M&Aの基本合意書とは?意向表明との違いと締結時期を解説
基本合意書とは、M&A取引において譲渡企業と譲受企業が基本条件を合意し、デューデリジェンスなどの重要ステップを円滑に進めるために締結する文書です。本記事では意向表明書や最終契約書との違い、主要な記載項目、締結時期の考え方などを詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(意向証明書/基本合意書)
M&A基本合意書は、譲渡企業(一般的に「売り手」と呼ばれていた企業)と、譲受企業(一般的に「買い手」と呼ばれていた企業)が、譲受価格やM&Aスキームなどの大枠となる条件について合意した内容を文書化したものです。通常は法的拘束力を強く持たせず、将来的に締結する最終契約書に向けて交渉を進めるための“橋渡し”のような役割を担います。
具体的には、譲渡企業と譲受企業が話し合いを進める中で合意した、譲受価格の目安や実施時期、秘密保持義務の範囲などを記載し、M&A取引をスムーズに進めることを目的とします。M&Aにおいてはデューデリジェンス(DD)など費用・時間を要する手続が多々あるため、あらかじめ基本合意書を締結しておくことで、双方が同じ方向性を共有しやすくなるメリットがあります。
加えて、基本合意書には、一部の条項(独占交渉権や秘密保持義務など)に限定して法的拘束力を持たせる場合があります。これにより、譲受企業が安心してDDを実施できるうえ、譲渡企業も交渉相手が正式に確定しやすいという利点があります。
M&Aの進行において、基本合意書を締結するタイミングはデューデリジェンス実施前が一般的です。まずは当事者同士が大まかな条件をすり合わせ、互いの意図を確認したうえで、正式な調査であるデューデリジェンスに進むという流れになります。もしデューデリジェンスの実施前に、交渉がどこまで進んでいるか不明瞭なままだと、両社とも大きなコストを投下しにくいというリスクがあるからです。
典型的には次のような手順で進みます。
トップ面談や初期の打ち合わせ
経営者同士の面談や仲介会社とのやり取りを通じて、条件・希望などを大まかに把握し合います。
意向表明書の提示(省略される場合もある)
とくに譲受企業が、譲受価格や条件などを一方的に示す意向表明書(LOI)を提出するケースもあります。ただし譲受候補が1社に絞られている際は、意向表明書を省略して直接基本合意書へ進むことも多く見受けられます。
基本合意書の締結
条件面である程度の合意が得られた段階で、独占交渉権や秘密保持義務、譲受企業側が負担する費用の範囲など、一部に法的拘束力を持たせたうえで合意文書としてまとめます。
デューデリジェンスの実施
基本合意書の締結後、専門家を交えて本格的な企業調査を行います。ここで想定外のリスクや負債が発覚すると、価格修正や契約解除の可能性が出てきます。
最終契約締結・クロージング
デューデリジェンス結果を踏まえ、譲受価格や具体的条件を詰め直し、最終契約書を締結します。その後、実際の譲受手続を完了させることでM&Aが成立します。
上場企業の場合は、基本合意書を締結した段階で金融商品取引所の規則等に基づき情報を開示するケースが多い点も特徴です。ただし、法的拘束力のない項目については必ずしも開示義務が生じるわけではありません。
譲渡企業の目的
譲渡企業(旧来の“売り手”)にとって、基本合意書を結ぶ目的は、希望する譲受価格や譲受実行時期、相手企業の譲受意図などをある程度確定させ、手続を円滑化することにあります。M&Aでは詳細な情報開示が必要なデューデリジェンスを実施するため、企業情報の秘密保持を明確化する手段としても、基本合意書は機能します。
また、独占交渉権の設定がある場合には、一定期間はほかの譲受候補と同時交渉を進めずに済むため、複数の交渉を管理する手間が省けるメリットがあります。一方で、独占交渉期間が長すぎると、より有利な条件を提示してくれる別の譲受企業が現れたときに交渉しにくいというリスクも生じます。
譲受企業の目的
