アーンアウトとは?M&A成功の鍵となる条項の詳細解説

アーンアウト条項は、M&A取引で買収価格の一部を業績連動にする仕組みです。この記事では、その定義、メリット、デメリット、活用しやすい企業の特徴、設定時の重要ポイントについて詳しく解説します。

目次

  1. アーンアウト条項の定義と仕組み
  2. アーンアウト条項導入のメリット
  3. アーンアウト条項のデメリットと課題
  4. アーンアウト条項を活用しやすい企業の特徴
  5. アーンアウト条項設定時の重要ポイント
  6. まとめ

アーンアウト条項の定義と仕組み

アーンアウト条項とは、M&A(合併・買収)取引における特殊な条項で、買収価格の一部を買収後の業績に連動させる仕組みです。具体的には、買収後の一定期間内に、事前に合意された目標が達成された場合に、追加の対価が支払われる取り決めを指します。

買収価格

1. 買収時に支払われる基本価格

2. 買収後の業績に応じて支払われる条件付き追加価格(アーンアウト)

例えば、買収後1年間のEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)が目標値を達成した場合、買収側企業が売却側企業に対して追加の金額を支払うといった具合です。

アーンアウト条項で用いられる主な財務指標

売上高

営業利益

純利益

EBITDA

営業キャッシュフロー

フリーキャッシュフロー

この条項は、買収側と売却側の企業価値評価に大きな差がある場合や、将来の業績予測が難しい場合に特に有効です。両者のリスクを適切に配分し、価値評価の認識の差を埋めることができるため、M&A取引の成立を促進する役割を果たします。

日本国内ではまだ活用例が少ないものの、米国を中心とした海外のクロスボーダーM&A取引では頻繁に利用されている手法です。今後、日本企業の間でも、この条項の採用が増えていくことが予想されます。

アーンアウト条項導入のメリット

アーンアウト条項を導入することで、買収側企業(買い手)と売却側企業(売り手)の双方にメリットがもたらされます。それぞれの立場からメリットを見ていきましょう。

買収側企業のメリット

買収側企業にとって、アーンアウト条項には以下のようなメリットがあります。

1. 初期投資の抑制: 買収価格の全額を一度に支払う必要がなく、一部を後払いにできるため、初期の資金負担を軽減
           できます。

2. リスクヘッジ: 買収対象企業の将来の業績に不透明感がある場合、実際の達成度に応じて追加支払いを行うこと
          で、リスクを軽減できます。

3. 経営者のモチベーション向上: 売却側の経営者がM&A後も残留する場合、業績目標の達成が追加対価につながるた
                 め、事業成長へのモチベーション向上が期待できます。

売却側企業のメリット

売却側企業にとっては、以下のメリットが挙げられます。

1. 高額売却の可能性: 通常のM&Aにおける企業価値評価以上の対価を得られる可能性があります。

2. 自社の成長力をアピール: 将来の業績向上に自信がある場合、その成長力を買収価格に反映させることができま
               す。

3. 交渉の柔軟性向上: 買収側との価格交渉が難航した場合、アーンアウト条項を導入することで合意に至りやすく
            なります。

このように、アーンアウト条項は両者のリスクを適切に分散させ、M&Aの成功確率を高める効果が期待できます。特に、事業の将来性に確信はあるものの、現時点での業績が芳しくない企業のM&Aにおいて、有効な手段となり得ます。

アーンアウト条項のデメリットと課題

アーンアウト条項には多くのメリットがある一方で、買収側企業と売却側企業の双方にデメリットや課題も存在します。それぞれの立場から見ていきましょう。

買収側企業が直面する課題

買収側企業にとって、アーンアウト条項には以下のような課題があります。

1. 取引不成立のリスク: アーンアウト条項の導入を前提とすることで、案件が成立しないリスクが高まる可能性があ
            ります。特に、売却側の企業オーナーが引退を考えている場合や、業績目標の達成に自信が
            ない場合、この条項が「買収側に有利な条件」と捉えられ、交渉が難航する恐れがあります。

