個人に会社を売るときの注意点|買い手の見極め方と手続

個人に会社を売ることは可能ですが、資金の裏付けや経営力、借入・個人保証の扱いを確認せずに契約するのは危険です。法人への売却との違い、個人買い手を見極めるチェックポイント、金融機関との協議、契約から引継ぎまでの手続を解説します。

目次

  1. 個人に会社を売ることは可能
  2. 個人と法人の買い手では何が違うか
  3. 個人の買い手を見極める4つのポイント
  4. 安い案件や赤字会社ほど買い手の計画を確認する
  5. 個人保証と会社の借入は売却前に整理する
  6. 譲渡価格だけでなく売却後の手取りを確認する
  7. 契約では支払条件と引継ぎ条件を明確にする
  8. 従業員・取引先への引継ぎも売却条件の一部
  9. 個人への会社売却を進める手続
  10. 個人への売却で避けたい3つの判断
  11. 個人に会社を売る前のチェックリスト
  12. まとめ

個人M&Aで事業承継を実現する手順と重要ポイントを解説

会社は法人だけでなく、会社員や独立を目指す人などの個人に売ることもできます。後継者がいない会社にとって、意欲のある個人への売却は事業承継の選択肢の一つです。

ただし、「熱意がある」「高い価格を提示してくれた」という理由だけで買い手を決めるのは避けるべきです。個人の買い手では、自己資金や融資の状況、経営経験、買収後の運営体制によって契約を実行できるかが大きく変わります。

また、株式を売っただけでは、売り手経営者の個人保証が自動的に解除されるとは限りません。売却後も保証が残ることがないよう、金融機関との協議を契約前から進めることが重要です。

この記事では、個人に会社を売る経営者の立場から、買い手の見極め方、法人買い手との違い、個人保証・借入の確認、契約と引継ぎの進め方を解説します。

個人に会社を売ることは可能

個人を買い手として会社を売却することは可能です。M&A(合併・買収)というと企業同士の取引を想像しやすいですが、買い手が個人だからといって会社を売却できないわけではありません。

たとえば、独立を希望する会社員が既存の会社を引き継ぎ、その会社の経営者になる方法があります。ゼロから起業する場合と違い、会社の従業員、顧客、取引先、設備などを引き継げることが、個人によるM&Aの特徴です。

売り手にとっても、親族や従業員に後継者がいない場合、個人の第三者へ会社を引き継ぐことで廃業を避けられる可能性があります。

ただし、重要なのは「個人だから良い、悪い」と判断しないことです。買い手が法人でも個人でも、代金を支払えるか、契約した条件を守れるか、承継後も会社を経営できるかを確認する必要があります。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、最終契約で定めた事項が履行されないトラブルや、譲り渡し側の経営者保証が想定どおり移行・解除されない問題について注意が示されています。売却価格だけでなく、契約を最後まで実行できる相手かを見ることが大切です。


出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」(2024年8月改訂) 

個人と法人の買い手では何が違うか

会社を売るときは、買い手の属性だけでなく、その買い手が持つ資金、経験、運営体制を比較します。

個人の買い手には、本人が直接経営するため意思決定が早い、会社への思いを共有しやすいといった特徴があります。一方、法人買い手と比べて自己資金や人員が限られ、融資の成否が取引そのものに影響することもあります。

違いを整理すると、次のようになります。

確認項目 個人の買い手 法人の買い手
資金力 本人の自己資金や借入能力に左右されやすい 会社の現預金や借入能力などを確認する
経営経験 経験がない人から経営経験者まで差が大きい 既存事業の経営経験や管理体制を確認しやすい
引継ぎ 本人への引継ぎが中心になりやすい 経営者だけでなく担当部署や従業員への引継ぎが必要になる場合がある
価格 本人の資金調達能力が上限に影響しやすい 会社の投資基準や期待する相乗効果などに左右される
成約までの期間 本人の判断は早くても、融資審査などで時間が必要になる場合がある 社内決裁や調査に時間がかかる場合がある