譲受企業(旧来の“買い手”)にとって、基本合意書を結ぶ最大の目的は、デューデリジェンスや最終契約書の作成に向けて安心して動ける体制を整えることです。特に独占交渉権が付与される場合、他の企業に譲渡先を変えられるリスクを抑えながら、調査や検討を深められます。
譲受企業側は、DDにおける弁護士や公認会計士、税理士などの専門家へ多額の費用を支払うことになるため、途中で交渉が打ち切られるリスクはなるべく低減したいところです。基本合意書を取り交わすことで、その後の手続を費用面・時間面で計画しやすくなります。
ここでは、M&A基本合意書に盛り込まれる主要な内容をまとめます。なお実際の書式や見出しは企業やアドバイザーによって異なるものの、おおむね下記のような項目が定められることが一般的です。
譲受の対象範囲
M&Aでは企業全体の株式を譲受する場合もあれば、一部事業・資産だけを譲受する「事業譲渡」を行う場合もあります。基本合意書で明確にしておくべきなのは、どの範囲が譲受対象になるのかという点です。株式譲渡なら「発行済株式の○%を対象とする」のように示し、事業譲渡なら「事業Aに関連する資産および負債のうち○○を含む(除外する)」など具体的に記載します。
M&Aスキーム
株式譲渡・合併・事業再編など、どの方法でM&Aを実行するかの大枠を示します。とくに中小企業のM&Aでは株式譲渡が選ばれやすいですが、事業譲渡の場合は引き継ぐ資産や契約を個別に指定する必要があります。基本合意書段階では「合併を含め複数案を検討し、協議の上で最終決定する」など、将来の変更を可能にする表現が用いられることも多いです。
想定価格
譲渡企業と譲受企業の間で合意した“想定の譲受金額”を記載します。まだデューデリジェンス前なので、実際の最終価格は調整がかかる可能性があります。そのため、基本合意書には「譲受価格は○○円を目安とするが、DD結果に基づき変更の可能性がある」という趣旨を記載しておくのが一般的です。
また、役員への退職慰労金や、引き継ぐ負債などをどこまで価格に含めるかも明記するケースが多いです。曖昧なままだと、のちの交渉でトラブルになるおそれがあるためです。
想定スケジュール
基本合意書の有効期間や最終契約締結、実際の譲受実行日(クロージング日)までの流れを示します。これはあくまで予定であり、法的拘束力が強いわけではありません。ただし、計画を共有することで、双方が準備を円滑に進めやすくなる利点があります。
デューデリジェンスへの協力
デューデリジェンス(DD)は、譲渡企業に潜在するリスクや負債を洗い出し、譲受価格が適切かどうかを判断する重要な調査です。通常は譲受企業側が専門家を手配し、費用を負担しますが、譲渡企業側もデータ提供や面談などで協力が必須となります。そのため基本合意書には以下のようなポイントを盛り込みます。
秘密保持義務
M&Aに関する事実や、調査により得られた情報を第三者へ漏らさない義務を定めます。秘密保持契約を先に締結している場合はその内容を再確認し、まだ締結していない場合は基本合意書内に秘密保持条項を盛り込むことが一般的です。M&Aでは、両社の情報だけでなく“M&Aの交渉自体”が機密情報となる点が特徴です。
独占交渉権
一定期間、譲渡企業が他の譲受候補と交渉しないように定める条項です。譲受企業はDDや契約書作成に多大なコストを投下するため、その間に譲渡企業が別の相手と話を進められるとリスクが高まります。一方で、独占交渉期間が長期にわたると譲渡企業が身動きできなくなるので、通常は3~6か月程度が多いとされます。
個人保証の解消
中小企業オーナーが法人借入に個人保証をしている場合、M&Aで株式を譲り渡したからといって保証が自動で解消されるわけではありません。譲受企業が借入を引き継ぐにあたり、どのように個人保証を解消するか、またはその責任をどのように負うかを取り決めておくことが望ましいです。
従業員の雇用・処遇
従業員をどのように雇用するか、給料や待遇は維持するかなど、事前に合意することがあります。これによって、M&A後の従業員トラブルリスクを軽減できるため、基本合意書の時点で雇用条件を明文化する例も多いです。
善管注意義務