2. 条件交渉の長期化: アーンアウトに関する条件交渉が複雑化し、M&A全体のプロセスが長引く可能性があります。

3. 事後管理の負担: 買収後、アーンアウト条項に基づく業績評価や追加支払いの管理が必要となり、事務負担が増加
           します。

これらの課題を回避するためには、以下の点に注意する必要があります。

売却側企業オーナーの意向を十分に理解した上で提案を行う

アーンアウトに関する条件交渉がスムーズに進むよう、専門家のサポートを受ける

事後管理の体制を事前に整備する

売却側企業にとってのリスク

売却側企業にとっては、以下のようなリスクが考えられます。

1. 買収対価の目減り: 合意した業績目標が達成できなかった場合、得られる買収対価が通常のM&A取引に比べて少な
            くなる可能性があります。

2. 経営の自由度低下: 買収後も一定期間、買収側企業の意向を強く反映した経営を求められる可能性があります。

3. 追加対価の不確実性: 業績目標の達成が外部要因に左右される場合、努力しても追加対価が得られないリスクがあ
             ります。

これらのリスクを軽減するためには、以下の点を検討することが重要です:

目標設定の評価項目や適用期間を現実的かつ達成可能な範囲で決定する

外部要因による影響を考慮した条件設定を行う

経営の自由度に関する取り決めを明確にする

アーンアウト条項の導入を検討する際は、これらのデメリットや課題を十分に理解し、双方にとって公平で実現可能な条件を設定することが重要です。専門家のアドバイスを受けながら、慎重に交渉を進めることが望ましいでしょう。

アーンアウト条項を活用しやすい企業の特徴

アーンアウト条項は、すべてのM&A取引に適しているわけではありません。

企業の特徴

特に以下のような特徴を持つ企業において、この条項が採用されることが多いです。

1. スタートアップ企業: 

 o 短期間での急成長が期待される

 o 将来の業績予測が難しい

 o 現時点の業績と将来の潜在価値に大きな差がある

2. 事業再生を目指す企業: 

 o 現在の業績は芳しくないが、再建後の成長が期待できる

 o 買収側企業の支援による業績回復が見込まれる

3. 新規事業や新技術を有する企業: 

 o 革新的な技術やビジネスモデルを持つが、まだ市場での実績が少ない

 o 将来の市場規模や収益性の予測が困難

4. 業績の変動が大きい業界の企業: 

 o 経済環境や市場動向の影響を受けやすい

 o 過去の業績だけでは将来の価値を正確に評価しづらい

5. オーナー経営者が継続して関与する企業: 

 o M&A後も現経営陣が一定期間経営に携わる予定がある

 o 経営者の能力や経験が企業価値の重要な要素となっている

これらの企業に共通する特徴は、「不確定要素が多く、業績の見通しが不透明である」という点です。アーンアウト条項は、このような不確実性に対するリスクを買収側と売却側で適切に配分し、企業価値評価における双方のギャップを埋める役割を果たします。

効果的な状況

アーンアウト条項は、以下のような状況でも効果的に活用できます。

買収側と売却側の企業価値評価に大きな開きがある場合

売却側が自社の成長力に自信を持っている場合

買収側が対象企業の将来性を評価しつつも、リスクを軽減したい場合

アーンアウト条項を導入することで、企業価値評価が現在の業績だけでなく、事業計画の達成度合いに応じて決まるため、買収側・売却側の双方にとってより公平な手法となります。

