休眠会社の売買(M&A)について、その定義から手続、メリット・デメリット、注意点まで詳しく解説しました。休眠会社の活用は、事業再生や新規参入の手段として注目されていますが、適切な専門家のサポートが成功の鍵となります。
目次
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休眠会社とは、法人格は維持したまま事業活動を停止している会社のことを指します。休眠会社には法律上の定義と一般的な定義の2つがあります。
会社法では、休眠会社を「株式会社で最後の登記から12年経過したもの」と定義しています(会社法472条)。これは、株式会社の役員任期が最長10年であることから、12年間役員変更登記がない場合、営業の実態が存在しないと考えられるためです。
法務省は、これらの休眠会社に対して毎年整理作業を行っています。具体的には、年1回10月頃に官報公告を実施し、その2か月以内に登記または届出を行わなければ、解散したものとみなされます。このみなし解散後、3年以内であれば特別決議で会社を継続することができますが、それを過ぎると清算が必要となります。
一般的には、休眠会社という言葉は、法律上の定義に限らず、長期にわたり事業活動を休止している会社を指すことが多いです。株式会社も持分会社も、税務署や役所等に異動届出書を提出することで、会社が休業状態にあることを明示することができます。
本稿では、休眠会社を「長期にわたり休業している会社」という一般的な意味で使用します。
休眠会社の売買を進める際には、重要な一連のプロセスが存在します。以下では、その基本的な流れを紹介します。
休眠会社の売買目的を明確に整理することが重要です。目的が明確であれば、お互いの条件に合った相手を選びやすくなります。
• 購入側:譲れない条件が明確になり、相手探しがスムーズになります。
• 売却側:単に手放したいのか、高く売りたいのかなど、状況に応じて対応が変わります。
実際に売買を開始する前に、専門家に相談することをお勧めします。適切な相談相手としては、以下のような選択肢があります。
• M&A仲介会社
• M&Aを専門とする会計事務所
• コンサルティング会社
休眠会社の売買取引では、法律、税金、契約書など、多岐にわたる専門知識が求められます。経営者だけの知識では対応しきれないケースも多いため、専門家に相談し、協力を仰ぐことが重要です。
自社の人脈だけでは、理想的な相手を見つけることが難しい場合があります。専門家の紹介を利用して、条件に合った案件を探すことが重要です。
M&A仲介会社は、独自のネットワークと相手の情報を多く有しているため、自社の希望条件に合う相手を探索することを得意としています。M&A仲介会社を利用することで、マッチングを成功に導くことが可能となります。
トップ面談(経営者同士の面談)の前に、売り手から基本的な希望条件(譲渡価額や買い手に必ず守ってもらいたい事項など)を伝えます。これらの条件は通常、企業概要書などに記載されます。
トップ面談では、具体的な交渉は行われず、主に以下のような内容が話し合われます。
• 経営方針やお人柄の確認
• 商流や今後の事業計画の確認
• M&A後のシナジーの可能性
トップ面談の主な目的は、売り手と買い手双方が今後の交渉相手として相応しい相手かどうかを確認することです。条件交渉は極力行われないように実施されます。
基本合意契約は、売り手企業と買い手企業が基本的事項の合意を書面で確認するものです。M&Aの交渉を進めていく中で、想定される買収価格や買収の条件等の基本的な内容について記載します。
基本合意契約の主な特徴は以下の通りです。
• 合意できている事項についての確認書としての機能が強い
• 法的拘束力を持たせない場合がほとんど
• スケジュールが明確になり、交渉がスムーズになる
• 売り手は譲渡価格の下限を理解できる
• 買い手は買収価格の上限を設定できる
デューデリジェンスとは、譲渡対象企業に対する調査手続の総称で、買収監査とも呼ばれます。譲渡対価が適正か、売り手に潜在的なリスクがないかを様々な角度から、それぞれの専門家が検証・調査します。
デューデリジェンスの主な目的は以下の通りです。
• 売り手の企業価値評価が適正であるか確認する
• 最終条件を決定するための情報を収集する
デューデリジェンス実施後、トップ面談・基本合意・デューデリジェンスで得た情報をもとに最終条件に向けた交渉をします。この段階で論点となりやすい事項には以下のようなものがあります。
• 買収価格
• M&Aのスキーム
• クロージング後の売り手の義務(表明保証の設定、リスクの低減施策実行の提案など)
• クロージング後の買い手の義務(役員・従業員の処遇、事業の継続性など)
最終契約書は、売り手と買い手の最終交渉を経て合意した条件を落とし込んだM&Aにおける最後の契約書です。最終交渉では、デューデリジェンスの結果を踏まえ、M&A実行のための諸条件やM&A取引金額の交渉が行われます。
最終交渉により合意に至った条件を最終契約書にまとめ、売り手と買い手で締結します。最終契約書締結後、M&A取引対価の資金決済が行われ、M&Aが成約となります。
クロージング期間とは、契約締結から譲渡実行日までの期間を指します。この期間中に、クロージング(譲渡代金決済)の前提条件を充足させるために必要な各種手続を行います。