M&A成立までの間に、譲渡企業側が企業価値を毀損するような行動を取らないよう「善良な管理者の注意義務」を課す条項です。例として、新たな多額の借入、過度な投資、複数従業員の解雇などが挙げられます。企業価値が大幅に変わってしまうと、譲受企業との合意条件が崩れる可能性があるためです。
独占交渉権とは、基本合意書が有効な一定期間内において、譲渡企業が他の譲受候補と新たなM&A交渉を行わないよう制限する条項のことです。
独占交渉権を定める大きな理由は、譲受企業が多額の費用と時間をかけてデューデリジェンス(DD)を進めるのに、譲渡企業が同時に別の候補と交渉を進めてしまうと、譲受企業が被るリスクが高いからです。具体的には、専門家に法務・財務・税務などの調査を依頼し、多大なコストを投下している最中に、譲渡企業が別の候補に譲渡先を鞍替えしてしまうと、譲受企業の労力が大きく無駄になります。
一方、譲渡企業にとっては、独占交渉権を付与することによって短期的に有利な条件を提示してくる別の候補を逃す可能性がある点がデメリットといえます。そのため、一般的には3~6か月程度の適度な期間を設定することが多いです。
独占交渉権のメリット・デメリット
譲受企業のメリット
譲受企業のデメリット
譲渡企業のメリット
M&Aにおける基本合意書と混同されがちなのが、意向表明書(LOI)と最終契約書(SPAなど)です。これらは各フェーズで役割が異なるため、違いをしっかりと理解しておくことが重要です。
意向表明書との違い
意向表明書とは、主に譲受企業が譲渡企業に対して「このような条件でM&Aを行いたい」という意思を示すために提出する文書です。
特徴として、意向表明書は譲受企業からの一方的な意思表示に近い性質があり、法的拘束力を持たせないのが通常です。基本合意書は、譲渡企業と譲受企業が相互に合意のうえで作成するため、両者が認識を共有している点で意向表明書よりも踏み込んだ内容になります。
もっとも、意向表明書を差し入れしてから基本合意書を締結するのが一般的ではあるものの、譲受先候補が最初から1社に絞られている場合などは、意向表明書を省略し、いきなり基本合意書に進むケースも少なくありません。
最終契約書との違い
最終契約書は、DDの結果や最終的な条件調整を踏まえて、譲渡企業と譲受企業が「この条件でM&Aを実行する」と決定した内容を詳細に定めた文書です。法的拘束力が強く、ここに違反すれば損害賠償請求などのリスクが発生します。
例えば、譲受価格の最終確定額や引き継ぐ資産・負債の詳細、表明保証や違約金の規定、クロージング手続など、M&A契約を最終的に履行するための具体的内容を盛り込むのが通常です。基本合意書では「原則として大きな拘束力を持たせない」とされる項目も、最終契約書では正規の契約義務として強い拘束力を有します。
ここでは、基本合意書を締結する際に特に注意すべきポイントを整理します。単に「最終契約ではないから気軽に締結しても良い」というわけではなく、場合によっては大きなトラブルにつながる恐れもあるため、しっかり理解しておきましょう。
全体としては法的拘束力が弱いが、一部には拘束力が認められる
基本合意書はM&A成立を義務づける強い契約ではなく、「これから詳細を詰めましょう」という合意を示す段階のものです。ただし、費用の負担方法や独占交渉期間、秘密保持義務、準拠法など特定条項については法的拘束力が認められることが多い点に留意しましょう。
過去の事例では、旧UFJホールディングスが住友信託銀行との基本合意書で「2年間の独占交渉義務」を定めていたにもかかわらず、別の金融グループと交渉を始めようとしたことに対して住友信託銀行が差し止めの仮処分を求めたものの、最高裁判所で住友信託銀行の抗告が棄却されました。結果としては差し止めが認められませんでしたが、こうした紛争例があるように、基本合意書の内容は当事者間の解釈次第で大きな問題に発展し得ます。
独占交渉権を付与する期間の設定
独占交渉権は譲受企業にとって重要な条項ですが、譲渡企業としては期間を長くしすぎることにより、より魅力的な譲受条件が現れた際に乗り換えられなくなるデメリットがあります。一方で、譲受企業が短すぎる期間しか得られない場合は、調査や契約書作成が十分に進められず、安心して交渉を続けることができません。
