事業譲渡の手続|どんな時に利用する?メリット・デメリット、流れ

事業譲渡は企業の経営戦略として重要な選択肢です。本記事では、事業譲渡の定義から具体的な手続き、税務上の留意点まで、会社法に沿って詳しく解説します。M&Aを検討中の経営者には必見の情報です。

目次

  1. 事業譲渡の定義と特徴
  2. 事業譲渡のメリットとデメリット
  3. 事業譲渡を検討すべき状況
  4. 事業譲渡の手続きフロー
  5. 会社法に基づく事業譲渡のスケジュールと進め方
  6. 事業譲渡における重要な注意点
  7. 事業譲渡の所要期間
  8. 個人事業主が行う事業譲渡の手続き
  9. 事業譲渡に関連する税務
  10. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)

事業譲渡の概要

事業譲渡とは、ある会社(譲渡側)が運営する事業の全部または一部を、他の会社(譲受側)に譲り渡す取引のことを指します。この手法は、企業の経営戦略や組織再編の一環として広く活用されています。

事業譲渡には、主に以下の2つの形態があります:

全部譲渡:譲渡側の事業全てを譲渡する方法

一部譲渡:譲渡側の特定の事業部門のみを切り離して譲渡する方法

事業譲渡の主な特徴として、以下の点が挙げられます:

譲受側は、必要な事業資産や負債のみを選択して引き継ぐことができます。

簿外負債や訴訟リスクなど、目に見えないリスクを回避できる可能性があります。

譲渡側は、自社で継続したい事業を残しつつ、不要な事業を売却することができます。

法人格や屋号の継続が可能です。

事業譲渡は、主にM&A(合併・買収)の譲渡スキームの一つとして、あるいは企業グループ内の組織再編手法として活用されています。例えば、事業の選択と集中を目的とした不採算部門の切り離しや、資金調達の一環として実施されることがあります。

ただし、事業譲渡に関する手続きは複雑で、多くの時間を要する可能性があります。そのため、手間やコストの面で負担が大きくなる可能性があることに注意が必要です。

事業譲渡を検討する際は、自社の経営戦略や財務状況、さらには譲渡対象となる事業の特性などを総合的に考慮し、慎重に判断することが重要です。

「事業譲渡」


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事業譲渡のメリットとデメリット

事業譲渡には、譲渡側と譲受側それぞれにメリットとデメリットがあります。これらを十分に理解することで、より戦略的な意思決定が可能となります。

譲渡側企業のメリット

1. 事業の選択と集中:譲渡する事業を限定して売却できるため、経営資源を核心事業に集中させることができます。

2. 経営の継続性:自社で継続したい事業を残すことができ、会社経営を継続できます。これにより、法人格や屋号の継続も可能となります。

3. 資金調達:事業譲渡の対価を得ることができ、その資金を新規事業への投資や設備投資、あるいは資金繰りの改善に活用できます。

譲受側企業のメリット

1. 選択的な資産・負債の引継ぎ:必要な事業および資産・負債のみを選んで譲り受けることができます。これにより、譲受価額を抑えることも可能です。

2. リスク回避:事業のみを引き継ぐため、簿外債務や訴訟などの潜在的リスクを回避できる可能性があります。

3. 迅速な事業拡大:既に運営されている事業を引き継ぐため、顧客基盤や人材がすでに存在し、事業拡大のスピードを加速させることができます。

4. 税務上のメリット:譲受後、のれん相当額を無形固定資産として計上し減価償却することで、一定の節税効果が見込める可能性があります。

譲渡側企業のデメリット

1. 手続きの複雑さ:事業譲渡は経営者だけで進められるものではありません。債権者や従業員との個別の承諾が必要となり、手続きが煩雑になる可能性があります。

2. 時間的コスト:関係者との調整や必要な手続きに多くの時間がかかる場合があります。

3. 競業避止義務:譲渡側は、原則として20年間、同一市町村や隣接する市町村の区域内で、譲渡した事業と同一の事業を行うことができません。

4. 課税問題:事業譲渡による譲渡益に対して、法人税や住民税などの税金が課せられる可能性があります。

譲受側企業のデメリット

1. 手続きの煩雑さ:譲受する事業に必要な契約や資格・届出は全て再締結や再取得が必要となり、多くの時間と労力を要します。

2. 消費税の負担:譲受する資産によっては消費税が発生するケースがあり、譲受価額が高額になると消費税の負担も大きくなる可能性があります。

3. 従業員の同意取得:事業譲渡では従業員との雇用契約も新たに締結し直す必要があり、従業員の同意を得るプロセスが必要となります。

事業譲渡を検討する際は、これらのメリットとデメリットを十分に考慮し、自社の状況や目的に照らし合わせて判断することが重要です。また、専門家のアドバイスを受けることで、より適切な意思決定が可能となるでしょう。

