事業譲渡の手続とは?6つの流れと会社法・税務の注意点
事業譲渡の手続を、基本合意、デューデリジェンス、契約締結、株主総会、契約・従業員・許認可の移転、クロージングの6段階で解説します。株式譲渡との違いや会社法上の承認、税金、のれんの扱いまで、会社売却を検討する経営者が実行前に確認すべきポイントを整理します。
目次

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)
事業譲渡は、会社が営む事業の全部または一部を、他の会社や個人へ契約によって譲り渡すM&A(合併・買収)の手法です。会社そのものを売るのではなく、設備、在庫、知的財産、取引先との契約、債権・債務、従業員の労働契約などから、対象を特定して移していきます。
「会社を残したまま一部門だけ売りたい」という場面で使いやすいのが特徴です。一方、移すものを一つずつ整理するため、株式譲渡より手続が増えやすい点を先に理解しておく必要があります。
株式譲渡では、株主が株式を買い手へ譲り、会社の支配権を移します。法人格はそのままなので、会社が持つ資産、契約、
事業譲渡では、譲渡対象を契約で選びます。不要な負債を譲渡対象から外すこともできますが、債務を買い手へ移すには、原則として債権者の同意が必要です。契約関係も自動で移るわけではありません。
株式譲渡は、株式の移転を中心に進めます。事業譲渡は、資産の名義変更、契約の承継、従業員の同意、許認可の確認などが必要です。対象事業に取引先や店舗が多いほど、実務負担は大きくなります。
事業譲渡は、契約書に署名すれば終わる取引ではありません。M&A実務では、交渉と調査を進めながら、会社法上の承認や個別の移転手続を並行して準備します。順番を取り違えると、「契約は締結したのに営業開始日に許認可がない」といった事態も起こり得ます。
候補先との交渉が進んだら、譲渡する事業の範囲、価格の考え方、今後の日程、独占交渉期間、デューデリジェンスの進め方などを基本合意書に整理します。基本合意書は会社法で必須とされた書類ではありませんが、後の交渉の前提を合わせるために重要です。
この段階で「何を売るか」を曖昧にすると、後から在庫、売掛金、借入金、リース、従業員などの扱いで条件が崩れます。
デューデリジェンス(DD、買収監査)では、買い手が財務、税務、法務、労務、事業面などを調査します。事業譲渡では、対象に含める資産・負債・契約を決めるための調査でもあります。
簿外債務や未払残業代、主要契約の解約条項、許認可の再取得などが見つかれば、譲渡価格や契約条件を見直すことがあります。買い手だけでなく、譲渡側にとっても、成約直前の条件変更を防ぐための準備期間です。
最終条件が固まったら、事業譲渡契約を締結します。契約書では、譲渡対象資産・負債、価格、効力発生日、従業員の扱い、許認可、表明保証、補償、競業避止義務、クロージングの前提条件などを定めます。
特に重要なのは、「対象一覧」と「対象外一覧」を具体化すること。設備や在庫だけでなく、契約、顧客データ、知的財産、保証、預り金なども漏れなく確認します。
事業譲渡だから必ず株主総会が必要、というわけではありません。譲渡側では、事業の全部または重要な一部を譲渡する場合などに、原則として効力発生日の前日までに株主総会の特別決議による承認が必要です。
買い手側でも、他社の事業の全部を譲り受ける場合には承認が必要となることがあります。対象範囲や会社関係によって例外があるため、自社のケースを早い段階で確認しておきます。
契約締結後は、実際に事業を動かすための移転作業に入ります。不動産や車両の名義変更、取引契約の承継、債権・債務の移転、従業員の転籍、許認可の取得などです。
ここが事業譲渡で最も手間がかかりやすい部分です。主要取引先の同意が間に合わなければ売上が途切れ、必要な許認可がなければ営業自体を始められない可能性があります。
定めたクロージング条件が満たされたことを確認し、買い手が譲渡代金を支払い、対象資産や事業運営を引き渡します。契約上の効力発生日と、実際の支払日・引渡日が同じとは限らないため、契約書で整理しておくことが大切です。
引渡し後も、取引先への案内、請求先変更、システム切替え、顧客対応などが残ります。事業を止めずに引き継げるかまで設計して、初めて手続が完了したといえます。
会社法の手続は、事業譲渡で判断が止まりやすいところです。「一部譲渡だから株主総会は不要」と単純には決められません。譲渡する事業の重要性、資産額、買い手との支配関係などを確認します。
株式会社が事業の全部を譲渡する場合は、株主総会の承認が必要です。重要な一部の譲渡も原則として対象ですが、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1を超えない場合は、定款に別の定めがある場合などを除き、会社法上の承認対象から外れます。
数字だけで決めず、そもそも譲渡部分が事業として「重要な一部」に当たるかも含めて判断します。
買い手が他社の事業の全部を譲り受ける場合も、原則として株主総会の承認対象です。一方、取引規模が買い手の純資産額に比べて小さい場合などには、一定の要件を満たせば株主総会の承認を省略できることがあります。
また、相手方が特別支配会社である場合には、一定の事業譲渡等で承認を省略できる制度があります。グループ内で事業を移す場合は特に確認したい論点です。
会社法上、一定の事業譲渡等では反対株主に株式買取請求権が認められます。通知・公告や請求期間が関係するため、株主総会の日だけを見てスケジュールを組むのは不十分です。
さらに、譲渡会社には、当事者が別段の定めをしない限り、同一市町村と隣接市町村で20年間、同じ事業を行わないという競業避止義務があります。特約で競業しない期間を定める場合も30年が上限です。譲渡後に別地域や別事業で再出発する予定がある経営者は、契約交渉の段階から範囲を確認します。
