M&Aファイナンスの基礎から応用まで企業買収資金調達戦略
M&Aファイナンスとは何か?資金力に不安があっても譲受企業が買収を実現できる仕組みと具体的な手法、ローン契約までの流れを分かりやすく説明します。
目次
▶目次ページ:企業買収(ソーシング)
M&Aファイナンスとは、譲受企業が企業買収を行う際に不足する資金を外部から調達する一連の仕組みを指します。「買収ファイナンス」とも呼ばれ、自己資金だけでは成立が難しい大型案件でも、金融機関や投資家の力を借りることで買収を実行できる点が最大の特徴です。資金調達のスキームには、融資や出資など複数の形態があり、それぞれに審査基準や担保条件が異なります。
ファイナンスという言葉自体が「資金調達」を意味するため、M&Aファイナンスも買収ファイナンスも本質的には同じ概念です。いずれも譲受企業が譲渡企業の株式や事業を取得するために必要な資金を外部から確保する行為を指し、資金調達の手法をどう組み合わせるかによって、調達コストとリスクのバランスが変わります。
中小企業やスタートアップのように手元資金が限られている場合でも、M&Aファイナンスを活用すれば買収機会を逃さずに済みます。金融機関は譲受企業の成長性や譲渡企業とのシナジーを評価し、将来キャッシュフローに基づいて融資可否を判断します。これにより、自己資本比率が低くても、合理的な事業計画があれば大型案件に挑戦できる環境が整います。
譲受企業が中小企業の場合、潤沢な内部留保を確保するのは容易ではありません。M&Aファイナンスは信用力や担保資産が限られていても、成長見込みを評価してもらうことで調達枠を広げられる点が魅力です。とりわけ専門知識を持つ税理士や会計士と連携すれば、適切な事業計画の策定と金融機関への説明がスムーズに進み、資金調達までの時間を短縮できます。
資金調達先は大きく投資家と金融機関に分かれ、その選択によって「直接金融」と「間接金融」という二つの区分が生まれます。直接金融は譲受企業が投資家から直接資金提供を受ける方式で、株式発行や社債発行などが代表例です。間接金融は銀行等の金融機関を介した借入であり、預金者の資金を間接的に活用する形となります。
直接金融では、譲受企業が新株を発行して資金を調達する「エクイティ・ファイナンス」が中心です。既存株主に追加出資を求める株主割当増資と、新たな投資家に株式を引き受けてもらう第三者割当増資があり、いずれも返済義務が生じないことが大きなメリットです。一方で、株式希薄化や経営権の分散というデメリットがあるため、調達額と支配権維持のバランスを慎重に判断する必要があります。
株主割当と第三者割当の違い
株主割当は既存株主が持分比率を保ちながら出資を追加する仕組みで、友好的な資金調達が可能です。第三者割当は外部投資家を受け入れるため、調達額を大きくできる反面、新株主との利害調整が不可欠になります。いずれの方法でも返済義務はありませんが、将来の配当負担やガバナンス体制への影響を見据えた検討が求められます。
間接金融は、譲受企業が銀行などの金融機関から融資を受けることで資金を確保する方法です。返済義務があるため、財務制限条項や担保設定が付随するケースが多く、資金使途や返済計画を具体的に示す必要があります。自己資金が少なく担保資産が小さい企業ほど審査は厳しくなるものの、条件をクリアすれば比較的低金利でまとまった資金を調達できる可能性があります。
M&Aファイナンスの具体的な手法は、譲受企業の信用力を基にする「コーポレートファイナンス」と、譲渡企業や事業の価値を基にする「ノンリコースファイナンス」の二つに大別されます。選択肢の違いを理解することで、資金調達の柔軟性を高められます。
コーポレートファイナンスでは、譲受企業またはスポンサー企業の信用を担保に資金を調達します。審査は企業価値や財務指標を中心に行われるため、黒字経営や安定したキャッシュフローを示せる企業ほど有利です。ただし企業価値を超える資金は借入できず、返済不能に陥ると全資産が担保として処分されるリスクがある点には注意が必要です。