この表は一般的な傾向であり、個人なら資金力が弱い、法人なら安全という意味ではありません。十分な自己資金と経営経験を持つ個人もいれば、法人であっても資金調達や社内決裁が整わず、取引が進まない場合があります。

売り手が確認すべきなのは買い手の肩書ではなく、その案件について「支払えるか」「経営できるか」「約束を履行できるか」です。

個人の買い手を見極める4つのポイント

個人から買収の打診を受けた場合、最初の印象や熱意だけで判断せず、資金、融資、経験、承継後の計画を順番に確認します。

特に、基本合意や最終契約へ進む前に、買い手が提示している条件に実現可能性があるかを確かめることが重要です。

1.買収資金の裏付けがあるか

最初に確認したいのが資金です。

たとえば、譲渡価格について合意しても、買い手が必要な資金を準備できなければクロージングはできません。買い手が「資金は用意できます」と話しているだけではなく、どのように調達する予定なのかを具体的に確認します。

確認する内容には、次のようなものがあります。


・自己資金をいくら使う予定か

・借入を利用する予定か

・買収代金以外の資金を確保しているか

・いつまでに資金を用意できるか

・資金調達ができなかった場合にどうするか


買収後には、人件費、家賃、仕入代金などの運転資金も必要です。買収代金を支払った時点で資金がほとんど残らない計画では、会社を引き継いだ直後に資金繰りが苦しくなる可能性があります。

売り手としては、「買えるか」だけでなく「買った後も会社を維持できるか」という視点を持つことが重要です。

2.融資について金融機関へ相談しているか

買収資金の一部を借入で用意する予定なら、金融機関への相談状況を確認します。

「融資を使う予定」という段階と、必要資料を提出して金融機関と具体的に協議している段階では、取引の実現可能性が異なります。

ただし、事前相談をしているからといって融資が確実に実行されるわけではありません。売り手は、融資を前提とした取引であることを把握したうえで、融資が実行されなかった場合の契約上の扱いについて専門家と検討する必要があります。

買い手から資金計画を聞くことは、相手を疑うためではありません。契約締結後に資金不足が判明し、売却計画全体が止まることを防ぐための確認です。

3.経営や業界の経験があるか

個人の買い手では、経営経験の有無にも大きな差があります。

初めて経営者になること自体が問題なのではありません。重要なのは、対象会社をどのように経営するのか、そのために不足する知識や経験をどう補うのかを本人が理解していることです。

たとえば、次の点を確認します。


・対象会社の業界で働いた経験があるか

・人を管理した経験があるか

・営業や財務についてどの程度理解しているか

・買収後に本人が会社へどの程度関与するか

・不足する能力を誰が補うのか


店舗や職人型の事業など、現経営者の人柄や技術が売上につながっている会社では、単に決算書の利益を引き継げるとは限りません。

現経営者が抜けても顧客や従業員との関係を維持できるかまで考える必要があります。

4.承継後の計画が具体的か

最後に確認したいのが、会社を買った後の計画です。

「経営者になりたい」という目的だけでは、会社を安定して引き継ぐことはできません。

売り手は、少なくとも次のような点について買い手の考えを聞いておくとよいでしょう。


・本人が経営に専念するのか

・現在の従業員をどうするのか

・既存の取引先との関係をどう維持するのか

・現経営者にどの程度の引継ぎを求めるのか

・買収直後に事業内容や人事制度を変更する予定があるか

・資金繰りをどのように管理するのか


具体的な質問に対して買い手が答えられない場合は、すぐに断るのではなく、計画を具体化してもらってから次の段階へ進む方法もあります。

安い案件や赤字会社ほど買い手の計画を確認する

個人への会社売却では、譲渡価格を抑えれば買い手を見つけやすくなるように思えるかもしれません。しかし、価格を下げるだけで承継が成功するとは限りません。

赤字会社や休眠会社では、借入、リース、税務上の問題、社会保険料、過去の取引トラブルなどを確認する必要があります。

株式譲渡の場合、会社そのものが存続するため、会社が負っている借入や契約関係も原則として会社に残ります。そのため、買い手にとっては株式の取得価格だけでなく、会社にどのような義務やリスクが残っているかが重要です。