こうした点を踏まえ、3~6か月程度を基準に、双方が納得できる期間を設定するのが望ましいです。もし延長が必要なときには、途中で再協議の手続きを明文化しておくことも重要です。
法的拘束力の及ぶ範囲の明示
基本合意書の中には、「本契約は法的拘束力を持たない」という一文が入ることがあります。しかし実際には、独占交渉権や秘密保持義務、有効期間、損害賠償の規定など、一部の条項については拘束力が及ぶことが多いため、その範囲をあいまいにしておくとトラブルの種になります。
譲受企業と譲渡企業の双方が「ここは拘束力を発揮させる」「ここはあくまで努力目標」というふうに線引きし、文言として明確に残すようにしましょう。
上場企業の場合の開示
上場企業であれば、基本合意書の締結が株価などに影響し得るため、金融商品取引所規則に基づいて何らかの形で情報開示が必要になる場合があります。その際、まだ法的拘束力がない部分については開示が不要なこともあるため、専門家や証券取引所のルールを確認しながら手続きを進めることが欠かせません。
譲渡企業・譲受企業ともに相手選定を慎重に
基本合意段階に至る前に、譲受企業側は「この企業に対して費用をかけても検討する価値があるか」、譲渡企業側は「この企業に譲り渡して本当に良いのか」をしっかりと判断しておく必要があります。一度基本合意書を結ぶと、少なくとも独占交渉権や秘密保持などで自由が制限されることになるため、いきなり安易な合意をしてしまうと後悔する可能性があります。
そのため、トップ面談や初期交渉の段階で経営理念や財務状況、譲渡後のビジョンなどをある程度確認し合い、信頼できると思える相手と基本合意を進めるのが理想です。
M&Aでは比較的多くの場合、基本合意書を締結しますが、以下のようなケースでは結ばずに進めることもあります。
事業譲渡の場合
事業譲渡は、引き継ぐ対象が特定の事業や資産・負債に限られ、企業全体を譲受する株式譲渡よりもスコープが狭い傾向があります。そのため、DDも簡易的に行い、最初から最終契約書に向けて交渉をスピーディーに進めるケースがあり、基本合意契約を省略することがあるのです。
独占交渉権だけ覚書で締結する場合
M&A全体の条件がまだ不透明だが、とりあえず他の候補と交渉しない約束だけはしておきたい、というときに「独占交渉権の覚書」などの形式で簡易に締結するケースです。譲受企業が早急に独占交渉権を得たい場合や、スケジュールを大幅に短縮したい場合に用いられることがあります。
取引当事者同士が知り合いまたは信頼関係がある場合
初めからお互いに「他社と競合するつもりはない」「この相手とだけ交渉を進める」と確信しているようなケースでは、基本合意書を改めて締結せず、直ちにDDや最終契約書の作成に移ることも珍しくありません。
急いでいる案件の場合
病気などやむを得ない事情で経営を早急に譲りたい、あるいは譲受企業が早期に事業をスタートさせたいなどの切迫した事情がある場合、基本合意書を作成せずDDも最小限にして最終契約に進むケースがあります。ただし、このようなケースではリスクが高まるため、慎重に判断することが推奨されます。
本記事では、M&Aにおける基本合意書の位置づけや締結時期、意向表明書や最終契約書との違い、独占交渉権や秘密保持などの主要項目、締結する際の留意点、結ばないケースなどを詳しく解説しました。
基本合意書は最終契約ではなくとも重要なステップであり、特に独占交渉権や秘密保持の部分に関しては法的拘束力が伴う可能性があります。譲渡企業と譲受企業の両者が納得できる条件を早期にすり合わせ、かつ専門家のサポートを受けながら慎重に交渉を進めることが、M&A成功のカギになるといえます。
M&Aにおける基本合意書は、譲渡企業・譲受企業が譲受価格やスケジュールの大枠を定め、次のデューデリジェンスや最終契約へと進むための指針です。法的拘束力が弱い部分がある一方、独占交渉権や秘密保持などの条項には一定の拘束力が認められるため、締結には慎重な判断が大切です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画