M&Aによる役員の処遇や報酬への影響を解説
M&Aを行うと役員の処遇や報酬、退職慰労金に大きな影響が及びます。本記事では、M&A後の役員の地位や待遇変化について詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(M&Aした後のこと)
M&Aが実行されると、役員の待遇に大きな変化が生じることがあります。従業員と異なり、役員の地位は法律上「委任契約」によって定められているため、M&Aによってその立場が変わることは珍しくありません。
まず、従業員の場合は労働基準法により雇用の維持が強く保護されています。したがって、M&A後も多くの従業員は雇用条件が大きく変わることなく、安心して働き続けることが可能です。
一方、役員の場合は事情が異なります。役員の続投は保証されておらず、辞任や解任、任期満了に伴う退任が行われることもあります。特に中小企業では、社長の家族や親族が役員を務めていることが多く、M&Aに伴い役職の見直しが必要となるケースが多々あります。
M&A交渉の中で、売り手側が「役員の留任」を条件とすることもありますが、最終的には買い手側の意向や経営方針によって役員の待遇が決まることが一般的です。
M&Aによる役員への影響は、役職の種類によって大きく異なります。ここでは、常勤役員と非常勤役員に分けて説明します。
常勤役員は、会社の経営や事業運営に深く関与しているため、M&A後も重要なポジションとして扱われる可能性があります。特に、その企業の文化や事業内容を深く理解している場合には、買い手企業もその知識を活用するため、引き続き地位を維持させることがあります。
ただし、買い手側の経営方針に合わない場合や、スキルが求められる水準に達していないと判断される場合には、役員の退任が求められるケースもあります。待遇の継続は「ケースバイケース」であり、事前の交渉が非常に重要になります。
非常勤役員は、実際の経営に深く関与していないことが多く、M&A後には退任するケースが一般的です。特に、非常勤役員が社長の親族である場合や、名義上の役員で実務に携わっていない場合、買い手企業側から見て役割がないと判断されやすいためです。
したがって、非常勤役員はM&A完了と同時に退任するケースが多く、M&Aに際して役員体制の整理が行われることが多い点に留意が必要です。
M&Aでは、役員報酬や役員退職慰労金にも大きな影響があります。ここでは、M&Aの手法別にその影響を解説します。
株式譲渡の場合、企業の経営権が売り手から買い手に移転します。これに伴い、役員報酬や役員退職慰労金についても買い手側が最終的な決定権を持つことになります。
特に役員退職慰労金については、売買交渉時にまとめて支払うことが一般的です。これは、役員が退任するタイミングで精算することで、売り手側にも買い手側にもメリットがあるためです。
役員報酬に関しても、引き続き役員として残る場合には買い手企業の報酬体系に従うことになります。ただし、地位が保証されない限りは、役員報酬も変更される可能性がある点に注意が必要です。
事業譲渡の場合、譲渡されるのはあくまで「事業」であり、法人そのものではありません。このため、会社自体は売り手の手元に残る場合が多く、役員の地位や役員報酬にも大きな変化はないケースが一般的です。
ただし、買い手企業に役員として招かれる場合には、その新たな役職に応じた報酬や条件が新たに設定されます。このため、売り手企業側に残る場合と買い手側に移籍する場合で、役員報酬や待遇が異なることを理解しておく必要があります。
M&Aを円滑に進めるためには、役員の処遇に関する取り決めも慎重に行う必要があります。ここでは、特に重要な注意点について解説します。
役員の地位や報酬についての取り決めは、必ずM&A交渉の初期段階で話し合い、基本合意書に明記することが大切です。
基本合意書とは、M&Aの交渉段階で売り手と買い手が主要な合意事項をまとめた文書です。この段階で役員の留任や退任、待遇に関する方針を取り決めておくことで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
もし、役員の待遇についての取り決めが曖昧なままだと、M&A成立後に双方の認識のズレが問題化するリスクがあります。口頭だけの合意に頼らず、文書にして残しておくことが非常に重要です。
役員へのM&Aに関する情報伝達は、基本合意を締結した後に行うのが適切です。
基本合意前に役員へ情報を伝えてしまうと、M&A交渉の途中段階で不要な不安や誤解を招く恐れがあります。場合によっては、社内の士気が下がったり、M&A交渉そのものに悪影響を与えることにもなりかねません。
基本合意後であれば、ある程度交渉がまとまってきており、役員に対しても具体的な条件を提示できるため、混乱を最小限に抑えつつスムーズに情報共有ができます。
また、役員にとっても自身の将来について明確な見通しを持つことができ、M&Aに向けたモチベーション維持にもつながります。
M&Aにおいては、役員退職慰労金を有効に活用することで、売り手・買い手双方にとって節税効果を得ることが可能です。
売り手企業にとって、役員退職慰労金を支給することは大きな節税メリットにつながります。
まず、役員退職慰労金は、所得税の累進課税制度のもとで優遇措置が設けられており、通常の所得よりも低い税率で課税されます。そのため、株式譲渡益よりも有利な税率で資金を受け取ることができ、手取り額の最大化が可能です。
また、役員退職慰労金を支給することで、会社の純資産が減少し、株式価値が下がるため、株式譲渡時の譲渡価格が下がります。結果として、株式譲渡益にかかる税負担も軽減されるという二重のメリットがあります。
買い手側にとっても、役員退職慰労金を活用することで、資金面の負担を抑えることができます。
売り手側で役員退職慰労金を支給してもらうことで、買収時の純資産が減少し、支払うべき買収対価を抑えることができるのです。さらに、支給された退職慰労金の一部は損金算入が可能となり、法人税の節税にもつながります。
このように、役員退職慰労金は売り手・買い手双方にとって合理的な節税手段となり得るため、M&Aの交渉段階で積極的に検討することが推奨されます。
M&Aが実行されると、役員の地位や待遇に大きな変化が生じます。役員の処遇は交渉次第で大きく左右されるため、慎重な合意形成が重要です。役員退職慰労金を活用した節税対策も有効な手段となるため、M&A交渉時にはしっかりと計画を立てましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画