事業譲渡が利用されるケース

事業譲渡は、企業の経営戦略や財務状況に応じて検討される選択肢の一つです。以下のような状況下では、事業譲渡を積極的に検討することが有益かもしれません。

1. 不採算部門の存在 

複数の事業を展開している会社で、一部の事業が不採算となっている場合

経営リスクのヘッジや事業の選択と集中を目的とする場合

2. 企業再建を目指しながら存続を図る場合 

資金調達が困難で経営再建が進まない中小企業などの場合

主力事業や注力したい事業のみを残し、それ以外の事業を売却して運転資金を調達する場合

3. 他社のリソースを活用して事業を継続・拡大したい場合 

限られたリソースで事業運営を行っている中小企業などの場合

譲受側のリソースを活用することで、事業の継続や拡大が見込める場合

4. 事業承継の一環として 

後継者不在で事業の存続が難しい場合

一部の事業のみを後継者に引き継ぎ、他の事業は譲渡する場合

5. 業界再編や事業の統合を目指す場合 

業界内での競争力強化や効率化を図るために、他社との事業統合を検討する場合

6. 新規事業への投資資金が必要な場合 

新たな成長分野への進出を計画しているが、投資資金が不足している場合

既存事業の一部を譲渡することで、新規事業への投資資金を捻出する場合

7. 債務超過や資金繰りの改善が急務な場合 

財務状況の改善が急務で、事業の一部売却による資金調達が有効な場合

8. シナジー効果が期待できる譲渡先が見つかった場合 

自社の事業を更に発展させられる可能性のある譲受企業が現れた場合

従業員の将来や事業の社会的意義を考慮し、シナジー効果が期待できる譲渡先への譲渡を検討する場合

これらの状況に該当する場合、事業譲渡は有効な選択肢となる可能性があります。ただし、事業譲渡の実行には慎重な検討と準備が必要です。自社の現状分析や将来の経営計画を綿密に行い、事業譲渡がベストな選択肢かどうかを見極めることが重要です。

また、事業譲渡を検討する際は、財務、法務、税務など多岐にわたる専門知識が必要となるため、M&A専門家や税理士、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。彼らの助言を得ることで、より戦略的かつ効果的な事業譲渡の実現が可能となるでしょう。

