零細企業の定義とメリットデメリット、M&Aの注意点

零細企業は、小規模ながら日本経済を支える大切な存在です。中小企業や大企業との違い、事業のメリットとデメリット、後継者不足などの課題、そしてM&Aによる事業承継の可能性を解説し、将来へのヒントを探ります。

目次
  1. 零細企業の定義と社会的役割
  2. 零細企業と他の企業形態の比較
  3. 零細企業の事業上のメリットとデメリット
  4. 零細企業の今と将来
  5. 零細企業におけるM&A
  6. 零細企業におけるM&Aの注意点
  7. 税制・補助金・支援施策のポイント
  8. まとめ

零細企業の定義と社会的役割

零細企業は、日本経済にとって欠かせない存在です。一般的に「小規模企業者」に近い概念とされ、法的には「中小企業基本法」で定義される小規模企業とほぼ同義と考えられます。業種によって異なりますが、以下のように規模が非常に小さいことが特徴です。


  • 卸売業・小売業・サービス業:従業員5人以下
  • 製造業・建設業・運輸業など:従業員20人以下

家族経営の商店や町工場のように、設備や人員が限られる形態が多く、資本金もわずかな場合があります。ただし、「零細企業」という言葉に明確な法律上の定義はなく、法人登記の有無や事業主の所得などで実態が異なることもあるため、一概に線引きはできません。


しかし、零細企業は企業数としては大多数を占めており、地域経済や社会において次のような大きな役割を担っています。


地域に密着したサービス提供

日用品の販売や飲食サービスなど、地元住民の生活に直結する事業を展開することで、地域コミュニティを支えます。


多様な雇用機会の創出

高齢者や女性、若年層が無理なく働ける環境を整えやすい面があります。そのため、都市部はもちろん地方においても重要な雇用を生み出します。


文化や技術の継承

地域の特産品や伝統工芸を扱う零細企業は、文化的価値や技術の継承に大きく貢献しています。


一方で、日常的な会話で「零細企業」と表現していても、実際には法人登記を行っていない場合など、法制度や補助金の対象外となるケースもあるため注意が必要です。

小規模企業活性化への動き

かつては「サービス業は従業員5人以下であれば小規模企業」という枠組でしたが、後年の法改正や各種制度により、宿泊業や娯楽業なども小規模企業の対象になる場合があります。こうした基準の変化により、多様な零細企業が支援策を受けやすくなっています。

零細企業の社会的意義

実際に日本の企業全体を見渡すと、約85%以上が小規模事業者(零細企業含む)に該当するとされています。大企業ほどの知名度はなくても、地域経済や住民生活を支える基本的なインフラ的役割を担っているのが零細企業の大きな特徴です。

零細企業と他の企業形態の比較

零細企業は同じ中小企業に分類される企業や、大企業、ベンチャー企業などと比較すると、以下のような相違点があります。ここではそれぞれを対比させながら、零細企業ならではの特性を整理します。

ベンチャー企業との違い

ベンチャー企業は、新技術や革新的なビジネスモデルで急成長を目指すことが多く、資金調達にも積極的です。一方、零細企業は家族経営や地道な事業を長年続けているケースが多く、必ずしも急成長を追求しない傾向があります。共通点として「規模が小さい」「意思決定が迅速」という面は似ていますが、ビジネスの方向性や目的には大きな違いがあります。

中小企業との違い

「中小企業」とまとめて呼ばれる中には、従業員数が300人規模に及ぶ企業も含まれます。そのため、零細企業は「中小企業の中でも特に小規模な部類」と捉えられることが多いです。資本金や従業員数、事業規模で見ても大きく差が出る場合があり、特に零細企業は経営資源(人材・資金・情報など)の不足が顕著です。ただし、中小企業向けの補助金や支援策は零細企業にも適用されることが多いため、有効活用が期待できます。

大企業との違い

大企業には法的な厳密な定義があるわけではありませんが、資本金5億円以上や負債総額が200億円以上といった基準が一つの目安となります。零細企業は大企業と比べて人材確保や資金調達、ブランド力などあらゆる面で不利になりがちですが、地域に根ざした独自性や経営の柔軟さを武器に差別化を図ることができます。


また、大企業と「みなし大企業」と呼ばれる企業が存在し、中小企業基本法の定義を満たしていても、大企業との資本関係が強い企業などは実質的に大企業として扱われる場合があります。その場合、中小企業向けの税制優遇や補助金の対象外となるため、企業規模の区分は事業運営において無視できない要素です。

零細企業の事業上のメリットとデメリット

零細企業は規模が小さいからこそ、地域と密着したサービスを提供できたり、素早い意思決定が可能だったりといった強みを持っています。一方で、経営者の高齢化や後継者不足、人材・資金不足など、弱みや課題も少なくありません。ここでは零細企業のメリットとデメリットを見ていきましょう。

