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個人M&Aで事業承継を実現する手順と重要ポイントを解説

「個人M&Aとは何か」「企業同士のM&Aと何が違うのか」――そんな疑問に即答します。この記事では、個人M&Aが注目される背景から手順、メリット・デメリット、注意点までを税理士がやさしく整理し、事業承継に悩む経営者が一歩を踏み出せるよう具体的に解説します。

目次

  1. 個人M&Aとは事業を個人に譲渡・譲受する方法
  2. 個人M&Aが注目される3つの背景要因
  3. 個人M&Aに適した企業の2つの特徴
  4. 譲渡企業側が得られる3つのメリット
  5. 譲渡企業側が注意すべき3つのデメリット
  6. 個人M&Aのプロセスを6段階で具体的に理解する
  7. 個人M&A利用時に押さえる3つの注意点
  8. まとめ

個人M&Aで事業承継を実現する手順と重要ポイントを解説

個人M&Aとは事業を個人に譲渡・譲受する方法

個人M&Aとは、会社員やフリーランスなどの「個人」が譲渡企業の事業を買い受けたり、自身の事業を譲渡したりする取引を指します。一般にM&Aは企業同士の大型取引という印象が強いですが、実際には比較的小規模な金額で行われる取引も多く、これらは「スモールM&A」やさらに小規模な「マイクロM&A」と呼ばれています。譲渡金額は100万〜1,000万円程度に収まることも珍しくなく、譲渡企業にとっては廃業回避や後継者確保、譲受個人にとっては低リスクでの起業・副業参入といった利点があります。

個人M&Aが注目される3つの背景要因

個人M&Aが急速に広まっているのは以下3つの要因が考えられます。

  1. 競争激化による事業継続リスクの高まり
  2. 個人でも経営に挑戦しやすい環境整備
  3. 会社員からの独立志向の高まり

とりわけ近年は副業解禁の流れが後押しとなり、会社勤務を続けながら小規模事業を買収・運営するケースが増えています。これにより、既に形の整ったビジネスを受け継ぎ、初期投資と時間を大きく節約できる点が評価されています。

副業需要が高まり既存事業を引き継ぐハードルが低下

企業で働く従業員が「今ある事業を買って運営したい」と考える背景には、副業容認の広がりがあります。ゼロから立ち上げるよりも既存顧客や仕組みを引き継ぐ方が早く収益化できるため、個人M&Aは副業志向の人々を強く惹きつけています。

後継者不足が深刻化し外部承継ニーズが増大

中小企業庁の調査では、2025年までに70歳超となる経営者が約245万人、その半数以上が後継者未定とされています。こうした状況で親族内・社内承継が難航する企業が、外部の個人を後継者に迎える手段として個人M&Aを検討しやすくなっています。

M&Aマッチングサービスの充実で出会いの場が拡大

近年はインターネット上のM&Aマッチングサービスが急増し、個人が匿名で案件を探し、譲渡企業も幅広い買い手にアプローチできる環境が整備されました。双方が情報を得やすく、初期相談もオンラインで完結するため、契約までのハードルが下がっています。

サーチファンドという新たな資金調達モデルの登場

サーチファンドとは、買収意欲のある個人が投資家から資金を調達し、適切な譲渡企業を探索する仕組みです。買収後に企業価値を高めてキャピタルゲインを狙うため、経営力の高い個人と企業を結びつけるモデルとして注目を集めています。

個人M&Aに適した企業の2つの特徴

個人M&Aの対象となる企業には共通した傾向があります。第一に「譲渡金額が300万〜500万円程度であること」。個人でも金融機関や自己資金で無理なく調達できる範囲であるため、事業承継を目的とする譲渡企業に適しています。第二に「業種に大きな制限がないこと」です。飲食店、美容業界、Webサービスなど比較的少額で譲渡可能な業種が多く選ばれており、個人の資金力と相性がよい点が理由です。

譲渡企業側が得られる3つのメリット

後継者不足問題の解消

自社内や親族内で後継者が見つからない場合でも、個人M&Aを活用すれば外部の熱意ある個人が事業を引き継ぎ、廃業回避につながります。これは従業員の雇用維持や取引先との関係継続にも直結します。

従業員・取引先への影響を最小限に抑制

企業同士の大型M&Aでは組織再編が大きく、生産拠点統合などで雇用が揺らぐことがあります。一方、個人M&Aでは現場を守りながら運営方針を柔軟に引き継げるため、従業員や取引先への混乱を最小限にできます。

譲渡後の企業成長と将来利益の期待

譲受個人の経営手腕や新たなアイデアにより事業が成長すれば、譲渡時点で見込んだ以上の将来利益が生まれる可能性もあります。結果的に「譲って終わり」ではなく、旧経営者にとっても事業拡大が喜ばしい成果となるケースがあります。