クロージングの前提条件が全て充足されたのを確認し、クロージング日に株式の移転とその対価の支払いが実行されます。クロージング日にクロージングの前提条件を満たすために必要な手続が未了状態であると、クロージングできない原因となるため、注意が必要です。
クロージングが実行された後は、以下のような登記変更手続を実施する必要があります。
• 代表者変更
• 役員変更
• 定款変更
これらの登記手続は、会社法上必要な手続ですので、確実に行うことが重要です。
休眠会社の売買には、売却側と購入側それぞれにメリットがあります。以下では、両者のメリットについて詳しく解説します。
休眠会社を売却する際のメリットは、主に以下の4つが挙げられます。
1. 廃業コストを抑えることができる
会社を廃業させる場合、手続に伴い費用(コスト)が発生し、時間と労力も必要となります。休眠会社を売却することで、これらのコストや労力から解放されます。買収した相手が事業を継続することが見込まれるため、廃業手続をする必要がなくなります。
2. 高値で売却できる可能性がある
休眠会社であっても、許認可を取得している場合などには、高値で売却できる可能性があります。業界によっては、許認可取得の難易度が高く、新規取得にあたって時間やコストもかかるため、会社を買収することによって許認可を取得しようと考えている買手もいます。買手にとっては対価を支払うことで許認可が取得できるのですから、相手によっては価値があると判断され、高値で売却できるチャンスがあります。
3. 売却により収益を上げられる
会社を売却することで譲渡代金を得ることができます。売却により得た現金は、将来の支出に備えるなど、新しい事業や既存事業への再投資が可能になります。休眠会社を保有していてもキャッシュは生まれませんし、廃業するにしてもコストがかかります。売却を通じてキャッシュを獲得し、有効な投資につなげていくことが可能となります。
4. 節税効果が期待できる
会社を売却する際、高く売れることに越したことはありませんが、低い価格で売却された場合でもメリットはあります。安く売却されたとしても、前述の廃業コストを考慮すればプラスになる場合があります。また、結果として譲渡損が発生した場合でも、他の所得と通算し税金計算の基準となる所得が減少できる可能性があります。このように、会社を売却することで節税効果が得られることもメリットと言えます。
休眠会社を買収することによって得られるメリットは、以下のようなものが挙げられます。
1. 割安な購入の可能性
休眠していない会社と比べ、事業価値が下がるため、価格が下がる傾向にあります。その結果、市場価格よりもお得に買収することが可能となる場合があります。
2. 許認可の取得機会
通常、許認可の取得にはコストや時間がかかる上、様々な手続が必要とされます。しかし、許認可をすでに取得している会社を買収すれば、それらの手間や時間、そして費用の節約ができます。従って、休眠会社であっても許認可が取得できている場合は、買収のメリットが大いに発揮されます。
3. 会社設立手続の省略
新規に会社設立をする際は、手続や登記などに手間がかかりますが、会社買収を行うことで、これらの手間を省略することができます。既存の法人格を利用できるため、迅速に事業を開始できる可能性があります。
4. 事業再生の機会
休眠状態にある会社を買収し、新たな経営資源を投入することで、事業を再生させる機会を得られます。これにより、潜在的な価値を持つ事業を復活させ、新たな成長の機会を創出できる可能性があります。
5. 税務上のメリット
場合によっては、休眠会社が持つ繰越欠損金を活用できる可能性があります。ただし、税法上の制限があるため、専門家に相談しながら慎重に検討する必要があります。
休眠会社の売買(M&A)を検討する際には、以下のような点に注意が必要です。
1. 繰越欠損金の利用制限
節税手法として、休眠会社の繰越欠損金を利用するケースもありますが、場合によっては繰越欠損金が利用できない状況も存在するため注意が必要です。税法上の制限や条件があるため、専門家に相談しながら慎重に検討することが重要です。
2. 簿外負債や潜在リスクの存在
休眠会社には、簿外負債や潜在的なリスクが存在する可能性があります。これらは財務諸表上に明示されていないため、買収後に予期せぬ負担が生じる可能性があります。
3. デューデリジェンスの重要性
上記のリスクを回避するためにも、休眠会社の買収を検討する際には、デューデリジェンス(対象企業の調査・検証)を実施することが極めて重要です。各種リスクを事前に徹底的に調査し、慎重に進めるべきです。
4. 法的手続の複雑さ
休眠会社の売買には、通常のM&Aとは異なる法的手続が必要になる場合があります。特に、長期間休眠状態にあった会社の場合、登記情報の更新や各種許認可の有効性確認など、追加的な手続が必要になることがあります。
5. 価値評価の難しさ
休眠会社の場合、現在の事業活動がないため、通常の企業価値評価手法を適用することが難しい場合があります。特に、保有資産や許認可の価値をどのように評価するかが課題となります。
6. 再開業に伴うコスト
買収後に事業を再開する場合、想定以上のコストがかかる可能性があります。設備の更新、人材の確保、取引先との関係再構築など、様々な面で投資が必要になる可能性があります。
