不動産管理会社を使った事業承継では、管理委託・一括借上げ・所有方式の選び方で、所得分散、自社株評価、相続税、移転コストが変わります。事業承継税制の資産管理会社要件、建物だけを移す際の注意、後継者不在時のM&Aまで、経営者が判断すべき実務を解説します。

▶目次ページ:事業承継とは(事業承継とは)
賃料収入は安定していても、事業承継の話になると、会社の株式と個人名義の不動産が別々に動きます。ここで判断が止まる経営者は少なくありません。
不動産管理会社を活用する目的は、単に所得税を減らすことではありません。個人が持つ不動産収入の一部または全部を法人へ移し、後継者に所得と経営経験を与えながら、将来は株式を通じて管理事業を承継しやすくすることにあります。
個人で賃貸不動産を持ち続けると、家賃収入から生活費や税金を差し引いた残額が、現預金として経営者個人に積み上がります。資産が増えるほど、将来の相続税負担も膨らみやすくなります。
不動産管理会社に適正な管理料や賃料収入を移せば、所得の一部を会社に残したり、実際に働く後継者へ役員報酬を支給したりできます。これにより、経営者個人への財産集中を緩和しつつ、次の世代に資金と経営経験を蓄積させる設計が可能です。
ただし、法人へ支払う金額は自由に決められるわけではありません。業務内容に比べて高すぎる管理料や、実際に働いていない親族への報酬は、税務上の経費として認められないおそれがあります。
不動産は1棟、1筆ごとの金額が大きく、複数の相続人に分けにくい資産です。一方、不動産管理会社の株式であれば、持株数を調整しながら贈与や相続を進められます。
ただし、株式を細かく分散し過ぎると、後継者が十分な議決権を持てず、経営判断が不安定になります。財産の公平な分配と、経営権の集中は別の問題です。後継者には議決権を集め、他の相続人には現預金や保険など別の財産を配分する方法も検討します。
不動産管理会社の使い方には、管理委託方式、一括借上げ方式、不動産所有方式の3つがあります。節税効果が大きい方法を選べばよい、という単純な話ではありません。移転コスト、借入、空室、修繕、将来の株価まで含めて比較します。
管理委託方式では、不動産は経営者個人が所有したまま、入居者対応、賃料回収、清掃、修繕手配などを法人に委託します。法人は対価として管理料を受け取ります。
管理料は、実際に法人が担う業務、人員、外部の管理会社へ依頼した場合の相場などを基に決めます。第三者間の取引としても説明できる金額であることが重要です。
始めやすく、不動産の名義を移す費用もかかりません。一方、法人が受け取るのは管理業務に見合う金額に限られるため、法人へ移せる所得は小さくなりやすい方式です。
一括借上げ方式では、法人が経営者個人から物件を借り、入居者へ転貸します。法人は、入居者から受け取る賃料と、個人へ支払う借上げ賃料との差額を収益とします。
管理委託方式より法人に所得を残しやすい反面、空室、滞納、募集費用、修繕などの負担も法人側に移ります。個人へ支払う賃料は、物件の稼働率や法人が負担する業務とリスクを踏まえて設定しなければなりません。
契約書だけ一括借上げにして、実際には個人がすべての管理と費用負担を続けている状態では、法人に利益を残す合理性を説明しにくくなります。
不動産所有方式では、建物または土地・建物を法人が所有します。家賃収入の全額が法人の売上になるため、所得移転の効果は最も大きくなりやすい方式です。
一方で、不動産の売買代金、登録免許税、不動産取得税、登記費用、譲渡した個人側の税金などが生じます。土地まで移すと金額が大きくなりやすいため、建物だけを法人へ移し、土地は個人が保有したまま貸す方法もよく検討されます。
築年数が古く、近く大規模修繕が必要な建物を法人へ移すと、会社の資金繰りが急に悪化することがあります。借入返済まで法人に背負わせれば、後継者が承継をためらう原因にもなります。
税額だけを見るのは危険です。少なくとも今後の賃料、空室、借入返済、修繕費を見積もり、承継後も資金が回るかを確かめます。
会社を設立しても、株主が先代経営者のままでは、会社に蓄積した財産価値も先代の相続財産に残ります。設立時の株主と役員を誰にするかは、承継効果を左右する重要な判断です。
後継者が物件管理、入居者対応、金融機関との交渉、修繕計画などに実際に関わるのであれば、法人から役員報酬を支給できます。給与所得として後継者に所得を移し、生活基盤や将来の納税資金を形成できる点は大きなメリットです。
ただし、役員報酬は生前贈与ではありません。仕事の対価です。職務内容や会社規模に照らして高すぎる部分は、法人の経費として認められない可能性があります。
役員報酬の金額を期中に何度も変更すると、税務上の経費にできないこともあります。通常は事業年度の開始時に金額を検討し、業務内容や決定過程を記録しておきます。
会社の価値がまだ低い設立時に、後継者が自分の資金で出資すれば、その後の株価上昇を後継者に帰属させやすくなります。先代が100%出資した後に株価が上がると、高くなった株式を贈与または相続する問題が残ります。