事業譲渡の手続

事業譲渡の手続きは複雑で多岐にわたりますが、一般的な流れは以下のようになります。各ステップを慎重に進めることで、円滑な事業譲渡の実現が可能となります。

1. 現状分析と計画立案 

自社の現状を分析し、将来の経営計画を検討します。

譲渡対象となる事業を決定します。

2. 取締役会での決議 

事業譲渡を進める旨の決議を行います。

取締役会未設置会社の場合は、取締役の過半数の賛成で決議します。

3. 譲渡候補先の選定とソーシング 

M&A仲介機関に依頼するなどして、譲受希望企業を探します。

候補先との初期的な交渉を開始します。

4. 基本合意書の締結 

限定的な情報と資料に基づいて交渉を進めます。

譲渡側と譲受側で合意した条件をまとめた基本合意書を締結します。

5. デューデリジェンス(買収監査)の実施 

譲受側が専門家を活用して、詳細な調査を行います。

法務、財務、税務、ビジネスなど多岐にわたる調査が行われます。

6. 最終条件の交渉と事業譲渡契約書の締結 

デューデリジェンスの結果を基に、最終的な条件を交渉します。

合意に至れば、法的拘束力のある事業譲渡契約書を締結します。

7. 法的手続きの遂行 

必要に応じて、公正取引委員会への届出を行います。

上場会社等の場合、財務局への臨時報告書の提出が必要となることがあります。

8. 株主総会での承認 

事業譲渡契約書で定められた効力発生日の前日までに、株主総会の特別決議で承認を得ます。

9. 各種手続きの完了 

不動産等の名義変更や許認可の取得を行います。

従業員との雇用契約の締結や、取引先との契約の承継手続きを行います。

10. 事業譲渡の効力発生 

契約書に記載された前提条件やクロージング条件が充足されると、効力が発生します。

譲渡対価の支払いと事業の引き渡しが行われます。

11. 事後対応 

従業員の引き継ぎや譲受企業との業務の統合などを行います。

必要に応じて、債権者への通知や公告を行います。

この手続きフローは一般的なものであり、個々の事業譲渡案件によって多少の違いがある場合があります。また、各ステップにおいて様々な法的要件や実務上の注意点があるため、専門家のサポートを受けながら慎重に進めることが重要です。

会社法に基づく事業譲渡の流れ

会社法に基づく事業譲渡のスケジュールと進め方について、具体的なステップを解説します。法令遵守と円滑な手続きの実施のため、以下の手順を参考にしてください。

1. 事業譲渡に向けた準備作業 

自社の現状分析と将来の経営計画の策定

譲渡対象事業の決定と譲渡価額の目安設定

実行までの時間軸の決定

2. 取締役会での事業譲渡決議 

取締役会設置会社の場合、取締役会の決議が必要

取締役会未設置会社で複数取締役がいる場合、過半数の賛成で決議

3. 譲受希望企業の選定 

M&A仲介機関に依頼して譲受希望企業を探索

譲渡条件の交渉開始

4. 基本合意契約の締結 

限定的な情報での交渉を経て、基本合意書を締結

デューデリジェンスの手順や範囲、独占交渉権などを明示

5. デューデリジェンスの実施 

譲受側が専門家を起用して実施

法務、税務、ビジネス、不動産など多岐にわたる調査

6. 事業譲渡契約書の締結 

最終的な事業譲渡価額や条件を合意し、契約書を締結

法的拘束力のある最終契約書となる

7. 独占禁止法に基づく届出(該当する場合) 

一定の条件に該当する場合、公正取引委員会へ届出

8. 財務局への届出(該当する場合) 

上場会社等で一定の要件に該当する場合、臨時報告書を提出

9. 株主総会での承認 

効力発生日の前日までに株主総会の特別決議で承認

議決権行使可能株主の過半数以上の出席と、出席株主の2/3以上の同意が必要

10. 名義変更・許認可の取得 

不動産等の名義変更手続き

事業運営に必要な許認可の取得

11. 事業譲渡の効力発生 

契約書に記載された前提条件やクロージング条件の充足確認

効力発生日を迎え、事業譲渡完了

各ステップにおいて、以下の点に注意が必要です:

準備段階での綿密な計画立案

取締役会や株主総会での適切な決議手続きの遵守

専門家(M&A仲介会社、弁護士、税理士など)の適切な活用

従業員や取引先への丁寧な説明と同意取得

法令に基づく各種届出や手続きの遵守

譲渡価額や条件に関する慎重な交渉

事業譲渡のスケジュールは案件によって異なりますが、一般的に3~6ヶ月程度かかることが多いです。しかし、規模や複雑さによっては、さらに長期間を要する場合もあります。

会社法を始めとする関連法令を遵守しつつ、円滑に事業譲渡を進めるためには、専門家のサポートを受けることが極めて重要です。法務、財務、税務など多岐にわたる専門知識が必要となるため、それぞれの分野の専門家と連携しながら進めることで、リスクを最小限に抑えつつ、効果的な事業譲渡を実現することができます。