メリット

地域に密着した対応

地域の顧客ニーズに合わせた商品やサービスを提供しやすく、リピーターとの信頼関係を築きやすいです。


迅速な意思決定

組織が小さいため、経営者がその場で判断を下せるケースが多く、市場や顧客の変化に柔軟に対応できます。


特定分野での専門性

大手が参入しにくいニッチな市場や特殊な技術分野に特化することで、生き残りやすくなる場合があります。


低コスト運営

設備投資の規模が比較的小さく抑えられ、管理部門も最小限の体制で回すことができるため、固定費が低く済むことがあります。

デメリット

事業拡大の難しさ

資金調達力が弱く、大規模投資や事業拡大に踏み切りにくいです。商圏が地域内に限られがちで、市場拡大も難航します。


経営資源の制約

専門人材を雇う余裕がなく、経営者一人に業務が集中することが多いです。技術革新への対応も遅れがちになります。


ブランド力の弱さ

知名度が低く、信用力の面で大企業に劣ることがあります。新規顧客獲得には時間と労力が必要です。


景気変動の影響を受けやすい

経営基盤が脆弱なため、取引先や市場の変動で業績が大きく左右されるリスクがあります。


後継者不足と事業承継の難しさ

家族経営や経営者個人のノウハウに依存しているケースが多いため、後継者探しが進まないまま廃業に至る例もあります。


資金繰りの不安定さ

大規模な金融機関からの融資は容易ではない場合が多く、資金ショートを起こしやすいリスクを抱えています。

零細企業の今と将来

日本経済を支えてきた零細企業は、時代の変化とともに多くの課題やチャンスに直面しています。昨今では、新型コロナウイルス感染症による経営環境の激変だけでなく、少子高齢化や人手不足、デジタル化の遅れなど、取り巻く状況は一段と厳しさを増しているのが現状です。一方で、迅速な意思決定ができる機動性や地域との強い結びつきなど、零細企業ならではの強みを活かし、新しい取り組みを行う企業も少なくありません。

新型コロナウイルスが及ぼした影響

対面サービス業への打撃

飲食店や小売業、サービス業を中心に、顧客数が大幅に減少し資金繰りが悪化した例があります。

新ビジネスモデルの模索

テイクアウトやデリバリー対応、オンラインストアの開設など、これまで取り組まなかった販売形態を導入する動きも見られました。

リモートワークやDX化の促進

零細企業でも業務の一部を在宅勤務化するなど、デジタル技術を活用して生産性向上を図る例が増えています。

働き方改革への対応

少子高齢化による人手不足に対応するため、労働環境の改善が急務となっています。具体的には、残業時間の管理や有給休暇取得の促進、人材定着を目的とする職場環境整備などが挙げられます。零細企業では管理部門の人材やスキルが限られることも多いため、外部専門家やITツールを活用して効率化を図る事例が増えています。

海外人材と副業の活用

人材不足の課題を解消する手段の一つとして、海外人材の受け入れや副業人材の活用が注目されています。特に特定技能制度の導入後、一定のスキルを持つ外国人材を積極的に採用し、地域産業の活性化につなげる動きがあります。また、副業解禁の流れから、専門スキルを活かした人材を一時的に採用して新規事業のノウハウを獲得する事例もみられます。ただし、労務管理や社内の情報セキュリティ対策などを十分に行う必要があり、導入のハードルは決して低くありません。

テレワークやDX化の推進

零細企業にとってデジタル技術の導入はハードルが高い面もありますが、一度導入できれば大きな効果が期待できます。たとえば、紙ベースの業務フローをオンライン化することで、在宅勤務への移行が進み、採用の地域制限が緩和される可能性があります。さらに、ECサイトの立ち上げやSNSを活用した集客により、新たな販路を開拓する動きも加速しています。

SDGsへの取り組み

環境や社会課題の解決を意識した事業運営は、大企業だけでなく零細企業にも広がっています。廃棄物の削減や再利用可能な資材の導入、地元コミュニティとの連携など、小さい規模だからこそ実践しやすい活動もあり、企業イメージの向上や新規顧客の獲得につながるケースもあります。

事業承継の促進

経営者の高齢化に伴い、後継者不足が深刻化しているのも零細企業の大きな課題です。親族内承継が難しい場合は、従業員承継やM&A(第三者承継)などの選択肢を早期から検討し、計画的に準備を進めることが重要とされています。後継者探しが間に合わずに廃業となるケースも少なくないため、経営者には早めの決断が求められています。

零細企業におけるM&A

少子高齢化による後継者不足は零細企業の存続を脅かす大きな要因ですが、M&Aを活用すれば事業を守り、従業員の雇用を継続できる可能性があります。ここでは、零細企業を対象とするM&Aの近年の傾向とメリットを整理します。

零細企業のM&A動向

  • 国内M&A件数は2021年に4,280件、2022年には4,304件と、いずれも過去最高を更新しました。大手企業同士の取引だけでなく、中小企業や零細企業のM&Aも増えています。
  • 後継者不在や経営者の高齢化が一因となり、事業承継の手段としてM&Aに踏み切る零細企業が増加しています。
  • M&A仲介サービスやオンラインマッチングプラットフォームなど、零細企業でも利用しやすい支援体制が普及しつつあります。