売り手側も、買い手へ必要な情報を適切に開示し、後から「聞いていなかった」という争いにならないようにする必要があります。

一方、事業譲渡では、譲渡する資産や契約などを個別に決められます。ただし、契約の移転や許認可について個別の手続が必要になる場合があります。

どちらの方法を選ぶかは価格だけでなく、何を引き継ぎ、何を残すかという観点から専門家と検討します。

個人保証と会社の借入は売却前に整理する

個人に会社を売る際、売り手経営者にとって特に重要なのが借入と個人保証です。

株式譲渡をして経営者が交代しても、会社の借入が自動的になくなるわけではありません。また、旧経営者が金融機関と結んでいる保証契約も、株式を売っただけで当然に解除されるものではありません。

そのため、「会社を売れば自分の保証もなくなる」と考えず、契約前から金融機関と協議することが必要です。

個人保証の解除は金融機関と協議する

金融庁は「経営者保証に関するガイドライン」の活用を促しており、事業承継については事業承継時に焦点を当てた特則も設けられています。

特則では、事業承継時に前経営者と後継者の双方から保証を求める「二重徴求」は原則として行わない考え方が示されています。また、後継者についても、事業承継計画などを踏まえ、保証を求めないことができないか柔軟に検討する考え方が示されています。

ただし、これはM&Aをすれば必ず旧経営者の保証が解除されるという意味ではありません。対象会社の財務状況、借入条件、買い手の信用力などを踏まえ、金融機関が個別に判断します。


出典:金融庁「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(2019年12月24日公表、2020年4月運用開始)


また、金融庁の監督指針では、M&A・事業承継などで主要株主等が変更になる場合を含め、保証契約が必要な理由や、どのような改善を行えば保証の変更・解除の可能性が高まるかについて、金融機関が具体的に説明することが求められています。


出典:金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(2026年10月確認)

金融機関への相談を契約直前まで待たない

個人保証について問題になりやすいのは、会社の売却条件をほぼ決めてから金融機関へ相談するケースです。

買い手との間で「売却後は旧経営者の保証を外す」と合意していても、金融機関がその条件を認めなければ、当事者だけでは保証契約を変更できません。

そのため、次の順序を意識して進めます。


1.対象会社の借入と保証契約を整理する

2.どの借入に旧経営者の保証が付いているか確認する

3.買い手の資金計画や承継後の経営計画を整理する

4.適切な時期に金融機関へ相談する

5.保証解除や借入条件について金融機関の意向を確認する

6.必要な条件を最終契約やクロージング条件へ反映する


中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、譲り渡し側の経営者保証が譲り受け側へ想定どおり移行しないといったトラブルも指摘されています。

「買い手が引き継ぐと言っているから大丈夫」と考えず、金融機関との関係まで含めて確認することが重要です。


出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」(2024年8月改訂) 

譲渡価格だけでなく売却後の手取りを確認する

個人へ会社を売るときも、提示された譲渡価格だけで条件を比較するのは適切ではありません。

売り手経営者にとって重要なのは、売却によって最終的にどの程度の資金が残り、どのような義務から解放されるかです。

株式譲渡か事業譲渡かによっても、売る主体や税務上の扱いが異なります。また、会社に借入がある場合や、経営者と会社との間に役員貸付金・役員借入金がある場合には、その精算方法も確認する必要があります。

退職金を支給する場合も含め、具体的な税額や手取りは個別条件によって変わるため、最終契約前に税理士などへ確認します。

高い譲渡価格を提示された場合でも、代金の支払方法や個人保証の解除条件が不明確であれば、売り手にとって安心できる条件とは限りません。

価格と同時に、「いつ支払われるのか」「保証はどうなるのか」「売却後に残る義務はないか」を確認することが大切です。

契約では支払条件と引継ぎ条件を明確にする

個人の買い手とのM&Aでは、口頭での約束を残したまま進めず、重要な条件を契約書に明記します。

特に確認したいのは、譲渡価格だけではありません。代金をいつ、どのような方法で支払うか、個人保証をどうするか、売り手がいつまで引継ぎに関与するかなどを具体化します。

