測との差を確認し、差が生じる理由を説明できる状態にしておく必要があります。

CAPMで株主資本コストを計算する

CAPM(資本資産価格モデル)は、市場全体の値動きに対する個別株式の動きから、株主が求める収益率を推計する考え方です。企業価値評価では、株主資本コストを求める代表的な方法として使われます。


計算式は次のとおりです。

 株主資本コスト = リスクフリーレート + β × 市場リスクプレミアム

3つの要素を分けて理解する

リスクフリーレート

リスクが極めて低い資産の利回りで、一般に国債利回りを参考にします。投資家が大きなリスクを取らなくても得られる収益率の土台です。

市場リスクプレミアム

株式市場へ投資することで、国債などより追加で求める収益率です。市場全体のリスクに対する上乗せ報酬と考えると分かりやすいでしょう。

β値

βは、市場全体が動いたときに対象株式がどの程度動きやすいかを示す指標です。βが1なら市場と同程度、1を超えると市場より値動きが大きく、1未満なら小さい傾向を表します。

未上場の中小企業には、株式市場で観察できるβがありません。そのため、類似する上場企業のβを参考にし、財務内容や規模の違いを調整します。どの会社を類似企業に選ぶかで結果が変わるため、選定根拠の確認が欠かせません。

複数資産の期待収益率は加重平均する

株式、債券、不動産など複数の資産を組み合わせる場合、ポートフォリオ全体の期待収益率は、各資産の期待収益率に構成比を掛けて合計します。


例えば、期待収益率6%の資産を60%、3%の資産を40%保有する場合は、次の計算になります。

 6% × 60% + 3% × 40% = 4.8%


構成比を変えると、期待収益率も変わります。ただし、ポートフォリオのリスクは単純な加重平均では求められません。資産同士が同じ方向に動くかどうかも影響するためです。

経営判断でも考え方は同じです。既存事業と新規事業の収益性を別々に見たうえで、投下資金の割合を踏まえて全体の採算を確認します。

WACCとDCF法で企業価値につなげる

会社の資金は、株主からの出資と金融機関などからの借入で構成されます。WACC(加重平均資本コスト)は、株主資本コストと負債コストを資本構成に応じて平均した指標です。


WACC = 株主資本コスト × 株主資本比率 + 負債コスト ×(1-税率)× 負債比率


借入利息は、一般に税務上の費用となるため、負債コストには税効果を反映します。実際の算定では、通常、簿価ではなく時価を基礎とした資本構成を用います。

WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は、企業が資金調達を行う際のコストを示す指標です。

DCF法ではWACCを割引率として使う

DCF法は、将来のフリーキャッシュフローを現在価値へ換算し、事業価値を求める方法です。事業全体に帰属するフリーキャッシュフローを評価する場合、一般にWACCを割引率として使います。

割引率が高くなるほど、同じ将来キャッシュフローでも現在価値は小さくなります。反対に低くすると価値は大きくなるため、わずかな差が企業価値へ大きく影響することも。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。

フリーキャッシュフローの前提も同時に確認する

割引率だけを精密に計算しても、将来のフリーキャッシュフローが現実とかけ離れていれば、評価結果は安定しません。売上成長率、利益率、設備投資、運転資金、継続価値の前提を合わせて確認します。

NPV・IRRと組み合わせて採算を判断する

期待収益率は、NPVやIRRと合わせて使うと、投資案件の採算を多面的に確認できます。

NPVは期待収益率を基準に現在価値を測る

NPV(正味現在価値)は、将来キャッシュフローの現在価値から初期投資額を差し引いた金額です。NPVがプラスなら、設定した割引率を上回る価値を生むと判断できます。

期待収益率を高く置くほど、将来キャッシュフローの現在価値は小さくなり、NPVも下がります。数値の大小だけでなく、割引率を何%にしたかを見ることが重要です。

IRRは投資案件が生む収益率を逆算する

IRR(内部収益率)は、NPVがゼロになる割引率です。案件のIRRが要求収益率を上回れば、投資基準を満たすと判断できます。

ただし、IRRだけでは投資額の大きさや回収時期の違いを十分に比較できない場合があります。NPV、投資回収期間、資金調達余力も合わせて確認するのが実務的です。

期待収益率の設定で起こりやすい誤り

期待収益率は、計算式に数字を入れれば終わりではありません。前提の置き方により、企業価値や投資判断が大きく変わります。

短期間のデータだけで決める

好況期や不況期だけを切り取ると、期待収益率が高過ぎたり、低過ぎたりします。複数年のデータを確認し、現在の市場環境との違いを調整する必要があります。

同じリスクを二重に反映する

業績悪化をキャッシュフロー予測へ織り込んだうえで、同じ不安を割引率にも重ねると、企業価値を過度に低く見積もる原因になります。リスクを将来予測へ反映するのか、割引率へ反映するのかを整理します。

計算結果を1つの正解として扱う

期待収益率も企業価値も、前提に基づく推計です。1つの数値だけでなく、割引率を上下させた感応度分析を行い、評価額の幅を確認します。意外と多い落とし穴です。

古い前提を更新しない

金利、業界環境、取引先構成、借入条件は変わります。過去に作った数値をそのまま流用せず、評価時点の情報に更新することが必要です。

M&Aを検討する経営者が確認したい点

会社売却を検討する経営者が、期待収益率を自分で精密に計算する必要はありません。ただし、評価額の根拠を理解するため、少なくとも次の点は確認しておきたいところです。


・どの評価手法を使い、期待収益率をどこへ反映したか

・リスクフリーレート、β、市場リスクプレミアムの根拠は何か

・類似企業の業種、規模、収益構造は自社と近いか

・事業計画と割引率に同じリスクを二重計上していないか

・割引率を1%上下させた場合、評価額がどの程度変わるか

会社売却前の整備が評価の安定につながる

月次決算の精度、取引先別の売上構成、経営者への依存度、主要契約、簿外債務の有無などが整理されていると、買い手はリスクを見積もりやすくなります。結果として、必要以上に高いリスクプレミアムを置かれる可能性を抑えられます。

期待収益率だけを下げようと交渉するのではなく、数字の根拠となる事業リスクを減らすことが先です。企業価値評価は計算の問題に見えますが、実際には日々の経営管理が表れる場面でもあります。

まとめ

期待収益率は、将来得られる平均的な収益率の見込みであり、投資判断では要求収益率との比較に使います。確率を使うシナリオ分析やCAPMで求め、企業価値評価ではWACCやDCF法へつなげます。M&Aを検討する経営者は、計算結果だけでなく、採用した前提、リスクの反映方法、感応度を確認し、自社の実態に合う評価かを見極めることが大切です。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人