ノンリコースファイナンスは、特別目的会社(SPC)が譲渡企業の信用力を担保に資金を調達し、返済義務を対象事業に限定する手法です。譲受企業本体の財務リスクを抑制できる一方、投資対象の資産価値やキャッシュフローに対する審査が非常に厳格であり、融資後も資金運用の健全性を継続的に報告する義務が生じます。
間接金融による借入では、返済順位と金利が異なる「シニアローン」と「メザニンローン」を組み合わせることで、資金調達の最適化を図ります。
シニアローンは金融機関からの通常融資に近い形態で、負債利子と元本を優先的に返済する義務があります。担保設定や保証人が求められる代わりに金利が低く、貸し手にとっても安全性が高い点が特徴です。
シニアローンの利点は低金利と返済順位の高さ
金利負担が軽く、譲受企業はキャッシュフローを成長投資に回しやすいメリットがあります。貸し手側も担保や優先順位によって回収可能性を確保できるため、大型案件でも前向きに検討されやすい傾向があります。
シニアローンの欠点は担保設定と審査時間の長さ
審査が厳格で、財務資料や事業計画の精査に時間を要するため、資金調達までのリードタイムが長くなりがちです。また、譲受企業や譲渡企業の資産に担保を設定するため、柔軟な資産運用が難しくなる場合があります。
メザニンローンはシニアローンで不足する部分を補完する位置づけで、返済順位は株式より上、シニアローンより下に設定されます。審査が比較的緩やかで、担保が限定的または不要なケースも多いため、追加資金を迅速に確保できるのが特徴です。
メザニンローンの利点は審査が緩く追加調達が可能
与信基準が緩いため、譲受企業が短期間で資金を調達したい場合に有効です。金利は高めですが、返済スケジュールに柔軟性を持たせやすいため、資金繰り全体を調整しやすいメリットがあります。
メザニンローンの欠点は金利負担と返済順位の劣後
高金利ゆえに長期化すると利息負担が重くのしかかります。また、返済順位が劣後であるため、貸し手はリスクを回避するために追加条項を設けることがあり、借り手側は契約内容を細部まで確認する必要があります。
両者の最大の違いは返済優先度と金利設定であり、プロジェクトの利益計画が当初見込みを下回った場合、メザニンローンの金利負担がキャッシュフローを圧迫する危険があります。そのため、シニアとメザニンの割合をどう配分するかが、M&Aファイナンスの成否を左右します。
一般的には、シニアローンで調達可能な上限まで低金利資金を確保し、不足分をメザニンローンで補う二段構えが採用されます。これにより全体の平均金利を抑えつつ、必要資金を過不足なく手当てすることができます。ただし、メザニン部分が過度に大きいと総金利負担が跳ね上がり、返済優先度の低さから将来の再調達にも悪影響を及ぼす恐れがあります。そのため、譲受企業は事業計画に基づき、返済原資となるキャッシュフローの保守的なシナリオを用いて返済余力を確認することが欠かせません。
直接金融を選択する場合、返済義務が生じない一方で、新たな株主との間で配当方針や経営方針について合意形成を図る必要があります。特に第三者割当増資では、議決権割合が変動することで既存株主の意思決定に影響を与える可能性があるため、事前に株主間契約を整備しておくことが重要です。間接金融の場合は、返済計画を着実に履行できれば既存株主の持分比率を維持できる一方、財務制限条項により配当制限や新規投資の承認が必要となることがあり、資本政策の自由度が一定範囲で制限される点に留意しましょう。
M&Aファイナンスの根底には「将来キャッシュフローで負債を返済しながら企業価値を高める」という考え方があります。資金調達に成功し買収が成立すれば、譲受企業は譲渡企業のブランドや人材、販路を取り込み、スケールメリットを得ることができます。一方で期待通りにシナジーが発現しなければ、返済負担が経営を圧迫し、最終的に事業再生フェーズへ移行するリスクも否定できません。したがって、資金調達スキームの構築段階から、買収後の統合プロセスを視野に入れた保守的なキャッシュフロー計画を策定することが成功への近道となります。
また、金融機関や投資家は融資実行後も定期的なモニタリングを通じて財務状況を確認し、必要に応じて財務報告や事業報告の提出を求めます。こうした外部からのチェックはガバナンス強化につながる一方、報告体制が未整備だと追加コストやリソースが発生するため、事前に体制を整えておくことが肝要です。適切な準備が譲受企業の信用力向上にも直結します。
