スタンドスティル条項はM&A取引において重要な役割を果たします。その定義、効果、役割、実例を詳しく解説し、M&Aの成功確率を高めるための重要性について解説します。
目次
スタンドスティル条項は、M&A(合併・買収)取引において非常に重要な役割を果たす契約条項です。この条項は、主に秘密保持契約を締結する際に規定されることが多く、売り手から情報を受け取った買い手の行動を一定期間制限するものです。
具体的には、スタンドスティル条項には以下のような制限が含まれます:
• 売り手の株式取得
• 委任状勧誘
• その他の買収行為
これらの行為を、売り手の同意なしに行うことを禁止するのがスタンドスティル条項の主な目的です。
スタンドスティル条項は、英語では「Stand Still Provision」「Stand Still Agreement」「Stand Still Clauses」などと表現されることがありますが、いずれも同じ意味を指します。
なお、スタンドスティル条項はM&A以外の分野でも使用されることがあります。例えば、貿易協定や関税分野では、現行の関税レベルを維持する目的で採用されることがあります。
このように、スタンドスティル条項は、M&A取引における重要な保護措置として機能し、両当事者間の信頼関係を構築する上で欠かせない要素となっています。
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スタンドスティル条項は、M&A取引において売り手側と買い手側の双方に重要な効果をもたらします。それぞれの立場から見た効果について詳しく見ていきましょう。
売り手にとって、スタンドスティル条項を規定することで得られる最大のメリットは、敵対的買収のリスクを軽減できることです。具体的には以下のような効果があります:
1. 株式の一気買いの防止:譲受候補企業による突然の大量株式取得を防ぐことができます。
2. 検討時間の確保:譲受候補企業が適切なパートナーであるかを見極めるための時間を確保できます。
3. 信頼関係構築の機会:双方の協議を進め、信頼関係を築く時間を設けることができます。
4. 円滑な統合の準備:買収後の統合作業をスムーズに進めるための準備期間を確保できます。
スタンドスティル条項がない場合、売り手は突如として一方的に買収されるリスクにさらされることになります。このような状況では、買収完了後の統合作業が円滑に進まない可能性が高くなります。
一方、買い手にとってもスタンドスティル条項を受け入れることには重要なメリットがあります:
1. 友好的姿勢のアピール:スタンドスティル条項を予め規定することで、売り手に対して友好的な買収を目指してい
ることをアピールできます。
2. 信頼獲得の機会:売り手からの信頼を得やすくなり、M&A交渉を有利に進める可能性が高まります。
3. 敵対的買収のリスク回避:敵対的買収を行おうとした場合、売り手が対抗策を講じる可能性が高くなり、M&Aが失
敗するリスクが高まります。
4. ステークホルダーからの印象改善:売り手の従業員や取引先などから好印象を得やすくなり、M&A成立後の統合作
業をスムーズに進めやすくなります。
このように、スタンドスティル条項は売り手と買い手の双方にとってメリットがあり、M&Aの成功確率を高める重要な要素となります。企業の経営者や関係者は、適切なスタンドスティル条項を組み入れることで、M&Aを円滑かつ効果的に進めることができるのです。
スタンドスティル条項は、M&A取引において多くの重要な役割を果たします。その主な役割は以下の通りです:
1. 売り手と買い手の信頼関係構築
o 双方が互いの意図を理解し、信頼関係を築くための時間を提供します。
o 突然の敵対的行動を防ぐことで、両者が冷静に交渉を進められる環境を作ります。
2. 公平な競争環境の維持
o 複数の譲受候補企業がいる場合、全ての候補に対して同じ条件を適用することで、公平な競争環境を確保します。
o 情報の非対称性を軽減し、全ての候補が同じスタートラインに立てるようにします。
3. デューデリジェンスの円滑な実施
