M&AとIPOの違いを徹底比較しメリットデメリット解説

M&AとIPO、どちらが自社に向いているのか――その答えは企業の成長段階や目的によって異なります。本記事では資金調達力、承継のしやすさ、準備期間などの観点から両者を比較し、最適な道を選ぶための判断基準を示します。

目次

1.IPOとは

2.IPOの主なメリット

3.IPOの主なデメリット

4.M&AとIPOの違い

5.M&Aのメリット

6.M&Aのデメリット

7.IPOとM&Aの割合(日米比較)

8.ハイブリッド型の出口戦略もある

9.まとめ

IPOとは

IPOはInitial Public Offeringの略称で、未上場会社が株式を証券取引所に公開し一般投資家へ売却できる仕組みです。上場以後は市場を通じて株式の売買が可能となり、企業は多様な資金調達チャネルを獲得します。ベンチャー企業が飛躍的な成長を遂げる手段として採用されるほか、中小企業が知名度向上と承継資金の確保を同時に行う方法としても注目されています。

IPOを実現するまでには、監査法人や主幹事証券会社を選定し、社内のガバナンス体制を整備したうえで各種審査に臨む必要があります。一般的には三年以上の準備期間を要し、上場申請年度には取引所の現地調査や厳格な審査が行われます。したがって短期での資金回収を目的とする場合には適さない点が特徴です。

IPOの主なメリット

IPOには多角的な利点があります。以下では代表的なメリットを三つに分けて解説します。

資金調達が容易になる

上場により不特定多数の投資家から出資を受けやすくなります。株式の公募増資に加え、金融機関からの借入でも経営者保証が不要となることが多く、事業拡大に必要な資金を安定的に確保しやすくなります。

社会的信用度が向上する

公開企業は情報開示義務を負うためガバナンス水準が高く、市場や取引先からの信頼を獲得できます。ブランド価値向上は商談機会を広げ、さらなる売上拡大の好循環を生みます。

採用活動がスムーズに進む

知名度が増すことで優秀な人材が集まりやすくなります。ストックオプションなど報酬設計の幅が広がることも、成長フェーズの企業にとって魅力となります。

IPOの主なデメリット

魅力的な選択肢である一方、IPOには留意すべき課題も存在します。

実現までに長い準備期間が必要

上場準備では内部管理体制の構築や複数年の監査対応が不可欠です。通常は最低三年、多いと十年近い時間を投じるケースもあり、短期間で成果を求める経営方針とは相性が良くありません。

市場環境によるコスト損失のリスク

年間五千万円程度ともいわれる上場コストを負担しながら準備しても、上場直前に市況が悪化すれば計画が頓挫する恐れがあります。投入した費用と労力が無駄になる点は大きなリスクです。

参考:IPOの費用|上場準備・上場時・上場後それぞれの費用目安|ネクスパート法律事務所

経営者の責任増大と自由度低下

株主への説明責任や情報開示義務が増し、経営判断のスピードに制約が生じます。短期利益を重視する株主の意向が強い場合、長期的な投資判断が難しくなることもあります。

M&AとIPOの違い

M&AとIPOはいずれも株式を現金化し、次の成長ステージへ進む手段ですが、実務上は以下のような相違点があります。


売却額の確定性

M&Aでは交渉時点で譲渡価格が決まるのに対し、IPOでは市場参加後に株価が変動し初めて金額が確定します。

必要な期間

M&Aは数か月単位で完結する例が多い一方、IPOは数年単位の長期プロジェクトです。

売却のしやすさ

M&Aでは証券取引所の審査や大規模な内部統制整備が不要なため、比較的柔軟に交渉を進められます。


これらの相違を踏まえ、自社の経営目標や時間軸に合った方法を検討することが重要です。

M&Aのメリット

ここからはM&A固有の利点を見ていきます。譲渡側にとっての主なメリットは次の三点です。

スムーズな事業譲渡が可能

信頼できる仲介会社を通じて交渉が整えば、現金化までのプロセスを短縮できます。資金調達のスピードを重視する場合に適した手段と言えるでしょう。

準備期間とコストが比較的少ない

IPOと比べてデューデリジェンスや契約交渉に集中すればよく、数か月で完了するケースが一般的です。上場コストのような継続的負担も発生しません。

小規模事業でも譲渡が成立する可能性

買い手の目的が技術やノウハウの獲得にある場合、規模の小さな会社でも価値を評価されやすい点はM&A特有の魅力です。

M&Aのデメリット

M&Aにはメリットがある一方、注意すべきデメリットも存在します。ここでは代表的な三点を取り上げ、対策のポイントを示します。

経営から離れる可能性

譲渡により株式の大半を手放すと、経営の方向性を直接コントロールできなくなります。後継経営者との価値観の相違が生じると、社風やサービス品質が変化する恐れもあります。経営に引き続き関与したい場合は、譲渡比率を調整する、一定期間の役員就任を条件に盛り込むなどの工夫が必要です。

既存従業員の雇用への影響

交渉次第で雇用条件が変わり、従業員が退職を選択するケースがあります。特に待遇面での不利益変更が噂レベルで広がると、生産性低下や退職者の連鎖が起きやすくなります。雇用維持を譲渡契約の条件に明記し、従業員説明会で買い手の経営方針を共有することが円滑な統合に欠かせません。

交渉相手が見つからないリスク

理想的な買い手が現れないまま時間が経過すると、成長機会を逃すだけでなく、市況悪化によって評価額が下がる恐れもあります。複数の仲介会社を活用し、業種や規模の異なる候補へ門戸を広げることがリスク低減に有効です。

IPOとM&Aの割合(日米比較)

経済産業省の報告によると、アメリカではIPO対M&Aの比率が約1対9でM&Aが主流です。GAFA をはじめとする大企業が積極的にスタートアップを買収し、技術や人材を取り込む文化が根付いているためです。

一方、日本は約7対3でIPOが多い状況にあります。歴史的に"上場=成功"という価値観が強く、株式市場が中小企業向けに多様な選択肢(グロース市場やTOKYO PRO Market)を用意していることも背景といえます。しかし近年は買い手不足を背景に、第三者承継を目的としたM&Aが増加傾向にあり、比率は緩やかに変化しています。

比率の違いが示すもの

比率の差は資本市場の成熟度だけでなく、経営者の出口観にも影響を与えます。米国型は「技術を上市前に売却し次の挑戦へ」というシリアルアントレプレナー型を支え、日本型は特定市場での上場をゴールとする傾向が残っています。自社がどのビジネス文化で成長を目指すかを考える材料になります。

ハイブリッド型の出口戦略もある

ハイブリッド型イグジットとは、M&Aで大部分の株式を譲渡して創業者利益を確保しつつ、一定株式を保有して将来のIPOによる追加リターンを狙う戦略です。投資会社が買い手となった場合、資本力と経営ノウハウを活用して企業価値を高め、上場時に残り株式を売却することで二段構えのリターンを実現できます。

この方法は、創業者が早期にキャッシュを得ながらも経営に残りたい場合や、投資家が段階的にエグジットを計画したい場合に有効です。ただし、譲渡契約の段階で上場時の株式売却ルールや企業価値向上策について詳細に合意しておく必要があります。

まとめ

 IPOは信用力向上と大規模資金調達が魅力、M&Aは短期資金化と承継の柔軟性が強みです。準備期間、経営権の行方、市況リスクを比較し、専門家と連携して最適な出口戦略を計画しましょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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