事業譲渡における重要な注意点

事業譲渡を成功させるためには、さまざまな側面で注意を払う必要があります。以下に、譲渡側と譲受側それぞれの重要な注意点を解説します。

1. 譲渡側の注意点

a) 債権者保護手続

債権者に対する周知が必要です。

2ヶ月以上の公告や問い合わせ窓口の開設、通知などの債権者保護手続きを行います。

特に借入をしている金融機関には事前に丁寧な説明を行うことが重要です。

b) 競業避止義務

譲渡側は、原則として20年間、同一市区町村および隣接市区町村内で譲渡した事業と同事業を行うことが禁止されます。

譲渡側・譲受側の合意により、この期間を調整することも可能です。

c) 従業員への対応

事業譲渡の経緯や譲渡後の展望について、従業員に丁寧に説明する必要があります。

雇用条件の変更がある場合は、明確に伝え、同意を得ることが重要です。

d) 株主への説明

事業譲渡の目的や意義、会社への影響などを株主に適切に説明し、理解を得る必要があります。

2. 譲受側の注意点

a) 許認可の引継ぎ

事業運営上必要な許認可は自動的には承継されません。

譲受側で新たに取得する必要があるため、事前の調査と準備が重要です。

b) 個々の契約の承継

事業に関わる各種契約(取引先、リース、保険など)は個別に承継手続きが必要です。

相手方の同意を得るため、十分な時間と労力を見込む必要があります。

c) 従業員の雇用継続

従業員との雇用契約は個別に締結し直す必要があります。

雇用条件や待遇について丁寧な説明と交渉が必要となります。

d) デューデリジェンスの重要性

譲受対象の事業や資産について、綿密なデューデリジェンスを行うことが極めて重要です。

潜在的なリスクや負債を見落とさないよう、専門家の協力を得ることをお勧めします。

3. 共通の注意点

a) 適切な価値評価

譲渡対象事業の適切な価値評価が重要です。

過大評価や過小評価は、後々のトラブルの原因となる可能性があります。

b) 税務上の影響

事業譲渡に伴う税務上の影響(法人税、消費税など)を事前に把握し、対策を検討する必要があります。

c) 情報管理

交渉過程での情報漏洩に注意が必要です。

適切な秘密保持契約(NDA)の締結が重要です。

d) タイミングの見極め

事業環境や市場動向を見極めて、最適なタイミングで事業譲渡を行うことが重要です。

e) コミュニケーション

従業員、取引先、株主など、関係者とのオープンで誠実なコミュニケーションが重要です。

これらの注意点に留意しつつ、専門家のアドバイスを適切に取り入れることで、スムーズな事業譲渡の実現が可能となります。事業譲渡は複雑なプロセスですが、慎重かつ戦略的に進めることで、両者にとって有益な結果をもたらすことができるでしょう。

事業譲渡の所要期間

事業譲渡は複雑なプロセスを伴うため、その完了までには一定の期間を要します。所要期間は案件の規模や複雑さ、関係者の数などによって大きく異なりますが、一般的な目安と影響要因について解説します。

1. 一般的な所要期間

事業譲渡のプロセスは、短くても3~6ヶ月程度かかることが一般的です。しかし、案件の規模や複雑さによっては、6ヶ月以上、場合によっては1年以上かかることもあります。