分割払いは未回収リスクを考えて判断する

買い手から「代金の一部を後から支払いたい」と提案されることがあります。

分割払いにすれば、手元資金が少ない買い手でも会社を取得しやすくなる可能性があります。一方、売り手から見れば、会社を渡した後に代金を回収できないリスクが生じます。

そのため、分割払いを採用する場合には、単に支払回数を決めるだけでは不十分です。

支払期日、支払条件、支払いが行われなかった場合の対応などを、弁護士などの専門家と確認して契約へ反映します。

「相手を信用しているから」という理由だけで後払いを認めるのではなく、未回収になった場合まで考えて条件を決めることが重要です。

アーンアウトは条件を客観的に決める

アーンアウトとは、会社を売った後の業績などに応じて、売り手が追加の対価を受け取る仕組みです。

売り手と買い手で会社の価値に対する見方が異なる場合、条件調整の方法になることがあります。

ただし、売却後は原則として買い手が経営を行います。そのため、何を達成したら追加代金が発生するのかが曖昧だと、後から争いになる可能性があります。

採用する場合は、対象となる指標、判定期間、計算方法、確認方法などをできるだけ客観的に定める必要があります。

すべてのM&Aでアーンアウトを使う必要はありません。売却条件や会社の状況に合わせて判断します。

表明保証の範囲を確認する

表明保証とは、契約当事者が、会社や取引について一定の事実が正しいことを契約上表明し、保証するものです。

たとえば、売り手側について、開示した財務情報、税金、契約、訴訟などに関する事項が対象になることがあります。

売り手として注意したいのは、内容を確認しないまま広い表明保証を受け入れないことです。自分でも把握できない事項まで無制限に保証する内容になっていないかを確認します。

反対に、買い手側についても、契約締結や代金支払いに必要な権限・能力など、取引の実行に関係する事項を契約上確認することがあります。

具体的な条項は案件ごとに異なるため、最終契約は専門家の確認を受けて作成することが重要です。

従業員・取引先への引継ぎも売却条件の一部

個人へ会社を売る場合、契約を締結して代金を受け取ればすべて終わるわけではありません。

特に小規模会社では、現経営者本人と従業員、顧客、仕入先などとの関係によって事業が成り立っていることがあります。

新しい経営者へ突然交代すると、従業員が不安を感じたり、取引先が今後の取引を見直したりする可能性があります。

そこで、契約前から引継ぎ期間について買い手と話し合います。

たとえば、売却後の一定期間は旧経営者が買い手と一緒に主要取引先を訪問する、従業員への説明に同席する、日常業務や取引慣行を伝える、といった方法があります。

ただし、引継ぎ期間を長くすればよいとは限りません。

売却後も旧経営者が実質的に経営を続ける状態になると、新経営者への権限移行が進まないことがあります。何を、誰に、いつまで引き継ぐのかを明確にしておくことが大切です。