o 売り手は、スタンドスティル条項によって保護されながら、譲受候補企業に対して必要な情報を安心して開示でき
ます。
o これにより、より詳細かつ正確なデューデリジェンスが可能となり、M&Aの成功確率が高まります。
4. 不正な情報利用の防止
o 買い手が得た情報を不当に利用して、売り手や他の競合企業に不利益を与えることを防ぎます。
o 情報の目的外使用や第三者への漏洩を防止する役割も果たします。
5. 適切な価値評価の促進
o 売り手の真の価値を見極めるための時間を確保することで、適正な買収価格の設定につながります。
o 過度に高額な買収プレミアムや、逆に不当に安い買収価格の提示を抑制する効果があります。
6. 統合プロセスの円滑化
o M&A成立後の統合作業を見据えた準備期間を設けることができます。
o 両社の文化や業務プロセスの違いを事前に把握し、統合計画を立てる時間を確保できます。
このように、スタンドスティル条項は単なる制限条項ではなく、M&A取引の公正性と効率性を高める重要なツールとして機能します。適切に設計されたスタンドスティル条項は、M&Aプロセス全体の質を向上させ、取引の成功確率を高める役割を果たすのです。
スタンドスティル条項の重要性を理解するために、実際のM&A事例を見てみましょう。ここでは、DCMホールディングスとニトリホールディングスによる島忠の争奪戦を取り上げます。この事例は、スタンドスティル条項が存在しない状態でM&Aが複雑化する典型的な例として知られています。
事例の概要:
1. 2020年10月、DCMホールディングスと島忠が経営統合を発表
2. DCMホールディングスが島忠の株式をTOB(株式公開買い付け)で買い進める計画
3. その後、ニトリホールディングスが突如、より高額の買い付け価格でTOBを実施すると発表
この事例から学べる教訓:
1. 予期せぬ競合の出現
o スタンドスティル条項がなかったため、ニトリホールディングスが突然TOBを発表することが可能でした。
o これにより、DCMホールディングスと島忠の当初の計画が大きく狂うことになりました。
2. 売り手の立場の不安定さ
o 島忠は、突然のニトリホールディングスの参入に困惑し、どちらの企業と取引を行うべきか判断に迷う結果となり
ました。
o スタンドスティル条項があれば、島忠はより冷静に状況を分析し、最適な選択をする時間を確保できたかもしれま
せん。
3. 友好的買収と敵対的買収の境界の曖昧さ
o ニトリホールディングスによるTOBは、友好的買収とも敵対的買収とも判断しにくいものでした。
o スタンドスティル条項があれば、このような曖昧な状況を避け、より明確な形で交渉を進められた可能性がありま
す。
4. 株主利益と企業価値の均衡
o より高額の買い付け価格は株主にとって魅力的ですが、長期的な企業価値向上の観点からは必ずしも最適とは限り
ません。
o スタンドスティル条項があれば、単純な価格競争ではなく、より総合的な観点から最適なパートナーを選ぶ機会が
得られたかもしれません。
5. 市場の混乱
o 突然の競合出現により、株価が乱高下し、市場に混乱をもたらしました。
o スタンドスティル条項があれば、より秩序だった形でM&Aプロセスを進められた可能性があります。
この事例は、スタンドスティル条項の不在がM&A取引にもたらすリスクと複雑性を明確に示しています。適切なスタンドスティル条項を設けることで、売り手は自社の将来を慎重に検討する時間を確保し、買い手は信頼関係を築きながら交渉を進める機会を得ることができます。結果として、より安定的で成功確率の高いM&Aプロセスを実現できる可能性が高まるのです。
スタンドスティル条項は、M&A取引において売り手と買い手の双方に重要な効果をもたらします。敵対的買収のリスク軽減、信頼関係の構築、公平な競争環境の維持など、多岐にわたる役割を果たします。実例からも、その重要性が明確に示されており、適切なスタンドスティル条項の設定がM&Aの成功確率を高める鍵となることがわかります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画