譲渡企業側が注意すべき3つのデメリット

個人との交渉が難航しやすい

個人M&Aは、経営経験が浅い買い手と交渉することがあり、譲渡条件や経営方針のすり合わせに時間がかかることがあります。仲介会社や専門家を介入させ、交渉プロセスを標準化することが重要です。

企業価値が低く見積もられるリスク

「個人に譲るほど切迫している」と周囲に受け止められると、取引価格やブランドイメージに影響する恐れがあります。譲渡理由や将来ビジョンを丁寧に説明し、価値毀損を回避する戦略が求められます。

買い手がM&Aを十分理解していない可能性

個人がM&A手続きを誤解している場合、クロージング直前にトラブルが起こることもあります。秘密保持契約、基本合意、デューデリジェンスなど各段階を丁寧に説明し、専門家の同席のもとで進めることが成功への鍵です。

個人M&Aのプロセスを6段階で具体的に理解する

個人M&Aは企業同士の大型取引と比べると工程が少なく見えますが、実際には専門的な確認作業が欠かせません。ここでは一般的に採用される6つのステップを時系列で整理し、譲渡企業が何を準備し、譲受側がどこで判断するかを明確にします。流れを先に頭に入れておくことで、余計な手戻りを防ぎ、スケジュール遅延を最小限に抑えられます。

M&A会社へ委託し専門家支援を受ける

最初のステップは仲介会社やマッチングサービスへの登録です。個人M&Aに強い会社を選べば、スモールM&Aならではの論点を想定しながら契約書や必要資料を整備してくれます。複数社を比較し、手数料体系・成約率・サポート範囲を確認してから委託先を決定しましょう。

候補企業を選び譲渡先個人を探す

仲介会社から提示されるノンネームシートを基に、譲受側となる個人のプロフィールや資金計画を把握します。NDA(秘密保持契約)を締結した上で追加資料を開示し、関心度の高い相手を優先して面談へ進みます。

買い手と売り手が面談し相互理解を深める

面談は条件交渉の場というより、お互いのビジョンや価値観を確かめる時間です。譲渡企業は事業に対する思いを率直に語り、譲受側は将来像を共有してズレがないか確認します。この段階で違和感を解消しておくことが、基本合意後の修正を減らすカギになります。

基本合意書を締結し条件を整理

譲渡金額の目安や譲渡時期、従業員の処遇など、優先順位を整理しながら基本合意書を作成します。基本合意書はノンバインディングが前提ですが、のちの最終契約を左右するため、合意事項と未確定事項を明確に分けて記載することが重要です。

デューデリジェンスを実施しリスクを洗い出す

財務・法務・税務・人事など多面的な調査を買い手が行います。スモールM&Aの場合、買い手自身が調査するケースもありますが、専門家を起用したほうが安心です。特に個人が買い手となる案件では、簿外債務や許認可の継続可否を丁寧に確認し、リスクの有無を可視化します。

最終契約を締結しクロージングで完了

デューデリジェンスに基づき最終契約案を調整し、譲渡価格・簿外債務の取り扱い・競業避止義務などを盛り込んだ契約書に双方が署名します。クロージング当日は譲受代金の支払いと同時に株式や事業資産の引渡が行われ、ここで取引が完了します。

個人M&A利用時に押さえる3つの注意点

個人M&Aは手軽に見えて、企業間取引とは異なる独自のリスクがあります。ここでは譲渡企業が失敗を回避するために特に注意すべき三要素をまとめます。理解と準備を徹底することで、想定外のトラブルを防ぎ、スムーズな事業承継につなげられます。

スモールM&A特性を正しく理解する

個人M&Aは譲渡金額が小規模である一方、経営者個人の責任がダイレクトに買い手へ移転します。会計・税務だけでなく、従業員との雇用契約や許認可の承継可否など、小規模でも重要事項は企業M&Aと変わりません。契約規模に油断せず、プロセスを省略しない姿勢が不可欠です。

個人M&Aに強い専門家を活用する

譲渡側にとって「交渉が合意に至らない」「契約書が不十分でリスクが残る」といった不安は大きなストレスです。経験豊富な仲介会社、税理士、弁護士などの専門家を活用し、交渉の論点整理や手続を委任すると、心理的負担とミスの両方を減らせます。

相手の信頼性を慎重に確認する

個人M&Aでは買い手が事業運営の経験を十分に持たない場合があります。面談やデューデリジェンスを通じて経営能力や資金計画を見極め、譲渡後の事業継続性を確保できるかをチェックしましょう。譲渡企業のブランドを守る意味でも、人格・実行力・資金力の三点を重視して相手を選ぶことが大切です。

まとめ

個人M&Aは、後継者不足に悩む譲渡企業と、低リスクで事業参入したい個人との利害が一致する有効な承継手段です。六段階のプロセスを踏み、スモールM&A特有の論点を専門家と共に確認すれば、従業員や取引先を守りながら円滑に事業を次世代へ引き継げます。

著者|土屋 賢治  マネージャー/M&Aアドバイザー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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