スタンドスティル条項は、買い手候補による同意なき株式取得やTOBを制限するM&A契約上の防波堤です。目的、NDAでの位置付け、売り手・買い手の利点、有効期間や解除条件の注意点、中小企業M&Aでの使いどころを解説します。
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「情報を渡した後に、相手が急に株式を買い集めたらどうなるのか」。上場会社のM&Aでは、この不安が交渉の初期段階から問題になります。
スタンドスティル条項とは、M&A(合併・買収)の交渉で情報を受け取った買い手候補に対し、売り手の同意なく対象会社の株式を買い増したり、TOB(株式公開買付け)を仕掛けたり、委任状勧誘を行ったりすることを一定期間禁止する取り決めです。再買収停止条項と呼ばれることもあります。英語では「Stand Still Provision」「Stand Still Agreement」「Stand Still Clauses」と表記されることがあります。
実務では、秘密保持契約、いわゆるNDAの中にスタンドスティル条項を入れることがよくあります。NDAは、基本合意書や詳細なデューデリジェンスより前に結ばれることが多い契約です。
M&Aでは、売り手が財務情報、主要取引先、技術情報、人事情報、将来計画などを買い手候補に開示します。これらは、外部に出れば競争上の不利益につながる情報です。スタンドスティル条項は、その情報を受け取った相手が、交渉外の手段で会社を取りに来ることを防ぐための安全装置になります。
この条項は、主に上場会社のM&Aで強く意識されます。上場株式は市場で売買できるため、買い手候補が市場買付けやTOBによって株式を取得しやすいからです。
非上場の中小企業では、株主が創業者や親族に集中していることが多く、株式が市場で自由に売買されません。そのため、上場会社ほど頻繁には使われません。ただし、株主が分散している会社や、複数の買い手候補が競合する案件では、検討する価値があります。
売り手にとって怖いのは、価格交渉が不利になることだけではありません。会社の内部情報を見た相手が、その情報を使って交渉の主導権を握ることです。
スタンドスティル条項の中心的な役割は、売り手の承諾のない株式取得を防ぐことです。交渉がまとまらなかった後に、買い手候補が市場で株式を集めたり、株主に直接働きかけたりすると、売り手の取締役会や経営陣は冷静に条件を検討しにくくなります。
特に、公開買付けや敵対的買収に発展すると、短期間で対応を迫られます。経営者は、買収価格だけでなく、従業員の雇用、取引先との関係、既存事業の継続、少数株主の利益などを同時に考えなければなりません。スタンドスティル条項は、その判断時間を確保する意味があります。
禁止対象は、株式取得だけに限りません。委任状勧誘、株主提案、取締役の選任要求、第三者を通じた取得などを含めることもあります。委任状勧誘とは、株主総会で議決権を行使してもらうため、他の株主から委任状を集める行為です。
この動きを放置すると、株式を多く持たなくても、株主総会で経営方針に大きな影響を与えられる場合があります。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。誰の行為を、どこまで、どの期間止めるのかを曖昧にしたまま情報開示を進めると、後で対応が難しくなります。
スタンドスティル条項は、売り手だけが得をする条項に見えるかもしれません。実際には、買い手にも交渉上の利点があります。
買い手候補がスタンドスティル条項を受け入れると、「同意のない買収を狙っていない」という姿勢を売り手に示せます。これは、初期交渉では大きな意味を持ちます。
売り手が警戒したままだと、資料開示が限定され、デューデリジェンスも浅くなります。デューデリジェンスとは、買収前に財務、税務、法務、事業、人事などを確認する調査です。必要な情報が得られなければ、買い手は正しい企業価値を見積もれません。結果として、価格を低めに出す、条件を厳しくする、交渉から降りるといった判断につながります。
買い手が敵対的な動きを見せると、売り手側は買収防衛策を検討することがあります。買収防衛策とは、会社の価値や株主共同の利益を守るため、同意のない買収に対応する仕組みです。
買い手にとっても、防衛策の発動や市場の反発は大きな負担です。スタンドスティル条項を受け入れて友好的な手続を進めれば、従業員、取引先、金融機関からの印象も悪化しにくくなります。買収後のPMI(M&A後の統合プロセス)にも良い影響があります。
スタンドスティル条項は、入れれば安心というものではありません。範囲が広すぎると買い手が受け入れにくく、狭すぎると売り手を十分に守れません。
契約では、どの行為を禁止するかをできるだけ具体的に定めます。たとえば、市場での株式取得、TOBの実施、第三者を通じた取得、共同保有者との協調行動、委任状勧誘、株主提案、取締役選任の働きかけなどです。
