期待収益率の基礎知識:計算方法と企業価値評価への活用

期待収益率の意味や計算方法、資本コストとの関係について詳しく解説します。投資判断やM&Aにおける企業価値評価に活用できる重要な指標について、わかりやすく説明していきます。

目次

  1. 期待収益率の定義と重要性
  2. 期待収益率の算出方法
  3. WACCと資金調達コストの関係
  4. DCF法による企業価値評価の手順
  5. M&Aと株価算定における期待収益率の活用
  6. まとめ

▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)

期待収益率の定義と重要性

期待収益率は、投資案件から将来的に得られると予想される収益率のことを指します。この指標は、投資判断を行う際に非常に重要な役割を果たします。期待収益率は、要求収益率や期待リターンとも呼ばれ、投資に対してどの程度のリターンが見込めるかを示す指標となります。

期待収益率の特徴

期待収益率の特徴として、以下の点が挙げられます。

1. プラスとマイナスの判断基準: 

 o マイナスの場合:投資を行っても損失が生じる可能性が高い

 o プラスの場合:収益が期待できる

2. リスクとの関係性: 

 o 一般的に、リスクが高い投資ほど期待収益率も高くなる傾向がある

 o 例えば、預金や国債などの安全資産と比べ、株式や外貨などの変動性の高い資産は、不確実性(リスク)が高く、
   それに応じて期待収益率も高くなる

3. 投資商品の比較ツール: 

 o 様々な投資商品を比較する際の重要な指標として活用される

 o 投資家のリスク許容度や投資目的に応じて、適切な投資先を選択する際の判断材料となる

期待収益率を理解し活用することで、より的確な投資判断が可能になります。投資を検討する際には、自身のリスク許容度や投資目的を十分に考慮し、期待収益率などの投資指標を参考にしながら、慎重に検討を行うことが重要です。

期待収益率の算出方法

期待収益率を求める方法には、いくつかの異なるアプローチがあります。それぞれの方法には、メリットとデメリットがありますので、状況に応じて適切な方法を選択することが重要です。

ヒストリカルデータ方式による計算

ヒストリカルデータ方式は、過去のデータを基に期待収益率を算出する方法です。

特徴:

客観的な数値を得られる

データの選択期間によって結果が大きく変わる可能性がある

注意点:

恣意性を排除するため、特定の期間だけを切り取らない

十分なデータ量を確保する

将来予測に基づく算出法

将来の価格変動や景気動向などを予測して期待収益率を求める方法です。

特徴:

様々なケースを考慮した期待収益率を算出可能

発生確率が不確定であるため、期待収益率も変動する

注意点:

状況の変化に応じて、適宜数値を見直す必要がある

ポートフォリオ理論を用いた計算方法

複数の資産を組み合わせ、それぞれのリスクとリターンを評価して最適な構成を考えるポートフォリオ理論に基づく方法です。

計算方法:

1. 各資産の期待収益率を算出

2. 各資産の構成比率を決定

3. 加重平均を計算

計算式: 期待収益率 = (資産Aの期待収益率 × 資産Aの構成比率) + (資産Bの期待収益率 × 資産Bの構成比率) + ...

例:

A株式(期待収益率25%、構成比60%)

B株式(期待収益率15%、構成比40%) の場合

期待収益率 = 25% × 60% + 15% × 40% = 21.0%

ビルディングブロック方式の活用

投資のリターンを複数の構成要素に分解し、それぞれの期待収益率を積み上げる方法です。

構成要素:

1. ベース部分:無リスク資産(預金や10年国債など)の収益率

2. リスクプレミアム:期待収益率からベース部分を引いた差

注意点:

リスクプレミアムの算出には、多くの場合ヒストリカルデータ方式が用いられる

WACCと資金調達コストの関係

WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)は、企業が資金調達を行う際のコストを示す指標です。

WACCの2つの要素

WACCは期待収益率とも呼ばれ、主に以下の2つの要素から構成されます。

1. 株主資本コスト:株主に支払うコスト

2. 有利子負債資本コスト:金融機関などからの借入にかかるコスト

これらを加重平均した値がWACCとなり、事業に投じる資金の調達コストを反映した指標となります。

WACC計算式

WACC計算式: WACC = Re × E/(D+E) + Rd(1-T) × D/(D+E)