7. コンプライアンス上の問題
休眠期間中のコンプライアンス違反や法令違反が後日発覚するリスクがあります。特に、環境規制や労働関連法規などの遵守状況には注意が必要です。
これらの留意点を踏まえ、専門家のアドバイスを受けながら慎重に検討を進めることが、休眠会社の売買(M&A)を成功させるための鍵となります。
休眠会社とペーパーカンパニーは、一見似たような概念に思えますが、実際には重要な違いがあります。以下に主な相違点を説明します。
1. 定義の違い
休眠会社:会社法で規定された表現で、株式会社の仕組みの一つとして明示的に定められています。具体的には、最後の登記から12年経過した株式会社を指します。
ペーパーカンパニー:法律上の明確な定義は存在しません。一般的に、設立登記は行われているものの、実態が伴わない名目だけの会社を指します。
2. 法的位置づけ
休眠会社:会社法に基づいて定義され、法的な手続や取り扱いが明確に規定されています。
ペーパーカンパニー:法的な定義がないため、その取り扱いは状況によって異なる可能性があります。
3. 過去の事業実態
休眠会社:過去に実際の事業活動を行っていた可能性が高く、現在は事業を休止している状態です。
ペーパーカンパニー:設立当初から実質的な事業活動を行っていない可能性が高いです。
4. イメージの違い
休眠会社:必ずしもネガティブなイメージはなく、様々な理由で事業活動を休止している状態を指します。
ペーパーカンパニー:時としてネガティブな意味合いで使用されることがあります。例えば、税金逃れや債務の移転目的で設立される企業といった文脈で使用されることがあります。
5. 再活用の可能性
休眠会社:適切な手続を経れば、比較的容易に事業を再開できる可能性があります。
ペーパーカンパニー:実態がないため、事業を開始するには新たな体制構築が必要な場合が多いです。
6. 管理・監督
休眠会社:会社法に基づく管理・監督の対象となり、一定期間経過後には法務省による整理作業の対象となります。
ペーパーカンパニー:法的定義がないため、統一的な管理・監督の仕組みは存在しません。
これらの違いを理解することで、休眠会社とペーパーカンパニーを適切に区別し、それぞれの特性に応じた対応をとることが可能になります。
休眠会社の売買を検討する際は、専門家への相談が非常に重要です。以下では、相談可能な専門家とその特徴、相談時の注意点について解説します。
1. M&A仲介会社 特徴:
• 休眠会社の売買相手を探す段階から、契約成立まで一貫してサポートを提供
• 法律や税金面の確認、デューデリジェンスなどにも対応
• 豊富な取引実績と幅広いネットワークを持つ
相談のポイント:
• 休眠会社の売買に関する経験や実績を確認する
• 費用体系(成功報酬型か固定報酬型か)を事前に確認する
• 守秘義務の取り扱いについて確認する
2. 弁護士 特徴:
• 休眠会社の売買における法律面でのサポートを提供
• 契約書の作成・チェック、法的リスクの評価などを行う
• 隠れた債務や法的問題が発見された場合の対応に強い
相談のポイント:
• M&A、特に休眠会社の取引に関する経験を持つ弁護士を選ぶ
• 法務デューデリジェンスの実施可能性について確認する
• 想定される法的リスクとその対策について相談する
3. 税理士 特徴:
• 休眠会社の売買に関連する税務面でのアドバイスを提供
• 消費税や法人税などの税金に関する助言を行う
• 節税策の提案や税務リスクの評価を行う
相談のポイント:
• M&A、特に休眠会社の取引に関する税務経験を持つ税理士を選ぶ
• 繰越欠損金の取り扱いなど、特殊な税務問題への対応力を確認する
• 税務デューデリジェンスの実施可能性について確認する
相談時の一般的な注意点:
1. 複数の専門家に相談する
休眠会社の売買には多面的な検討が必要です。それぞれの専門分野に特化した専門家に相談することで、総合的な判断が可能になります。
2. 経験と実績を重視する
休眠会社の売買は通常のM&Aとは異なる面があるため、この分野での経験と実績を持つ専門家を選ぶことが重要です。
3. 費用体系を事前に確認する
専門家によって費用体系が異なる場合があります。事前に明確な見積もりを取得し、予算を立てておくことが大切です。
4. 守秘義務の確認
休眠会社の売買は機密性の高い情報を扱うため、専門家との間で適切な守秘義務契約を結ぶことが重要です。
5. 定期的なコミュニケーション
専門家との間で定期的なミーティングやレポーティングの機会を設け、進捗状況や課題を常に把握するようにしましょう。
休眠会社の売買には複雑な側面があるため、これらの専門家のサポートを適切に活用することで、リスクを最小限に抑えつつ、取引を成功に導くことができます。
休眠会社の売買(M&A)は、売却側と購入側双方にメリットがある一方で、様々なリスクや注意点も存在します。成功のカギは、専門家の適切なサポートを受けながら、慎重にプロセスを進めることです。リスクを最小限に抑えつつ、休眠会社の持つ潜在的な価値を最大限に活用するためには、十分な事前調査と適切な専門家の助言が不可欠です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事