事業譲渡の最大の実務ポイントは、権利義務が一括で移らないことです。会社分割のような包括承継ではなく、対象を特定して移す「特定承継」が基本。ここを軽く見ると、譲渡日になっても事業が動かないことがあります。
取引基本契約、賃貸借契約、リース、システム利用契約などは、契約上の地位を移すために相手方の同意が必要となることがあります。債務の移転も原則として債権者の同意が必要です。
そのため、会社分割や合併のような法定の債権者保護手続を一律に行うのではなく、事業譲渡では移す債務ごとに債権者との調整を行うのが基本です。金融機関借入を移すのか、譲渡会社に残すのかは、早めに協議します。
事業譲渡では、労働契約も自動的には買い手へ移りません。対象従業員を転籍させるには、原則として本人の個別承諾が必要です。実務では、承継後の仕事内容、勤務地、賃金、勤続年数の扱いなどを説明し、承諾を得て進めます。
「譲渡契約を結んだから全員そのまま移る」という理解は誤りです。重要人材が移らないと、買い手が想定した事業価値を維持できないことも。従業員への説明時期は、情報管理とのバランスを見ながら慎重に決めます。
許認可は、事業譲渡だけで当然に買い手へ移るとは限りません。原則として買い手が新たに取得する必要がありますが、業法によって届出で承継できるなど例外もあります。
建設、運送、介護、医療、飲食など、許認可が営業の前提となる業種では、取得時期をクロージング条件に組み込むことが重要です。申請に必要な人員や設備を確保できるかも同時に確認します。
事業譲渡は自由度が高い反面、売り手と買い手で利点が異なります。自社に都合の良い面だけを見てスキームを決めると、相手方との交渉が進みません。双方の負担まで見たうえで選択します。
譲渡側の大きな利点は、不採算事業や非中核事業だけを切り離せることです。売却代金は会社に入るため、借入金の返済、運転資金、主力事業への再投資などに使えます。株式を売らないので、経営者は会社の経営権を手元に残すことも可能です。
一方、取引先との再契約、従業員対応、許認可などの手間がかかります。譲渡益が出れば法人税等の対象となり、会社法上の競業避止義務もあります。会社売却後に経営者個人が資金を受け取りたい場合は、事業譲渡代金が法人に入る点も忘れてはいけません。
買い手は、必要な資産、顧客基盤、ノウハウ、人材などを選んで取得できます。株式譲渡と比べて、不要な負債や過去のリスクを切り離しやすい点も利点です。取得対価が時価純資産を上回る場合などには、税務上ののれんに相当する資産調整勘定が生じることもあります。
反面、契約や雇用を一つずつ移す手間があり、許認可を取り直す場合もあります。課税資産の取得には消費税、不動産の取得には不動産取得税や登録免許税が生じることがあるため、株式の購入価格だけで比較しないことが重要です。
「売却価格が同じなら手取りも同じ」とは限りません。事業譲渡では、価格をどの資産に配分するかで、売り手の譲渡損益や消費税、買い手の取得価額や将来の損金算入額が変わります。価格交渉と税務検討を別々に進めないことが大切です。
法人が事業を譲渡した場合、譲渡対価と譲渡する資産・負債の帳簿価額との差額などから譲渡損益を計算し、利益が出れば法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税などの対象になります。
実効税率は会社の所得規模や所在地などで変わるため、「事業譲渡なら一律約30%」ではありません。おおむね30%前後を概算に使うことはありますが、最終的な手取りは自社の決算内容で試算する必要があります。
事業譲渡代金の全額に一律で消費税がかかるわけではありません。棚卸資産、建物、機械、備品、営業権などは原則として課税対象となる一方、土地や有価証券などは非課税です。
買い手が不動産を取得すれば、不動産取得税や登録免許税も検討します。価格配分は売り手と買い手の税負担に影響するため、契約書の資産別価額と税務上の評価が整合しているか確認します。
事業譲渡では、買い手が支払った対価が、引き継いだ資産・負債の時価純資産を上回る場合などに、税務上「資産調整勘定」が生じることがあります。一般にのれん相当額として理解される部分です。
資産調整勘定は、原則として60か月にわたり損金算入します。つまり5年間で税務上費用化されるため、買い手にとって株式譲渡との重要な比較材料になります。ただし、会計上ののれんと税務上の資産調整勘定は同じ概念ではないため、金額を自動的に一致させないことが必要です。
事業譲渡の期間は、譲渡対象の範囲、契約数、従業員数、許認可、株主構成などで大きく変わります。短縮を急ぐより、「営業開始日に必要なものが全部そろうか」から逆算する方が現実的です。
契約締結から効力発生日までに満たす条件を一覧化し、担当者と期限を決めます。主要契約の承諾取得、許認可の取得、株主総会承認、従業員同意、代金決済に必要な書類などを確認します。
譲渡後の会社をどうするかも同時に決める
一部事業だけを売るなら、残る事業への人員・資金の配分まで考えます。全部の事業を売る場合でも、法人を残すのか、清算を検討するのかで、その後の税務や資金の扱いが変わります。事業譲渡は「売った日」で終わるのではなく、譲渡後の会社像まで含めて設計する取引です。
事業譲渡は、会社を残しながら必要な事業だけを譲れる一方、資産・契約・従業員・許認可を個別に移すため、株式譲渡より手続が複雑になりやすい手法です。株主総会の要否、税負担、競業避止義務、クロージング条件を早めに整理し、譲渡後の会社と経営者の手取りまで見通したうえで、自社に適したスキームかを判断することが重要です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人