Re:株主資本コスト

Rd:有利子負債資本コスト

E:株主資本

D:有利子負債

T:実効税率

WACCの特徴:

株主資本コストと有利子負債資本コストの加重平均

有利子負債資本コストには利息の税効果を考慮

株主資本コストは類似上場企業の数値から算出

マーケット・リスクプレミアムやサイズ・リスクプレミアムを反映させるのが一般的

注意点:

類似上場企業の選定によってWACCの数値が変動する

DCF法による企業価値評価にも影響するため、慎重な設定が必要

DCF法による企業価値評価の手順

DCF(Discounted Cash Flow:ディスカウント・キャッシュフロー)法は、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くことで企業価値を算定する手法です。以下に、DCF法の手順を詳しく説明します。

将来FCFの予測

FCF(フリーキャッシュフロー)の予測方法:

税引後利益や営業利益をベースに算出

支払利息、法人税等の税金、償却費等を調整

資本的支出、ネット運転資本増減を考慮

適切な割引率の決定

割引率の設定:

一般的にWACC(加重平均資本コスト)を使用

FCFの現在価値への換算

換算方法:

各年のFCFに割引率から導いた現価係数を乗じて算出

FCF現在価値の総計算出

総計算出:

各年のFCF現在価値を全て合計

この合計額が事業価値となる

非事業用資産を加えた企業価値

企業価値の算出:

事業価値に非事業用資産を加算

非事業用資産の例:余剰資金、投資有価証券、出資金など

有利子負債控除後の株式価値

株式価値の算出:

企業価値から有利子負債等を控除

有利子負債等の例:長短借入金、退職給付引当金、賞与引当金など

各種ディスカウント要因の考慮

ディスカウント要因の反映:

非流動性ディスカウント

マイノリティディスカウント

その他の適切なディスカウント要因

これらの手順を慎重に実行することで、DCF法による企業価値評価を行うことができます。ただし、将来キャッシュフローの予測や割引率の設定には不確実性が伴うため、複数のシナリオを検討することが重要です。

M&Aと株価算定における期待収益率の活用

期待収益率は、M&A(合併・買収)や株価算定の場面でも重要な役割を果たします。

期待収益率の活用

特に、企業価値評価(バリュエーション)において、期待収益率は「資本コスト」として活用されます。

1. M&Aにおける活用: 

 o 会社や事業の譲渡時に、自社の企業価値を客観的に評価するプロセスで使用

 o DCF法などの企業価値評価手法で、将来キャッシュフローを現在価値に割り引く際の割引率として活用

2. 株価算定での活用: 

 o 上場企業の株価算定において、将来の期待収益を現在価値に換算する際に使用

 o 投資家が期待する収益率(要求収益率)として機能

3. DCF法での具体的な活用: 

 o FCF(フリーキャッシュフロー)を現在価値に割り引く際に、WACC(加重平均資本コスト)を使用

 o WACCは、株主資本コスト(株主の期待収益率)と負債コスト(債権者の期待収益率)を加重平均した値

4. 期待収益率の重要性: 

 o M&Aや事業の価値判断に直接影響を与える指標

 o 適切な期待収益率の設定が、公正な企業価値評価につながる

5. 注意点: 

 o 期待収益率の設定には、業界動向や企業の成長性などを考慮する必要がある

 o 過大または過小な期待収益率の設定は、企業価値の誤った評価につながる可能性がある

期待収益率を適切に活用することで、M&Aや株価算定の場面でより精度の高い企業価値評価が可能となります。

まとめ

期待収益率は投資判断や企業価値評価において重要な指標です。その算出方法には、過去データや将来予測、ポートフォリオ理論など様々なアプローチがあります。M&Aや株価算定では、期待収益率が資本コストとして活用され、DCF法などの評価手法に組み込まれます。適切な期待収益率の理解と活用により、より効果的な投資判断や企業価値評価が可能となります。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

相続の教科書