アーンアウト条項設定時の重要ポイント

アーンアウト条項を効果的に活用するためには、適切な設計が不可欠です。以下の3つのポイントに特に注意を払う必要があります。

目標達成の評価指標

アーンアウト条項で用いる評価指標の選択は非常に重要です。一般的には、以下のような財務指標が用いられます。

1. 売上高

2. 営業利益

3. EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)

4. 純利益

5. 営業キャッシュフロー

6. フリーキャッシュフロー

これらの指標を選択する際の留意点は以下の通りです。

売却側の視点: 

 o 損益計算書の上部に位置する指標(売上高、売上総利益など)を好む傾向があります。

 o これらの指標は財務操作の影響を受けにくく、両社の会計方針の違いによる影響も小さいためです。

買収側の視点: 

 o 損益計算書の下部に位置する指標(営業利益、純利益など)を重視する傾向があります。

 o これらの指標は対象会社から生じる実質的な利益を反映するためです。

両者の溝を埋めるためには、以下の対応が効果的です。

1. 複数の財務指標を組み合わせて使用する

2. 非財務指標(顧客数、契約更新率など)も併用する

3. 指標の定義や計算方法を明確に契約書に記載する

評価期間の設定

アーンアウトの評価期間は、取引の性質や業界の特性に応じて適切に設定する必要があります。

一般的な評価期間: 平均的には3年程度とされていますが、案件によって1年から5年まで幅があります。

短い評価期間のメリット: 

 1. 外部要因の影響を受けにくい

 2. 売却側の経営者のモチベーションを維持しやすい

 3. 買収後の統合プロセスへの影響が小さい

長い評価期間のメリット: 

 1. 長期的な成長戦略の効果を反映できる

 2. 一時的な業績変動の影響を平準化できる 3. 新規事業や大型投資の効果を評価に含められる

評価期間を設定する際は、以下の点を考慮することが重要です。

対象企業の事業サイクル

業界の特性や市場動向

買収後の統合計画

売却側経営者の継続関与の期間

スタートアップ企業や事業再生を目指す企業など、中長期的な事業展望を描いている場合は、その期間を考慮して評価期間を設定するのが理想的です。

再売却に関する取り決め

アーンアウト期間中の再売却に関しては、買収側企業と売却側企業の利害が対立しやすい点です。

1. 売却側企業の立場: 

 o アーンアウト条項の目標達成に努めている最中に再売却されることを望みません。

 o 再売却を制限する条項を契約に盛り込むことを要請する傾向があります。

2. 買収側企業の立場: 

 o 経営環境の変化や戦略の転換に応じて、柔軟に再売却できる権利を確保したいと考えます。

 o 一定のペナルティを支払うことで再売却を可能とする内容を契約に盛り込むことを望む傾向があります。

この対立を解消するためには、以下のような方法が考えられます。

a. 再売却時の追加支払いの保証: 再売却が行われた場合でも、一定の条件下でアーンアウトの追加支払いを保証する条
                項を設ける。

b. アーンアウト条項の加速化: 再売却時に、残りのアーンアウト期間の支払いを一括で行う仕組みを導入する。

c. 再売却の制限期間の設定: アーンアウト期間の一部(例:最初の2年間)は再売却を制限し、その後は一定の条件下で
             許可する。

d. 再売却時の売却側企業の権利保護: 再売却時に、売却側企業に一定の選択権(例:新たな買主との取引継続や清算オ
                  プション)を与える。

最終的な取り決めは、「アーンアウト条項の達成可能性と追加の買収対価」と「アーンアウト条項消滅のためのペナルティ」を比較検討しながら、交渉によって決定されることが一般的です。

これらの重要ポイントを慎重に検討し、両者が納得できる条件を設定することが、アーンアウト条項を成功させる鍵となります。専門家のアドバイスを受けながら、綿密な交渉と契約書の作成を行うことが推奨されます。

まとめ

アーンアウト条項は、M&A取引における買収価格の一部を、買収後の業績に連動させる仕組みです。この条項は、企業価値評価の不確実性が高い場合や、買収側と売却側の評価に大きな開きがある場合に特に有効です。スタートアップ企業や事業再生中の企業など、将来の成長が期待される企業のM&Aで活用されることが多くなっています。適切に設計されたアーンアウト条項は、両者のリスクを軽減し、M&Aの成功確率を高める効果が期待できます。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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