「買収行為をしない」という一文だけでは、どの行為が対象か争いになりやすくなります。特に上場会社では、株式取得の方法が複数あります。買い手のグループ会社、ファンド、実質的に協調する第三者をどう扱うかも重要です。
スタンドスティル条項は、最終的な完全子会社化を否定する条項ではありません。問題にしているのは、売り手の同意を得ないまま、一方的に株式取得や支配権取得を進める行為です。
M&Aが正式に合意されれば、TOB後のスクイーズアウトなどにより、少数株主から株式を取得して完全子会社化する流れもあり得ます。スクイーズアウトとは、一定の手続により少数株主に金銭を交付し、会社から退出してもらう手法です。スタンドスティル条項は、そのような正式手続に入る前の交渉秩序を守る役割を担います。
有効期間は、案件の性質に応じて決めます。実務では、6か月から2年程度が目安とされることがあります。短すぎると、情報開示後すぐに保護が切れてしまいます。長すぎると、買い手候補の投資機会を過度に縛るおそれがあります。
中小企業オーナーが注意したいのは、期間だけを見て安心しないことです。NDAの有効期間、秘密情報の利用目的、返還・破棄義務、違反時の差止めや損害賠償の考え方と合わせて確認する必要があります。契約条項は、1つだけで機能するものではありません。
買い手側からは、一定の場合にスタンドスティル義務を解除する条件を求められることがあります。たとえば、第三者が敵対的TOBを始めた場合、売り手が他の候補者と独占交渉に入った場合、売り手が重要な契約違反をした場合などです。
このような解除条件は「アウト条項」と呼ばれることがあります。売り手には保護が必要ですが、買い手にも機会損失を避けたい事情があります。解除条件を広くしすぎると条項の意味が薄れ、狭くしすぎると買い手が契約を拒むことがあります。
非上場の中小企業では、スタンドスティル条項が毎回必要になるわけではありません。多くの会社では株主が限られ、市場で株式を買い集めることができないためです。
創業家以外の株主が多い会社、過去の増資で外部株主が入っている会社、親族内で株式が分散している会社では、買い手候補が一部株主に直接接触するリスクがあります。全株主が同じ考えとは限りません。
こうした会社では、売却方針を決める前に株主名簿を確認し、誰が何株持っているか、株式譲渡制限があるか、株主間契約があるかを整理します。そのうえで、NDAや基本合意書にどこまで行動制限を入れるかを検討します。
同業他社へ情報を開示する場合、顧客情報、仕入先、原価率、技術資料、人材情報などの扱いには特に注意が必要です。交渉が破談になった後も、相手が競合企業として残るためです。
投資ファンドが候補になる場合も、複数案件を並行して検討していることがあります。ファンド自体が問題という意味ではありません。ただし、投資方針、資金調達、取得後の経営計画を確認する時間を確保するため、一定の行動制限が有効なことがあります。
中小企業M&Aでは、スタンドスティル条項よりも、独占交渉権、秘密保持、役員・従業員への接触禁止、取引先への直接連絡禁止などの方が実務上重要になることがあります。
独占交渉権とは、一定期間、売り手が特定の買い手候補と優先的に交渉する取り決めです。スタンドスティル条項は「買い手の勝手な行動を止める」条項であり、独占交渉権は「売り手の交渉相手を絞る」条項です。役割が違います。混同しないことが大切です。
実際の上場会社のM&Aでは、より高い価格を提示する第三者が現れ、当初の交渉が大きく動くことがあります。価格だけを見ると歓迎すべき話に見えますが、現場は単純ではありません。
2020年、DCMホールディングスと島忠は経営統合に向けた動きを進めました。その後、ニトリホールディングスが、DCM側より高い買付価格で島忠株式へのTOBを表明し、買収提案が競合する形になりました。
この事例は、スタンドスティル条項の有無だけで説明できるものではありません。それでも、上場会社のM&Aでは、第三者による対抗提案が出ると、株主利益、企業価値、取引の確実性、従業員や取引先への影響を同時に検討する必要があることを示しています。
高い買付価格は株主にとって重要です。一方で、経営統合後の事業方針、人員配置、店舗や拠点の扱い、取引先との関係、ブランドの維持も無視できません。
スタンドスティル条項は、こうした検討を落ち着いて行うための時間を確保する道具です。必ずしも競争提案を排除するためのものではありません。売り手が必要な情報を開示しながら、手続の公正さと交渉の秩序を守るために使うものです。
スタンドスティル条項は、買い手候補による同意なき株式取得、TOB、委任状勧誘などを制限し、M&A交渉の秩序を守る契約条項です。上場会社で重要性が高い一方、中小企業でも株主分散、同業他社への情報開示、複数候補との交渉では検討余地があります。NDAや独占交渉権と合わせ、自社のリスクに合う設計を確認しましょう。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人