譲受企業(買収する側)のメリット

顧客基盤や地域ブランドの獲得

新規参入に比べて短期間かつ効率的に顧客ネットワークを手に入れられます。

人材や技術ノウハウの獲得

熟練の従業員をそのまま引き継げるため、業務上の空白期間を最小化できます。

許認可や専門性のある事業への参入

零細企業が持つ独自資格や特許などを継承し、市場拡大を狙えます。

譲渡企業(売却する側)のメリット

後継者不足の解消

適切な引受先が見つかれば、事業や雇用を維持できるため、従業員も安心です。

経営者の精神的負担軽減

高齢や健康問題などで経営を続けるのが難しい場合、M&Aによって円満に引退できる可能性があります。

会社の継続と発展

譲受企業の資金やノウハウを活かし、新たな投資や拡大が実現する場合もあります。

零細企業におけるM&Aの注意点

M&Aはメリットがある一方で、十分な調査や交渉を怠ると大きなリスクを伴います。零細企業ならではの特殊な事情に注意しつつ、買い手・売り手双方が納得できる取引を進めるためには、以下のポイントをしっかり把握しておきましょう。

買い手側の注意点

企業価値評価の適正化

財務諸表だけでなく、地域で築いてきたブランド力や顧客基盤など、無形資産も正しく評価する必要があります。公認会計士や税理士、M&Aアドバイザーなど第三者の目を入れるのが望ましいです。

デューデリジェンス(企業調査)の徹底

財務・税務・法務・労務などの側面を多角的に調査し、潜在的リスクを洗い出します。取引先との契約内容や従業員の雇用条件など、零細企業ならではの口頭ベースの取り決めが存在する場合もあるため、見逃しがないようにしましょう。

統合後の方針と組織整備

買収後にどのような形で運営するか、従業員の配置や業務フローを考え、早めに計画を立てることが重要です。特に零細企業では経営者個人に依存しがちなので、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の準備を綿密に行います。

売り手側の注意点

自社の強みを明確化し、適正価格を設定

感情的に高額を求めても買い手は見つかりにくいため、財務データや将来性を根拠にしつつ、第三者の評価を参考に現実的な譲渡価格を提示します。

従業員への配慮と情報管理

従業員が安心して働けるよう、できるだけ早めに状況を説明することが大切です。秘密保持契約を締結し、情報漏洩を防ぐ工夫も必要になります。

税務・法務リスクへの対応

譲渡所得税や相続税など、M&Aで発生する税金の種類や金額をあらかじめ試算しておきましょう。個人保証の解除や借入金の扱いなど、事前の手続も見落とせません。

税制・補助金・支援施策のポイント

零細企業や中小企業には、国や自治体からの支援策や税制上の優遇が数多く用意されています。必要な情報を把握し、積極的に活用することで、経営改善や事業拡大、事業承継を円滑に進めやすくなります。

税制面での優遇措置

法人税の軽減税率

中小企業(資本金1億円以下など一定の要件を満たす企業)には、所得金額の一部に軽減税率が適用される場合があります。零細企業でも、要件を満たせば大企業より低い税率で法人税を納められます。

事業承継税制

自社株の承継に伴う税負担を軽減する仕組みがあります。計画的に利用すれば、後継者へのスムーズな引継ぎに役立ちます。

補助金・助成金

ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金

設備投資や新サービス開発に取り組む中小企業・小規模事業者が対象となり、零細企業でも該当するケースがあります。

IT導入補助金

業務効率化やデジタル化を進めるためのソフトウェア導入費などを補助する制度で、店舗のネット通販化や予約システム導入などにも利用できます。

小規模事業者持続化補助金

小規模事業者(零細企業を含む)の販路拡大や生産性向上を支援するための補助金です。広告宣伝や設備投資に活用できるため、地元の商工会議所や商工会と連携して申請を進めるケースが多くなっています。

各種支援策の活用方法

経営相談窓口

国の支援機関や地方自治体、商工会議所などが経営相談窓口を設置しており、専門家の無料相談を受けられる場合があります。補助金申請のアドバイスや事業計画策定のサポートなどを活用すると良いでしょう。

税理士や公認会計士との連携

零細企業にとって、税理士や会計の専門家との連携はとても重要です。資金繰りや補助金活用、M&Aにおける企業評価など、幅広い助言を得られるため、早めに相談することをおすすめします。

デジタルツールの積極的利用

オンライン申請や電子帳簿保存などを活用することで、事務コストの削減や手続の効率化が図れます。政府や自治体のWebサイトから多くの情報を入手できるので、最新の施策をキャッチアップしながら自社に合った支援策を探しましょう。

まとめ

零細企業は、日本の地域経済を支え、伝統的な技術や文化を守る大切な役割を担っています。しかし、資金調達や人材確保、後継者不足など、多くの課題に直面しているのも事実です。デジタル化や働き方改革への対応、各種補助金の活用、そしてM&Aによる事業承継など、選択肢を広げて柔軟に対応することが、これからの時代を乗り越えるカギとなります。しっかりとした準備と専門家のサポートを得ながら、自社の強みを活かし、さらなる発展を目指していきましょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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