もっとも、後継者の出資資金を先代が負担すれば、その資金自体が贈与と扱われる可能性があります。また、経営経験のない後継者へ株式を一度に集中させると、将来の方針変更が難しくなることもあります。
出資者、議決権を持つ人、代表者に就任する人を必ず同じにする必要はありません。後継者の年齢や経験に応じ、段階的に権限を移す方法もあります。
株式を贈与するときは、贈与時点の株価を算定する必要があります。基礎控除の範囲内に収めることだけを優先し、毎年同じ株数を贈与すると、株価上昇によって想定外の贈与税が生じることもあります。
贈与契約書、株主名簿、取締役会や株主総会の手続、資金の動きをそろえ、承継計画の中で実行します。
「現金を不動産に変えれば評価が下がる」と聞き、承継直前に物件を購入するケースがあります。ところが、非上場株式の評価では、取得時期によって期待した効果が出ないことがあります。意外と多い落とし穴です。
非上場会社の株式を純資産価額方式で評価する場合、課税時期前3年以内に取得または新築した土地・建物は、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価します。そのため、相続や贈与の直前に法人が不動産を買っても、すぐに大きな株価引下げが実現するとは限りません。
3年を超えれば自動的に有利になるわけでもありません。賃貸状況、権利関係、会社規模、株主の立場などにより、株式の評価方法は変わります。
物件を購入する前に、購入前と購入後の株価を試算し、現金残高、借入、修繕負担も含めて確認することが重要です。
純資産価額方式では、相続税評価額による純資産と帳簿上の純資産との差額がプラスになる場合、その評価差額に対する法人税等相当額を控除します。現行の割合は38%です。
これは、不動産価格や会社の純資産から一律に38%を引ける制度ではありません。相続税評価額と帳簿価額との差を基に計算する調整です。
含み益が大きい不動産管理会社では株価への影響も大きくなります。簡単な概算だけで贈与額を決めず、正式な株価算定を行う必要があります。
経営者個人が土地を持ち、同族会社の事業用に貸している場合、相続時に小規模宅地等の特例を使えることがあります。
一定の特定事業用宅地等や特定同族会社事業用宅地等は、400平方メートルまで80%の評価減を受けられる可能性があります。一方、不動産貸付業に使う土地は、原則として貸付事業用宅地等となり、200平方メートルまで50%の評価減です。
誰が土地を取得するか、会社との賃貸関係、相続後の保有状況や事業継続などで結論は変わります。不動産管理会社を作れば必ず80%減額になるわけではありません。
事業承継税制は、一定の要件を満たす非上場株式について、贈与税または相続税の納税を猶予し、その後一定の場合に免除する制度です。
しかし、不動産管理会社では、資産保有型会社または資産運用型会社に該当し、制度の対象外となる可能性があります。
資産保有型会社は、現預金、有価証券、自ら使用していない不動産などの特定資産が、総資産の70%以上となる会社です。資産運用型会社は、受取家賃など特定資産の運用収入が、総収入の75%以上となる会社を指します。
賃貸不動産を中心に持つ会社は、この判定に該当しやすいものの、会社名や登記目的だけで決まるわけではありません。貸借対照表と損益計算書を使い、対象となる事業年度ごとに確認します。
形式上は資産保有型会社や資産運用型会社に該当しても、次の3要件をすべて満たす場合は、事業実態がある会社として対象外判定を回避できることがあります。
同居する家族だけでは要件を満たしにくい
従業員には、後継者と生計を一にする親族を含めることができません。後継者と同居し、生活費を共通にしている家族だけで運営している場合は、この要件を満たしにくくなります。
別に生活している親族が直ちに除外されるわけではありませんが、勤務実態や雇用関係を説明できることが必要です。
名目上の所在地ではなく、業務を行う場所としての実体が必要です。賃貸借契約、机や通信設備、従業員の勤務状況などを説明できるようにします。
自宅の一角を形式的に本店所在地としているだけでは、事務所としての実態を疑われる可能性があります。
資産の貸付けや役務提供などを、継続して対価を得ながら行っている必要があります。設立後3年未満の新設会社は、この事業実態要件を満たせません。
また、後継者本人やその同族関係者だけを相手にした資産の貸付けでは、対象となる事業活動に該当しない場合があります。会社を設立してから形式だけを整えるのではなく、実際の業務内容を確認しなければなりません。
事業承継税制の特例措置を検討する場合は、特例承継計画の提出期限にも注意が必要です。現行制度では、提出期限は2027年9月30日です。株式の贈与や相続にも別の期限があるため、早めに手続の予定を組みます。
所得税と法人税の差だけを見て法人化すると、登記費用、借入金利、修繕費、社会保険料などで期待した効果が消えることがあります。税率比較より先に、現金の流れを見ることが大切です。
土地を個人のまま残し、建物だけを法人へ売却または現物出資する方法は、土地まで移す場合より初期負担を抑えやすい設計です。法人は建物から家賃収入を得て、個人所有の土地を使用します。