2. 所要期間に影響を与える要因

a) 案件の規模と複雑さ

譲渡対象事業の規模が大きいほど、検討や調整に時間がかかります。

複数の事業や資産が絡む場合、手続きが複雑化し時間を要します。

b) デューデリジェンスの範囲

詳細なデューデリジェンスを行う場合、数週間から数ヶ月かかることがあります。

c) 交渉の難易度

譲渡価額や条件の交渉が難航すると、全体のスケジュールに影響します。

d) 法的手続きの複雑さ

許認可の取得や契約の承継など、法的手続きの数と複雑さにより期間が変動します。

e) 株主総会の開催時期

定時株主総会に合わせて承認を得る場合、タイミングによっては待機期間が生じます。

f) 関係者の数

従業員、取引先、債権者など、関係者が多いほど調整に時間がかかります。

g) 競争法上の審査

大規模な案件の場合、公正取引委員会の審査に時間を要することがあります。

3. 各段階の所要期間の目安

a) 準備段階:1~2ヶ月

現状分析、計画立案、取締役会決議など

b) 候補先の選定と初期交渉:1~3ヶ月

M&A仲介会社の活用、候補先との接触、基本合意書の締結など

c) デューデリジェンス:1~2ヶ月

財務、法務、税務などの詳細調査

d) 最終交渉と契約締結:1~2ヶ月

最終条件の交渉、事業譲渡契約書の作成と締結

e) 法的手続きと承認:1~3ヶ月

株主総会の開催、各種届出、許認可の取得など

f) クロージングと事後対応:1~2ヶ月

譲渡対価の支払い、事業の引き渡し、従業員の移転など

4. 期間短縮のためのポイント

a) 早期の準備開始

譲渡を検討する段階から、必要な情報収集や整理を始めます。

b) 専門家の活用

M&A仲介会社や弁護士、税理士などの専門家を早期に起用し、効率的に進めます。

c) プロジェクト管理の徹底

明確なスケジュールと役割分担を設定し、進捗管理を徹底します。

d) 関係者との綿密なコミュニケーション

従業員や取引先との早期からの丁寧なコミュニケーションで、後々の調整時間を短縮できます。

e) 柔軟な交渉姿勢

譲渡条件について柔軟な交渉姿勢を持つことで、交渉の長期化を防げます。

事業譲渡の所要期間は案件ごとに大きく異なるため、余裕を持ったスケジュール設定が重要です。また、予期せぬ問題や遅延が生じる可能性も考慮し、柔軟な対応ができるよう準備しておくことが肝要です。専門家のサポートを適切に活用し、効率的かつ確実に事業譲渡を進めることで、最適な結果を得ることができるでしょう。

個人事業主が行う事業譲渡の手続

個人事業主が事業譲渡を行う場合、法人とは異なる特有の手続きや注意点があります。ここでは、個人事業主が事業譲渡を行う際の手続きとポイントについて解説します。

1. 個人事業主の事業譲渡の特徴

a) 法人格の不存在

個人事業主には法人格がないため、M&Aの手法としては事業譲渡のみが選択肢となります。

b) 簡素化された手続き

株主総会や取締役会といった機関決定が不要です。

c) 個人資産との区別

事業用資産と個人資産を明確に区別する必要があります。

2. 事業譲渡の手続き手順

a) 事業譲渡の検討と準備

譲渡理由の明確化

譲渡対象事業の範囲決定

事業用資産と個人資産の峻別

b) 譲受先の選定

M&A仲介会社の活用や自己での探索

候補先との初期交渉

c) 基本合意書の締結

譲渡条件の大枠を合意

秘密保持契約(NDA)の締結

d) デューデリジェンス(買収監査)の実施

譲受側による事業の精査

財務、税務、法務などの観点からの調査

e) 最終交渉と事業譲渡契約の締結

譲渡価格や条件の最終調整

法的拘束力のある事業譲渡契約書の作成と締結

f) 事業譲渡の実行

事業用資産の引き渡し

譲渡対価の受領

g) 事業廃止届の提出

税務署への廃業届の提出

都道府県等への事業廃止届の提出

h) その他の手続き

従業員の移転手続き(雇用契約の承継)

取引先への通知

各種契約の承継手続き

3. 個人事業主特有の注意点

a) 課税関係

事業譲渡による譲渡所得や譲渡益に対する所得税・住民税の課税

消費税の取扱いへの注意(課税売上高に応じた納税義務)

b) のれん価値の取扱い

個人事業の「のれん」の評価と譲渡価格への反映

c) 事業用資産の明確化

個人資産と事業用資産の明確な区分

譲渡対象となる資産リストの作成

d) 債務の取扱い

個人の債務と事業の債務の区別

事業に関連する債務の承継方法の決定

e) 許認可の取扱い

個人名義で取得した許認可の譲受企業への移転可否の確認

f) 従業員の処遇

従業員の雇用継続に関する交渉と合意

退職金や社会保険の取扱いの検討

g) 個人情報の取扱い

顧客情報などの個人情報の適切な移転方法の検討

4. M&A仲介会社の活用

個人事業主の事業譲渡案件は規模が小さいことが多く、大手M&A仲介会社が対応していない場合があります。しかし、以下のような専門家のサポートを得ることは有益です:

地域密着型のM&A仲介会社

中小企業診断士

税理士

弁護士

これらの専門家は、適切な譲受先の選定や交渉支援、税務・法務面でのアドバイスを提供してくれます。

5. 事業譲渡後の対応

a) 確定申告

事業譲渡による所得の適切な申告

b) 資金運用

譲渡対価の有効活用や投資の検討

c) 競業避止義務の遵守

契約で定められた競業避止義務の遵守

個人事業主が行う事業譲渡は、法人の場合と比べて手続きは簡素化されますが、個人資産との区別や税務面での複雑さがあります。適切な専門家のサポートを受けながら、慎重に進めることが重要です。また、事業譲渡後の生活設計や資金運用についても十分に検討し、円滑な事業承継と個人のライフプランの実現を図ることが大切です。