シニアローンを活用したM&Aファイナンスは、金融機関との複数の書面を順序良く取り交わしながら進めるのが特徴です。手続の途中で要点を取り違えると、融資時期が遅れたり条件が不利になったりするおそれがあるため、各段階の役割を正しく把握しましょう。
最初に締結する守秘義務契約は、譲受企業が金融機関へ提出する財務資料や事業計画を安全に扱ってもらうための基本書面です。金融機関は契約を締結したうえで資料を精査し、外部への情報流出を防止します。
インディケーションレターは、金融機関が提出する非拘束型の参考資料です。融資可能額や想定金利が示され、譲受企業はこれを基に資金計画をブラッシュアップします。ここで提示された条件はあくまで目安であり、後工程で変更されるケースもあるため柔軟な資金繰りを意識することが大切です。
交渉が進むと金融機関はコミットメントレターを発行します。この書面は融資の意思表示であり、内部決裁を経た上で提示されます。融資条件や実行日、必要となる担保一覧が明記され、譲受企業は内容を詳細にチェックし、資金使途が条件に沿っているかを確認する必要があります。
タームシートはコミットメントレターより詳細な条項集で、金利計算方法や財務制限条項、担保順位などを網羅します。弁護士がレビューして契約上のリスクを洗い出し、金融機関と譲受企業が合意を形成します。
タームシート合意後、譲受企業は売却企業との買収契約と金融機関とのローン契約を並行して締結します。買収契約に定めた譲受対価やクロージング条件はローン契約に影響するため、条文の整合性を取る必要があります。
金融機関はローン実行前に担保設定や保証差入を求めます。対象は譲受企業の保有株式や不動産に加え、譲渡企業の資産にも及ぶ場合があります。譲受企業は担保評価額と必要担保幅を照合し、過度な担保差入による資金拘束を避けるよう交渉します。
融資実行後、金融機関は四半期ごとなど定期的に経営状況を確認します。譲受企業は財務諸表の提出や債務償還計画の進捗報告を行い、財務制限条項に抵触しないよう管理する体制を構築します。
ファイナンスアウト条項は、融資が実行されなければ買収契約を解除できるという条件です。譲受企業が買収交渉で優位に立っている場合、買収資金を確保できないリスクを回避できるため有効です。一方、譲渡企業にとっては不確定要素となるため、交渉時に条項内容を明確化し、解除期限や通知手順を定義しておくことが重要です。譲受企業はこの条項を過信せず、早期に金融機関との意思疎通を図り、融資実行までのスケジュール管理を徹底しましょう。
M&Aファイナンスを成功に導くには、資金調達時だけでなく買収後の運営まで見据えた複合的な視点が必要です。
提案内容が低金利であっても、返済条件や担保設定に過度な負担がないか確認し、自社のキャッシュフローに与える影響をシミュレーションします。
税理士や会計士など専門家が在籍し、同規模のM&A案件を手掛けた実績が豊富な仲介会社を選定することで、買収プロセス全体の精度とスピードが向上します。
想定シナジーが実現しなくても返済を継続できるかを検証し、悲観シナリオでの利息負担を試算します。メザニン比率が高い場合は特に慎重な資金繰り計画が不可欠です。
ローン契約に付随する財務制限条項(配当制限、追加借入制限など)を遵守できるよう、社内ガバナンス体制や報告フローを構築します。
買収完了後の統合プロセス(PMI)を具体的に描き、組織統合、システム統合、ブランド活用のロードマップを作成することで、キャッシュフロー創出を前倒しできます。
M&Aファイナンスは、譲受企業が不足資金を外部調達して買収機会をつかむための仕組みです。シニアローンとメザニンローンを組み合わせ、コーポレートファイナンスとノンリコースファイナンスを選択しながら、自社に最適な資本構成を設計します。インディケーションレターからローン返済までの手続を理解し、ファイナンスアウト条項や財務制限条項を適切に活用すれば、キャッシュフローを守りつつ買収を成功に導けます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画