この場合、建物の譲渡価額、個人側の譲渡所得課税、不動産取得税、登録免許税、借入の付替えなどを確認します。個人が消費税の課税事業者であり、事業用の建物を法人へ移す場合には、消費税の対象になることもあります。
現物出資であっても、個人側の譲渡所得課税が自動的に消えるわけではありません。金融機関の担保設定や契約上の承諾も必要になることがあります。
個人の土地を法人が使用し、将来は土地を無償で返還する契約にする場合、税務上の借地権認定を避けるため、「土地の無償返還に関する届出書」を提出する方法があります。
ただし、届出書だけを提出すればよいわけではありません。土地賃貸借契約、地代の金額、固定資産税の負担、株価への影響を一体で確認します。
契約書の内容と実際の支払いが違う状態は避けなければなりません。
個人の所得が高くなり、所得税と住民税の負担が重くなると、法人化を検討する余地が生まれます。ただし、特定の所得額を超えれば必ず法人化が有利になるわけではありません。
法人税等、役員報酬に対する所得税、社会保険料を合計すると、予想より手取りが増えないことがあります。法人には、赤字でも生じる法人住民税の均等割、決算申告費用、登記費用などの固定負担もあります。
借入金利が上昇した場合や、空室が増えた場合の資金繰りも試算します。個人保有を続ける場合と3つの運営方式を比較し、毎年の税引後の手残りと、将来の相続財産を同じ前提で確認するのが実務的です。
親族や従業員に引き継ぐ人がいない場合、不動産管理会社を解散して物件を売る方法だけでなく、M&A(合併・買収)による第三者承継も選択肢になります。
安定した賃料収入、管理契約、立地のよい物件、整った修繕履歴があれば、継続収益を求める買い手から評価される可能性があります。一方、空室率が高い、境界が未確定、修繕不足、借入が過大といった問題は、価格の引下げや取引中止の原因になります。
株式譲渡なら、不動産は会社名義のまま、会社の経営権を買い手へ移します。賃貸借契約や借入も原則として会社に残るため、事業を一体で引き継ぎやすい方法です。
ただし、買い手は簿外債務、税務上の問題、建物の不具合なども引き継ぐ可能性があります。そのため、決算書だけでなく、不動産の権利関係、修繕履歴、賃貸借契約、借入条件などを詳しく調査します。
不動産だけを売却する場合は、会社に譲渡益への税金が生じ、その資金を株主個人へ移す段階でも課税関係が発生することがあります。どちらが有利かは、含み益、借入、会社に残す事業、買い手の希望で変わります。
M&A実務では、会社に価値がないと決めつけて廃業準備を始めた後、不動産と継続収入に買い手が関心を示すことがあります。親族内承継と並行して、第三者承継を選んだ場合の手取りや雇用への影響も比較しておくことが大切です。
不動産管理会社は、設立しただけで承継が完了する仕組みではありません。株主、物件、借入、家族関係を同じ時間軸で整理してこそ効果が出ます。
土地と建物の名義、取得時期、帳簿価額、時価、年間賃料、管理費、修繕計画、借入残高、担保、個人保証を整理します。
会社所有と個人所有が混在している場合は、賃貸借契約書や管理委託契約書と、実際の資金移動が一致しているかも確認します。
会社が費用を負担しているのに契約書では個人負担になっているなど、書類と実態が違う状態は、税務調査や承継時の調査で問題になりやすいところです。
親族内承継、従業員承継、第三者承継のどれを優先するかで、株主構成や不動産の移転方法は変わります。
後継者が会社全体を経営するのか、物件管理だけを担うのか、先代がいつ代表者を退くのかも明確にします。経営権を渡す時期と、不動産や株式を渡す時期は、同じでなくても構いません。
管理委託、一括借上げ、建物所有の各方式について、設立時の費用、毎年の税金と社会保険料、借入返済、将来の個人財産と会社株価を試算します。
相続税だけを下げても、後継者の返済負担が重くなれば、承継した会社を維持できません。経営者個人、法人、後継者の3者に残る現金を分けて確認することが重要です。
不動産価格や税率が変わった場合も想定し、1つの前提だけで結論を出さないようにします。
不動産の移転や株式贈与を先に進めてから、金融機関の承諾が得られないと分かることがあります。担保や個人保証が付いている場合は、特に早い段階で金融機関との協議が必要です。
家族への説明も後回しにすると、経営権を後継者へ集中させる理由が伝わらず、相続時の対立につながりかねません。
税理士、公認会計士、司法書士、不動産鑑定士、金融機関など、必要な専門家へ同じ前提資料を共有し、事業承継計画に落とし込みます。早く会社を作ることより、実行後も資金が回り、家族が納得できることが重要です。
不動産管理会社は、個人財産の増加を抑え、後継者へ所得と経営権を移しやすくする一方、資産管理会社判定、株価評価、建物移転費用、借入負担などの落とし穴があります。3つの運営方式を税引後の手残りと承継後の資金繰りで比較し、親族内承継が難しい場合は第三者承継も含めて早めに方針を固め、家族と共有することが大切です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人