事業譲渡の税務

事業譲渡には様々な税務上の影響があり、適切な税務処理が求められます。ここでは、譲渡企業と譲受企業それぞれに課される主な税金について解説します。

譲渡企業に課される主な税金

1. 法人税

a) 課税対象

事業譲渡による譲渡益(譲渡対価 - 譲渡資産の帳簿価額)

b) 税率

約35%(法人税、法人住民税、法人事業税を合わせた実効税率)

c) 計算例 譲渡する事業資産の合計:200 譲渡する事業負債の合計:80 のれん:160 譲渡益 = 200 - 80 + 160 = 280 法人税 = 280 × 35% = 98

d) 注意点

事業譲渡益は他の損失と相殺可能

繰越欠損金がある場合、それを利用して税負担を軽減できる可能性あり

2. 消費税

a) 課税対象

課税資産の譲渡 (例:棚卸資産、固定資産(土地を除く)、のれん)

b) 非課税対象

土地

有価証券

債権

c) 注意点

課税売上割合に応じて、仕入税額控除の調整が必要な場合がある

3. 事業所税(該当する場合)

a) 課税対象

事業所用家屋の床面積や従業員給与総額

b) 注意点

事業譲渡に伴い、課税標準が変動する可能性がある

譲受企業に課される主な税金

1. 登録免許税

a) 課税対象

不動産の所有権移転登記

b) 税率

不動産の評価額(固定資産税評価額)に応じて異なる

c) 注意点

土地と建物で税率が異なる場合がある

2. 不動産取得税

a) 課税対象

不動産の取得

b) 税率

原則4%(条件により軽減される場合あり)

c) 注意点

課税標準額の算定方法に注意が必要

3. 消費税

a) 課税対象

課税資産の取得 (例:棚卸資産、固定資産(土地を除く)、のれん)

b) 注意点

仕入税額控除の適用可否を確認

高額な資産取得の場合、資金繰りへの影響に注意

4. 印紙税

a) 課税対象

事業譲渡契約書

b) 税額

契約金額に応じて異なる

c) 注意点

契約書の作成者が納税義務を負う

5. 事業所税(該当する場合)

a) 課税対象

事業所用家屋の床面積や従業員給与総額

b) 注意点

事業譲受に伴い、新たに課税対象となる可能性がある

税務処理における注意点:

1. 適切な価値評価 

譲渡資産、特にのれんの適切な評価が重要

2. タイミングの考慮 

決算期との関係で、税負担を最適化できる可能性がある

3. 税務調査への備え 

取引の合理性や価格の妥当性を説明できる資料の準備

4. 専門家の活用 

複雑な税務処理には、税理士等の専門家の助言が不可欠

5. グループ法人税制の考慮 

完全支配関係にある法人間の取引の場合、特別な税務処理が適用される場合がある

6. 事業譲渡損益の繰延べ 

一定の要件を満たす場合、譲渡損益の繰延べが可能

7. 消費税の課税事業者判定 

事業譲渡後の課税売上高に注意が必要

事業譲渡に関連する税務は複雑で、案件ごとに異なる処理が必要となる場合があります。また、税法の改正にも注意が必要です。適切な税務処理を行うためには、税理士などの専門家に相談し、事前に十分な検討と準備を行うことが極めて重要です。適切な税務戦略を立てることで、不必要な税負担を避け、円滑な事業譲渡を実現することができます。

まとめ

事業譲渡は、企業の経営戦略や事業再編の重要な手段として活用されています。本文では、事業譲渡の定義から具体的な手続き、税務上の留意点まで幅広く解説しました。事業譲渡を成功させるためには、法務、財務、税務など多岐にわたる専門知識が必要となります。そのため、M&A専門家や税理士、弁護士などの専門家のサポートを受けることが極めて重要です。事業譲渡をご検討の際は、ぜひ専門家への相談をお勧めします。

著者|土屋 賢治  マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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