個人への会社売却を進める手続

個人への会社売却も、基本的なM&Aの手続は法人への売却と大きく変わりません。

一般的には、買い手候補との接触、秘密保持、資料開示、面談、条件交渉、デューデリジェンス、最終契約、クロージング、引継ぎという順番で進めます。

少額のM&Aだからといって重要な確認を省くと、売却後のトラブルにつながる可能性があります。

ステップ1 買い手候補の情報を確認する

個人から買収の打診を受けたら、まず買収の目的や経歴、資金計画を確認します。

この段階で会社の機密情報をすべて渡す必要はありません。相手の本人確認や買収目的などを確認し、秘密保持契約(NDA)を締結したうえで必要な情報を開示していきます。

売り手側も、買い手を選ぶ立場です。

価格だけでなく、会社を引き継ぐ意思、資金の裏付け、経営能力などを見ながら、詳細な交渉へ進む相手か判断します。

ステップ2 秘密保持契約を結び資料を開示する

具体的な検討に進む場合は、NDAを締結し、対象会社の情報を段階的に開示します。

買い手が確認する資料には、決算書、月次試算表、借入明細、賃貸借契約、従業員に関する資料、主要取引先、許認可、設備一覧などがあります。

売り手としては、都合の悪い情報を隠さないことが重要です。

重要な債務やトラブルを開示せずに契約すると、後から表明保証違反などをめぐって問題になる可能性があります。

一方で、従業員や取引先の情報などを必要以上に早く開示すると情報漏えいのリスクがあります。買い手の検討状況に応じて、専門家と相談しながら開示範囲を管理します。

ステップ3 面談で買収後の考え方を確認する

売り手経営者と買い手が直接話す面談では、価格だけでなく、会社をどのように引き継ぐのかを確認します。

売り手からは、会社の強み、譲渡を考えた理由、従業員の状況、主要取引先との関係、経営上の課題などを説明します。

同時に、買い手へも質問します。

なぜこの会社を買いたいのか、本人が経営するのか、従業員をどうするのか、資金はどう準備するのかなどを確認すると、承継後の姿が見えやすくなります。

熱意があることは大切ですが、熱意を具体的な経営計画へ落とし込めているかを見ることが重要です。

ステップ4 基本条件を整理してデューデリジェンスを行う

条件が合ってきたら、譲渡価格の目安、取引方法、譲渡予定日などの基本条件を整理します。

その後、買い手によるデューデリジェンスを行います。デューデリジェンスとは、買収前に対象会社の財務、税務、法務などを調査することです。

売り手にとっては調査を受ける立場ですが、この段階で問題を整理しておくことは、売却後の争いを防ぐ意味でも重要です。

決算書だけでは分からない未払い債務、税務上の論点、従業員との問題、契約上の制限などが見つかることもあります。

問題が見つかったからといって、必ずM&Aが中止になるわけではありません。価格や契約条件を調整したり、クロージングまでに問題を解決したりする方法を検討します。

ステップ5 金融機関や重要な契約を確認する

会社に借入がある場合は、個人保証の解除や借入条件について金融機関と協議します。

また、賃貸借契約、フランチャイズ契約、リース契約、主要取引先との契約などに、株主や経営者の変更に関する条項がないか確認します。

許認可が必要な事業では、株式譲渡後の代表者変更などに伴って必要となる届出や、事業譲渡の場合に必要となる手続について、所管官庁や専門家へ確認します。

ここで重要なのは、最終契約を結んでから初めて確認するのではなく、取引を実行するために必要な条件を事前に洗い出すことです。

ステップ6 最終契約とクロージングを行う

デューデリジェンスや条件交渉が終わったら、最終契約を締結します。

株式譲渡であれば株式譲渡契約、事業譲渡であれば事業譲渡契約などを締結します。

契約書では、譲渡価格だけでなく、支払方法、クロージングの条件、表明保証、損害賠償、引継ぎ、競業避止など、案件に必要な事項を定めます。

その後、契約で定めた条件が満たされたことを確認し、代金の支払い、株式等の移転、必要書類の引渡しなどを行います。

個人保証の解除などをクロージングに関連する重要条件として扱う場合は、どの時点で何を確認するのかを契約段階で明確にしておくことが重要です。

中小企業庁は、中小M&Aについて、手続ごとの留意点や最終契約上のリスクなどを「中小M&Aガイドライン」で示しています。


出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」(2024年8月改訂) 

ステップ7 会社を新経営者へ引き継ぐ

クロージング後は、従業員、取引先、顧客、金融機関などへの説明と実務の引継ぎを進めます。

M&A後に経営や業務をすり合わせる取組をPMIといいます。

個人が初めて経営者になる場合は、旧経営者が一定期間サポートすることで承継を進めやすくなることがあります。

ただし、旧経営者がいつまでも意思決定を続けるのではなく、新経営者が自ら判断できる状態へ段階的に移行することが重要です。

中小企業庁は、中小企業におけるM&A後の統合やすり合わせについて「中小PMIガイドライン」を公表しています。


出典:中小企業庁「中小PMIガイドライン」(2022年3月16日公表) 

個人への売却で避けたい3つの判断

個人への会社売却でトラブルを防ぐには、売却価格以外の条件を見る必要があります。

特に注意したいのが、「熱意だけで決める」「融資を確認せず契約する」「保証解除を口約束で済ませる」という判断です。

1.熱意だけで買い手を決めない

個人の買い手は、自分自身が経営者になるため、会社に強い思いを持っていることがあります。

売り手にとって「この人なら会社を大切にしてくれそうだ」と感じられることは重要です。

しかし、熱意と経営能力、資金力は別の問題です。

人柄に加えて、自己資金、資金調達、経歴、経営計画、引継ぎへの考え方を確認して判断します。

2.融資が確定したと思い込まない

買い手が金融機関へ相談していても、希望どおりの融資を受けられるとは限りません。

融資を前提とする場合には、買い手が現在どの段階まで金融機関と話しているのかを確認します。

また、資金調達ができなかった場合に契約をどう扱うのかについても、専門家と相談しながら条件を明確にしておきます。

3.個人保証の解除を口約束で済ませない

特に避けたいのが、「買収後は自分が保証を引き継ぎます」という買い手の説明だけで安心することです。

保証契約の相手方は金融機関です。売り手と買い手の合意だけでは、金融機関との保証契約が当然に解除されるわけではありません。

金融庁は2026年5月に「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」を開設するなど、M&A・事業承継時の経営者保証への対応を進めています。また、経営者保証に関する情報提供窓口として「経営者保証ホットライン」も設けています。


出典:金融庁「経営者保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策等について」(2026年10月確認) 


最終契約を締結する前から金融機関と必要な協議を行い、旧経営者に保証が残る可能性を把握したうえで売却条件を決めることが重要です。

個人に会社を売る前のチェックリスト

個人の買い手との交渉が進んだら、少なくとも次の項目を確認してから最終判断をします。


確認項目 売り手が確認するポイント
買収目的 なぜ対象会社を買いたいのか
自己資金 買収に使える自己資金の裏付けがあるか
融資 金融機関への相談状況と資金調達の予定はどうなっているか
運転資金 買収代金とは別に承継後の運転資金を考えているか
業界経験 対象会社の事業を理解できる経験や知識があるか
経営経験 従業員管理、営業、財務などを担えるか
経営体制 不足する能力を補う人や専門家がいるか
承継計画 従業員、取引先、顧客をどう引き継ぐ予定か
借入 対象会社の借入を承継後どうするか
個人保証 旧経営者の保証解除について金融機関との協議が進んでいるか
支払条件 一括払いか分割払いか、支払時期は明確か
契約履行 クロージングまでに必要な条件を実行できるか
引継ぎ期間 旧経営者が何をいつまで引き継ぐか


すべての項目が最初から完璧である必要はありません。

たとえば経営経験が不足していても、業界経験が豊富で、承継後の支援体制や資金計画が具体的であれば、買い手候補として検討できる場合があります。

反対に、高い価格を提示していても、資金の説明が曖昧で、金融機関への相談状況を説明できない場合には慎重な確認が必要です。

個人か法人かではなく、「この相手がこの会社を実際に引き継げるか」という視点で判断してください。

まとめ

個人に会社を売ることは、後継者がいない会社にとって有力な事業承継の方法です。ただし、買い手の熱意や提示価格だけではなく、自己資金と融資の裏付け、経営・業界経験、承継後の計画、契約を履行する能力まで確認する必要があります。特に会社に借入や経営者の個人保証がある場合は、株式を売却しただけで保証が自動的に解除されるとは考えず、契約前から金融機関と協議することが重要です。買い手が個人か法人かという属性だけで判断せず、「代金を支払えるか」「会社を経営できるか」「売り手の保証や義務を予定どおり整理できるか」を一つずつ確認したうえで売却を進めましょう。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人